今回は、東京・足立区にある印刷会社、安心堂が手掛ける『沿線グラス』に注目します。このグラスには電車の路線図と駅名がまるで目盛りのように 印刷されています。例えば、日暮里舎人ライナーのグラスには線路を表す縦の線に沿って、底の方から、安心堂の最寄り駅=江北、高野、扇大橋と続き、最後は西日暮里、日暮里と記されています。この沿線グラス、どのように誕生したのでしょうか?安心堂の2代目、丸山有子さんにお話をうかがいました。

安心堂は、インクをのせたシリコンゴムのパッドを、スタンプのように商品に押し付けて印刷する方法=パッド印刷を得意とする印刷会社です。以前は別のお仕事をされていた丸山有子さんが、お父様が創業した安心堂に入社したのは、2014年のことでした。
「最初は全然うまくいかなくて、すごく手も汚れるんですよ。ほんとに大変な仕事を始めちゃったなと思いましたね。流れ作業的なところは見てきたので、それほど難しいという感覚はなかったんですよね。手伝いも子供のころからさせされていたんですけど、まさか印刷って手間がかかるし、そこまで奥が深いとは思っていなかったのでびっくりしました。まず版をつくるところから、インキの調合もそうですし、あとは、インキとそのパッド、パッド印刷はパッドを使うんですけど、それの調節とかが結構難しいですね。」
時間をかけ さまざまな仕事を覚えた丸山有子さん、2020年4月、お父様の跡をつぎ、社長に就任します。しかし、イベントのグッズなどを多く印刷してきた安心堂はそのとき、コロナの影響で 厳しい状況におかれていました。
「正直、2020年の4月につぐことは決めていたんですけど、2020年の2月には受注がピッタリ止まってしまって、先の見えない不安で会社ついだほうがいいのかというのは迷いましたね。そのときは本当に安心堂の印刷の価値ってなんなんだろうって考えたんですよ。
そのときに、他にはできないこと、小ロットでできることとか強みが分かっていって、イベントグッズにしろライブグッズにしろ、誰かにとっての宝物を作っているんだということに気づいたんです。ほんとに印刷のうちの価値ってなんだろうと気づかせてくれたきっかけがあって、飲食店さんがお酒を販売していい期間があったんですよ。そのためのボトル、お酒を販売するためのボトルに印刷したいというご依頼をいただいて、すごく速く印刷を仕上げたんですね。一日も早く販売したいだろうなと思って、それを渡したときにすごく喜んでくださったんですよ。私、役に立てたんだと思ったときに、そういった仕事だなと気づかせてもらったんですよね。」
そんな中、以前、飲食店からの依頼で作った足立区の駅名を印刷したグラスを、どなたかがSNSでシェア。これがきっかけとなって、安心堂は 沿線グラスを作ることになります。

「足立区の人たちがすごく喜んでいたのを見て作りたいなって。今は無理だけどいつかこのグラスを持って地元のお店で乾杯しようよ、というような夢や希望を届けられたらいいなと思って始めたんです。でも、じゃあ、いったいどこのグラスを作ろうかと考えたときに、SNSのグループで『どこのグラスがいいと思いますか』というのを問いかけました。そのグラスを作るのに、ただグラスを作るんじゃなくて、やっぱり地元に対する想いとかそういうのがないとと思っていたんですよ。思い出話しみたいなのをまず聞かせてほしい、ここがいいと思う線路があるならどういう想いがあるとか、思い出があるとか、エピソードがあるとか、そういうのを聞かせてくださいって言って作ったんです。やっぱりひとつひとつの駅に行き交う人達のストーリーがあって。出会いだったり別れだったりすべてが駅で交差してるなって、それが人生なんだなというのを感じているので、だからみなさん駅というものに対して共感をしていただいてるんだなというのは感じます。」
沿線グラスは、東武スカイツリーラインの浅草~北千住間、江ノ島電鉄、関西の和歌山電鐵を皮切りに20種類以上が制作されてきました。駅の名前がちょうど目盛りのように見えるため、こんな楽しみ方もされているようです。
「みなさん、『今日はお酒ここまで』とか、それは意図してなかったんですけど、『ここまで入れたら明日仕事行けないよ』とかそういう会話を楽しみながら毎日飲んでます、というようなメッセージをくれる方もいらっしゃるんです。きょうは、小菅とか、明日は竹ノ塚まで入れちゃおうかとか、そういうことで楽しんでもらってますね。」
安心堂の2代目、丸山有子さんに最後にうかがいました。今後のヴィジョン、どんなことを思い描いてらっしゃるのでしょうか?
「目標としては、日本全国をつなぐ、という目標があるので、長く継続的に愛される商品ができたなとは思っています。各地域の人たちを笑顔にしたいという想いがあるんですよね。それは制作していく中で、販売していく中で、みなさんにすごく喜んでいただいて、地元愛とか人とのつながりとか、そういったものを形にできたなと私も思ってるんです。だから日本全国、沿線グラスでつなぎたい、日本全国の人を笑顔にしたい、喜ばせたいという想いをもって今やっています。」
