校舎のすぐ脇を東急電鉄の電車が走っています。線路に面した建物の壁には、太陽電池パネルがびっしり。電車の中からもよく見えます。その建物こそが、東京工業大学・大岡山キャンパスの『環境エネルギーイノベーション棟』です。

東京工業大学 大学院 理工学研究科でエネルギーの研究をされている、伊原学教授にお話をうかがいました。

「どうしたら都市の中で再生可能エネルギーを最大化していく仕組みを実現できるか考えたんです。それは、やはりこの太陽電池のセッティング法にありまして、非常に特徴的なのは建物の外側におおいかぶさるようについている、ということなんです。これはいくつかのメリットがありまして、まず一つは、夏の遮蔽です。夏は非常に日差しが強いですよね。そこで、太陽電池でエネルギーをとると同時に日差しを遮蔽することによって、すだれのように中の空調負荷を下げていく。我々ソーラーエンベロップと呼んでいますが、建物の外側にそのソーラーエンベロップを設置しています。例えば、羽毛布団は毛が中に空気をためこんで、それで断熱性能が高くなってあたたかくなりますが、それと同じように、壁面から遠ざけて空気の層を持たせることで断熱性能を上げる。もう一つは、少し傾いています。傾いていることによって太陽光を受ける投影面積が大きくなって、より多くの発電することができます。」

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研究棟に設置された太陽電池パネルは、実に4570枚。屋上・南と西の側面、壁の"外側"に取り付けられました。建物の壁とパネルのあいだには空間があり、また、パネルは少し傾いています。

「夏場、温度が上がると太陽電池の温度が上がってきます。温度が上がると太陽電池は電圧が下がって発電量が落ちてきますが、風が自然にスペースを通ることで温度の上昇をおさえてくれる。もう一つは、太陽電池が傾いてルーバーになっているところがあるんですが、パネルの表面で反射した光が中に入るようになっているんです。たくさん太陽電池をつけることによって中の照明の電力が増えてしまうと元も子もないので、光を取り込むことで照明の電力量も減らしていくと。」

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最初に目にとまるのは、壁をおおう太陽電池パネルですが、もちろん、これだけではありません。伊原教授は、取材スタッフにパソコンの画面を見せてくれました。

「これは建物の電力状態を管理しているエネスワローという電力管理システムです。いまマイナス121キロワットと出ていますが、121キロの電力のあまりが出て、他の棟に送っているということになります。この棟は1万平米くらいの建物ですが、現時点でひとつの発電所のような役割を担っていて、この余剰分の多くは太陽電池から発電しているもので、それを送って使ってもらっています。大岡山キャンパス全体に太陽電池とガスエンジンという発電システムが設置されていまして、これが多いときは1000キロワットくらいの電力、1000キロというと1メガということでメガソーラーの発電量に相当する。キャンパス全体でメガソーラーの発電所に近いような電力を供給するということになっているわけです。それを単純に入れていくだけでは高効率に動かすことができないので、このシステムはそれを統合的に、蓄電池であったり、ガスエンジンであったり、燃料電池であったりといったものを総合的にコントロールするシステムになっています。」

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太陽電池、燃料電池、ガスエンジンなど、さまざまなエネルギー源を総合的にコントロールする『エネスワロー』というシステム。伊原学教授は、こんな可能性も指摘します。

「こういう分散型というのは、災害が起きて系統がダウンしたときに電力供給をし続けられる可能性があるシステムということです。ここのキャンパスを住民のみなさんの災害拠点にしようと思っていまして。災害拠点になるためには、電力・情報・それから水があるといいということで、我々はまず、このエネスワローで電力を供給し続けるということが必要です。それは、大量電池と燃料電池を系統が遮断されたときでも自立的に動かせるようなシステムがほぼ完成している、ということになります。ですから、通常の"高効率化をしていく"という機能と"非常時に自立的にこの棟に電力を供給していく"というのがこのエネスワローの特徴になります。」

2012年に完成した『環境エネルギーイノベーション棟』ですが、そもそも、このプロジェクトのアイディアが生まれたのは2008年の終わりでした。

「その頃は再生可能エネルギーについての期待もそれほど高くありませんでしたが、私は太陽電池の開発、燃料電池の開発をずっとやってきていたので、自然エネルギーをどういう風に入れていくのが将来の人類にとって貢献になるのか、というのを考えていたところで。それでこういうプロジェクトを立ち上げてみようと、そういう時代背景でした。何でもそうだと思いますが、最初にやる、というのは大変ですね。でもそれは、世の中のために最初にやる。こういう建物を最初につくるとか、それをやっていくということは非常に価値があることです。

サッカーも三浦和良選手が最初にイタリアに行った時は大変ですよね、それでも誰かがそこに道筋をつけることによって変わってくる。できれば、このエネスワローという管理システムが日本の標準のシステムになればいいと思うし、世界の標準になっていきたいと思っています。この設計もいろんな人たちの技術の総結集、総力をあげてできたんですけど、こういうシステム化というのは、日本のトップレベルの技術を集約する非常にいい例だと思います。」

都市のなかで、再生可能エネルギーをどうすれば最大化できるのか?

東京工業大学のエネルギーシステムは、

さまざまな分野のトップレベルの技術を結集して生みだされました。

最初の扉はひらかれたのです。

次の目標は、日本の、そして 世界の標準となること。

さらなる挑戦の日々が続きます。