今回は、集英社のマンガ誌アプリ【少年ジャンプ+】の編集者として、『SPY×FAMILY』、『チェンソーマン』、『HEART GEAR』、『ダンダダン』など、数多くのヒット作を担当する林士平さんのHidden Story。

林士平さんに、まずは、こんなことから教えていただきました。漫画の編集者、どんな仕事をされているのでしょうか?
「基礎的な仕事でいうと、漫画家さんと打ち合わせをして実際に漫画を作成して世の中に届けるというのが、一番根幹の仕事になりますね。
なので、日々、売れている作家さんもそうですし、新人さんもそうですけど、いろんな作家さんといろんな作品を打ち合わせして世の中に届ける"お手伝い"じゃなく、ご一緒にさせていただいているというのが、ど真ん中の仕事です。
それ以外が多岐に渡りまして、自分の担当作品がアニメになるときの脚本打ち合わせ、絵コンテのチェック。それこそアフレコのチェックにまで行きます。スタジオまで行って、どんな風に音を録って、その音が作品にとって正しいのかどうか、監督さんや音響担当の方とお話して。アニメに限らず、舞台、映画、ドラマ、作品の2次利用についての監修業務が大量にありますね。」
まさに、多岐にわたる漫画編集者のお仕事。林さんが所属されているのは、アプリ【少年ジャンプ+】の編集部です。【少年ジャンプ+】は、70作以上のオリジナル連載をかかえ、読者は アプリダウンロード後は、連載中のオリジナル作品については1話から最新話まで初回全話無料。つまり、初めて読むときは 全話を無料で読むことが出来る仕様、となっています。ここにはどんな意図があるのでしょうか?
「やっぱりお客さんにとって一冊分のコミックスの値段って高いので、読んでもらって気に入られない限りは買ってもらえないと思っているんですね。なので、無料で読まれるというのはサービスということではなく、読んでみて面白かったら買ってね、という正しいビジネス感覚というか、多くの人は今の御時世忙しいので、読んでみて面白かったら買ってね、というのは読者にとってフェアな態度かなと思っています。
作家さんもデジタルで、一回のみだったら読んでほしいと思っているんで、しかも1円も生んでないわけじゃなくて、漫画の最後のほうに広告をはさませてもらっていて、ジャンププラスに入ってくる半額は作家さんにお戻ししているんですね。なので、無料で読まれているけれど広告料はあるし、無料で読んでいただいた方は未来の顧客になりえるかもしれない、ということで、正しいビジネス活動、正しい出版活動のひとつだと思っていますね。」
そんな【少年ジャンプ+】で大人気の作品のひとつが遠藤達哉さんによる『SPY×FAMILY』。

スパイの男・ロイド、殺し屋の女・ヨル、心を読む力を持つ少女・アーニャが、家族を演じながら暮らしていく物語。この設定はどうやって生まれたのでしょうか?
「一番最初は打ち合わせの前日に、『思いつきませんでした』と言いながらもプロットの骨組みをお送りいただいて、その中にロイドとかヨルの設定というか状況はあって、アーニャだけが超能力という設定はあるけれど、心を読む能力、というところまではない状態で最初の打ち合わせは始まっています。個人的には面白いなと思ったんで、この企画を掘り下げようと。そしてアーニャのキャラクターを作ろうとなり、そこでどんな超能力があるかリストにして話した記憶がありますね。すべての秘密を知っているのは、アーニャと読者だけなので、そういう意味ではキーになるキャラクターだと思いますね。ただ、アーニャの幼さが『知ってはいるんだけど・・・』というところにつながって、そこがまた面白さのひとつだとは思うんです。」
『SPY×FAMILY』は、テレビアニメとして、現在、第2クールが放映中です。アニメ化に際して、編集者の林さんはどんな風に関わるのでしょうか?
「制作会社を決める段階で遠藤さんと打ち合わせをして、どこの会社にお願いしようかと。で、お願いするところが決まったら、監督と顔合わせをして、脚本家と顔合わせをして、構成打ち合わせからしっかり丁寧にして、一話一話の脚本の打ち合わせに全部出て、そんな感じで、基本的にはなるべく全部に目を通しています。先生の美学と現場がつくるもののバランスをとることを繰り返している、という感じですね。」
そしてさきほど、アフレコ=つまり、俳優さんが絵にあわせて声を録音するところにも立ち会う、というお話がありましたが、実は、『SPY×FAMILY』についてはそのキャスティングの現場にも同席されたそうです。
「例えば、アーニャのスタジオ・オーディションは遠藤先生も僕も、最後の何人かになったときは、これは直接聞かないとわからないなと思って、スタジオに行って相談させていただいた記憶がありますね。アーニャについては、結構いろんなパターンがあって苦悩したんですけど、やはりスタジオで聞かせていただいて、種﨑さんにやっていただくことになって本当によかったなと思ってます。とてつもなくアーニャの声だなと今でも思ってるんで。」
アーニャの声を担当されている、種﨑 敦美さん。そのオーディションにもご一緒された、というお話でした。さあ、アニメ化についてのHidden Story、明かしていただきましたが、『SPY×FAMILY』の原作の魅力、、、林さんはどこに感じているのでしょうか?
「遠藤さんが描かれる絵やネーム運び、実は遠藤さんはとてもハイレベルなことをあのページ数にねじこんでいまして、読みやすくて情報が詰まっている。だいたい情報を詰め込むと読みにくくなったりわかりにくくなったりしますが、遠藤さんは非常に読みやすく、テンポよく、気がついたら読み終わっているというレベルの、とてつもなく読みやすい漫画であり、かつ、遠藤さんの描く絵が素晴らしくて、どこを切り出してもグッズになるよね、というような、精緻なというか魅力的な絵を描かれる方なんですよね。物語の構成とかドラマも端々まで、細かいところまで気をつかわれていて、隙がない本当に良質なエンターテインメントを積み重ねていただいていて、そこが原作としての『SPY×FAMILY』の強度というか、面白さを感じる部分かなと思っております。」
編集者、林士平さんに最後にうかがいました。どんな想いを持って作家さんと付き合い、どんなことを考えて日々お仕事をされているのでしょうか?

「自分の担当作家については自然に好きになっちゃうというか、彼、彼女たちがまだデビューする前から付き合っている方が多いので、そんな作家さんたちが売れたり売れなかったり、話題になったりならなかったりしながら、どうにか自分の作品を届けようという、その横で見ていると好きになりますよね。本当に売れていないころからだいたいの作家さんはご一緒するので、なるべくそういう人たちが幸せになってほしいなと思いながら働いていますね。」