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当番組のPodcastは・・・
毎週日曜日の午後8時に最新版を
アップしています。
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『TRAVELLING WITHOUT MOVING』・・・
「動かない旅」をキーワードに旅の話と、
旅の記憶からあふれだす音楽をお届けします。
ナヴィゲーターは世界約50ヶ国を旅した野村訓市。
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--- 弥生の“お便りナイト” ---
リスナーの皆さんから届いた“お便り”から
訓市が独断でセレクトして紹介
曲のリクエストや選曲オーダーにもお応えします
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「旅」と「音楽」に関するエピソードや
思い出の“お便り”をお待ちしています。
「旅先で聴きたい曲」のリクエストも大歓迎!
番組サイトの「MESSAGE TO STUDIO」から
“お便り”を送信してください。
MUSIC STREAM
動かなくても旅はできる。
ミュージック・ストリームに
身をゆだねてください。
Sending My Love (Sticky Stamp Mix) / Zhane
Woman 〜“Wの悲劇より”/ 池田エライザ
もう一度夜を止めて (2010 Vers.) / 崎谷健二郎
黄昏のビギン / ちあきなおみ
青写真 / くるり
Last Request / Paolo Nutini
Ode To Joyful / Jon Batiste
Now / Carpenters
Youth / Christian Loffler
ON AIR NOTES
どんな会話を交わしたのか。
何を見たのか、何を聞いたのか。
その音の向こうに何があったのか。
KUNICHI was talking
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★RN:ゆらめきエアーのひと さん
44歳の会社員の男です。僕も何か新しいことを始めたいと思い、昨年4月から通信課程で大学に入学しました。20年以上ぶりの大学生になりました。せっかく学ぶならと思い学部は違いますが訓市さんと同じ大学を選びました。働きながら学ぶことは想像通り大変ですが、それよりも「勉強には体力が必要なんだ」ということを改めて実感しています。正直、10代の頃にもう少し真面目に勉強しておけばよかったなと後悔することもありますが、その分、今はあの頃より楽しく勉強しています。生活にもハリが生まれ、毎日がとても充実しています。この勢いで勉強や仕事の合間にインドなど、まだ行ったことのない国にも行ってみたいなと考えています。訓市さんは「あの頃に戻ってやり直したいこと」や「もっとやっておけば良かったこと」はありますか?
☆KUN:
良いですよね、新しいことって。この間も同級生っていうか昔の友達が「ディッキーズのスーツの黒が欲しい」って言っていて、「あれ、前も持ってなかった?」って言ったら、「いや、今度卒業式に出るから」「卒業式?あれ、今子供いくつだっけ」「いや、じゃなくて、僕のだ」って言うんですよ。50過ぎて大学院に通って勉強し直したって言って・・・大変だけどすごく楽しいって言ってました。勉強… でも、学校かあ〜。授業に出るの好きだったこと1回も無いんですけども、人生で一番深い眠りにつくって学校の授業中だと思いませんか。あの寝ちゃいけないっていう時に訪れるものすごい睡魔。負けた瞬間の清々しさというか、あれをもう一度味わいたいっていうのはありますけども、。あの頃に戻ってやり直したいとか、やっておけばよかった、そう思い出したら全てのことになってしまうので、一切そういう危険思想は持たないようにしています。
★RN:まこと さん
この番組を初回から聴いています。当時、妻が入院していたので、週末は病院に出かけていました。面会時間が終わる午後8時が近づくと妻と2人で売店に行きアイスクリームを購入。誰もいない病院のロビーで一緒に食べてから病院を後にしていました。帰りの車の中、カーラジオから野村さんの渋い声の話を聴きながら、「明日から仕事だなぁ」と思っていたものでした。その妻も3年ほど前に長い旅に出ました。元気な時から旅好きな妻でしたので私の夢にも滅多に出てこないのですが、昨日、ひょっこりと“夢の中の家”に現れました。いつの間に注文して届いていたのか通販で購入していたらしいバッグを箱から出して背負うと、そのままはしゃぎながら外に飛び出して行ってしまいました。追いかけたのですが追いつけません。生きている時には行けなかった場所を回っているのでしょうか。ドライブの際には悪気は無いのですが自分好みの選曲ばかりでしたので、妻の好きだった崎谷健次郎の「もう一度夜をとめて」をリクエストさせてください。
☆KUN:
もうこれ、かけないわけにはいかないじゃないですか・・・って言うか、なんかすごい悲しい気持ちになってしまいましたけど。夢で出てきてリュックを背負って飛び出して行ったって、なんか励ましてくれてるというか、良い夢なんじゃないのかと思います。きっと本当にどっか旅をして、またいつかの夢に出てくるんじゃないんでしょうか。「私ここ行ってきたわよ」とか。なんかとても素敵なお便りでした。
★RN:ケイスケ さん
最近、「昭和的スナック文化が静かなブーム」、なんて記事をよく見かけて、正直、半信半疑でした。でも、久しぶりにスナックに行ってみたらこれが意外と今っぽい。カウンターには初対面同士が並んでいて、誰かが入れた少し古い歌に自然と手拍子が起きる。歌が終わると上手い・下手は関係なく、 「いい歌だねえ」なんて声が飛ぶ。年齢も仕事もバラバラなのに気づけば出身地の話や昔の仕事の話。スマホを見ている人は誰もいませんでした。ママは出しゃばらないけど場の空気はちゃんと回していて、1人で来たはずなのに帰る頃には1人じゃない感じ。「ああ、これがスナックか」と思いました。最後に僕が演歌を1曲入れた時、 ママがぽつりと「上手い、下手じゃないのよ。今日はその歌で正解」と一言。その言葉が妙に胸に残りました。若い人が来る理由もなんとなく分かります。ここには「映え」 も「正解」も無くて、ただ、その夜を一緒に過ごすだけ。昭和的スナックって古い文化じゃなくて、今だからこそ必要な場所なのかもしれませんね。
☆KUN:
スナック、僕らも行くんで・・・「映え」の場所らしいんですよ、若い子からすると。何ですかね、ちょっと手のぬくもりがあったり、時間が止まったような空間、電話が置いてあったりっていうのにものすごく映えを感じるらしいんですが、スナックの良いところはその映えた空間で写真を撮って「かわいい」とか「すげーしびいなー」って言ってるのが、いつの間にかみんな確かに携帯を置いて知らない人と歌ってたりするっていう、そうやってリアルに色んな人と交わるリアルな空間ってないんじゃないんですかね、他に。だからこれからまたスナックなんかが増えたり、古いお店を引き継いだり、そんなことがもっと増えてくるのかなって思います。
★RN:Kiki さん
47歳女です。野村さんは「ハウスシェア」や「フラットシェア」されたことはありますか。私には20代、30代の時にロンドンと東京でハウスシェアをしていた経験があり、海外、国内に当時のハウスメイトが点在しているのですが、先日、名古屋出張のついでに現在は岐阜に住んでいる元ハウスメイトに連絡をし10年ぶりの再会を果たしました。まだハウスシェアがこんなに一般的になってなかった頃、ロンドンから帰ってきたばかりの私は東京の家賃の高さと部屋の狭さにがっくりし、東京で「ハウスシェア」ってないのだろうかとインターネットの掲示板のようなもので女性3人のハウスシェアを見つけました。私たちはそれぞれ職業も全く異なり、生活スタイルも性格も三様でそれがまたバランスよく、とても心地よく暮らしていました。東京でハウスシェアをしたいと思えたのは紛れもなくロンドンの5人のハウスメイトとの時間が素晴らしかったおかげです。家族も昔からの友達もいない地での私の安心できる居場所でともに異国で戦う同志で味方でした。外で知り合い、その後、素の顔を知るという通常の出会いとは全く逆の“家族未満・友達以上”の関係性って本当に不思議でかけがえがないです。
☆KUN:
て言うか、もう当たり前のことで、ロンドンとか大都市、あとニューヨークとかロスもそうですけど、若い時にひとり暮らしなんてどこの御曹司ですか?っていう。みんなフラットシェア。1個のアパートの部屋をシェアして共同キッチンで、そこで色んなドラマがあるわけですよ。「あいつは食器を洗わない」とか「シャワーが長い」とか。特に昔のロンドンの家とか貯水型って言うんですかね、お湯を使いきっちゃうと温ったまるのに時間がかかったりして冷たいんですよ水が。なのに、すっごい長く入るやつがいるんですよ。髪が短い男のくせにどこ洗ってるんだとか。だけど帰ってきたらいきなり宴が始まったり、CDを交換したりとか。僕もそういう経験というか、お金がなくてハウスシェアしている友達の家に居候するのが僕で、寄生虫ですよね。でもって、「こいつ貯めといたご飯は食べるわ、散らかすわ」って言うので、「やばい…そろそろ出てけ」っていうのを察知すると急に洗い物したり、お土産を買ってきたりして、ほんとは良いやつアピールをすごいするわけですよ。今、出てけって言われたらどうすればいいんだっていう。なので自分が東京に若い頃いた時は旅先で知り合った人からその友達までオープンハウスにしちゃってましたから、共同生活なんてもんじゃなかったですね。前も言いましたけど10畳の部屋に11人で暮らしてたこともありました。1人1畳ないんですよ。でも仲良くケンカもしなかったですね。朝、誰かが最後パチンって電気を消すと全員同時に寝るんですよ。あの生活、もうできないかな。年取ると無理かもね。はい。
★RN:ディーバー さん
私は昨年の秋まで3年間、会社の仕事でドイツに駐在していました。もともと車に乗って旅をするのが好きだった私は現地でも車を買い、さまざまな場所をドライブしました。ドイツ国内を運転していて気づかされたのは日本と違って山がほとんど無いため、宅地化されていない平地が豊富にあることです。都市部から車を走らせれば程なく窓から見えてくるのは青々とした牧草地や、どこまでも続くなだらかな丘。そんな景色の向こうに、おとぎ話に出てくるような小さな町や村が現れます。高い建物は無く、家々は皆、白い漆喰の壁に茶色の屋根。町の中心部には必ず、高い塔をもつ教会や人々が集う広場があり、憩いの場所となっています。なんだか普段より時間の流れが緩やかになったかのように感じられた、かけがえのないドライブ体験になりました。
☆KUN:
そうなんですよね。ドイツって田舎に行くと本当に絵本の世界というか、ヘンデルとグレーテルのような街並みがあります。僕はまだ訪ねたことないんですけどね、ニューヨークで大工をしながらディスコを作って、おとなしそうな顔なんですけど、酒飲んでDJし出すと凄くワイルドなおじさんの友達がいるんですが、彼がニューヨークでドイツから来た留学生と恋に落ちまして・・・。でも、「私はもうドイツに帰らなければいけないから別れる」って言われて、「どうしてだい。僕は別れたくない」って言ったら、小さな、まあ貴族の1人娘だったんですよ。「私は家を継がなきゃいけないから、私と一緒に過ごしたいんなら、あなたはドイツに来て、私と結婚してお城に住まなきゃいけない」。で、彼は行ったんですよね。今、お城に住んでます。お城って言っても日本の城で言ったら二条城みたいなちょっと低くて小降りなんですけど、孤独だって言ってます。すごい奥さんのことを愛してるんですけど周りに何もなくて、その何百年だか残った家を守るために彼はそこにいるんですよ、もう10何年。楽しみはAmazonだって言ってました。「世界との繋がりは俺はAmazonしかない」って。あとは、1年に1回城の開放日があって、地元の学生たちを招待してツアーをやるらしいんですけど、そこですごい怖い話をして脅かすのが唯一の楽しみだって言ってましたけども、そんなお城とかたくさんあるみたいですよ。
★RN:SS134 さん
76歳おばあちゃんです。もう半世紀以上前にスチュワーデスをしていました。今ではCAって言いますけど…。色んな国に行きましたが飛び出して直ぐの頃に先輩から、「何処に行くにも、歩いて行くのよ。ハワイだって、サンフランだって、ニューヨークだって、ヨーロッパだってね。そのくらい、通路を歩いて、歩いて、お客様のご要望があるかどうかチェックしなさい」との事でした。凄い時代でした…今とは、全然違う!皆さんのお便りを聴きながら、あそこも、ここも歩いて行ったなぁ〜と思い出しています。先日、あの頃流行っていたカーペンターズの未発表曲が見つかったらしいと聞きしました。懐かしいです 彼らの曲で訓市さんがかけてもいいという曲がありましたらお願いします。
☆KUN:
大先輩!スチュワーデスというお仕事が今よりも増して花形だった時だと思いますけど、海外にタダで行ける。そして、色んなことに詳しくなければいけなかった。みんな英語もすごく勉強したって。自分の母親の同級生たちの知り合いの中にもスチュワーデスさんになった方たちがいて、その海外土産とか何がいいかとかっていうのをやたら詳しくて。この人たちは本当の仕事は何なんだろうって思ってましたけど、今そんな怖い先輩いたらすぐパワハラでクビになりそうですけど、どうなんですかね。今のCAさん業界というのは。
野村訓市
1973年東京生まれ。幼稚園から高校まで学習院、大学は慶応大学総合政策学部進学。
世界のフェスティバルを追ってのアメリカ、アジア、ヨーロッパへの旅をしたトラベラーズ時代を経て、99年に辻堂海岸に海の家「SPUTNIK」をプロデュース。世界86人の生き方をたったひとりで取材した「sputnik:whole life catalogue 」は伝説のインタビュー集となっている。
同名で「IDEE」よりインテリア家具や雑誌なども制作。現在は「TRIPSTER」の名で幅広くプロデュース業をする傍ら、ブルータス等の雑誌などで執筆業も行う。


