4月から家庭などに向けた「電力小売り」が全面自由化され、電力会社や電気プランを自由に選べるようになります。さてそんな電力自由化の先進国での「電力自由化事情」はどうでしょうか。今朝も2つの国のお二人にコネクトしてお送りします。

「電力自由化はいつ始まっていますか」という質問です。

アメリカ ニューヨーク 中村英雄さん

「1998年からはじまっていますが、現在13州のみ自由化しています」

ドイツ フライブルグ 村上敦さん

「1998年からEU指令に基づいて自由化がはじまっています」

アメリカ ニューヨーク 中村英雄さん

Q アメリカ全体で自由化というわけではないのですね...。

A 98年にいちはやくカリフォル二アで始まった電力の自由化ですが、制度設計の失敗や価格高騰などでカリフォルニア州の電力大手が倒産したりして、計画を白紙化して自由化をやめるところなども出て、ここ10年余りではあらたに自由化した州はありません。ニューヨーク州は自由化しています。

Q NYの人は電気料金に関してシビアに考えていらっしゃいますか...。

A 原油価格が下落して以来、あまりニューヨークのみんなも語らなくなったような気がします。電気の場合、携帯電話の電波などと違って送電、配電によるクォリティの違いはなく、自然に安い方を選択する傾向にあります。ただ、アメリカ人が電力会社の選択において「安い」vs.「高い」の経済的理由だけでなく、「クリーン」vs.「環境に悪影響」というモノサシも持っているということです。長期で見ると、いずれは枯渇もあり得る、政治的理由で超高騰の危険も孕む化石燃料、そして一度事故に遭うと甚大な環境被害をもたらし、さらに使用済み燃料の処理方法も見つからない核燃料を資源とした電力を「選ばない」自由もあるわけです。クリーン電力は、イルカ漁反対、ベジタリアン、LGBT、禁煙家、地ビール、廃材利用みたいに個人が自由かつ主体的に選び取れるライフスタイルのひとつになってますよね。だから電力自由化は、自分の「エネルギー観」を自由に表現できるってことなのかも知れないです。

ニューヨーク州の電力販売自由化は1990年代の半ばに始まりました。 そもそも、NY市に関していいますと、ここは電気会社とガス会社が一緒。世界でも珍しい都市だと思います。どうしてそうなったかを語ると、とても5分ではすまないのでここでは割愛しますが、そもそもトーマスエジソンが電灯を発明する前は、ガス灯が主流。全市にガス灯用の配管が網の目の様に張り巡らされていました。 それがエジソンの発明で一気に電灯に取って代わられ、エジソン自身が電気会社を設立しました。市内各所に石炭による火力発電所が設置され、その余熱はビルの暖房(セントラルヒーティング)に利用され、これまた上記のパイプが地下を縦横無尽に走るようになります。送電線、ガス管、蒸気管この全てのインフラを統合してしまえ、とばかりにできたのが現在のエネルギー専門会社コン・エジソン(コンソリデーテッド(統合)・エジソンの略)なのです。

1990年代までは、NYの電力はコン・エジソンの独占でした。ところが、発電送電の分離が早くからすすんでいたアメリカでは、規制緩和とともに、遠方の電力会社の電気も自由に買うことができるようになりました。このように電力を販売する会社をEnergy Service Company略してESCOと呼びます。現在では、州政府のサイトに行くと値段付きでESCOのリストがでてきて、ざっと数えても35以上のESCOから自由に電力会社を選べるしくみになっています。

気になる電気のお値段ですが、例えば我が家で使っているコンエジソンでは、1 kWh(1キロワット時)あたり11.0656セントを課金してきますが、ESCOのリストを見ると安いものでは7セント代から高いものでは12セントを超える(つまりコンエジソンより高い)ものまで様々です。ESCOだからといって必ずしも安いわけではないんですね。なのに、なぜ、わざわざ高いのにESCOの電気を買うのか?と言うと、例えば、料金据え置き型の特典がついている場合があります。季節によって電力消費が大幅に上下する家庭や会社では据え置きがありがたいです。また、発電方法が風力や太陽光などと明記されていてエコ仕様だったりすると、電気の素性や生産地がわかって環境保護に敏感な人には、いいです。

また、大事なことは、このキロワット時値段は、発電の値段であって、これに送電(通常はNY市の場合、コンエジソンが担当)のコストも加算されて請求書が来るわけです。なので、どんなに発電コストをESCOで押さえても、結局送電費で相殺されて対して安くないや、ってことにもよくなるのです。

結論から言うと; 電力自由化は、発電企業は自由に電気が売買できるメリットがあるので大変恩恵を受けていると思います。消費者の立場に立つと、必ずしも電気代が安くなったわけではありません。エコ意識の高い人にとっては、電力の「生産地」明記が徹底されるのでESCOの電気が市場に出回るのはありがたいことです。これは、大手メーカーの食品を選ぶか、地元の弱小メーカーの手作り食品を選ぶか、の選択と非常に良く似ていると思います。よって、電力自由化とは、価格や競争を自由化したという経済的側面もさることながら、市民に電気会社を選ぶ権利を与え、電気の素性を知る機会を与え、ひいては、電気という商品への意識(マインドセット)を革新=自由化したところに本当の意味があるのではないでしょうか?

ドイツ フライブルグ 村上敦さん

Q 自由化に向け、そして始まってからはどうだったのでしょうか。

A 自由化以前から電力の小売りの部門では多様なステークホルダーがいました。電力大手10社(大都市大規模の都市公社含む)と800社程度の シュタットベルケと呼ばれる都市公社、三セクです。自由化の過程で、大手や中小は合併や吸収を繰り返しまし、大手は4社に集約されましたが、2016年の現在でも都市公社は800社程度生き残っています。 新規参入として目立つのは、自身で大量の電力を消費し、一部自家発電している産業(必ずしも家庭などに販売をしていない)、そして再生可能エネルギーのみを販売する4社です。それ以外にも、各種の資本家や企業が開始したディスカウント電力会社が新設され、広告などでキャンペーンを張ることもありますが、想定の顧客を集められず数年で倒産している事例が目立ちます。

Q 日本でも新規参入が多く、電力以外のインフラ企業も多いようですが

A ドイツではもともと電力大手や都市公社は天然ガス供給、販売も行っていました。したがって、一部では電力とガスのパッケージ商品なども 出ていますが、それほど大きなシェアを納めていません。通信や住宅、ガソリンなどと抱き合わせの電力販売は私が知る限り存在しません。

Q 電気代が安くなる、また再生エネルギーの会社は割高になるなどという変化はありましたか。

A まず、電気代は全般的に高くなりました。物価全般は98年から2015年まで3~4割値上げされていますが(いわゆるインフレしていますが)、電気やガス、燃料は6割も高くなっています。電気の場合、これは、①増税(環境税、付加価値税19%に値上げ)、②系統拡張や利用などに関わる料金値上げ、③再エネの推進(賦課金)による、いわゆる付随料金が高騰したことが理由で、今では電気料金の55%もの割合をこの付随料金が占めています。

調達、送電、小売りといった生の電気代の部分は自由化前の水準に落ち着いていますから、自由化によって電気の価格は落ち着いているともいえます。

それから、ドイツでは、大々的な再生可能エネルギーの推進によって、再エネの発電コストは安価になっており(日本の1/2~1/3)、現在では、大手の一般電力と再エネ販売の電力会社の提供するメニューには、ほとんど価格差がないようになりました。

でも、前述したとおり、ドイツ人はシュタットベルケと呼ばれる自身の地域の都市公社からあくまで電気を買うのがお好き、という「地産地消」の傾向のうほうが強いですね。