今朝はアメリカとコネクトします!

新型コロナウィルスの感染拡大で、打撃を受けている産業のひとつアメリカのポピュラー音楽業界の現状について、ポピュラー音楽とアメリカ社会の関係について詳しい、大和田俊之さんにこの後、お話を伺います。

JK :ポピュラー音楽とアメリカ社会の関係に詳しく、現在は、アメリカ、ハーバード大学の客員研究員としてボストンに滞在されている大和田俊之さん。この番組では、例年、グラミー賞授賞式後の分析をお願いしてきました。 大和田さん、お久しぶりです。コロナの影響でアメリカの音楽業界の収入は大きく落ち込んだでしょう。これからどんな展望が見えてきそうでしょうか?

大和田:アメリカの音楽業界の収入の約半分はライブ産業が担い(45%ほど)。さらに45%を録音産業、そして残りの10%が出版業です。そしていうまでもなく大打撃を受けているのは録音(ストリーミング)ではなく、ライブ産業です。ライブ産業は、本当に先が見えない状況。ライブストリーミングが中心になっていますが、この分野はおそらく世界的にまだミュージシャンが試行錯誤している状態なのではないでしょうか。(たとえばフォートナイトのゲーム内で「ライブ」を開催したトラヴィス・スコットなど)

JK :今、お話くださった、音楽産業の収入の45%が録音という数字。新型コロナウィルスの感染が拡大しているとはいえ、ミュージシャンが新しい作品を作るというエネルギーは消えていないようですね?

大和田: 新しい音楽は出ています。象徴的なのはテイラー・スウィフトの新作。コロナ禍がはじまった4月末にテイラーがザ・ナショナルのアーロン・デスナーに連絡して作業が始まったみたいです。二人とも予定が全てキャンセルされてしまい、アーロンがパリから帰国し、特に目的もなく作曲していたところ、テイラーから連絡があったと。テイラーに限らず、いまはファイルのやり取りだけで音楽ができてしまう、それくらいのクオリティーがデスクトップで可能になっている。
コロナの前にそうしたテクノロジーが整備されていた、というのは(音楽に限りませんが)大きいと思います。あとは音楽ジャンルの垣根が低くなっているというか、一昔前であればインディーロックの雄であるザ・ナショナルがテイラー・スウィフトとコラボレートするというのは考え難かった。それはインディーロック側からするとセルアウトに見えるし、カントリーポップのスターであるテイラー・スウィフトから見ると、「政治的な越境」に見えなくもない。その点、テイラーははっきりと民主党支持を打ち出しましたし、インディーとメジャーの垣根もなくなり、二人の共同作業がこのコロナ禍に実現したのは象徴的だなと思います。いまのところ6週連続一位で大ヒット中です。

JK : 新型コロナウィルスの感染が拡大する中、Black Lives Matterを引き起こす大事件が起きました。有色人種のミュージシャンは多い。一方で音楽レーベルを経営するのは白人が多いのでしょうか?こうした構造について、アメリカではどんな声が上がっているのでしょう?

大和田: BLMは音楽産業にも大きな影響を及ぼしています。レーベル経営という側面で言うと、
レコード会社の黒人音楽部門(ラップミュージック、R&Bなどアーバン部門)はアフリカ系がトップにつくことが多くなっています。そして、ストリーミングの影響もあり、アメリカの音楽業界全体で
黒人音楽の占める割合が大きくなっている。なので、アフリカ系が経営判断を下す立場にどんどん立てているとも言えます。ただし、それは「黒人音楽」というジャンル内での話で、たとえば今年一月のグラミー賞で、タイラー・ザ・クリエイターが「アーバンはNワードをポリティカリー・コレクトと言い換えただけだ」と痛烈に批判しましたけど、要するに彼は「黒人音楽」という枠組みではなく、メインストリームの「ポップス部門」で評価されたかったし、そのつもりでアルバムを制作した。アフリカ系のミュージシャンが「黒人音楽」という枠組みを越えて作品を制作し、それが正当に評価される。それにはどういう制度が必要なのか。BLM運動でよく使われる言葉として「システミック・レイシズム=制度的レイシズム」がありますが、これはいわゆる表層的な人種差別だけではなく、社会の中に深く制度化され、構造化されてしまった差別のことを指します。
私たちリスナーも、当たり前のように「黒人音楽」という言葉を日常的に使ったり、その枠組みを用いますが、そうしたシステミック・レイシズムを撤廃したアメリカの音楽産業はどのようなかたちをしたものなのか、おそらくそうした議論がいままさに起こりつつあるんだと思います。

JK : ミュージシャンの表現の場であるステージでの演奏ができない状況が長く続きました。それによってこれまで定額制音楽配信に批判的であったミュージシャンもSpotifyに音楽を提供し始めたと思います。実際、こうした定額制音楽配信によってミュージシャンは救われているのでしょうか?

大和田 :アメリカの事情でいうと、ストリーミングに対する批判が盛り上がったのは2010年代前半で、半ば以降はそのこと自体への批判はほとんど出ていないように思います。もちろん、アーティスト、あるいはジャンルによってストリーミングに向き不向きもありますが、基本的にその是非が問われることはあまりなくなった、という認識です。Spotifyがアメリカに上陸したのが2011年で、1999年をピークに減少を続けていた音楽業界の利益が底を打ったのが2015年。15年以降、4年連続で二桁成長を続けている、その原動力となっているのがストリーミングです。

JK : とはいえ、Spotifyでの一回のストリーミングでミュージシャンのもとに入ってくる印税は¥0.0464だそうです。

大和田: はい、ただし、これは登録者数が増えれば理屈上は金額も上がるはずで、しかもアメリカではSpotify以外にも、Amazon Music、YouTube、Tidal、AppleMusicなど他にもストリーミングサービスはいくつもあります。そうした一つ一つのサービスからミュージシャンは支払いを受けますし、繰り返しになりますが、登録者が増える=パイが大きくなればなるほど支払いが増えます。たしか2016年ころの記事で、中堅のインディー系のレーベルでストリーミングサービスには満足している、と書いてあったように思うので、その時期が転換期だったのかなという気がしています。

JK :日本では、コロナ禍でサブスクリプションに切り替えたミュージシャンが増えました。米津玄師さんもサブスク開始。音楽業界がコロナに殺されないために「今すぐやるべき」たった1つのことと言う談話もあります。

大和田: 日本がなぜストリーミングの導入がこれほど遅れてしまったのか、理由ははっきりしていますが(笑)、これをいうと業界批判になってしまうためあまり言わない方がいいと思います。それより、松任谷由実さんはじめ、サザンオールスターズなどようやく日本の大御所ミュージシャンも昨年あたりから参入し始めたようですが、日本の音楽業界のこの10年の遅れがそのままKPOPが世界的に盛り上がった10年だったと個人的には思っています・・。

JK : 大和田さん、ありがとうございます。そして何よりも、ご自身の安全を確保してください。ハーバード大学客員研究員としてボストンに滞在中の大和田俊之さん、ありがとうございました。