今週は、きょう公開のアニメーション映画、『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』のHidden Story。
制作秘話を明かしてくれたのは、監督を務めた、片渕須直さん。
物語の舞台は、戦前から戦中、戦後にかけての広島県。
主人公、のんさんが声を担当するすずさんは、結婚して広島市から呉市へ。戦争中、軍港のあった呉は激しい空襲を受けます。そんな日々のなか、すずさんはどんな風に暮らしていたのか?そして、何を失っていくのか?これを描いたのが、2016年に公開、大ヒットを記録した『この世界の片隅に』でした。
今回は、その作品に新たなエピソードを追加した新作です。
「最初は『この世界の片隅に』で、こうの史代さんの原作のマンガを全部映像化したいと思ったのですが、全部映像化すると長大な作品になってしまうので、2時間の映画にまとめたいと思いました。
その時に、今度の映画でも重要な役割となるリンさんとテルちゃんというキャラクターを顔出し程度に出していたのですが、それはその人たちに失礼な気がして...いっそ全部、ほとんどいなくなってもらって、そのかわり2時間の映画としてきちんとしたものを作りたいと...。
それが『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』です。リンさんとテルちゃんと触れ合うすずさんは、前の映画で見えていたすずさんとは、ちょっと違います。
彼女たちがすずさんの中にある別のものを見つけていくというか、すずさんの中から発揮してしまうところが表れてくるわけです。
そういうものを描ければ、すずさんが看板みたいに一面的なキャラクターでなく、立体的でいろんな角度をかえてみると、もっと違う人柄、違う側面が見える映画ができるのではいかなと...。」
監督の言葉にあった、リンさんとテルちゃんは、呉の遊郭で働く女性です。彼女たちをもっと描きたいと思ったのは、どんな理由からだったのでしょうか?
「すずさんというのは、自分の中にある本性、自分の心の中にある本当の気持ちをずっと秘めて生きています。
私は本当は絵が得意だけど、絵なんて描けなくてもいいんだ、本当は好きな人がいるのに、お嫁にくれって言われたら嫁にいっちゃうんだ、自分には値打ちがないんだ、価値がないんだ、と...。
ところが、たまたま出会ったリンという女性は、『すずさん、絵が得意だから私のために絵を描いてくれない?』って言うんです。
そこからすずさんは自分に対する認識が揺らいでいきます。自分には意味がないと思ってずっと生きてきたのに、急にあなたの絵は私にとって意味があるのよって言われたら、どんどん揺らいで行きますよね。
そういう意味で、リンさんがすずさんの前に現れる意味が作れると思いました。」
前の作品『この世界の片隅に』のすずさんと、新作『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』のすずさん。同じすずさんですが、ちょっと違って見えてきます。
「両方とも同じすずさんです。ただ、誰がどういう目で見ているかで、ちょっと違うのかもしれない。
前の映画は、一緒に暮らしている家族が見ていたすずさん。
今回は、その間に出会った他の人たちから見たもっと違うすずさん。
でも両方同じ人です。人間ってそういうものですよね。
これが私ですと言いながらも、他の面を持っているのが人間で、そういう人間そのものが、すずさんの上で描けたらなという想いです。」
『この世界の片隅に』の制作開始から数えると、片渕監督は、9年間にも渡って主人公のすずさんと付き合ってきました。
「すずさんはね、何と言いますか...表面上はにこにこ笑っていることが多いのですよ。つらいときでもにこにこ笑っていて。もっと違うことを考えてるんだけど、「うちは、ぼーっとした人ですから」と言いながらにこにこ笑っている。
でも、心の奥には、違う気持ちがある。それに...すずさんも気づかないのではないかな。
すずさんの心には、地下室のようなものがあって、地下室に色々な気持ちや感情とか...そういうものが溜め込まれているのではないかと思いました。
中には、絵を描きたいという衝動もあるのでは?それはときどき出て来て、すずさんの右手を動かして絵になってあらわれます。
それ以外のときはにこにこして何かが通り過ぎるのを待っている。
でも、本当は '待ってるだけの人' ではなかったというのは、心の一番奥深くにあるということ...。」
『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』は、先週ついに完成しました。
「すずさんのことは、語り足りないところもあるし、すずさんのまわりの人たちの物語は、もっとたくさんあると思いますが、それは映画の観客と、こうの史代さんの原作の読者に委ねたいと思います。
こうのさんの原作は、いろんなことを説明しない、多くを語らない。彼女たち、彼たちがいた...まわりの歴史をひもとき直すと、この人はこういうことで、そこに立っていたのでは?と考えさせれらます。
そういう色々な伏せられたカードを観客の手で開けられるのを待っているのが、『この世界の片隅に』という物語だと思っています。
なので、これからは皆さんに委ねたいと思っています。」
最後にもうひとつ、音楽を担当されているコトリンゴさんについて伺いました。
「コトリンゴさんを一番最初に『この世界の片隅に』で意識したのはもう2010年のことです。
その時は、すずさんには、すずさん自身の声にかわって絵を描く右手という存在があると思いました。
すずさんの右手は、すずさんと別人格で、すずさんの地下室にある気持ちを代弁するのが右手だとしたら、そのすずさんの右手は、すずさんとは別の声でしゃべるのかもしれないし、ひょっとしたら絵を描く右手だから、歌うようにしゃべるのかもしれないなと。
それは誰の歌声かな...?と思ったら、コトリンゴさんがいいと思いました。
それが9年前です。
そういう意味では、コトリンゴさんがこの映画で作曲された曲は、ほぼ、すずさんの心の中からもれて聞こえてきている曲だと自分では思っています。
絵の上で見えていないすずさんの気持ちみたいなものは、コトリンゴさんの音楽が表現してくれている。
すずさんの右手のようにね。」