BIN'S ROOM

菅原敏の詩の世界をご紹介

2020.05.05

『ピーターラビット』

今夜は井の頭公園から。

引越しを数多く重ねながら暮らしていると、
いつか戻りたい街というのがいくつかあって
井の頭公園もそのうちのひとつだ。
公園の中にはカフェがひとつあって、私は勝手に「森のレストラン」と名付けて、よくそこで食事をした。
あの公園の木々や野鳥は、当時、誰にも言えなかった私の秘密を知っていたと思う。
暮らしていた部屋から、ちょうど公園をまっすぐに突っ切ると
ホットドック屋があって、そこでビールと一緒に買う。
ボートの上の恋人たちが、
いつの間にかベンチに座る老夫婦になってゆく時間の流れを眺めながら午後を過ごす。
そしてこの公園で、とびきり運のいい日には、
木々の間にピーターラビットみたいな茶色いウサギを見つけることができる。

今夜お届けする一編は、私、菅原敏の詩集「裸でベランダ/ウサギと女たち」より
『ピーターラビット』

いつかは 行こうね ふたりでさ
茶色い 毛皮の あいつ
ピーターラビット 探しに 行こうね
草原か 森の奥 それともさ 海の底かな?
もう誰も いないけど 寂しくは ないよね

少し冷たい 風が吹けよ そしたらさ
おまえの手を そっととって
ふたりで 歩こう ふたりで 歩こう

昔さ 言ってたよね おれのこと
ピーターラビットの 香りが するって
茶色い 毛皮の あいつ ピーターラビット

もしもさ 悪いやつ だったらさ
食べちゃおうね
そんなこと 言ってさ いつかは 行こうね
茶色い 毛皮の あいつ
ピーターラビット 探しに 行こうね

あいしても あいしても あいしても

何かが足りない
気がするよ
不思議だね
人間って
不思議だね

そら ほし かぜ うみ おれ おまえが いるだけ
そら ほし かぜ うみ おれ おまえが あるだけ
そら ほし かぜ うみ おれ おまえが いるだけ

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