DAIWA HOUSE Secret Notes

2020/07/02

ブラームスvsワーグナー-4-

19世紀後半、ドイツ/オーストリアの音楽界を
騒がせたブラームス派とワーグナー派の対立。
果たして軍配はどちらに?

あれから150年、さまざまな音楽が生まれました。
でも、「クラシック音楽」は、今も生き続けています。
そして、ブラームスとワーグナーが残した作品たちも・・・

ブラームス:交響曲第3番-第1楽章
/ カルロ・マリア・ジュリーニ指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

ワーグナーが亡くなった1883年、
ブラームスの「交響曲第3番」が初演されました。
この時は両派の応援団から、賞賛の拍手と罵声が
飛び交ったという記録が残っています。
でも、それ以降は、主役不在の中、
徐々に対立は自然消滅していきました。

周囲の騒動をよそに、
決して相手の作品を批判しなかった2人。
お互いに同じルーツを持ち、
自分に足りない能力を持つ人への
リスペクトがあったからでしょう。

ブラームスは、ワーグナーの葬儀に月桂冠を送って、
その功績を讃えています。

19世紀末以降の音楽界の流れを振り返ると、
ワーグナー派の流れをくむ音楽家たちの方が、
後世に大きな影響を与えているように見えます。

でも、やはり両派の対立は引き分けが妥当でしょうね。
なぜなら、今もってブラームスとワーグナーの
勝敗はついてないからです。
2人の作品は、200年近くを経た、
現在のコンサートやオペラにも、
欠かせないプログラムとして、
愛され続けています。

「ブラームスvsワーグナー」の対立の意義は、
どちらが勝った負けたではありません。
街中で論戦を繰り広げるほど、
市民の音楽への関心を高め、
日常に音楽が響く時代に向かわせたことでしょう。
その後の音楽文化の広がりは、言うまでもないですね。

西村由紀江 (ピアニスト/作曲家)

幼少より音楽の才能を認められ、ヨーロッパ、アメリカ、東南アジ ア諸国への演奏旅行に参加し、絶賛を博す。
桐朋学園大学ピアノ科に入学と同時にデビュー。
年間60本を超えるコンサートで、全国各地を訪れる傍ら、ライフワークとして「学校コンサート」や「病院コンサート」も行っている。

Copyright © 2017 J-WAVE, Inc. All rights Reserved.

HOME J-WAVE