杉並区西荻窪にある「ササユリカフェ」。

このカフェを始めたのは、スタジオジブリでアニメーターとして活躍された舘野仁美さんです。舘野さんの著書「エンピツ戦記 誰も知らなかったスタジオジブリ」も話題になっています。気持ちのいいカフェにお邪魔して、お話をうかがいました。

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【となりのトトロ】、【魔女の宅急便】、【紅の豚】、【もののけ姫】、【千と千尋の神隠し】【崖の上のポニョ】、【風立ちぬ】、そして【思い出のマーニー】など数々のジブリ作品に舘野仁美さんは "動画チェック"という仕事で関わられました。

「アニメーションをつくるときは各部門に仕事がわかれていまして。絵を描くなかでレイアウトという、場面設定の絵がおこされて、そのあと原画が描かれるんですが、そこでは動きのすべての絵が描かれずに、あいだが少し抜けた形で描かれることが多いんです。少しとびとびに動きが描かれていると考えていただくといいと思います。

そのあいだに何枚か絵があるときれいになめらかに見えるんですが、たまに勘違いしてしまったり忘れ物をしてしまったり、絵的によろしくない。そのための品質管理というか、あがってきたものをチェックしてなおす、というのが動画チェックの仕事です。

動画チェックはじかに消してなおす仕事なんですね。描いてある絵をなおす、ということで、絵描き同士だから相手の絵を消したくないじゃないですか。でもどうしてもこれだと動きがかたくなるから、もっとやわらかく動かしたいなと思ったら使えるところは使って、ちょっとなおしたり。」

舘野さんが最初に参加したジブリ作品は、【となりのトトロ】。当時、スタジオジブリは吉祥寺にありました。

「宮崎さんは本当に朝から晩まで仕事をする方で、すごく集中力があるんです。でも、よく笑う人なんだなぁって。すごく大きな声で、にぎやかにまわりの人と笑ったり楽しくするのも好きな方だったので、同じフロアにいた、美術監督や美術の背景を描くスタッフたちにうるさいって注意されたり。あ、しかられちゃったって。そういう楽しい雰囲気はありました。ちなみに、武蔵野文庫っていう珈琲屋さんが1階にあって、宮崎さん、よく武蔵野文庫にも行かれていました。」

その後、スタジオジブリは、東小金井に移転。さらに充実した環境でヒットを連発します。1989年に公開されたのが、【魔女の宅急便】。主人公のキキの空を飛ぶシーンが印象的な作品ですが、宮崎駿監督は鳥が飛ぶ場面について原画を担当された方に厳しい注文をつけました。

「宮崎さんは鳥の飛び方にすごくこだわりがあって、ときにはすごく優秀な方もしかったりするくらいだったんです。なんでそんなに怒るんだろう?って。すごく調べて描いていると思うし、その方の絵も素敵なんですよ。なのに、『違う』って怒って。

そのあとすぐに謎は解けなくて、何年か経った社員旅行のときに、池というか水場のところに偶然宮崎さんもいて、私がそばにいたら『お前飛び方間違ってる』って、鳥に向かって。そのときに気づいたんです。宮崎さんは宮崎さんの理想の飛び方を描いてほしいんだって。鳥も上手に飛ぶ子と上手に飛ばない子がいるんですけど、上手に飛んでほしいシーンだったんですね、そこは。」

2001年に公開された【千と千尋の神隠し】ではオスカー獲得! 第75回アカデミー賞の長編アニメ映画賞を受賞しました。

「千尋というのを、いわゆるアニメーションのヒロインらしくかわいく描こうとはしてなかったんです。むしろ、ちょっとふてくされた、身近にいる少女っていう感じで描いていたのはとても新鮮でした。最初、千尋はあんまりかわいらしくない容姿で描かれていたんですが、どんどん顔が変わっていくんです。それは作品をまた見ていただくと分かると思うんですけど、彼女はどんどんきれいになっていく。ラストのころになって妙にかわいらしいなって。それは、彼女が内面から花開いていくというか、そういう自然な流れで変わっていく。働くことの喜び、苦しみ、お父さんやお母さんを心配する健気な気持ちとか、すべてが結集して千尋を輝く女の子にしていく。それに共感した方はすごく多いんじゃないかなと思います。」

スタジオジブリで、動画チェックという仕事を担当された舘野仁美さん。 特に思い出深い作品は、【風立ちぬ】。

「宮崎さんがほんとにこれを最後と決めていたかどうか私は知らないですが、本当に全精力を傾けて作っていたのは確かです。そういう宮崎さんの気迫が会社中に満ちていたのかもしれませんね。派手なカットばかりの方が実は作品というのは、簡単とは言いませんが、静かできちんと生活芝居をしながら丁寧に細かい動きがある作品のほうが手間もかかるし、あらが見えやすいんです。ゆっくり動くとか、お茶碗を持ち上げてお茶を飲むだけとか、そういうシーンのほうが難しい。そして【風立ちぬ】は全編、風が吹いている作品なんですね。"止め絵"というピタっと止まって口だけ動いてしゃべるというのがよくありますが、そういうときも、体がずっと動いているんですね。なので、すごく手間がかかりました。いつでも生きてる、生きてるとどこか動いている、ということを表現したかったのかなと思いますが、それはいつでも風が吹いているなかに自分がいる、っていうことにつながるのかもしれないです。」

そして、今年度のアカデミー賞、長編アニメ映画部門にノミネートされている米林宏昌監督の【思い出のマーニー】。舘野さんは、スタジオジブリ制作部門の解散前ラストの作品となるこの映画にも参加されました。

「少女の微妙な時期ですよね。そういう感情表現をアニメーションで表現するのはすごく難しいんです。文学的な表現をアニメーションでやろうとしてるな、というのを感じました。これは大変って。あれは描こうと思って描けないと思うんです。

大人も生き方が下手ですよね。大人だから生き方が上手なんじゃなくて、大人も生き方が下手で失敗ばかりする。子どもは子どもでお母さんや肉親が好きで、小さい時はそれしかない。近くにいる人を好きっていう気持ちしかないじゃないですか。すごく切ないし狭い、でも大切な世界を壊されたくない。世界の平和も大事かもしれないけど、身近な人を愛する。身近な人にきちんと『あなたが大切』って言えるということを描き続けてるんじゃないかなと思います。

本当に素敵なことは何なんだろうっていうことに気づいてほしいと思って作っている作品が多いんじゃないかな、と思います。美しいものって遠くにあるものじゃないんですよね。身の回りをきれいにするとか、宮崎さんは朝はやく起きてご近所のゴミを拾ってるっておしゃってますけど、そういうことをしているからああいう作品が作れるのかなって、最近は思います。」

毎日、丁寧に仕事をすること。ゴミを拾うこと。仲間と笑いあうこと。素敵なものは遠くにではなく、すぐ近くにあること。身近な人に、あなたが大切だときちんと言えること。スタジオジブリの映画のなかに吹く風には、そんな想いが溶け込んでいました。

●舘野仁美さんの著書「エンピツ戦記 誰も知らなかったスタジオジブリ」は中央公論新社から発売中。

●杉並区の西荻窪で「ササユリカフェ」営業中!

東京都杉並区西荻北3-16-6 4階 / 西荻窪駅からすぐです。