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講談社
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「巨大ブラックホールの歴史について」(お話:国立天文台 水沢VLBI 観測所 教授 本間希樹さん)

ブラックホールそのものの研究の歴史で言うと、歴史は長い。
最初にブラックホールというものを考えた人がイギリスのジョン・ミッチェルという研究者なんですが、
1784年、200年以上前に、ブラックホールみたいな天体があるかもしれないということを論文に書いています。
それが現在、確認できる科学的なブラックホールの記述の最初です。人類は200年以上、ブラックホールを頭の中で想像して、
最近は観測によっていろんな形で情報を得られるわけですが、研究をし続けているということですね。
実は、最初に予言されたブラックホール、ミッチェルが1784年に予言したブラックホールも巨大ブラックホールだったんです。
それは、たまたまなんですが、彼が考えたブラックホールは、
太陽と同じ密度を持って太陽の一兆倍くらいの重さをもっている天体なら、ブラックホールになるということを理論的に予測していた。
それはあくまで予測でしかなくて、その時は巨大ブラックホールが銀河の真ん中にあるとかそういうことは分からなかったので、
そもそも銀河が何かとか星が何かということ自体分かってなかったので、
空想の世界でどのくらいの重さ、どのくらいの密度を持って入ればブラックホールになるかということを最初に提唱したということですね。
200年の歴史って長くって、例えば20世紀の始めにアインシュタインという大変有名な科学者がいて、相対性理論というのを作ります。
その相対性理論ができることによって、ブラックホールが厳密に数式で書けるようになる。
ブラックホールがどんなものか。それが大きな節目で、それが今から100年前のこと。
そこから、ブラックホールが本当に厳密な科学の対象になって、観測が進むのが20世紀の後半。
第二次世界大戦が終わった後、通常の光で見る天文学、電波天文学、X線天文学…X線はレントゲンを撮る時に使うものですが、
そういういろんな手法を使って宇宙を観測するやり方が20世紀後半になって発展して
いろんなブラックホールに関する情報が得られるようになって巨大ブラックホールが存在するだろうという観測的なところからも考えられるようになったと。
それが1960年代から1970年代くらい。だから、いろんなものを積み上げてきて今日に至ると。