出版に関する言葉に『重版』があります。『重版出来』というテレビドラマもありました。一度出版した本の売れ行きが好調なので、さらに追加で印刷し販売する、というのが重版ですが、その重版率=重版になる本の割合は、1割から2割なんだそうです。

しかし!重版率、実に6割から7割、という出版社があります。しかも、所在地は東京ではなく、大阪でもなく、兵庫県の明石市。今回は、明石市の出版社、ライツ社のHidden Story。お話をうかがったのは兵庫県明石市にあるライツ社の代表、大塚啓志郎さん。まずは、明石で会社を立ち上げることになった経緯について教えていただきました。

「2016年8月20日まで京都の出版社で働いていたんですが、30歳にその年になるというタイミングで、そろそろ自分でやりたいと思って、やめて2週間後にライツ社を立ち上げました。明石でっていうのは、もともと京都の出版社にいたので、東京という選択肢が頭になくて、関西のどこかでと思っていたんです。でも、京都は前の会社があるし、大阪神戸も考えたんですが特に縁もないし、その時に自分の祖父が昭和の古いマンションを持っているんですけど、その1室が空いているというのを親に聞いて、じゃあ空いてるんやったらそこでやろうかということで、大阪も神戸も飛び越えて明石でやってみようかということになりました。出版社は全体で日本に3000社くらいあって、そのうちの9割が東京と言われていて、残りの1割が大阪と京都、じゃあ明石にはというと、本当に小さな出版社が一つだけあったんですけど、全国出版するという意味では僕らが初めてでした。」

ライツ社は2016年の9月に明石で創業。大きな課題であった資金面の問題も、会社設立の場所が明石だったことによって解決できました。

「4000万円、銀行と日本政策金融公庫からお金を借りてスタートしたんですね。出版社って取り次ぎという卸会社さんと契約するんですが、現金がないと信頼がないので契約できないと言われたので、まずお金を借りることから会社がスタートした、というのがあったんです。そのお金も明石だから借りれたというところもありました。多分東京だとこんな出版不況の時代に出版社を作ると言ってもお金を貸してもらえなかったと思うんですけど、地元に帰ったら、実家が工務店だったんですけど、あの大塚工務店の息子さんだね、と、父とか家族の信用があったので信用金庫さんが話を聞いてくれてお金を貸してくれたというのが明石に帰ってきて一番良かったことかもしれないです。」

最初に出したのは、自社で編纂した本、『大切なことに気づく 365日 名言の旅』。こちらはヒットしたものの、はじめの一年で出した他の本は大きな売り上げには つながりませんでした。

「一作目の本を出した後に、二作目以降、10万部とか別の出版社さんで出されていたベストセラー作家さんの本を出したんですが、僕の力不足であまり売れなくて赤字になってしまったのが1期目でした。会社としてお金を返して行かなければいけないということで、ベストセラー作家さんでこういう企画なら絶対届くだろうとか、そういう考え方をしていたんですが、一回それをやめてみようと思ったのが2期目の最初だったんです。で、2期目の最初に出したのが、『人生を狂わす名著50』という本。それは本を出したこともない、社会人でもない、京都大学の大学院生で文学を研究している女の子の本だったんですが、その本が、書店さんとかでもライツ社っていいねと思ってもらえるきっかけになった本でした。もっと自由にもっと素直に自分たちが面白いと思う本を出していけばいいんだ。売れるかどうか分からなくても自分たちが売れるように頑張ればいいんだと気づいたのは、それがきっかけでしたね。」

ライツ社は、『毎日読みたい365日の広告コピー』『最軽量のマネジメント(サイボウズ式ブックス)』そして、重版出来 18回、20万部を超える大ヒットとなっている料理研究家リュウジさんの本『リュウジ式悪魔のレシピ』など、ヒットを連発しています。

代表の大塚さんによると、社内で会議は一切なく、LINEで相談しながら 出す本を決めているそうですが、明石で本を作ることのメリットは どんなところにあるのでしょうか?

「やっぱり距離的に離れているのもそうなんですが、情報が届くのもすごく遅いんです。わかりやすくいうとタピオカって去年すごく流行ったと思うんですが、じゃあタピオカのお店が明石にできたのはいつかというと、東京で流行っているとテレビで放送された半年とか1年後くらいなんですね。でもそれは裏を返せば、本当に必要な情報とか本当に価値のある情報が明石にいるからわかるというか、明石まで届かない情報は、ただの流行だけの情報だと思うんですけど、明石まで届くのは本物の情報なのかなと思うようにはしてますね。そこまで届いたら全国のどこでも売れる本になると思うし、東京でだけ流行っている情報を本にしても東京でしか売れないとなるので。そこはここに住んでいるから意識せずとも勝手に感じられる感覚なのかなと思います。」

最後にうかがいました。ライツ社が、ヒットする本を出し続けられる理由とは?

「もともと、ライツ社って5人ですし、1年間に作れる本の数が限られていて、僕たちは1年間に6冊くらいしか本を出さないですね。2ヶ月に1回。でも普通の大きな出版社だと、一人の編集者が月に12点出すような出版社もあれば、本当にもっとたくさん作っている。その本を出す量が実は大きな違いで、少なければ少ないほど、編集も時間をかけられるし、営業も時間をかけられるし、広報も時間をかけられるのが一番の理由。ちゃんと時間をかけて本を作れているのが1番の理由だと思います。

そもそも編集者のイメージって入稿に追われて徹夜しているというイメージがあると思いますが、僕らには締め切りはないし、一番いいと思う本の状態を作りきったのが入稿で、一番売れるっていうタイミングで売るのが出版日なんですよね。」

ライツ社ウェブサイト