働きながらキャリアアップのための資格を取りたい、趣味の幅を広げたい、という時に役に立ってくれるのが「通信教育」です。
通信教育最大手のユーキャンでは、法律・ビジネス、医療・福祉、ITなどの資格取得や、手芸、絵画、音楽、料理、ペン字と行った実用・趣味といった分野まで、実に150を超える講座があるそうです。また、テキストやDVDなどが自宅に届き、自分の好きな時間に勉強する、という従来型のスタイルに加え、最近ではネットを使った双方向のオンライン講座なども増え、学べるジャンルの幅もより広がっています。そこで、この時間は「世界の通信講座事情」と題して、海外の事情を伺います。
●アメリカ・北カリフォルニア在住 大西良子さん
Q1 通信教育の歴史が古いアメリカですが、今も通信教育はさかんですか?
A1 はい、盛んですね。特にインターネットが誰もが使えるようになったここ10年くらいの間に無料のオンライン学習コース「Massive Open Online Courses (MOOCs・ムークス)」というのが台頭してきています。これは登録さえすれば、誰もがコース教材のビデオなどを見て、自分で学習できるプラットフォームです。主なものは20くらいあるようですが、中でもCoursesa(コーセラ)というプラットフォームは(日本にもあり)カリフォルニア・スタンフォード大学のコンピュータサイエンスの教授らが立ち上げた学習の無料のサイトで、講師となっているのは、200位上の世界中の大学の先生や企業の有識者で、「全ての人の」教育・知識の向上のためにいろいろなコースを無料提供するもの。日本語のサイトによると、学生向けと企業向けがあるようです。オンラインで一流大学の学士号が取得できる、とあります。
Q2どのような講座が人気なのでしょうか?
A2 人気のコーストップ3は
1位が「A I=人工知能= FOR EVERYBODY」みんなのためのA I、A Iをどう活用するかというコース
2位は「The Science of Well-Being」(よりよく健康に生きるための科学)という自己啓発もの
3位は「Deep Learning Specialization」(深層学習―A Iの学習方法)などアルゴリズムやA Iの学習方法を人間が学ぶ、という専門的なコース。情報技術系、あとは社会心理学とか、プログラミング、紛争の解決方法など、テクニカルなものや自己啓発、メンタルなものが人気のようです。理系のものが多い印象です。企業内教育としても使われているようです。
Q3 資格取得ができるようなものはないのでしょうか?
A3 仕事関連の資格は学位とは別物で、それぞれの州での営業許可(ライセンス)をとらないとできないので、基本は、住んでいる州の業種の試験に合格することが必要。ですから、オンラインで勉強しても、自分の住んでいる州で営業できない場合も出てきます。また、アメリカではその分野での実際の経験がものをいう社会なので、仕事に直結する意味での資格としては、やはり実務を伴わないと、資格があっても「使えない」ことがあります。例えば弁護士は、法律専門大学院でジュリス・ドクター(J D)と言う博士号をとった上、営業する州の「バー・エグザム(弁護士活動するための試験)」を受けて受からなくては、弁護士として勤務することができません。こうした試験は対面式が原則です。
Q4 いわゆる趣味の分野でいうとどのようなものがありますか?
A4 MOOCsでもアートや語学など「趣味」を提供していますが、ほとんどの大学で生涯教育はいわゆる「Continuing education」と言って、年齢制限や受講資格を問わず、オンラインや対面で提供しています。語学をはじめ、家計のやりくり方法(アメリカ人の多くが貯金が日本ほどない、クレジットカード破産や医療費破産が多い)はじめ、ピアノなどのアート系、歴史を学ぶ、マーシャルアーツや運動など趣味となるものを提供します。もちろん運動系はオンラインというわけにはいかないので対面式になるわけです。こうした「習い事」のほか、趣味の分野ではアメリカでは愛好家のネットワークが盛んなので、それぞれの地域でグループを作っていて情報交換が盛んです。「柴犬愛好家」とか「秋田県愛好会」「日本刀研究会」「盆栽クラブ」といった日本関連のグループもあります。
Q5コロナ禍で通信教育が広がっていくような動きはありますか?
A5 はい、ますます広がると思います。ただこうした無料オンラインコースの台頭に伴い、いわゆる「大学」は、むしろキャンパスライフとか、大学生活とか、そうした対面式のコミュニティーづくりに力を入れていると思います。今カリフォルニアの大学では対面式が一部再開されていますが、対面式の授業でもオンライン授業で使ったメソッドを生かしてさらにエンハンス(より良い内容にする)させることが求められるようになり、まさに「ニューノーマル」と言うところです。対面授業をしながらオンラインでも同時に配信する「コンカレント」授業も始まっており、勉強したい人にとっては実に、様々な選択肢がでてきていると言えるでしょう。
●フィンランド・エスポー在住 / 遠藤 悦郎さん
Q1 先ほどアメリカでは従来型の通信講座より、今はネットを使った講座が主流だというお話がありましたが、フィンランドではどうですか?
A1 70-80年代などは日本の「通信教育」のように、郵便を使って教材と課題が往復するタイプのものもあったようですが、現在ではほとんどないそうです。通信制の大学や中等・高等教育(大学など)の登場も日本と比べると遅いようで、90年代以降になってから。いわゆる通信教育自体は、日本のように盛んではなかったようです。その代わりと言ってはなんですが、公共の成人教育/生涯教育の学校を地域の自治体が中心となって各地に「学校」を設立していて、伝統的にもそちらの人気がすごいです。国民に広く、実益と趣味のための、さまざまな知識やスキルを身につけてもらうための非営利の学校なので、学費も安く気軽に参加できます。コロナの影響でオンライン、オンラインと対面のハイブリッドの授業形態が増えましたが、原則としては対面で、座学なり実技なりを教える形です。日本のカルチャーセンターに似ています。
Q2 なるほど、この「成人学校」ではどのような講座があるのでしょうか?
A2 特に首都圏だと規模も大きいのでジャンルがその幅の広さには目を見張るものがあります。地方でも基本的な人気のあるものはかなり用意されています。哲学、歴史、教育学、心理学、文化、社会学、起業、ビジネス、会計、外国語、文学、演劇、建設、リフォーム、インテリア、電気、園芸、ありとあらゆる趣味、料理、美術、写真、コンピュータ、プログラミング、手芸、クラフト全般、スポーツ、ヨガ、健康管理、自然、環境、機械、運輸、音楽、メディア etc.... 価格はまちまちですが、例えばある成人学校の、4ヶ月の日本語のコース、オンライン、90分12回で5500円ほど。椅子など家具の布の張り替えDIY講座、4日間、約30時間、対面授業のコースで 1万円ほど(材料費800円) など。コースによっては無料のものもあります。
Q3 資格取得のための講座ではどのようなものがありますか?
A3 現在では、ほとんどがネット経由になっていますが、おそらく資格試験の中でもかなり取得者が多いのは、レストランや食品関係の職場で働くのに必要な「衛生資格」でしょう。中高生のアルバイトでも取るほど比較的取りやすい資格なので、少量の教材と時間で良いようですが、これも今ではオンラインコースが主流です。運転免許の学科の勉強も今ではほぼオンラインのみで受けられるようになっています。
Q4 ここ最近、特に人気の講座はありますか?
A4 ここ最近一番話題になったのは、Elements of AI という、人工知能の基礎が学べる無料のオンラインコースです。ヘルシンキ大学と、フィンランドのIT企業で日本にも支社があるReactor社が共同で開発したコースで、もともとフィンランドが、EUの市民に提供するという企画でスタートして、2018年の開始から現在までに110カ国から73万人以上が参加しています。やはりコロナの影響で、一気に多くのオンラインコースが立ち上がり、「通信教育」「遠隔教育」は新しい時代に入った感じがします。ニューノーマルの一つになっていくのでは。