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黒い箱の中でレンズを通して眼が合う時は、ドキッとする瞬間。

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PROFILE
 
 
 宮本敬文 - 写真家 -
1966年埼玉県生まれ。日大芸術学部卒。スクール オブ ビジュアルアーツニューヨーク大学院卒。大学を出てすぐにニュ-ヨ-クへ渡り愛犬とNYに在住。ファッションフォトをはじめ、スポ-ツ選手の写真など多数。「anan」「crea」「number」「swich」「POOL」等、主に雑誌での活躍が多い。ヨットレ-ス「ルイヴィトンカップ」では、優勝の授与式を撮ることができるのは世界で6人だけという条件のなか、その内の一人として参加している。

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日本はバブルだったけどNYは暗い時期で「ヤバイ所に来ちゃったな」と。(宮本)
当時の日本は「酔っぱらって」ましたよね。(葉加瀬)

宮本さんは今もNYに住んでるんですか?

はい、犬がいるので。まぁいろんな所行ってるんですけど(笑)。一応、NYに家がありますね。

もうNYは長いんですか?

大学出てすぐ22歳の時に行ったから、15年ですか。

15年経ったら、もう自分の街になっちゃうね。

そうですね。NYで仕事を始めて、今しているのもNYなんで。

そうか、写真の仕事を始めたのもNYから。

そうですね。日本でもアルバイト感覚でちょっとやっていたんですが、しっかりとプロのカメラマンとしてやったのはNY。

元々大学出て「NYに行こう!」と駆り立てたのは何だったんですか? NYを撮りたかった?

いや、自分が物凄いサボり屋だったんです。日本はちょうどバブルに向かう浮かれていた時代で「ここにいたら弱くなってちゃうな」と思って。大学の時に洋服とかにかなり興味があったし写真以外の仕事をいろいろとしてて「もっともっと写真の勉強をしないと、自分は使い物にならないな」と思って。

そうなんだ。

どうせやるなら“写真で世界で一番になれる所”でやりたくて。パリとかロンドンとかも考えたんですけど、やっぱNYが一番タフだなと。

タフという意味ではそうですね。NYを選んだのはインスピレーション?

学校調べたりして。やっぱり写真でアメリカ人のカメラマンがすごい好きだったので、NYに行こうと。

そもそも写真との付き合いはいつ頃から?

小学校6年生くらいですかね。

初めは何を撮ったんですか?

初めは金沢に家族旅行に行って。家族のカメラ使って、空ばっかり撮ってましたね(笑)。

そう! 僕はカメラマンの方に本当にいつも聞きたくなるのが、初め何を撮った時に喜びがあったのなんですよ。

僕は子供の頃いろんな趣味があったんです。初めて写真撮った時は誰も写ってない空ばかりの写真撮って親に物凄く怒られたんですけどね。帰って来て空の写真ばっかりがあって「何あんた撮ってたの?」って言われたんですけど。

(笑)。

あまり出来のいい子供じゃなかたんですけど、その空の写真を見た時に「ひょっとして俺は写真の天才かもしれない」と思ったんですよ。それが後からかなり挫折にいくんですけど(笑)。

その頃から意識して写真というものに向きあって?

その頃からですね。本当にカメラ持たずにどっか行く事もないし。

あっそうですか。

学校の勉強もしないで写真ばかり撮ってて。家で暗室作って、もうずっと写真の事ばっかり考えてましたね。

それで日本大学芸術学部を出られて、じゃもうすぐにNY行こうと。

そうですね。3月に卒業して9月9日にNYに行きました。いまでも覚えていますけど。

その時NY初めてしょ? それまでに観光とかで行った事は?

ないです。

なかったでしょ。空港から降り立ったNYはどうでした?

「いやー、ヤバい所来ちゃったな」って。日本はそれこそ本当に景気がよくて、かなり華やかだったんですけど、NYはBLACK MONDAYっていう、ウォールストリートの株が暴落した直後だったんですよ。

そうか。

街灯もあんまり点いていないんですね。なんか薄暗くて。車の泥棒避けのアラームが一晩中鳴ってて。「何か嫌だなぁ。暗い所来ちゃったな」と思って、かなり落ち込みましたね。

逆に東京は一番、ある意味浮かれている時期だったもんね。

そうですね。

僕も大学生の時(1990年頃)に東京は「本当にこの街中が酔っぱらってる」と思ってた。大学生とか18・19・20歳の頃ってそういうものが嫌いなんだよね。僕自身はお金ないしね。

そうなんですよ。

だって仕送りで暮らしてて、お財布見たら10円しかない日もあるわけだよね(笑)。なのに六本木カフェ・バーとか渋谷の何とかってみんな言ってて。DCブランド・丸井云々の文化じゃないですか。「おやっ?」っと思ってましたよ、僕も。

(笑)。比べて「NYは暗いなー」と思いましたね。

でも未来を夢見ている若者にとってはガツンとROCKの気持ちは出てくるね。

それまで地元から離れたこともないし、親元から学校も行ってたんで、ここでゼロからやってみようというのは、凄く良かったですね。


やる気を持った人が生きていくにはNYは最適。(葉加瀬)
一秒たりとも暇が出来ない。(宮本)

外国に1人でグッと行くというのは、15歳であろうと22歳であろうとそう変わんないと思うんですよ。その勇気っていうのは、凄いと思うね。

高校生の時に、新宿でやっていたアンセル・アダムス(Ansel Adams 1902-1984)っていうカメラマンの写真家の写真展を見に行ったんです、彼はまだ生きていた時。僕は凄く感動して手紙を書いたんですね。「今すぐ僕はアシスタントになりたいから、行く」と。そうしたら、丁寧に手紙が返って来て。

なるほど。

「君はもっといろんな事を勉強しなさい。大学に行きなさい。写真だけじゃなくていろんなものを観て、その時にもう一度僕に手紙を寄越してくれたら、アシスタントにするよ」っていう手紙を頂いたんですよ。アンセル・アダムスに、直筆で。

うんうん。

「ワー凄いな」と思って、そん時にアメリカのアーティストの大きさっていうか、アンセル・アダムスのかも知れないけど、訳わかんない高校生が日本から汚い英語で手紙を書いても、受け入れる大きさがあったんですね。残念にも僕が大学にいる時にアンセル・アダムスは亡くなってしまうんですけど。そんな事もあったので。

それも1つの大きなモチベーションになったわけですね。凄い、泣かせる話だなぁ。感動するね。そうやって行くとNYの街は全然違うものに見えますね。

そうですね。「本当にサボれないな」と思うんで(笑)。

そうですね。

もちろん僕はお金も無くて行ってますから。最初は本当に30万円だけ握り締めて行って。もうこれどうしようかなと思って。まずはアパートを探して、クイーンズに。最初英語の学校行ったんで。英語の学校も半年以内にやらないと、お金も無くなっちゃうんで。クイーンズの地下室に住んでました。ものすごい一番安い所。で、3日後にはグリニッチ・ビレッジという所でポスター屋があって、そこで「働かせてくれ」と言ったら「いいよ」って。僕は写真学科卒業だったんで写真のことは詳しいから、“こういう写真はどのポスター?”と客が言ったら見つけることが出来る。片言の英語で、働かせてくれと言ったら、NYに着いて3日後には働いていましたね。いやそれは本当にラッキーだったんですけどね。

ラッキーと言うか、やっぱりその“攻め”だよね。

っていうか食ってけない。ハハハ(笑)。

そうしないと食ってけない!ハハハ(笑)

だって30万円しかないし。銀行口座も開けられないわけですよ、学生じゃないと。まだ学校行く前だし送金もされて来ない。親に「まぁこれくらいは送ってあげるよ」というのも当てにならない。本当になにを考えたか30万円を現金持ってって。

あーすごいね。

「これは働かなきゃいかん」と思って。で、日本食のレストランで働くのは嫌だったんで。いやどうせいくならアメリカ人やフランス人の中で働いて経験を持ちたかったんで。

わかりますねー。

街を歩いていたら、こう“HELP WANTED”と書いてあって、「これだ!」って。

そうなんですよね。若者が一番気をつけなくてはならないことは、僕が言うものじゃないでしょうけど、例えばNYに行って、その居酒屋で働いて日本人のスタッフと一日中、日本語しゃべる環境に慣れてしまえば、これはNYに行った意味が半減、もっとしますよね。

そうですね。だから英語の学校もちょうどその当時で、一番安い「ラガーリヤ・コミニティー・カレッジ」という学校に行って、3ヶ月で600ドルだったけな。ものすごい安い学校なんですけど、先生はNYU(ニューヨーク大学)やコロンビア(大学)の先生と一緒なんですよ。

なるほど。

ギリシャ人街にあるので、コロンビア人とギリシャ人が殆どで、まぁ日本人も4〜5人居たんですけど。面白かったですね。だから本当に日本人に染まらなかったのが僕は凄く良かったですね。

そうですねー。おそらくその仕事を向こうで始められているっていうのは、人に会っていくことを出来たから仕事を進められるんだろうし。あとでもやっぱりやる気を持った人が生きていくにはNYは最適なんでしょね。

シビアな分、やろうと思えば前に進んでいく力になるんで。悪い例もいっぱいあるし、もっとやらないと自分が倒れてしまうなとすごく思うんで。一秒たりとも暇が出来ない。

そうですよね。



夢の中でまでライティングをしたりするんですね。(宮本)
僕も頭の中で一日中音楽が鳴ってるんですよ。(葉加瀬)

NYで何を撮っている時が一番エキサイティングですか?

僕ね本当に写真が好きなんですよ。自分が天才だなと思った事ないんだけど、写真が好きな気持ちには誰にも負けないなって思ってます。だから何を撮ってても楽しいですね。写真というものがある限りは、こう本当に今はプロのカメラマンとして生活していける事自体もの凄く感謝をしているし、写真を撮っているのが嬉しくて嬉しくてしょうがないですね。

手元には必ずカメラ。これもう置いておかないと落ちつかないしょ?

いや、もう撮りたくなっちゃうんですよ。

撮りたくなっちゃう!

本当に絶えずカメラがないと。僕らは念写は出来ないですから。

出来ればしたいくらい!?

いや、したいですね。

100年経って、なんかこう身体の中に何か入れるの、チップとか。ピッて。

そう! 僕ね、ずっと思うんですけど眼を全部改造して、ロボットみたいに身体の中にカメラを入れられたらどんなにいいだろうなと思いますね。

思う!?

眼がこうキュッと観て。

今だ! と思った所でスナップしたらそれがシャッターを押す事になってんの。

もうそんなの僕、夢のようです。

ハハハ(笑)!!!

それは子供の頃からそう思ってました。ここ(眼の横、こめかみ辺りを指差して)にカメラ入れたい! 顔の半分とか。

あっそうなんだ。

飛行機に載ってて窓から綺麗に光が見える時あるじゃないですか。ああいうの撮りまくってますね。家に帰って来てから、飛行機の窓の写真ばっかりあって「何なんだろうな?」って思ったりしますけど(笑)。でも撮っている事も楽しいし家に帰って見ても楽しい、暗室の中に入ってプリントとかしてても最高に楽しいんで。

一日中ずっとカメラ持ってるんだね。

誰と話していても「あっ、今この光だとこんな感じに見えるな」とか「この人はこっちから見た方がいいな」というのを絶えず考えてますね。

考えているんだね。おもしろいね。

よく寝ながらライティング(照明の配置)とかしていますね(笑)。仕事でスタジオに前の日に入って、ライティングすることがあるんですけどい、夢の中で違うライティングをしたりするんですね。朝早くスタジオに行って夢の中で見たライティングに変えてみたりもすると、いい写真が撮れたりするんですよね。

そうだよねー。僕は頭の中で一日中音楽が鳴ってるんですよ。こう話しながらでも、なんかBGがずっと鳴ってるんですよ。「あれ、僕の曲なのかな? 人の曲?」それも分からないんですよ。「あれ? 今、作ってる!」っ て時もあるんですよ!「メモんなきゃ!」って。夢ん中でもやっぱりありますよ。

本当一緒。僕もライティングとか写真のアイデアで夜中起き出して、いきなり絵にライティングの図を描いたり。写真のアイデアを描き始めたりしますよね。

そうなんですよね。メモ帳絶対置いておきますもんね。

そうですね。何があっても、飯食ってても、友達と酒飲んでても「あっ今!」と思う時ありますもんね(笑)。

たまに嫌われるんだよね(笑)。「あの人、変!」みたいなね(笑)。

でも僕のすごい日本の尊敬する操上和美(くりがみかずみ)さんという写真家の方がいて。

操上さん。僕も撮ってもらった事、何度もあります!

いいですよね。本当にいいですよ。僕がすごく尊敬していて、かわいがってもらっているという関係なんですけど、二人で御飯やお酒を飲んでいると、クリさんもいつも手元にライカ持っているんですよ。僕もローライというカメラ持っているんですけど、二人で飯喰いながら撮り合っている。

ハハハ(笑)!!嫌なテーブルだねー。

なんか面白いですね(笑)。

妙なテーブルですね(笑)。


優勝した人の顔よりも、負けて降りて来た人達の顔の方が凄く印象的。(宮本)
1人の男あるいは人間が夢中になる事は奥が深い。(葉加瀬)

ヨットというのは昔から興味があって「ヨットレースが撮りたい!」って? そうじゃなくてお仕事としてヨットレースに関ってる?

最初はクライアントに頼まれて行って撮り始めてたんですけど。今回でアメリカズ・カップの撮影3回目です。ルイヴィトン・カップもありますけど。

毎年ですか?

これ4年に1回であったり、3年に1回であったり、5年に1回だったり。毎回毎回その戦う人達が集まって「何年後ならみんな出来る?」と言って決めるんですよ。だからオリンピックみたいに必ず4年に一回とかじゃなくて、調整してくんです。

なるほど、なるほど。調整して。

前回は3年だったんですけど、今度のニュージーランドの次はヨーロッパに移ってしまうんで、多分5年後だろうと言われてるんですけど。

随分長い間ヨットには関わってるんですね。

そうですね。僕は海のない所で育ったんで、最初は凄く戸惑ったんですけど。でも撮り始めてからは世界に入っていきましたね。ヨットの人達って、1番の敵が自然じゃないですか。だからみんないい男なんですよ。だから本当にいい人間達が多くて、その人間性だったり、ヨットレースって物凄いシビアで過酷なレースなんで、その辺に凄く引き込まれていきましたね。

「ヨットレース」って聞いたその響きからパッと僕達が出来るイメージと、ちょっと踏み込んで知ったらそっから拡がっていく奥の深さって、何でもそうなんだけど全部あるんですよね。スポーツだけじゃなくて、ビジネスも音楽もアートも何でもそうなんだけど。カメラはその奥深くまで人を媒介にして観ていけるじゃないですか。

写真家という仕事をしてて「俺、本当に幸せだな」と思う時は、その写真を通していろんな人に会えたり、やっぱり撮らなくちゃいけないわけだから観察しているわけです。どんどん観察していける。そして良さに気付いたり、いろいろな事に理解を深めていける事が僕にとって凄く嬉しいですよね。

そうですよね。必ずそうなんだけど、1人の男あるいは人間が夢中になる事は奥が深い、当たり前なんですよ。

そして、みんないい顔しているんですよ。

それを楽しんでてね。ヨットレースにかけている時はみんな最高の顔しちゃうよね。見た時は全部感動しちゃうでしょ。

写真撮りまくってましたね。

いいねー。僕も感動屋さんだから、そんなの見た時からボロボロ泣いちゃうと思う。

ぜひ今度見に行って下さい。

いいでしょうねー。

やっぱり理解をすればするほど、物凄く複雑な事を単純そうにやっているんで、面白いんですよ。

でも基礎的な体力も必要だけど、風を読むとかのかなり頭脳のプレーがあるわけでしょ?

ものすごい頭脳プレーです、自然を相手にした頭脳プレー。勝ったアリンギというチームのバターワース(Brad Butterworth)というタクティシャンっていう技術じゃなくて作戦を決める人がいるんですけど、みんな「彼は風が見える人だ」と言うんですね。本当いい顔しているんですよ。おじさんなんですけど。

あっそう(笑)。ヨットはヨットでまた、マシン・テクニカルのチームがあるわけでしょ?

はい。

F1で言うドライバーとマシンのチームが一緒になって、タッグを組んで。そこで人と人とのドラマ、男と男のドラマが出来ちゃうんだもんね。そうやってずっとレースの写真を撮って、最後の優勝カップ授賞式。過酷なレースを終えて来て、パーティーだ。

そうですね。負けた船の人が最初に入って来て。でも負けても準優勝ですからね。「ルイヴィトン・カップ準優勝!!」と。次に入って来た人が優勝なんですけど、僕は逆に優勝した人の顔よりも、負けて降りて来た人達の顔の方が凄く印象的で。でも、みんなまっすぐ前を向いているんですよね。

ほー。

負けた方のチームのスキッパーとクリス・ディクソンなんですが、みんなが彼に「よくやったね」と誉めると「負けるならやらない方がいいから、こんな気持ちは最低だ」って皆に言う男でしたね。だからすごいイイ顔してましたね。僕はすごいそれは心打たれて、彼の写真もいっぱい撮ってましたね。

カッコイイね!!

勝った方のラッセル・クーツという男も僕はすごいイイ男だなと思って、ものすごいクールなんですけど。でも彼、表彰式の後で皆で海に落とされそうになるんですよ。優勝の時に。

うんうん。

で、僕カメラ持ってるじゃないですか。腰に捕まって来たから「ラッセル。俺も一緒に落とされれて、カメラ落ちちゃうと困るんだけどな」と言ったら「だからお前に捕まってるんだよ」と。

ハハハ(笑)。

それ以来ちょっとアメリカズカップの時に会っても、挨拶してくれるようになったんですけど。

カメラ持ってる奴に捕まれば落とされないだろうって考えだ(笑)。


マイケル・ジョーダンは初めて写真撮ってて「怖いな」と思いました。(宮本)
ポーツで極めた世界ってのは何かあるのかね。(葉加瀬)

宮本さんは本当に人が好きなんだね。

興味があるんですよね。

今まで本当にありとあらゆる有名人撮ってきて、スーパースターもいて、いろんな方を撮ったと思うんですけど、この人はこうレンズを向けた瞬間「凄いな!」みたいなのありました?

僕は撮影の時に本当に普段は緊張しないんですけど、8〜9年前にちょうど絶頂期のマイケル・ジョーダンを撮影した時に、レンズを通して初めて膝が震えるというか、もうカメラが手につかなくなるっていうか、カメラを通して僕全てを見透かされるような眼の力。僕はあれに圧倒されましたね。

マイケル・ジョーダンか。

本当に格好良かったですね。

彼のプレーに対する僕らの潜在意識とか社会的ステータスとかのイメージを越えた所で、彼自身に何かあるんでしょうね。

何かありますね。それを感じるんですよね。写真撮ってて、自分の甘さだったりズルさみたいなモノを彼に見透かされているような気がするんですよ。初めて写真撮ってて「怖いな」と思いましたね。

やっぱりスポーツで極めた世界ってのは何かあるのかね。

それからしばらくして、凄く若い頃の中田英寿に会って撮影した時に同じように感じましたね。この子はすごいオーラを持っているんだなと思って。それから大好きになって。

そうですか。やっぱりレンズ向けた時にファインダー通して見えちゃうんだね。

僕の場合は本当に写真を通してコミュニケーションしているので、普段対峙している時よりもレンズを通すとそれが増強されていくんでしょうね。

集中力も高くなるだろうしね。その間で見えてくるモノが出てくるんだろうね。

カメラという黒い箱の中でレンズを通して眼が合う時は、ドキッとする瞬間ですよね。

そういう時は「また撮りたい!」と思う?

撮りたいですよ。何があっても撮りたいですよ。

何があっても撮りたい。念じればそういう仕事がきっとまた来ちゃうね。

そうですね。

その時にまた今度マイケル・ジョーダンと対峙した宮本さんが、どこまでいっているのかというのも。

だから勉強しなきゃいけないし。それに向かって自分も高めていかなければいけないなと思うんですけど。

本当にそう思うね。


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