今回ご紹介するのは、アメリカ・ニューヨークを拠点に活動するジャズ・ピアニスト海野雅威さん。
2020年9月、海野さんはニューヨークでヘイトクライムによる暴行事件にあい、重傷をおいます。しかし、そこから再び立ち上がり、ニューアルバム『Get My Mojo Back』を今月リリースされました。先日、一時帰国中の海野雅威さんにお話をうかがいました。
海野さんがニューヨークへ移住したのは、2008年。海野さんが敬愛するピアニスト、ハンク・ジョーンズさんをはじめ、レジェンドたちと交流し、ジャズの本質に迫りたい。そう思ったことが移住のきっかけだった、ということなんですが、、、ハンク・ジョーンズさんとは、ハンクさんのご自宅でセッションするなど親交を持つことができました。また、ドラマー、ジミー・コブさん、トランペッター、ロイ・ハーグローヴさん、それぞれのバンドにも参加するなど、海野さんは アメリカで 素晴らしい時間を過ごしてきました。
「ジャズの本質っていうんですかね、形じゃなくてどういう精神で彼らはジャズをしてるか。それは音楽だけじゃなくてその生きざまを見てって学ぶことが一番多いんですけど、そういう全てのことです。その音からだけなく、この人間がこういう音楽をやってるんだっていうのをダイレクトで学ぶ一番の機会というか、発見だったんですよね。やっぱりどうしてもその人でしか生み出せない音楽っていうのがこのジャズをどんどん豊かにしてきた一番の要素と思うんです。ジミー・コブのシンバル・レガートっていうんですけど、彼の叩くシンバルのビートは今でも僕の中から抜けませんし、一瞬一瞬のそういう音で会話できた喜びとか、ロイ・ハーグローブの音は今でも心の中にありますし。」
ニューヨークで豊かな音楽体験、音楽活動をしていた 海野雅威さんですが、2020年9月、事件は起こります。
アジア人であることだけを理由に暴漢が襲いかかり、海野さんは右腕を骨折するなど 重傷を負いました。
「ピアニストの生命を諦めないといけないかもしれないっていうことも告げられたんですけど、違う病院に行ったら、その先生は『手術をすれば回復の見込みはまだある』ってことを言ってくれたんで、そのセカンドオピニオン的にその先生のとこで手術をしたんです。幸い、生まれたばかりの息子の存在に助けられたり、仲間がクラウド・ファンディングをすぐに立ち上げてくれて、1人じゃないんだよっていうことを示してくれるような大切な仲間に恵まれたので、この時期は闇と光を同時に見たようなそういう感覚でした。」
その後、海野さんは日本で療養します。ピアノを両手で弾くことができたのは、事件から半年後の去年の春。そして、腕の状態に加え、海野さんを悩ませていたのは、『もう一度、アメリカへ渡るのか、このまま日本に帰国してしまうのか』ということでした。
「それがもう本当に毎日毎日悩んで、療養で日本にだいたい5ヶ月滞在しました。こんなアジア人ヘイトで親が襲われたようなところで子供を育てるっていうことも、自分がただジャズが好きっていうだけでニューヨークにいるっていうような時期を過ぎたというか、家族のことをみんな考えないといけないし。結局、アメリカはアメリカで本当にニューヨークのジャズコミュニティで大切にしていただいて、仮に僕が『日本にもう帰ります』と言ったらそれはそれで、『新たな人生だから』と応援してくれるとは思うんですけど、でも彼らのことを思うと、内心は、、、事件さえなければずっと俺たちと一緒に演奏できたのにっていうのを思いを残してしまうことは確実だと思ったんですよね。だから必ず復帰したい、それは日本だけで復帰するんではなくてアメリカでも心配してくれた友人・仲間・先輩と一緒にまた演奏できるっていうことで復帰することで、その悲しい事件を悲しいだけで終わらせたくなかったんですよ。」
2021年5月、海野雅威さんはふたたびニューヨークへ。8月には、ギタリスト、ジョン・ピザレリのバンドでステージにも復帰しました。さらにそのライヴと前後して、レコーディングもスタート。ニューアルバムのタイトルは、『Get My Mojo Back』。
「『Get My Mojo Back』っていうのは、『自分の持ってる不思議な力を取り戻そう』というふうな、これは怪我を受けて自分自身が回復するというような決意を込めた強い意味合いを持ってるんです。でもそれだけじゃなくて、こういう時代に、特に『Mojo』というのはいろんな解釈できるんですけど、僕は特に不思議な生かされてる力というような生命のエネルギーの源というか、そういう不思議な神秘的なものという意味合いで『Mojo』を捉えてます。なので今こういう先行きが見えないコロナ禍で、しかもウクライナ情勢、戦争が始まってしまって、人のことを思いやれないような状況で、一人一人が大切で自分で生きてるんじゃなくて生かされてるので、だからもう全ての人の命が大事なわけで。その一人一人はそれぞれの『Mojo』を高めてこの時代を乗り切っていけたらなっていうような意味合いも、このタイトルに込めました。」
ニューヨークで出会った音楽仲間たちとともに録音された新作。アルバムの2曲目におさめられたナンバーは、『Birdbath』。
「いろんな師匠というか僕のアイドルがいるんですけど、ピアニストのジョージ・ケイブルス、彼もレジェンドで、僕はお宅に遊びに行くと、彼の庭にバードバスがあるんです。バードバスって水飲み場みたいな感じで、鳥のための器みたいなそういうので、そこに鳥が来て水を飲んだり、水を浴びたりできるようなそういうものをレジェンドのジョージ・ケイブルスは自作して作ってたんです。そういう彼の優しさに僕は胸きゅんになっちゃって。(笑) その時期にこの曲を作ってて優しい感じがしたので、『Birdbath』って名づけたんです。」
この曲『Birdbath』の最後はジャム・セッションのように展開します。
「あれもです何にも僕は説明していなくて即興的に生まれたものなんです。あの展開はもう今聞いても本当にメンバーはよく演奏してくれたなと思って。何も指示してないんですよ。だけどああいう感じで最後エンディングに向けて、鳥が飛び立つかのようにみんなで盛り上がってくるシーンが僕は好きです。」
最後にうかがいました。
アルバムが完成して、いま、ご自身としてはどんな感想をお持ちなのでしょうか?
「このアルバムは本当に『Mojo』、見えない不思議な力によって生まれたと確信できるアルバムです。やっぱり自分の力1人で生まれたものではなくて、僕を支えてくれた、復帰を願ってくれた世界中からの声とか、そういうジャズコミュニティ・先輩・いろんな人のそういう思いも詰まってるアルバムなので、こういう希望を感じられるアルバムが生まれたことに自分自身で清々しい思いです。大変なことを乗り越えて、希望を持ってやってるピアニストがこういう作品を生んだってことで、もしかして希望を持ってもらえる方がいるかもしれないし、僕のそういう事件の背景を知らなくても音楽を聴けば、何かパワーを感じてくると思うんですよね。」