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当番組のPodcastは・・・
毎週日曜日の午後8時に最新版を
アップしています。
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『TRAVELLING WITHOUT MOVING』・・・
「動かない旅」をキーワードに旅の話と、
旅の記憶からあふれだす音楽をお届けします。
ナヴィゲーターは世界約50ヶ国を旅した野村訓市。
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--- “終わり”のための活動 ---
テーマは「終活」
今、訓市が真剣に考えているのが
“人生の旅”をスムーズに終焉するために欠かせない
「終活」について
趣味と仕事で収集した膨大なコレクション...
スケートボード、自転車、ステッカー、写真集、
書籍、CDにレコードなどなど
次の世代に受け継ぐための方法を真剣に熟慮中!
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「旅」と「音楽」に関するエピソードや
思い出の“お便り”をお待ちしています。
「旅先で聴きたい曲」のリクエストも大歓迎!
番組サイトの「MESSAGE TO STUDIO」から
“お便り”を送信してください。
MUSIC STREAM
動かなくても旅はできる。
ミュージック・ストリームに
身をゆだねてください。
Rapp Snitch Knishes / MF Doom
Graduation / Hyukoh
I'll Haunt You / Tennis
How To Be A Werewolf / Mogwai
am08:59 / Richie-G
Heaven Or Las Vegas / Cocteau Twins
Sugar For The Pill / Slowdive
Sparks (Instrumental) / Evan Jacobson
Undo My Eyes / cktrl
ON AIR NOTES
どんな会話を交わしたのか。
何を見たのか、何を聞いたのか。
その音の向こうに何があったのか。
KUNICHI was talking
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「終活」という言葉がありますがリスナーの皆さんはどんな考えを持っているでしょうか。大学4年生がする「就活」ではなくて人生の終わりに向かってどう暮らしていくか、終わりの活動の意味での「終活」です。なんとなく考えないとなーと思い出したのは50歳になったあたりでしょうか。元気なうちは死ぬまで働かないとやって行かないと行けないというのは確定なのですが、持続可能な働き方とはどんなかなーとか、そもそも今やってる仕事を今のままのやり方で続けて行くのは無理なわけで、どう変えて行くかも考えなきゃなとか。何より、今持ってるものとかをどう処分していくかっていうことですね。無駄にあるスケートボードの板や自転車からステッカーやら、趣味で集めましたが仕事の参考にとずっと買い足してきた写真集や建築本、そして昔から持っていて、もうプレイヤーもないのに処分できないCD、そしてレコード。居候生活が長くて物を持てるようになってからはまだ20年ちょっと。大きな登山リュック1つに収まっていた自分の持ち物は31歳の時に、初めて自分名義で部屋を借りて友だちと共同生活を送り始めてから、雪だるま式に増えていきました。ただ、どれにもこれにも思い出があります。ダッフルバッグに入れて肩がちぎれるほど重くなるまで買って持って帰ってきたアメリカの本、色んな街で出会った人からもらったお土産、亡くなった友人の持ち物をみんなで形見分けした中からもらったカバンや水晶。見ていくと捨てられない物ばかりで、どんどん増えていくこれらの物をどうするか。死ぬ時はカバン1つの手荷物だけ残して綺麗に去るというのが理想なんですけど、それが今の僕のぼんやり考えてる終活の1つなんですが、それともう1つって言うのが、どっかのタイミングでお世話になった人たちにちゃんとお礼をしたいなっていう終活ですね。そう思った理由が2つあります。1つは去年ちょうど僕がロサンゼルスにいる時、オジー・オズボーンの引退ライブをテレビでやっていました。絶対見なければと友達の家で集まったんですが、オジー・オズボーンという人はヘビーメタル界、ハードロック界の帝王と呼ばれた人です。Black Sabbathというバンドのボーカルとして有名になり、ソロになってからは数々の名ギタリストを発掘しながら第一線を走り続けた人で、ヘビメタだけではなくパンクやグランジのシーンにも大きな影響を与えた人でした。そんなオジーは晩年、体の調子が悪くてパーキンソン病など病気も重なり、2018年のツアー途中からライブすらやってなかったんですが、「自身のキャリアを締めくくる最後のライブを開催する」と去年2月に突然発表しまして、7月に自分の故郷・イギリスのバーミンガムという地方都市において最後のライブを行ったのです。オジーに影響を受けたというアーティスト、バンドが集結してオジーのために演奏しました。AerosmithだのMETALLICAだのGUNS N' ROSESだの、メタルやハードロックを好きな人なら1度は聞いたことある名前の人たちが、ほぼ集まりました。
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そして、そのライブで普段はもう車椅子に乗ってしか動けなくなっていたオジーはステージに作られた玉座のような椅子に座り、圧倒的なパフォーマンスを行いました。鎮痛剤を打つと声が出なくなるようで、半年以上控えて、この日のためにボイストレーニングをしてきた成果でした。そして世界中のファンにそれまでのサポートの感謝を述べたオジーはそのライブの17日後に亡くなりました。生前葬と言いますか自分の口でちゃんと感謝を述べて燃え尽きたオジー。あっぱれな人生の巻き引きとはこのことだよねと知り合いみんなで話していました。そしてもう1ヶ月前になりますが嵐の最後のコンサートを見ました。あれもあれで素晴らしい終わりだなと思いました。まだ余力があるうちに、続けようと思えばできる状態で最高のパフォーマンスを見せてファンにちゃんとそれまでの感謝を述べる。それってやっぱり素晴らしい終わり方だなと思いました。ライブ中、「99年のデビューで、26年半の長さを同じメンバーでやり切った」と話していましたが、僕が日本に戻ってきて働こうと思ったのも99年で、それから今の今まで同じメンバーで活動してきたっていうのは本当に凄いことです。その26年半というのを振り返ってみると僕の人生にも色んなことがありました。いつも一緒にいた仲間でも亡くなった者もいれば、どこかで道が分かれて、いつの間にか合わなくなった者もいます。自分の環境というのは自分が望む望まないに関係なく変わっていきます。人もずいぶん変わってきますし、そういう自分も気づかないうちに変わっているのかもしれない。それが争うことの出来ない流れに身を任せる、それが人生なのかもしれません。好きだった物も価値観も少しずつ変わり、僕らの人間関係を変えていくのです。気づいたら99年から今までっていうのは僕の53年の人生の半分が経ったっていうことなんですよ。そんな長さを同じ仲間と活動してきたというのは本当に凄いことだと思います。まあ、僕も一緒に内装する仲間というのは90年代に出会った仲間で、未だに机を並べて仕事をしていますから俺たちも結構凄いんだなとも思いましたが、それでも3人ですからね。嵐は5人。ま、僕らの場合、余力があるうちにお礼を言って引退するほど余裕がないので、死ぬまで仕事を探して働き続ける必要があるとは思いますが、せめてオジーのようにと言いますか最後はちゃんとお世話になった人たちにお礼をしたいなと。そのためにはどうやってこれから生きて行けばいいのかなと考える今日この頃でした。
野村訓市
1973年東京生まれ。幼稚園から高校まで学習院、大学は慶応大学総合政策学部進学。
世界のフェスティバルを追ってのアメリカ、アジア、ヨーロッパへの旅をしたトラベラーズ時代を経て、99年に辻堂海岸に海の家「SPUTNIK」をプロデュース。世界86人の生き方をたったひとりで取材した「sputnik:whole life catalogue 」は伝説のインタビュー集となっている。
同名で「IDEE」よりインテリア家具や雑誌なども制作。現在は「TRIPSTER」の名で幅広くプロデュース業をする傍ら、ブルータス等の雑誌などで執筆業も行う。


