ON AIR DATE
2026.01.25
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  • J-WAVE
    EVERY SUNDAY 20:00-20:54


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当番組のPodcastは・・・
毎週日曜日の午後8時に最新版を
アップしています。

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『TRAVELLING WITHOUT MOVING』・・・
「動かない旅」をキーワードに旅の話と、
旅の記憶からあふれだす音楽をお届けします。
ナヴィゲーターは世界約50ヶ国を旅した野村訓市。

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--- “いじめ”という表現に違和感あり ---

テーマは「暴力」

近年、耳にする機会がとても多い
「いじめ」に関する報道に触れて、
訓市が感じること、思うこと・・・

テキサスの高校で過ごした留学時代に体験した
リアルないじめ

日本語特有の表現から生じる
“曖昧さ”がもたらす悪影響

訓市が現代社会の問題点に一石を投じる

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「旅」と「音楽」に関するエピソードや
思い出の“お便り”をお待ちしています。
「旅先で聴きたい曲」のリクエストも大歓迎!

番組サイトの「MESSAGE TO STUDIO」から
“お便り”を送信してください。

2026.01.25

MUSIC STREAM

旅の記憶からあふれだす音楽。
動かなくても旅はできる。
ミュージック・ストリームに
身をゆだねてください。
1

Float On / Modest Mouse

2

Lucky Radio / Samuel Purdey

3

Glue Song / Beabadoobee

4

Wherever You Go / Beach House

5

虎 / ハンバートハンバート

6

Sausalito / Ozwald

7

Linger (SiriusXM Session) / Royel Otis

8

Paper Cup / 9duck

9

Time: The Donut of The Heart / J Dilla

2026.01.25

ON AIR NOTES

野村訓市は、どこで誰に会い、
どんな会話を交わしたのか。
何を見たのか、何を聞いたのか。
その音の向こうに何があったのか。


KUNICHI was talking

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戦争だらけの世の中で暴力だらけだとは思うんですけども、今日はそういう“大きな暴力”っていうことではなくて、もうちょっと小さなものについて話したいと思います。なぜかと言うと最近、「いじめ動画」というのがニュースに立て続けになっていて、すごく気になったからです。「いじめ」というのは日本だけではなくて世界中にあります。些細なきっかけから、人種の違いだったり宗教の違いだったり経済格差など、色んな理由をつけて「いじめ」があります。力の強い者が弱い者をいじめる。弱い者いじめもそうですが、弱い者がさらに弱い者を叩くという・・・ブルーハーツの歌詞にありましたけど、そういう世界でもあります。僕がアメリカの高校に通っていた時にも、もちろん「いじめ」はありました。学校は白人だらけで、僕を含めて3人しか有色人種と呼ばれる人たちがいなかったので、逆にあからさまな人種差別というのは見えにくい感じだったんですけども、その代わり白人内での経済格差の「いじめ」がたくさんありました。牧場主の息子だとか工場を持っている社長の息子たちと、街外れにあるトレーラーハウス、要はトラックで牽引できるトレーラーの家に住む子では格好がまるで違いました。トレーラーハウスの子たちはいつも同じデニムを上下で着ていて、それがカビ臭いだの貧乏なのと馬鹿にして仲間外れにされたりするのです。それでも休まずに登校する姿を見て、「偉いな、頑張れ」と密かに思ったものです。部活やクラスが被ることもなく、実際にそんなに話す機会もほとんど無かったんですけども。英語ではいじめを「bully」と言います。ちなみにそのタイトルの映画もあって、最上級の「いじめ」の話で、見るとちょっと気分が悪くなる映画ですが、それがアメリカの「いじめ」のリアリティーって言うんでしょうか。いじめをする人というのは自分がいじめられたことがないからするのかなって思います。誰もが1度は疎外感を感じる状況になったり、無視をされたり、影口を叩かれたりしたことがあると思うのですが、その状況に気づいて優しくしてくれたり、一言かけてくれたりすることでどれだけ救われた気持ちになるか経験したことがないんでしょうか。小さな世界にいるとそういうことにも気づかないのかもしれません。僕は東京を出て知らない世界に行ったことで、初めて本当の意味での人の親切さや暖かい言葉の意味に気づいたような気がします。いじめの加害者になるような人たちというのは一度、1人っきりで外の世界に置いてくのがいいのかなって僕は思います。自分の小さな世界、その中で小さいなりの権力とか人間関係のアドバンテージを取れる環境から、誰も知らない、それこそ言葉も通じないような場所に置いてく。それまでの常識や力も関係なくなります。そこで初めて自分がいかにちっぽけな存在であり、自分が持っていた力というものもそれまでの環境がもたらしてきたものだけで、自分の本当の力ではないということに気づくんじゃないかって思うんです。周りに知り合いが多いから、集団だからといじめをする人が多いと思います。自分1人になってみればそれがいかに愚かなことだっていうことに気づくと思うんですが。

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「いじめ」っていうことについて話していましたが、僕には日本語に対してものすごく不満に思うことがあります。日本語というのはとても美しくて色んな事柄を表現するのに実に細かくたくさんの言葉があって素晴らしいとは思うのですが、同時にとても回りくどいというか、抽象的な言葉もたくさんあって、そのやんわりとした表現になることで本質が見えにくくなることが多いというのに不満が多いのです。例えば不祥事があった時に政治家が判を押したように「遺憾だ」と言います。“遺憾”とは何でしょうか?辞書で見ればそれは「思い通りでなく、残念なこと」「残り惜しく思うこと」とあります。漢字の字面でオフィシャルに謝ってるんだなぁと見えますけど、実はそんなことなくて、とても他人事な言い方です。その後どうするかとか、どういう意見があるのか何も示していない。フォーマルに聞こえて、「責任を取らないよ」というとてもあやふやな言葉です。だから“遺憾”と言っておけばとりあえず良いという風に使われまくるのです。日本語というのは言葉を言い換えるだけで突然、軽い雰囲気になってしまうものです。一時期流行った「脱法ドラッグ」という言葉や「援交」とか言葉を変えるだけでなんとなく印象がソフトになってしまって、そこに罪悪感を感じない人が増えるような気がするんです。その筆頭であり、もっとも最初に変えなければいけないという言葉が「いじめ」という言葉だと思います。「いじめ」って小さい頃から使う言葉じゃないですか。「幼稚園で誰々くんがいじめたー」と言う時や「動物をいじめちゃだめよ」なんていう風に。大人になっても何かあった時に自虐風に「もう、そんなにいじめないでよ」みたいに使ったり。そんな「いじめ」という言葉が暴力を伴う行為や、時に人を死に至らしめることに対して当たり前のように使われる。言葉の感じが軽いとその意味を人がそれぞれに勝手に解釈するわけです。仲間外れや無視、SNSでの書き込みによる嫌がらせとかは「いじめ」という言葉で表していいんでしょうか。それが「精神的暴力だ」と表現したら人はどう思うでしょうか。自分がしている行為がどういうものなのか、もう少し考えるんじゃないんでしょうか。そして、それは犯罪になり得るとちゃんと考えるのではないでしょうか。身体的に暴力を振るような行為は完全な暴行です。社会の場で起きればすぐそれは犯罪行為として立派な傷害事件になるのに、どうも学校や会社で行われると「いじめ」という言葉で処理して、何かとやり過ごそうとする傾向があると思います。どんな場所であれ、それが行われたら暴力であり、それは犯罪であると日本の社会全体で受け止める必要があるんじゃないのかなと。特に学生、少子化が叫ばれていて色々なことが言われてますけど、まず今いる若い人たちを大事に大事にしていくっていうのが、まず僕らがやる義務であると思います。なので、ただの言葉使いですが本当に言葉を変えていくべきだと思うんですよね。もう「いじめ」とは呼ばないで、この場合は「精神的暴力」とか「ただの暴行」だとか。そうやって使っていけば人の意識っていうのは変わって行くんじゃないんでしょうか。