今回は、2009年9月に出版社、夏葉社をひとりで設立。今月で13周年を迎えた夏葉社の代表、島田潤一郎さんの Hidden Story。

1976年、高知に生まれ、東京で育った島田潤一郎さん。まずは、出版社を立ち上げようと思ったきっかけを教えていただきました。

「2008年、私が32歳の頃なんですが、ちょうど転職活動を開始しようかなと思ったときに、幼い頃から仲良くしていたいとこが事故で亡くなりまして。それが非常に人生の大きな転換点になったのですが、ちょうどその2008年はリーマンショックの年でもあって、思うような仕事が全く見つからなかったんです。

結局、半年間ぐらい転職活動をして、50社から不採用の連絡をもらって、自分はいったい何をしたいのかな?と思ったときに、親しかったそのいとこ、、、というよりも、お世話になった叔父と叔母、そのいとこのお父さんお母さんのために何かやりたいなと思ったのが、会社を始めたきっかけです。」

2008年、島田さんが幼い頃から仲良くしてきた いとこ、ケンさんが事故で亡くなります。悲しみにくれる中、島田さんは、一遍の詩と出会います。

「『千の風になって』という有名な詩がありますけれども、その詩に少し似た、亡くなった人から生き残ってる人たちに向けて語りかけている詩があって。それはイギリスのヘンリー・スコット・ホランドという100年前の神学者が書いた詩なんですけども、たまたまいとこが亡くなっていろんな本を読んでるときにそれに出会って、この一編の詩で本を作りたいな、という思いがありました。最初にその詩があって、さらに叔父と叔母のために何かをしたいという思いを合わせて考えたときに、叔父と叔母のために本を作ろう、というふうに考えたんですね。」

亡くなったいとこの両親、島田さんにとってのおじさん、おばさんのために本を作りたい。この一冊の本を作ることが、出版社設立のきっかけでした。しかし、一遍の詩だけで本を作ること。これは難航し、 時間を要することとなりました。

最初に手がけたのは、『レンブラントの帽子』という本の復刊。

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さらに、2冊目は、かつて大森にあった古書店の店主、関口良雄さんの本『昔日の客』の復刊でした。この本はすぐに増刷。

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しかも、ピースの又吉直樹さんが、『昔日の客』を、ラジオ番組で おすすめの本として取り上げました。

「さらにその後、奇跡のような話があって、又吉さんがそんなふうにラジオで本を取り上げてくださったから、『なんとかして又吉さんにお礼の気持ちを伝えたい』と思ったんですけど、連絡するあてもなくて。吉本に連絡して、この気持ちが伝わるのかどうか、ちょっとわからないなと思って。知っている書店の人たちに『この店に又吉さんは来ますか?』っていう話をしてい端です。ある時、下北沢の古書 ビビビという古書店、古本屋さんなんですけど、うちの本を取扱ってくださっているお店があって、その店主の馬場さんに『又吉さんはこの店にいらっしゃいますか?』と聞いたら、『一度も来たことないですね。』と言われたので、『昔日の客』の次に出す本がちょうど出来上がったので、『もし、又吉さんがこの店に来ることがあれば、うちの新刊を又吉さんにお渡ししていただけませんか?』と、半分冗談のような気持ちで言って、向こうも『もし、来たら渡しますね。』ぐらいに話していたんです。

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そしたら1週間2週間後ぐらいに、ピースの又吉さんがそのお店にふらっといらっしゃって、しかも、その渡そうと思っていたうちの新刊をレジに持って『これください』って来てくださって。その店主の方が、『いや、これは夏葉社の島田さんからのプレゼントなんです。』っていうことを話してくださって、奇跡的に又吉さんにお礼の気持ちが伝えられて。」

最初に作りたいと思った、一遍の詩をもとにした本=息子を亡くしたおじさん、おばさんのために作ろうと思った本『さよならのあとで』が発売になったのは、2012年のことでした。

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おじさん、おばさんのリアクションは、どんなものだったのでしょうか?

「そんなに、そこまで思ったほど喜びの声もなくって。それよりも僕が僕にとってのいとこ、彼らにとっての息子のために会社を立ち上げて、本を作る。また、こういうふうに、そのラジオに呼んでいただいて話したりするとか、いとこの死がきっかけになって僕がこういう活動しているということの方が彼らにとってはすごく励みになったみたいで。それをとっても喜んでくれています。僕も、言い過ぎかもしれないですけども、やっぱりこの会社は、最初は亡くなったいとこ、それと、叔父と叔母のためと思って始めた仕事だと思っていましたけれども、今考えてみると、その亡くなったいとこと叔父と叔母に力をもらったのは僕の方なのであって、僕は彼らに感謝をしていて、いとこと出版社をやってるような、そういう気持ちがしています。」

2009年に設立、毎年3冊から4冊の本を手がけてきた夏葉社。代表の島田潤一郎さんに最後にうかがいました。日々、どんな想いを胸に、仕事にのぞまれているのでしょうか?

「ひとりでやってる出版社、というものに期待してくれる人が何人かいるわけです。そういう人たちの期待に何としても答えたい。だからなんというか、パン屋さんとか蕎麦屋さんのご飯を作ったりパンを作ったりして提供しているような、そういう感じがします。

とにかくいいものを頑張って作って、お客さんが満足して対価を支払ってくれれば、次のものもまた作れるわけですから。お客さんの層を広げるのではなくて、目の前にいるお客さんを大切にして、彼らがうちの本を買って、これは良くない、とか、裏切られた、とか、島田さん最近調子に乗ってるな、とか、そう思われるものではなくて、その支払ったお金に見合ったものを手にして、(それが)よかったらまた買いたいなと思ってくれる。そういう売れるものをちゃんと作ることができれば、自分の仕事はずっと続くはず。だから、そういう食べ物を作るように、そういうものをずっとコツコツ作っている。自分が好きなお店とかっていうのはそういうお店なので、中華料理屋さんとかお蕎麦屋さんとか、彼らを見てると、自分の仕事をイメージしやすいですよね。ああいう仕事をしたいなというふうに思いますね。」

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島田潤一郎さんの著書「あしたから出版社」

夏葉社ウェブサイト