今回は、東京・墨田区の会社【笠原スプリング製作所】が製造・販売する『てのひらトング』のHidden Story。代表の笠原克之さんにお話をうかがいました。その名の通り、てのひらにすっぽりおさまるサイズ。カスタネットのような形で、丸みをおびた『てのひらトング』。開発のきっかけは、2008年のリーマンショックでした。

「その影響をもろにというか、すごい大打撃を受けて仕事がなくなってしまったんですね。そのタイミングで、墨田区の方で墨田の地域ブランド戦略というのがありまして。それにものづくりコラボレーションという事業があるということで、そこに参加したら何か新しい道が開けていくんではないかと思ったんです。そこがきっかけになったところなんですけれども。」
リーマンショックの余波で、それまで笠原スプリング製作所が受注していた自動車や機械の部品を作る仕事が軒並み無くなりました。そこで笠原さんが参加したのが墨田区の事業で、日本を代表するクリエイターと区内のものづくり企業が共同で新商品を開発する《ものづくりコラボレーション》でした。
「チームの中にコラボレーターの他にデザイナーの方がいらっしゃいまして、その方と面談して、うちの会社に来てこういうことができるんじゃないかっていうので提案いただいたのが『手のひらトング』になるというか。うちの場合は普通の板バネというのがありまして、ちょっとトングと結びつかないかもしれないんですけれども、トングのその折り返しの部分がバネになってるんですね。」
金属の板から作る板バネ。その技を応用して、トングを開発してみてはどうか?プロダクトデザイナーの廣田尚子さんから提案されたのが『てのひらトング』でした。しかし、、、

「そんなに難しくはないだろうと思ってやっていったんですけれども、甘かったですね。 商品として世の中に出さなきゃいけないものとして成形していくので、こんなに手強いとはその時は想像してなかったです。
1回で簡単に切り抜いた板から成形して、今現状にあるトングの開いた形の成形に手間取るというか、成形してシワが入ってしまうんですね。それで、金型の方で調整してなんとかならないかっていうことでやってったんですけども、そのシワをなくすのに うちが持ってる1番大きい100トンの力がかかる機械ではしわが取れないということで、知り合いの業者さんの400トンの機械を借りて試してみたんですけれども、それもやっぱり力技ではどうもシワが入ってしまう。どんなに強い力でも、どうしても結果が変わってこないということになりました。 」
笠原さんは新潟や山梨のメーカーもたずねて教えを請うなど、製造方法を模索しました。結局、墨田区の中小企業センターに相談して試行錯誤の末、新たな金型を制作。ようやくトングの形を生み出すことができました。
「そこから今度バネにしなきゃいけなかったんですけども、トング自体の折り返しの部分がトングの面積に対して小さいから、その折り返しの部分に負担がかかるんですね。それで、曲げただけではバネの反発するような作用が出ませんので、加工してバネにしてるわけなんですけど、最初に作った時どれぐらい持つんだろうっていうのを試してみたら1万2000回、3000回ぐらいしか持たないっていうことに気づきました。もうちょっと使えた方がいいよねということで、またその金型に細工をしまして2万4000回ぐらいは持つように工夫をして、それで初めてトングとして機能するというか、バネになって掴めるようになるという。」
最初のきっかけからおよそ2年。笠原スプリング製作所にとって初めての一般向け商品、『てのひらトング』発売開始。さらにその後、再び、墨田区の《ものづくりコラボレーション》で、このコーナーでもご紹介した〈セメントプロデュースデザイン〉の協力のもと、"ツリーピック"という商品も開発。様々な小さな食材を、木を模したステンレス製のピックにさして楽しむこのアイテムも人気となりました墨田区の支援も受け、活動を続ける笠原さん。地元のものづくりについて、こう語ります。
「ものづくり、もともと金属だけに限らず、メリヤスですとか革小物とかですか色んな業界の仕事が多くてですね、墨田区はものづくりの事業者さんに手厚い支援をしていただいてます。今やはり町工場自体は減ってはいるんですけれども、頑張ってらっしゃる方はまだまだたくさんいらっしゃいますので。」
時代の流れとともに変わる、下町のものづくり。最後に、笠原スプリング製作所の今後のヴィジョンを教えていただきました。
「会社として、そんなに色々次から次と商品をできる体制ではないっていうところが正直なところはあるんですね。でも別の会社さんの商品のお手伝いとか、そういうことはできると思いますので、そういうところにも重きを置いて。また、自分のところで工夫してできる商品もまだあるとは思うんです。それで、今のSDGSじゃないですけれども、うちにある古い曲げ型とか そういう持ってるもので何か作りたいなと思ってるところはありますね。」