"写ルンです"は、富士フイルムが販売するレンズ付きフィルム。これまでの出荷本数は、実に17億本。フィルムにレンズが付いている、というコンセプトのため数え方は、17億本。日本のみならず、世界じゅうで愛されるヒット商品となりましたが、そもそも、どんなきっかけで開発がスタートしたのでしょうか?富士フイルム株式会社の壽松木健太さんに教えていただきました。

「1984年ごろ、それまで順調に伸びていたカラー写真のフィルムの売り上げがちょっと踊り場に差し掛かって来た、という事がありました。そのなかで、カラーフィルムの再成長を目指して、どんなニーズがあるのかを一回調査しようということで、『写真に何を求めるか』というテーマでお客さまに調査をおこないました。すると『いつでも、どこでも、誰にでも、きれいな写真が簡単にとれる。そんな方法はないか。』ということが読み取れたんです。」
80年代前半、写真のフィルムの売り上げが停滞。新しい何かが必要とされていました。さらに、こんな時代背景も"写ルンです"の誕生を後押しします。
「当時、街のなかではちょうどコンビニが普及し始めた時代だったので、フィルムはどこでも買えるような状況でした。そして街なかの写真展で使うような、プリントのできる"ミニラボ"という小さな現像機も普及し始めたので、フィルムもどこでも買えるし、プリントもどこでもできる。ただ、カメラがなかなか高級品で、一家に一台あって、ハレの日に出してきて写真を撮る。日常で写真を撮るということがそこまで浸透していなかったという、そんな状況がありました。」
スマートフォンで気軽に撮影ができる今とは違い、写真は、ハレの日に一家に一台のカメラで撮るものでした。しかし、コンビニエンス・ストアの台頭により、フィルムはどこでも買える。小さな現像機によってプリントもどこでもできる。時代の流れと、写真文化を広めたいという想いが重なりました。
「1985年に社内横断的なプロジェクト・チームが立ち上がりました。やはり当時の主力事業は写真フィルムをどれだけ売るかといったところなので、いろんな部門から集まった人間が本業の合間にプロジェクト・チームとして開発に取り組んだと。そのなかで試行錯誤を重ねて、1986年、7月1日に初代の"写ルンです"が発売に至りました。」
開発の過程では、こんな試行錯誤がありました。
「フィルムの感度=ISO感度というものがありまして、それが100のものと400のもの、どちらでいくかということがありました。400の感度を使うとシャッタースピードを速くできるので、いろんなシーンに対応できる。より幅広い方に使っていただける製品に仕上げることができますが、そのかわりに画質的にはちょっと劣る部分があります。それに比べて感度100のフィルムを使うほうがいい画質で撮れるんじゃないかと。そのどっちをとるかというところで、当時はまだ富士写真フイルムという社名でしたが、画質を第一優先でやってきた会社なので、その会社のDNAに立ちかえって一番いい画質で提供できる感度100のフィルムを使おうじゃないかと。」
発売開始から30年。スマートフォンの時代に"写ルンです"がふたたび注目を集めています。この状況について、富士フイルム イメージングシステムズ株式会社の築地 紀和さんは、こう分析しています。
「今まで"写ルンです"の需要は、小中学生の修学旅行や年輩の方、デジタルカメラを使いこなせない方の用途がメインでした。これは今も変わりないんですが、近頃は20代の方を中心に"写ルンです"が流行ってきている、という状況です。
Instagramで【#写ルンです】と検索すると結構な数があがっている。 "写ルンです"のフィルム独特の風合いであるとか、淡い感じ。そういうところがデジタルカメラやスマートフォンに慣れ親しんだ世代の方々にとって、違う魅力としてうつっているんじゃないかなと思います。また撮って現像して写真ができるまで、どんな風にうつっているかわからないワクワク感にも魅力を感じていただいているんじゃないかと思います。」
取材にお答えいただいた築地 紀和さん、壽松木 健太さんに、最後にうかがいました。発売30年を迎えるにあたって、どんなことを感じていますか?

「"写ルンです"は、『いつでも、どこでも、誰にでも写真が撮影できる』というのをコンセプトに30年販売してきましたが、幅広い年齢層の人に愛される商品としてこれからも続けていきたいと思っています。(築地さん)
個人的な想いですが、デジタル化によって写ルンですの需要が下がってきたなかで、今、デジタルに慣れ親しんだ方達が逆に新鮮に感じていただいたり、SNSといったデジタルの最先端の世界で楽しんでいただいたりしているのも、すごく興味深いというか、面白い現象だなと思っています。(壽松木)」
デジタル全盛の今、フィルムで撮影したやわらかな風合いの写真がうけています。また違う角度から光が当たり、輝いているのです。