2023.06.24 ONAIR

今回のテーマは「中動態」

参考図書は國分功一郎さんの
『中動態の世界 意志と責任の考古学』です。

「能動態」と「受動態」という言葉がありますよね。
「~する」というのが能動、「~される」というのが受動。
この2つの区分は文法に由来しています。
我々は能動態の逆は受動態、受動態の逆は能動態、
という対立が普遍なものだと思っていますが、
言語の歴史においては、実は新しい区分らしいです。
英語・ドイツ語・フランス語などのもとになったインド=ヨーロッパ語という
言葉のグループを遡っていくと、もともとは能動態と受動態の対立はなく、
あったのは、能動態と中動態の対立で、受動態は、中動態の一部だったそうなのです。

では、「中動態」とはどんなものなのでしょうか?
例えば、誰かを好きになる「惚れる」というのは能動・受動、どっちだと思いますか?

これは「能動」と思う人が多いかもしれませんが、
自分から「惚れるぞ~」と言って惚れられるものではありません、
むしろ、相手の魅力に引っ張られて惚れる能動的なようにも思われます。
しかし、魅力に引っ張られているというのは受動的です。
実は能動でも受動でもない(あるいはどちらでもある)と言えます。

「中動態」は、こういう時の表現にふさわしいものです。
能動態と受動態の対立は「する」か「される」かですが、
能動態と中動態の対立は「外」か「内」かということなのです!

自分の意志でもないし、誰かに強制されているわけでもない。
実は中動態は、今起こっていることが自分の意志なのか、
強制されたのが影響されているのか、遡ると無限にあるというのが難しいところなのです。

意志の有無というのは、人を裁くために必要でした。
自分の意志でやったと、強制されてやったとでは、責任の所在がかわります。
法は責任に基づいて裁く。 つまり「能動」と「受動」の対立の方が、
意志の有無=責任の所在がハッキリします。
日本語には「魔がさす」という中動態的な表現があるが、それでは責任の所在が
ハッキリせず、裁くことができません。

人は中動態の中を生きていいます。
今の状況に至るまで、そうならざるを得ないという状況があったかもしれないし、
これまでの環境はそこから生まれた意志があったのかもしれません。

そう考えると、私たちは、様々な物事に少し寛容になれるのではないでしょうか。

「中動態」について、 もっと知りたいという方は、
『中動態の世界 意志と責任の考古学』 ぜひ読んでみて下さい。


■毎週、各界の著名人がこの図書館にふさわしい1冊を紹介して下さる
「BOOK SHARING」

映画監督のふくだももこさんに、
つづ井さん著『裸一貫! つづ井さん』をご紹介いただきました。


■図書館の膨大なCD・LPコレクションから他ではめったに聴くことのできない
レア音源を特別に試聴するコーナー「RARE COLLECTION」

今回はドナルド・フェイゲンを紹介しました。
彼が1曲参加していて1984年にリリースされたアルバム
『THAT'S THE WAY I FEEL NOW - A TRIBUTE TO THELONIOUS MONK』
から、「Reflections」です。

以前、このコーナーでも紹介した、名プロデューサーのハル・ウィルナーが企画した
『ロスト・イン・ザ・スターズ:ザ・ミュージック・オブ・クルト・ワイル』の
第1弾にあたるのが この作品。

数々の名曲・名演を残したジャズ・ピアニスト、セロニアス・モンクの作品を
ドナルド・フェイゲン、ドクター・ジョン、ワズ(ノット・ワズ)、
カーラ・ブレイ、 トッド・ラングレンなど、一癖あるミュージシャンたちが
参加していて、それぞれのスタイルでトリビュートしています。

このアルバムは、日本でも当初はレコードで、
のちにCDでもリリースされましたが 現在は入手困難。
今回お送りしたのは、米国オリジナル・LP レコードからです。


□今週の図書
國分功一郎『中動態の世界 意志と責任の考古学』
つづ井『裸一貫! つづ井さん』
西加奈子『あおい』
西加奈子『炎上する君』

□オンエア曲
It doesn’t have to be this way / The Blow Monkeys
Evil Vibration / The Rebirth
Laughter in the rain /Aiza Seguerra
Dive / Olivia Dean
John Boy / 閑喜弦介
Reflections / Donald Fagen & Steve Khan
Hold me tighter in the rain / Billy Griffin