78年前の1945年3月10日午前0時過ぎ、アメリカ軍の爆撃機が東京を襲撃しました。およそ10万人の命を奪い、東京の4分の1が焼かれたと言われています。人類史上最も多くの命を奪ったと言われているこの「東京大空襲」。これを題材としたドキュメンタリー映画「ペーパーシティ 東京大空襲の記憶」が現在渋谷シアター・イメージフォーラムにて公開中です。
どのような思いでこの映画を製作し、そしてなぜ東京大空襲を題材にしようと思ったのか、東京を拠点に活動されているオーストラリア人映画監督のエイドリアン・フランシスさんにお話を伺いました。
JK :オーストラリアのドキュメンタリストとして東京大空襲のドキュメンタリー映画を撮ろうと思ったキッカケを教えてください。
AF:学生時代、広島と長崎の原爆投下以外は戦時中の日本について学ぶ機会がなく、東京やその他の都市が著しく爆撃されたことを知りませんでした。来日してから数年後、アメリカの映画監督による『フォッグ・オブ・ウォー』というドキュメンタリー映画で初めて東京やその他都市への空襲のことを知りました。それを見てから、周りの日本人の友人に東京大空襲のことを尋ねたところ、ほとんどの友人はその事実は知っていたものの、詳細については何も知りませんでした。東京都内でも空襲が起きた証拠や痕跡を目にすることはありません。このドキュメンタリー映画を撮るにたり、「実際に何が起こったのか」「それらの記憶はどこにあるのか」「空襲の事実はなぜ東京の人々のアイデンティティの一部ではないのか」これらの疑問に対する答えを探すところから始まりました。
JK :なぜ「Paper City」というタイトルにしたのですか。
AF:第二次世界大戦中ほとんどの日本家屋は木材や紙で出来ていて、とても燃えやすかったと聞いています。その事実を知っていた米軍は、発火性の高い焼夷弾を日本への空襲に使うべく、ユタ州の砂漠で実験を行っていたほどです。そのように東京が「紙でできた街」であったということが理由の一つです。さらに、空襲生存者の方々と会ってお話を聞いた際、地図や、犠牲者の名前が書かれた巻物や写真など、なにかしら「紙媒体」のものを手にされていたんですよね。そこで「紙」というのは、「記録」し「記憶を語り継ぐ上で重要なもの」ということに気づき "paper"をタイトルに含めました。
JK :東京大空襲の犠牲者は、補償が最高裁に却下され、大空襲の犠牲をテーマとした博物館の施設などもありません。このことについてはどのように思われますか。
AF:空襲生存者の方々は、広島に似た何かしらの記念博物館を建ててくれと東京都へ度々要請したり、謝罪を求めたりしました。個人的には、これらは、政府に何かしらの責任を取ってほしいということなのですよね。これは過去を振り返った歴史的な責任だけでなく、未来に向けたものでもあります。将来、国として戦争に向かわない、戦争に国民を巻き込まない、という意思表示ともなります。なので、国が国民に対して何かしら責任を持ち、それを形にする、ということがとても重要だと思います。
JK :ドイツでは過去の戦争犯罪について向き合っている一方、日本は、社会として、そして組織としても戦争の根深い問題について向き合っていないという指摘もあります。この点どう思われますか。
AF:ドイツ人は戦争やホロコーストなどの歴史に真っ向から向き合い、教訓から学び、自分たちのアイデンティティの一部にしました。今の若いドイツ人は戦争について詳しく知っていますし、大戦中の禍根や過ちを自覚しています。撮影中に日本の若い世代の方々と話したのですが、あまりにも戦争のことを知らなさすぎてショックを受けました。勿論、戦後の日本とアメリカの関係性を考えると、両国に取って微妙かつ扱いにくい歴史に目を向けたがらない理由もよくわかります。つまり、触れずにそのままにしておくことが無難だ、ということでしょう。
JK :メルボルン国際映画祭で初公開、日本以外でも世界中で公開されています。特に空襲した側のアメリカでの反応は?
AF:我々オーストラリアやアメリカなどの連合国にとっての第二次世界大戦は、ナチスドイツや大日本帝国と戦って勝った「良い戦争」だったという認識があります。だから、我々連合国サイドが戦時中に犯した戦争犯罪に目を向けない傾向にあるのも事実です。つまりアメリカ人にしてみれば、この映画を見て初めて、この「良い戦争」に勝つために自分の国が何をしたのか、を考えるキッカケになったと思います。アメリカ人にとってはこういったことを意識する必要があると思います。
JK :世界中で未だに戦争・紛争・弾圧の惨劇は続いています。このドキュメンタリー映画を観て、何を感じとってもらいたいですか。
AF:人類は過去の教訓から学ぶことなく、今も戦争を繰り返していますよね。最初にこの映画を撮り始めた時、過去の出来事を生存者の記憶を辿って撮るのだ、と思ってました。でも本当は我々がどのような未来を望むか、ということでもあると思います。今ウクライナで戦争が起きていますが、日本でも戦争の足跡が近づいてきているように思います。国として戦争に行くか行かないかという決断を下す際、慎重になってよく考えるべきですよね。だからこそ、戦争を生き抜いた人たちの「声」を聴き、戦争がどれだけ酷いものだったかを知った上で、国としての決断を下す必要があると思うんです。2023年現在、世界中どこの国でも第二次世界大戦の生存者は一握りしかいないので、今が本当に彼/彼女から学ぶ最後のチャンスです。
エイドリアン・フランシス監督は「今後も社会から、人から、忘れられがちな人たちのストーリー」を描いた映画を東京で撮影していきたい」と語っていました。
映画「ペーパーシティ 東京大空襲の記憶」、是非渋谷シアター・イメージフォーラムにてご覧ください。
