DAIWA HOUSE Secret Notes

2019/09/19

あなたは、ディアギレフを知ってますか?-3-

沈滞していたバレエを新しい芸術として蘇らせた、ディアギレフ。
「天才を見つける天才」ディアギレフと、
彼に見そめられた天才アーティストとのエピソードをご紹介します。

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」-“春の踊り”
/アバド指揮 ロンドン交響楽団

音楽や美術を通じて、ロシアの芸術のすばらしさを
世界にアピールしたディアギレフ。
中でも彼の最大の功績は、
すっかり沈滞したバレエを蘇らせたことでした。
そう、ディアギレフこそ、初めて出現した
本当のプロデューサーでした。

このディアギレフが、自分のイメージするバレエに
不可欠な存在と考えたのは、ヴァーツラフ・ニジンスキー。
「高く跳び、空中で止まる」という伝説が、
今も語り継がれる、天才バレリーナです。

2人は同性愛の間柄でしたが、
ニジンスキーは浮気性のディアギレフ嫌気がさし、
突然女性バレリーナと結婚。
激怒したディアギレフはニジンスキーを解雇します。

この事件に関わらず、バレエ団のダンサーや振付師らと、
次々に複雑な関係を結んでいたディアギレフ。
これが彼の唯一の弱点でした。

音楽で、ディアギレフ抜きに語れないのが、
作曲家のストラヴィンスキー。
無名の頃からその才能に目を付けたディアギレフは、
まだ実績のない、この若い作曲家に、
自身初めてのパリでのバレエ公演の音楽を任せ、
見事成功を収めます。

ストラヴィンスキーは、以後ディアギレフのバレエ音楽に、
不可欠の存在になりますが、
1913年「春の祭典」の初演では、
歴史に残る大騒動も起こりました。

複雑なリズムと不協和音による音楽、
それに絡むニジンスキーの常識破りの振付け。
この前衛的なバレエに、支持派と反対派が大口論。
罵声と怒号の中、かろうじて最後までたどり着いた
といわれています。
でも、そんなエピソードを含め、
この「春の祭典」こそが、独創性と大胆さを追求した
ディアギレフ芸術の神髄といえる作品ではないでしょうか。

西村由紀江 (ピアニスト/作曲家)

幼少より音楽の才能を認められ、ヨーロッパ、アメリカ、東南アジ ア諸国への演奏旅行に参加し、絶賛を博す。
桐朋学園大学ピアノ科に入学と同時にデビュー。
年間60本を超えるコンサートで、全国各地を訪れる傍ら、ライフワークとして「学校コンサート」や「病院コンサート」も行っている。

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