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のぼりおりの際、いい音できしむ木の階段。ここはもともと、1955年に作られた木造アパートでした。つまり、築60年の物件です。それが リノベーションされて生まれ変わりました。名前は、HAGISO(はぎそう)。

「木造のアパートって、基本的には保存すべき対象ではというか、真っ先に壊す対象になるようなもので、まったく顧みられないような建物だと思うんです。古民家とかもっと古い建物だと文化財的な保存価値もあったりするんですけど、こういう木造のアパートって安普請だし大量に作られたし、あまり価値があると見られていないんです。そういう価値がないと思われたものでさえ、何十年もの時間がたつとその時間の蓄積があって、それだけでその場所の価値になっていると思います。やっぱり築60年の建物は、もう一度建てようと思うと60年かかるわけですし。」

20151211hidden01.jpg取材にお答えいただいたのは、建築家の宮崎晃吉さん。築60年の木造アパートをリノベーションした HAGISO。この建物が、谷中のまち全体をホテルに見立てたプロジェクト、hanareの中心となる場所です。

「ここのコンセプトは最少文化複合施設ということになっているんですけど、小さいエリアを対象とした公共の場が行政のお金を使わなくてもできるんじゃないかな、というのをここで試してみたいと思って始めました。

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まず誰でも来れるきっかけとしてカフェが1階にあります。そして、それと同じボリュームのギャラリーがあって、若手のアーティストの展示を毎月月替わりでやっていたり、展示の合間にコンサートをやったり、半分公共的な施設になるように運営しています。例えば、近所のおばあちゃんがケーキを食べにきたとして、同じ空間にギャラリーがあるので、そこで若いアーティストのキレキレの現代アートを見て、『何なのこれ、全然分かんない』という話になったり。でも、そういう違和感みたいなものが生活にあるのが大事だと思っていて、それが個々に個別のものだとその出会いというのは起きないことなので。」

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そして、HAGISOを運営するなかで新しいプロジェクトのアイディアが生まれます。 

「3年くらいHAGISOをやってきて、ずっとこのHAGISOってアパートの建物のなかでの試みを実験してきたんですけど、まちの価値があるからここの価値は担保されているんであって、やっぱりまちに対して何か働きかけていきたいというのがあったんです。そのときに思いついたのが『まち全体をひとつの大きなホテルとして見立てる』というプロジェクトで、それがhanareなんです。

お客さんはHAGISOでチェックインして、お部屋はいったん外に出て、まちの中を歩いて別の建物で宿泊する。そのホテルの大浴場は銭湯で、自慢のレストランはまちの美味しい飲食店さんで、レンタサイクルは自転車屋さんで借りられる、みたいな。そういう形でやるとここにしかない大きなホテルのようなものに見立てられるんじゃないか、というプロジェクトです。」

宿泊客は、木造アパートをリノベーションしたHAGISOでチェックイン。そのあと、いったん建物を出て、宿泊棟に向かいます。この宿泊棟をどんな風につくるのか?これがひとつの課題でした。

「まずその宿泊棟をどうするかという問題があります。空き家はある、それはいろんな事情で放置されているんですけど、ひとつずつ調べてオーナーさんとコミュニケーションをとって。やっぱりオーナーさんにしてみると、古い建物なのでどう維持していくかというすごく難しい問題で放置されていたんですけど、それを近所の人も心配をしていて。あそこは人がいないとか、きたなくなって放置されていると危惧している方もいたので、ほとんどフルリノベーションしてきれいにすると僕らが提案して。

一応、全部耐震補強をしてあります。屋根も軽くして、断熱も少し入れて。もともとついていた型ガラスが全部屋ちがっていて、これが結構かわいいからあえて残して作ってます。部屋の名前は全部、ガラスの名前です。"YATSUDE"はヤツデの葉っぱのガラスがはまっていたり、"KONOHA"というのは木の葉っぱの柄なんですけど、それを部屋の名前にしてあります。」

ホテルに見立てた町を歩くための地図も作られました。

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「昼」ヴァージョンと「夜」ヴァージョンが表裏になっていて昼、夜、それぞれに巡りたい場所、お店、銭湯などが記されています。hanareの「大浴場」としての「銭湯」でお湯につかってそのあと 「ホテルのバー」としての「居酒屋さん」でちょっと一杯。そんな過ごし方はいかがでしょう?

「そういう日常が豊かであるということがすごく大事なことのような気がしていて。レジャー施設とかアミューズメント施設に行くのも楽しいですが、こういう日常を評価していくということ、外からも評価されて自分たちでも評価していくっていう。大げさなことを言えば、そうやって愛着をもって自分たちの生活を見ていくと、結構いい社会になるんじゃないかと。持っているもの以上に突然降ってわいてくるものってないので、今あるもので何をつくっていくかだと思います。やっぱりモノが満ち足りている社会になって、そういう中で何が一番クリエイティブか、視点をかえることが今の時代いちばんクリエイティブだと思うんですよね。そういうことでいかようにも面白くなっていくと思います。」

木造アパートをリノベーションして、カフェやギャラリーをつくること。

空き家を活用して 宿泊施設にすること。

小さなお店とたくさんつながること。

まち全体をホテルに見立てること。

つまり、いま手元にあるものを工夫して楽しむことこそが、豊かな社会のヒントなのではないか? 建築家のそんな問いかけが、師走の谷中から聞こえてきました。