今回ご紹介するのは、コミュニティナース。今から12年前、島根県で矢田明子さんが始めたアクションが、いま、全国へ広がりつつあります。コミュニティナースのHidden Story、お届けします。
まず、コミュニティナースとはどんな存在なのか?矢田明子さんに教えていただきました。
「看護師さんが中心となっているものなんですが、病院のなかではなくて、もっとみなさんの暮らしの中で【元気や喜び】を広げていくような取り組みです。具体的に言うと、【元気】というのは病気の予防などを手がけていて、【喜び】や【楽しい】というのは直接的に病気の予防にならなくても、街の人が『私の街にこういうことがあるといいな』と思うことを、看護師だけど一緒に作っていっています。例えば、ガソリンスタンドや喫茶店の店員さんのような存在の仕方でコミュニティナースが街にいて、ガソリンを入れながら健康の相談を受けたりとか、場合によってはナースの方が様子の変化に気がついて受診につながるというか、背中を押すような関わり方もしています。」
看護師さんが病院ではなく、街のなかやコミュニティのなかに入って健康のことをはじめ、地域をよくする活動に取り組む。これがコミュニティナースです。このアクション、矢田さんが始めようと思ったのは、どんなことがきっかけだったのでしょうか?
「これだけ病気予防の情報があったり、いろんな取り組みがおこなわれているのに、それでもそこに関わらないとか、それがきっかけにならない人ってなぜなんだろう、と考えたんです。街の中にはそういう情報も機会もあったと思うんですが、私の父が55年の人生でそこに耳を傾けなかったとか、忙しい中でわざわざそこに時間をかけて行かなかったのには理由があるなと思ったんですね。単純に、調整してまで参加しようと思うほど楽しいものじゃなかったり、思わず手にとってしまうような、そういう届き方じゃなかった、そういうシンプルなことじゃないかと思ったのが、自分の父が亡くなった12年前なんです。そういう取り組みが街にあったら私の父もきっかけがあったかもしれないし、場合によっては命がもう少し長くなるような、予防的な何かを彼も人生のなかでしていたかもしれない。もっとお父さんみたいな人たちに届く形で、楽しいから接点を持ってもらえるような、そういう予防をやっていきたいなと思ったのが12年前なんです。」
矢田さんは、島根大学の医学部看護学科に入学。すぐに動き始めます。
「学生になってから街に出るようになりました。私は【街の暮らしの動線】って言ってるんですけど、病気の予防活動には来ないけど、喫茶店には来るというのはあるじゃないですか。普段、街の人が行っているところとか動線になっているところに自分が職員さんのようにバイトで関わって、"なんでここに来てるんだろう"とか、「楽しいから来てるんだな」とか、「わざわざ時間をさいて仕事の合間に来てるのかな?」とか、そういうことを現場から学んでいったんです。『コミュニティナース見習い中』というのはそのころから言ってたんですけど、顔なじみになって、『何やってるの?』『看護学生です』『じゃあ、体のこととか勉強してるの?』『そうです、そうです』みたいな会話があって、親しくなって看護学生と分かってくると、聞かれるんです。『うちのおばあちゃんも最近ぼけ始めてるんだけど、認知症って実際どうなん?』とか、関係ができることで関心が上がってくるというのが、たくさんあると思ったんです。こういう存在の仕方が、予防活動に参加していない人と街で出会っていける出会い方だし、はじめから予防とか病気について伝えるんじゃなくて、関係ができると、『そういえば聞いてみたいな』とか、『うちもそうだったな』とか、『俺自身もひと事じゃない』とか、意識が上がってくるんですよね。」
矢田さんは 学生の仲間たちとともにコミュニティナースとしてさまざまな場所でアクションを起こしました。
「喫茶店とか、畑とか、借りれるところを借りてやってました。例えば、畑をやってる人は畑を毎日見に行くじゃないですか。畑仕事がまさに暮らしの動線なので、畑仕事の手伝いに入らせてもらうと、一緒に働きながら出会っていけるし、働きながら関係が築ける。島根って農業をされてる方も多いので、『畑作りを一緒にさせてもらえませんか?』と頼みに行ったりしてました。街の人が来るところ、もう来てるところでは店員さんのように関わったり、場合によっては分かりやすくポスターを出して、【今日は看護学生がこういうイベントをやってます】とやったり、あの手この手いろいろ試していました。」
矢田さんはコミュニティナースとしての活動を本格化。全国各地から注目が集まりました。いまや、コミュニティナースプロジェクトと題して育成のための講座も開催しています。多くの方から寄せられる質問は、活動に必要なお金のこと。
「今まさにそこはみんなで模索しているんですけど、いろいろな組み合わせで収入を得るコミュニティナースも生まれているんです。例えば、普通に喫茶店の店員さんとしての収入でもいいわけで、そういう民間の職員さんのような収入の得方をしている人もいれば、行政がすごく理解があって、行政の事業費を人件費や活動費として出してくれているケースもあったり。予防にもっと力を入れた方がいいと考えてくれているクリニックや病院が、自分のところの職員をコミュニティナースとして街に出す、というところも出てきています。予防を医療保険や介護保険の売り上げだけでやってないのがコミュニティナースの特徴で、民間の飲食店の職員のようにお金をもらうとか、ガソリンスタンドの職員としてお金をもらうとか、うまく組み合わせながら収益をあげているモデルが生まれています。」
実は、矢田明子さんは、コミュニティナースカンパニーという会社のほか、以前から、若者の創業を支援するNPOも運営されてきました。ふたつの取り組みに共通するのはこんな願いです。
「食事を整えるだけで元気で暮らせるかというと、そういうものじゃないですよね。ほんとにちょっとしたことでいいんです。ワクワクなのかときめきなのか、あったらいいなと思っていることがちょっとずつ実現していく。そんな中で看護師さんとの出会いがあって、このちょっとした楽しいなと思う出来事を続けたいから、元気に暮らそうということに目が向くとか、知りあったことで関心を向けてちょっと整えるようになるとか、そういうことだろうなと考えているんです。それぞれの街で喜ばれるモデルが広がった日本ってどうなっているのかなというのは見てみたいですよね。この取り組みに共感してくれたり、もっとうちの街でも元気になったり喜びを広げていきたいという人との出会いってこれからもあるだろうなと思っていて、信頼できる人と確かめあって『次はこれをやりましょう』と積み上げた結果、どんな未来になるのか見てみたいとは思っているんですけど。まあ、前向きなおせっかいですよ、ほんとにね(笑)」
矢田明子さんの本が発売中です。『コミュニティナース ―まちを元気にするおせっかい焼きの看護師』