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スポーツ放映権ビジネスのこれから

今日は「スポーツ放映権ビジネスのこれから」という話題。

先月発表された、NetflixによるWBCの独占配信。
大谷翔平効果もあり、前回の大会は地上波の放送で
高視聴率を記録しました。

国民的な関心事にもなったこともあり、
今回の件は大きな衝撃として伝えられました。
人気のスポーツコンテンツは、
今後、有料化の波を避けられないのでしょうか。
今回が放送権ビジネスの転換期となるのか、その裏側に迫ります。

お話を伺うのは、スポーツビジネスのプロフェッショナル、
桜美林大学教授の小林至さんです。

・NetflixによるWBCの独占配信、本当に話題になっています。
賛否両論あると思いますが、小林さんはどう受け止めていますか?

→来るべき時が来たな、という感じですね。
WBCからすると、「キャンペーン期間終了」ということでしょう。

・今まではキャンペーン期間だったということですか?

→そうです。WBCはMLB基準で運営されています。
運営会社のWBCは、MLBとMLB選手会の共同出資企業です。
MLB基準からすると、今までのWBCは日本で
特に人気はすごくあるものの、売上はそれほど多くありませんでした。
特に放映権料は、前回30億円と言われていますが、
MLBのシーズン放映権収入が6000億円以上あることを考えると、
世界大会としては安すぎます。

日本人が5000万人もライブで観るようなイベントに、
さすがにその値段はないだろう、というのがMLBの考えです。

・そうなると、放映権料を吊り上げるしかない、と。

もう「(適正価格を)取ってもいいんじゃないか」ということです。
WBCはMLBが主催するイベントですが、
実態としては日本頼りのイベントでもありました。
これからも日本が中心となって売上を上げていくイベントですから、
その日本からしっかり放映権料をいただかないと、
MLBの30球団のオーナーを説得し続けられないのです。

・選手の怪我のリスクもある中で、
「なぜ選手を出さなければいけないのか」
という話になってしまいますもんね。

→その通りです。30球団のオーナーの半数以上は、
今でも渋々協力しているような状況です。
それを「いつか必ず皆さんの儲けになるから」
ということでMLB機構が説得しているわけです。

・つまり、チーム側への説得材料としても、
放映権料は上げなければいけないということになるわけですね。

→アメリカ流の「適正価格」にするということです。

・円安にはきついですね。そうなってくると、
放映権料はいくらぐらいになって、
地上波ではなかなか払えないような感じになってくるのでしょうか。

→前回は地上波とAbema、J SPORTSを合わせて
30億円ぐらいだったと言われていますが、
今回のNetflixは推定で150億円です。

・5倍ですか!
そうなると、Netflixのような企業しか払えなくなってしまいますね。

→そうですね。地上波だと収入はCMですから。
例えば、30秒スポットを(サッカーワールドカップの日本代表戦レベルの)500万円で売ったとしても、
1試合で5億円を捻出するのは不可能に近いです。

一方で、Netflixにとっての150億円は、
加入者が100万人増えれば、もうそれで十分元が取れてしまう金額です。

・年間の視聴料で考えたら、そうですね。

→ですから、巨大プラットフォーマーが
人気コンテンツの放映権を取っていくという流れになるかなと思います。

・これまで無料で観られたものが急に有料になるということで、
ユーザー側、特に日本のユーザーには驚きがあったと思います。
これは日本独特のリアクションなのでしょうか。

→そうですね。アメリカやヨーロッパでは、
人気のスポーツコンテンツにお金を払うというのは
30年以上前から当たり前でした。
ケーブルテレビや衛星放送が中心です。
日本は民放が無料で観られるという、これはこれですばらしい文化です。地上波だからこそ、みんなで盛り上がれるというのも事実ですからね。

・この文化がなくなることへの抵抗感は、
特に私ぐらいの中高年層には強いんじゃないかなと思います。
サッカー好きの人は、DAZNがJリーグと契約した時に、
有料で観るというのが当たり前になった部分があると思います。
しかし、今回の件で、野球が特に好きな中年層以上の男性という、
今まで最も抵抗感が強かった層の
「視聴にお金を払う」ことへの扉が開くのでしょうか。

→開くと思います。そうせざるを得なくなりましたから、
今回は。おそらく、息子さんや娘さん、
お孫さんに頼んで(Netflixを)設定してもらうんじゃないですか。

・そうなった後、スポーツ放映のこれからはどうなっていくのか。
2026年がスポーツ有料化の浸透のきっかけになるかも
しれないということですが、すんなり行くものでしょうか。

→国民的イベントについてはみんなで観るべきではないか、という
「ユニバーサル・アクセス」の議論は出てくるでしょうね。
来年のサッカーW杯でも、この話は出ています。

ヨーロッパには「リステッド・イベント制度」といって、
オリンピックやワールドカップを無料放送することを
義務付けている国もあります。
しかし、日本にはそういった制度がなく、その点はアメリカ型なんです。
今後、世界的なコンテンツを
地上波で観るのは難しくなっていくでしょう。
そうなると、ハイライトをどれだけの時間、無料で開放するのか、
あるいはパブリックビューイングをどうするのか、
という話になってきます。

・サブスクの映像をパブリックビューイングで流すのは、
なかなか難しいですよね。

→Netflixが主催するならまだしも、
結局、主催者がどこまで権利を開放するかという話になりますが、
このユニバーサル・アクセスの議論は出てくると思います。

・Netflixは地上波での再配信はしない、
いわゆる「サブライセンス」はしないと言っていますが、
本当にそうでしょうか。

→独占契約の目的は、加入の「起爆剤」にすることなので、
これを無料で地上波に流してしまうと、
そもそもNetflixの目論見から外れてしまいます。
ただ、ハイライトの利用、例えば24時間以内に
2分間といった規制を少し広げる、という可能性はあるかもしれません。やはり地上波で盛り上げてもらうというのは、
日本の場合、結構大きいので。

・WBCをきっかけにNetflixに加入した人が、
そこで「なんかドラマも面白いじゃん」ということになったら、Netflixとしてはありがたいわけですもんね。

→まさにその通りです。そのために、Netflixをはじめとした
プラットフォーマーは、スポーツのライブ中継に
この1、2年で力を入れ始めています。
スポーツというのは、
「筋書きのないドラマが毎日展開される最強のコンテンツ」ですから。

・一方で、良い面もあります。JリーグはDAZNと契約したことによって
賞金が増え、クラブが潤沢になり、良い選手が取れるようになった。
こうしたサブスクとの契約による利点はいかがでしょうか。

この流れで一番先に行っているのはボクシングですね。
すでに配信のみですが、
ファイトマネーは地上波でやっていた時代の10倍になりました。

ですから、主催者にとっては決して悪いことではなく、
選手の強化やより良い観戦環境の構築、
リーグが世界にキャッチアップしていくための
軍資金としては悪くないなと思います。

・となると、本当のファンの方々は、
それが応援として還元されるのであれば、
お金を払ってサポートしたいという方もいらっしゃるでしょうね。

→そうですね。ひとつのスポーツに国民みんなが熱狂するという時代は、もうこれからは来にくいのかもしれません。
例えば、昔の具志堅用高さんは国民みんなが
その戦う姿を見ていましたが、今の井上尚弥選手は、
日本史上最高の選手かもしれませんが、
ライブで戦っている姿を見ている人は意外と少ないですよね。
でも、ファイトマネーは10倍以上。
そういう時代になっていくんでしょう。

・では、WBCをきっかけに、
他のスポーツもそっちの方向に流れていく可能性は十分にある、と。

→近いところでは、次のFIFAワールドカップ。
日本戦を地上波が取れるかどうか、ギリギリかなと思います。

・元プロ選手として、この流れをどう感じていらっしゃいますか?

→日本の選手は、放映権料や入場料が
自分たちの給料の原資になっているということを、
気づいているようで意外と気づいていないんです。
だから、放映権料や入場料が高いと、
「せっかくファンが楽しみにしてるんだから、そんなに取るな」
と結構怒るんですよ。

でも、売上の半分以上は選手に渡っているわけですから。
選手と経営者、両方を経験した私としては、
どちらの気持ちも分かります。

・アメリカのメジャーリーグと日本の野球では、どうしてあんなに給料が違うのかというと、アメリカは放映権収入がメインで、
日本は入場料収入がメインだから、という違いは大きいですか?

→おっしゃる通りです。アメリカのメジャーリーグの放映権料は
年間で6000億円くらい。対して日本は300億円くらいで、20分の1です。人口比や経済格差を考えても、もっとあってもいいはずです。

それが、サブスクに移行していく中で適正価格になっていく。
つまり、日本のスポーツマーケットが
世界に寄っていくきっかけになるかもしれない、ということです。

・そうなると、日本のスポーツが
もっと海外でも放映権を買ってもらえるようになるといいですね。

→コンテンツが充実してくるとそうなりますね。
これまでは日本の民放5社、NHKという体制の力が強かったのですが、
そこに外から黒船がドーンとやってきて、
世界のマーケットの中に連れ込まれてしまったというのが、
今回の事象を説明するのに一番いいかなと思います。

・2026年は「スポーツ放映権明治維新」だ、と。

→そうです。文明開化は軋轢も生むでしょうけれど、
巡り巡れば良いことになっているのかもしれません。

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