DAIWA HOUSE Secret Notes

2019/11/13

展覧会の絵を巡る4DAYS-3-

今日のお話は、ピアノ曲としての「展覧会の絵」。
ムソルグスキーの原典版、リムスキー=コルサコフの編曲版、
そしてホロヴィッツの編曲版など、
ピアノで弾く「展覧会の絵」のヒストリーをご紹介します。

組曲「展覧会の絵」-“バーバ・ヤーガの小屋-キエフの大門”
/スヴャトスラフ・リヒテル(P)

親友ハルトマンの遺作展に出かけ、
熱い追悼の想いを込め、いつも仕事の遅いムソルグスキーが、
わずか3週間ほどで書き上げてしまった、組曲「展覧会の絵」。
ところが、ひと息ついて冷静になると、
出来栄えに不満が残ったのか、なぜか出版しようともせず、
放置したままになっていました。

そして7年後の1881年3月にアルコール依存症が悪化し、
世を去ってしまいます。
この楽譜を発見したのが、同じ「ロシア5人組」の仲間として
ムソルグスキーの才能を高く評価していたリムスキー=コルサコフ。
粗削りな部分を自ら改訂し、1886年に出版しました。

やっと世に出た「展覧会の絵」。
しかし、武骨な上に、テクニックを要求されるこの曲に
興味を持つ人は少なく、ほとんど評判になりませんでした。

注意を向けられるようになったのは、1922年、
ラヴェルによるオーケストラ編曲版が
コンサートで成功を収めてからのこと。
ところが今度は、ピアノ版を知り、弾き始めた人たちから
「ムソルグスキーの自由で大胆な魅力が失われてしまった」と、
リムスキー=コルサコフは批判されるようになりました。

批判した一人、名ピアニスト、ホロヴィッツは
自ら編曲版を作り、コンサートで演奏。
こちらも超テクを駆使した、
コルサコフ版とは違う意味で個性的なヴァージョンです。

もう一人の名手リヒテルは、
「ムソルグスキー原典版」の方に目を向けました。
1958年、ブルガリアのソフィアでのコンサートで演奏、
ライヴ・レコードとして発売。
これが人気を集め、一気に「原典版」が蘇ったのでした。
現在では、ほとんどのピアニストが、この原典版を弾いています。

西村由紀江 (ピアニスト/作曲家)

幼少より音楽の才能を認められ、ヨーロッパ、アメリカ、東南アジ ア諸国への演奏旅行に参加し、絶賛を博す。
桐朋学園大学ピアノ科に入学と同時にデビュー。
年間60本を超えるコンサートで、全国各地を訪れる傍ら、ライフワークとして「学校コンサート」や「病院コンサート」も行っている。

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