DAIWA HOUSE Secret Notes

2019/07/11

スペインの作曲家、ロドリーゴの物語-4-

盲目のロドリーゴに寄り添い、
60年以上も彼と歩み続けた妻ビクトリア・カミ。

副書記官たちの大行進曲
   /ホアキン&ビクトリア・カミ・デ・ロドリーゴ(P)

パリに留学して作曲とピアノの勉強をしていたロドリーゴは、
1929年27歳の時、同じく音楽の勉強のため、
トルコから来ていたビクトリア・カミと知り合います。
ビクトリアも作曲家とピアニストを志していたことで、
2人はすぐに意気投合。4年後に結ばれました。

彼女が音楽家を目指す女性だったことは
彼にとって、この上ない幸運でした。
ロドリーゴの才能を信じた彼女は、
自分のことは後回しにして、彼が思う存分、力を発揮できるように、
目となり手足となり、全力で彼を支えます。

楽譜を書くなど作曲のアシスタントはもちろん、
演奏旅行や講演に出かける時は、マネージャーとしてだけでなく、
ピアノ連弾のパートナーも務めました。

心にしみわたる「アランフェス協奏曲」の
哀愁のメロディが生まれたのも、ビクトリアがいればこそ。
新婚旅行で訪れたアランフェスの王宮。
その歴史や様子を、ビクトリアは
ロドリーゴにこと細かく語りかけました。
花咲きほこるアランフェスの庭園の香り、
タホ川のせせらぎや鳥の声。
宮殿に飾られている華やかな衣装やインテリア。
ロドリーゴは、耳や肌を通して、
イマジネーションをふくらませることができたのです。

1973年に東京で催された「ロドリーゴ音楽祭」でのコンサートでも、
2人は仲良くピアノ連弾でこの曲を披露して、
日本のファンを楽しませてくれました。
ビクトリア夫人はロドリーゴに先立つこと2年。
1997年に92歳で亡くなりましたが、
64年の間、一緒に過ごした2人は、
今アランフェスの地に仲良く眠っています。

西村由紀江 (ピアニスト/作曲家)

幼少より音楽の才能を認められ、ヨーロッパ、アメリカ、東南アジ ア諸国への演奏旅行に参加し、絶賛を博す。
桐朋学園大学ピアノ科に入学と同時にデビュー。
年間60本を超えるコンサートで、全国各地を訪れる傍ら、ライフワークとして「学校コンサート」や「病院コンサート」も行っている。

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