今朝はアメリカ、ロサンゼルスのステープルズ・センターで現地1月26日に開催された「第62回グラミー賞授賞式」を、アメリカ文学とポピュラー音楽との関係に詳しい、慶応義塾大学教授の大和田俊之さんと振り返ります。

JK 大和田俊之さん、毎年ありがとうございます。今年の授賞式をご覧になって注目なさったパフォーマンスなどありますか?

大和田:今年のグラミー賞は、直前にいろいろ運営をめぐる問題が明らかになったり、直前にコービー・ブライアントがなくなったり、慌ただしい雰囲気のなかで開催されました。

JK 音楽業界のみなさんも動揺されましたか...。 そうした中で開催された授賞式で印象に残ったのは何でしょう?

大和田:ステージではリル・ナズ・Xが印象的でした。BTSの客演も、アジア系のグループがあのような形で参加しているのに感動しました。もともと「オールド・タウン・ロード」は黒人コミュニティーでカウボーイ、カウガールの格好をするのが流行っていて、それを「イーハー・アジェンダYeehaw Agenda」と呼ぶそうですが、ご承知の通り、最初この曲はビルボードのカントリーチャートでいいところまで上がったものの、なぜかカントリーチャートから削除され、するとリル・ナズ・XがSNSを通じてカントリー・シンガーでマイリー・サイラスのお父さんのビリー・レイ・サイラスに声をかけて客演が実現し、総合チャートで19週連続一位を獲得した曲です。しかも、カントリーっぽく聞こえるトラックはナイン・インチ・ネイルズの曲のサンプリングなので、この曲にはカントリーとロックとラップミュージックが全部入っていることになります。

そこにグラミーのステージではアジア系のボーイバンドBTSと、本家ナズも参加して、ある意味でアメリカ音楽の多様性そのものが表現されていました。

JK ある意味、多様な文化がconverge、収束する感じですか?

大和田:しかも、エアロスミスとランDMCという、ロックとヒップホップの融合を象徴する曲が同じステージで演奏された。こうしたジャンルの境界を崩していくようなパフォーマンスが、排外主義的な政策をとるトランプ政権下で行われていることが興味深い。

とはいえ、授賞式の後にタイラー・ザ・クリエイターがインタビューで語っていたように、黒人ミュージシャンがいくらヒップホップ的ではないアルバムを制作しても、「アーバン」というカテゴリーに入れられてしまい、「ポップ」には入らない。ポップがいわゆる総合的なカテゴリーですが、タイラーは「アーバン」という名称はNワードを政治的に正しく言い直しただけだ、とかなり辛辣にコメントしていました。

そういったことも含めてグラミー賞自体も(アカデミー賞と同じように)これからまだまだ改革を進めていくんだろうと思います。

JK ビリー・アイリッシュが主要部門を総なめにした感があります。

大和田:下馬評ではリゾとビリー・アイリッシュの評価が高かったと思いますが、個人的にはビリーが5部門制覇、というのにとても納得しています。ビリーの曲を聴いて一番驚くのは、そのミックス、というか音の質感です。あの、扇風機の前で歌ったときのような声だったり(オートパンというエフェクトをかけています)、低音がモコッと、なにか触覚的なというか、触れるかのようなサウンドで、アルバムレビューではASMRーー耳かきの音だったり雨の音だったり、心地良くてちょっと続々するような感覚ですーーと絡めて論じられたりもしました。

それで、これはいろんな方が言っていることですが、昔のポップミュージックに比べて、今の若いリスナーはメロディーとか和音といった、いわゆる五線譜上の情報ではなくて、音の質感だったり声色だったり、音の肌理(きめ)というかテクスチャーを聴いていると言われていて、その傾向がビリー・アイリッシュのこのアルバムで極まったというか、ついにメインストリームの音楽でこれほどはっきりと現れた、といえるかもしれません。

JK ノミネーションには日本人も多く見られました。

大和田:日本人としてジャズ・ラージ・アンサンブルアルバム部門にノミネートされた挾間美帆さん。ビッグバンドの日本人コンポーザー、コンダクターといえば、秋吉敏子さんが有名で、彼女も70年代以降、グラミー賞に何度もノミネートされました。今回の挾間さんのノミネートは本当に凄いことで、たとえばノーベル文学賞で言うと、最初に受賞した日本人作家の川端康成が、ある種の「日本らしさ」を表現していたように、秋吉さんも自身の曲に「日本的なメロディー」を取り入れたりしていました。次の大江健三郎さんがそうした「日本らしさ」ではなく、世界文学として評価されたように、挾間さんも、ジャズのメッカと言えるニューヨークで日々切磋琢磨する中で、そのシーンの王道で勝負して頭角を現した。本当に素晴らしいことだと思います。ノミネートされた「ダンサー・イン・ノーホエア」というアルバム、シンプルにカッコ良くて本当に多くの方に聞いて欲しいと思います。ビッグバンドと聞いて、デューク・エリントンやカウント・ベイシーをイメージしているとちょっと面食らうというか、大人数のジャズでこんなことができるのかと、その可能性に率直に驚かれると思います。バイオリンなどの弦楽器も入っていて、クラシック音楽のファンにもおすすめです。

JK 実は大和田さんは、狭間美帆さんとかなり親しいと聞いています。近々、共同で本を出版されるそうですね。

大和田:実は2017年から18年にかけて、私が音楽に関するレクチャーシリーズをコーティネートしたんですが、そこで挾間さんに一度ご登壇いただきました。その講演集がちょうど2月25日に発売されることになりました。アルテスパブリッシングから「music is music ポップミュージックを語る10の視点」といって、挾間美帆さんや冨田ラボさん、ジャズ評論家の柳樂光隆さん、ヒップホップライターの渡辺志保さんなど、かなり面白い音楽論集になっていると思います。

JK アメリカ文学とポピュラー音楽の関係に詳しい慶応義塾大学教授の大和田俊之さん、ありがとうございました。