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STORY

2018.07.14

岡本太郎記念館・館長/空間メディアプロデューサーの平野暁臣さん

++ Introduction ++
今年3月、「太陽の塔」の内部が48年ぶりに公開されましたが、
その内部再生を指揮されたのが、
芸術家・岡本太郎のパートナー、岡本敏子さんの甥であり
岡本太郎記念館・館長、空間メディアプロデューサーの平野暁臣さん。
元々、「太陽の塔」は
1970年に開催された大阪万博のパビリオンの一つとして
造られたもので、会期が終わったら壊すことが前提となっていました。

しかし、壊されることが無いままに時が経って、
結局、万博から5年後に永久保存が決まりました。
ただし、それは外観だけの話で、内部は当初から閉鎖という方針でした。

そもそも、万博の時には壮大な地下空間の展示があり
そこを通って「太陽の塔」の内部に入って上がり、
大屋根の中の空中展示へ進むという経路になっていました。

つまり、「太陽の塔」は壮大な展示空間の真ん中に「部分」として
組み込まれていたのですが、最終的に塔だけが残ってしまったので、
入口や出口はどうするかなど様々な問題もあって
これまで、塔の内部は公開できなかったということです。

今回、平野さんの総指揮により内部再生が実現しましたが、
東日本大震災などもあって、まず、耐震補強することが決まりました。
そして、補強するならそれに合わせて内部も造り変えて、
今の法規にあった形で恒久的な展示施設にできないかという検討が始まり、
最終的に、内部が再生されて公開できる運びとなりました。

岡本太郎が生み出した「太陽の塔」について、平野さんは・・・

『まず、「太陽の塔」は何にも似ていない。日本的な伝統美とも違うし、
西洋の美意識とも違う。つまり、何だか分からない。
何を表しているかも分からず、何の為に立っているかも分からない
巨大な像は世界にも例が無く、だから、芸術!』

また、TAROは生前、自らの芸術思想を対極主義と呼んでいたそうで、

『これからの芸術は何かと何かを融合させたものではダメ!
新しい芸術が生まれるとすれば、それは全く対極的なものが火花を散らす。
その火花を散らした先にしか可能性はない!』
と語っていたということです。


++ Until now ++
「太陽の塔」と並んで、TAROの代表作となっている「明日の神話」。
現在は渋谷マークシティの連絡通路に恒久設置されているので
観ることができますが、陽の目を浴びる迄には壮大なドラマがありました。

元々、1968年のメキシコ五輪に合わせて建設が予定されていたホテルに飾るため
実業家に依頼されて作りましたが、結局、ホテルはオープすること無く
「明日の神話」は人の目に触れないまま放置され、
その後、作品は色々なところを引き回されている内にうやむやに・・・。

結局、行方不明から約30年経って、メキシコシティ郊外の資材置き場で見つかり、
そこから修復プロジェクトがスタート。
2005年にメキシコから日本に渡り、翌年、修復が完了して汐留で初公開されました。
そして、2008年からは渋谷に設置されています。
こういった一連のプロジェクトを指揮されたのが平野さんです。

「明日の神話」は真ん中に主人公のようなガイコツがいて、
そのガイコツは焼かれているという、核が炸裂する瞬間の絵。
自ら焼かれているけど、その自分の境遇を笑い飛ばしているというものです。

原爆に関わる芸術作品は色々ありますが、大抵は痛い・苦しい・辛い・悲しい
といったことを表現しています。しかし、「明日の神話」は・・・

『そんなものには負けないぞ!
そんな悲惨な最悪な凶悪な出来事さえも人間は乗り越えていくことができる。
そして、乗り越えた先に「明日の神話」が開けるんだ!』

そういった人間の持っている生命力や未来に向かっていく気概、決意、覚悟などを
表現している作品です。

生前のTARO、パートナーの敏子さんと時間を共有した平野さんによれば、
創造者は誰も孤独で、外には出さないけど心配で、
「今のままでいいのか?」「自分の才能は枯れたんじゃないか?」と考えている。
そういう表現者にとって最もモチベーションを高めてくれるのは、
一番身近にいる人間が「それでいい」と言ってくれることだと感じたそうです。

パートナーとしてTAROを影から支えてきた敏子さんが
自身の情熱を全て開放して吐き出したのは、彼が亡くなったあと。
今でこそ、岡本太郎=TAROという存在は若い方たちにも知られるようになり
本も数多く出版されていますが、彼が亡くなった22年前は状況が全く違い、
本は一冊を除いてほぼ絶版、
晩年は病気していたこともあってメディにも露出せず、
作品を売らずに全て自分で所蔵していたため、
一般公開の作品もありませんでした。

本も読めない、顔も見えない、作品を観られないという状態が続き、
岡本太郎という存在自体が忘れられることが悔しくて仕方なく思った敏子さん。

『こんなにネチネチした日本にTAROみたいな人が本当に生きていたんだ。
それは奇跡だ! この奇跡をしっかりと次の時代に伝えなければ駄目なんだ。
埋もれさせてなるものか!』

そういった熱い思いから自身で本を書き、積極的に講演会を開き、メディアに出て
TAROの話をして種を撒き続けた結果、それが実って、
今こういう状況になっているということです。

++ Right now ++
完全にオフの時は、
少しまとまった時間をとって息抜きに出かけるという平野さん。
よく行くのが、ニューヨーク。
現地では新しいギャラリーに足を運んでアートに触れ、
ミュージカルを観劇したりジャズを聴いたりして過ごすということです。

『頭が空っぽになる。
やはり、ニューヨークで一番面白いのは、「人」。
色々な人が様々なことをしているから歩いているだけで楽しい』

『空間メディアプロデューサーという仕事は、
特定の人たちだけを相手にしている訳ではなく、マスが対象になるので
どういうものに反応しているか? キラキラしているか?
といったことが一番ヒントになるので、
そういった場所であれば何処でも面白いし、
なるべく行くようにしています』



++ From now on ++
多くの人は「太陽の塔」を誤解していたと語る平野さん。
つまり、大きな彫刻だと思っていて、まさか内部があるなんて!ということ。
その中には「生命の木」という物があり、
それを太陽の塔の「血流」と言っていた
太郎さんは当初から、
「太陽の塔」を内蔵をもった生き物として構想していたそうです。

今、「太陽の塔」を再生している意義について平野さんは・・・

『この50年間、中が閉ざされ廃墟のようになっていて、
血の巡りが止まっていた。
そこにもう一度血が通って、生命が吹き込まれて、
やっと生き物として元の姿に戻った。
そもそも、今の状態が正しい「太陽の塔」です』。

『色々な技術が進歩していますが、結局、どう生きることが幸せなのか?
人間本来にとって大切なことは何か? 人間とは何か?
そういったことを考えざるを得ないですし、誰もが考えていると思います。
だから今、再生させる意味があるし、次の時代に残さなければならないと思う。

今、縄文ブームが起こっていますが、「縄文」をキーワードに色々なことが
繋がっていて、そのド真ん中に立っていた人が岡本太郎です』。


平野さんご自身は、ジャズが好きで、ジャズに育てられたと思っていて、
それに対して少しでも恩返しをしたいという思いがあるそうで
この秋、新しいジャズのレーベルを立ち上げる予定ということです。

ON AIR LIST

  • SHIT MIRROR / NINE INCH NAILS
  • 20TH CENTURY BOY / T.REX
  • PRETZEL LOGIC / STEELY DAN
  • 明日の神話 / ORIGINAL LOVE

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