レゲエの曲に使われるリズムパターン=レゲエではRiddimと呼ばれますが、そんなRiddimのなかで、80年代、数多くのヒットを生み、モンスター・リディムのひとつとも呼ばれる【スレンテン】。

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このリズムパターンを作ったのは、日本の会社、カシオ計算機の奥田広子さん、という方です。どんな経緯で このリズムパターンを生み出し、それがジャマイカのミュージシャンに使われることになったのか? そのHidden Storyご紹介します。

奥田広子さんがカシオ計算機に入社したのは1980年。入社のきっかけは、その前の年、1979年の夏。奥田さんが通っていた国立音楽大学にカシオから、ある募集がありました。 

「カシオ計算機が『電子楽器分野に参入するので、ついては楽器の専門家を何人か取りたい』ということで、開発職を募集していたんです。それで、会社訪問したときに『カシオが12月に発表するよ』と言っている"カシオトーン201"を見せてもらって弾いて、こういうところが良い、こういうところがどうだ、問題だ、みたいな意見を言った覚えがあります。」

80年の春、カシオに入社する奥田さんですが、大学の卒論、テーマは『レゲエ』だったそうです。

「私の卒論はレゲエでした。当時の音大というのはクラシックがほとんどで、教えてくださる先生はいないので、自分で調べてたくさん本を読んでたくさんレゲエのレコードを聞いて論文をまとめて、バロック専門の先生に見ていただいて、『文章的には問題ないからいいよ』と言っていただき、卒業できた、というそんな感じです。」

そんな奥田さん、カシオに入社後、カシオが最初に発売したキーボード"カシオトーン201"に続く機種、"カシオトーン MT40"に搭載するリズムパターンの制作を担当します。

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「ずっとロックを、もちろんプログレとかも聞いていたので、電子楽器も結構詳しくて、『じゃあポップス系のパターンを作ってみる?』みたいな感じで。『ベースとリズムの音源はあります。でも、伴奏コード、オルガンだったりギターだったり、そういう音源はないので、リズムとベースだけで、パターンを作ってね』という、そういうのも珍しくて、この機種しかそれはないんですけど。結果的にコードがないので、目いっぱいベースをブーストできた、というのがあって、それがやっぱりジャマイカ受けしたんだろうなって思うふしがあります。ダブとか聞いていただくとわかると思うんですけれども、ベースの音量半端なく大きいんで。コードがないおかげでそういう割ととんがったバランスになって、それに対してギターとか入れれば、もうレゲエになっちゃうねっていうような。コードがないところが結構プラスになったのはジャマイカならではかな、というふうに思っています。」

奥田広子さんがいくつか開発したリズム・パターンのうち、『ロック・パターン』と名付けられたのがのちに『スレンテン』と呼ばれるものでした。*つまり、もともとはロックをイメージして作ったリズム・パターンだったんですね。このリズム・パターン、実際に商品に搭載する前に、当然、会社の確認がありました。

「基本的には、音楽に関してわからないから私達が入ったっていうのがあるので、一応、尊重してくれるんですけど、最終的にはそれを通すかどうかみたいなのをお偉いさんにお聞かせするんです。そのときにどうしても私がロックパターンを通したかったので、もう一つすごく過激なパターン作っておいて、そっちは『それは駄目』って言われたんですけど、ロックパターンは無事に通ったっていう。そこはちょっと狙いました。」

"カシオトーン MT40"に搭載された『ロック・パターン』。これが、ジャマイカのミュージシャンの耳にとまり、曲に使われます。大ヒットとなったのは、ウェイン・スミスの『Under Mi Sleng Teng』。曲に使われていることを、奥田さんはどうやって知ったのでしょうか?

「私が知ったのは86年にミュージックマガジンに掲載された『スレンテンがレゲエを救う救世主になる』という、『何がレゲエを救うのか』という記事ですね。それを読んで、この中にカシオトーンっていうのが出てきて、それがすごく受けてるよ、というのが書いてあって。『ブブブブ・ブブブブ・ブブブブ・ブッブ』って書いてあったので、間違いなくこれだと思って、それで知りました。」

ウェイン・スミス、『Under Mi Sleng Teng』の大ヒットによりスレンテンのRiddimは一気に広がりました。そもそもは、ロックをイメージして作られたリズム・パターンですが開発の際は、こんなことも意識されていたそうです。

「トースティングしやすいとか、そういうところはこだわりとしてありました。ジャマイカではもう60年代の音楽からDJとか音楽に合わせて喋ったり歌ったり、ラップのような形態っていうのはすごくたくさんあって、そういうものをいっぱい聞いていたので。ベースとリズムしかないんで、このベースに合わせて、喋りやすいっていうか、そういうパターンを狙ったというのはあります。それが多分、ジャマイカの人たちには受けたのかなとは、後で思いました。」

最後にうかがいました。レゲエで広く使われ、大ヒットを生んだRiddim【ステンテン】を開発したことについて、奥田広子さんは、いまどんな感想をお持ちなのでしょうか?

「私がレゲエに興味持って、カシオが電子楽器やるよ、と言ったときに音大生を募集するんですけど、実はそのときにまとめて募集したぐらいで、あとはほとんど補充するときぐらいしか募集していないので、たまたまそこで入れたっていうのも面白いです。そして、その後、最初の機種としてこういうのやってね、というのが回ってきたのも面白いですし、そこでこういうものを作って、それがジャマイカまで行ってレゲエに使ってもらえたっていうのは、とても本当に幸せなブーメランが戻ってきたみたいな感じで。物を作る人間にとっては一つの文化ができるっていうのは最高のことなんですけど、最初の機種でそれができちゃったっていうのが、もう本当に幸せな開発者だと自分では思っています。」

カシオ計算機ウェブサイト

奥田さんが現在開発に携わってらっしゃるMusic Tapestryのイベント「Music Tapestry Exhibition」が渋谷ヒカリエで開催されます。
こちらに関して、放送でお伝えした日程に誤りありました。
正しくは「9/14~9/19」です。