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音楽を通して、遠い国を身近に感じてもらいたい。

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PROFILE
 
 
 加藤登紀子 - 歌手 -
1943年ハルビン生まれ。65年東京大学在学中、第二回日本アマチュアシャンソンコンクールに優勝、歌手活動に入る。66年「赤い風船」で第8回レコード大賞新人賞受賞。69年「ひとり寝の子守唄」71年「知床旅情」で、それぞれ日本レコード大賞歌唱賞を受賞。国内でのコンサートはもちろん、88年、90年のニューヨーク、カーネギーホールをはじめ、エジプト、中国、チェコ、ブルガリア、オーストリアなど世界各国でコンサート多数。97年WWFジャパン評議員に就任。2000年10月には国連環境計画(UNEP)の親善大使にも就任。今年8月にはヨハネスブルグの地球サミットに参加。10月23日には全編「花」に纏わる楽曲でレコーディングしたアルバム「花筐」をリリースした。

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父が「生まれてから最高の人々の音楽を聴いた」と。(加藤)
南アフリカへの想いが募っていったんですね。(葉加瀬)

僕は1度もアフリカに足を踏み入れたことがないんです。

エジプトとかも行ってない?

ないんです。アフリカ大陸へ行ってないんです。

私が初めて1人で旅をした時、イラン、レバノンのベイルート、エジプト、モロッコという旅をしたの。それが1972年。初めての外国旅行じゃなくて“1人で旅というものをしてみよう”と思って行ったのがそこなんです。

それは「逆境」がテーマですか?

逆境じゃないよ(笑)。そりゃテーマは「音楽」ですよ、やっぱり(笑)。モロッコとかの凄い音楽、アラブ系の熱度の高い音楽を聴きたくて行ったわけ。でもアフリカと言っても北のあの辺はアラブ社会だから。

イスラムの文化ですよね。

うん、だから全然違うの。その後アフリカに行ったのは、父とケニアに行った時かな。

これは大自然を見に?

まさに“アフリカ”ですよね。その時、私の友達がケニアで新聞記者をしてたので、その人を頼りに行って。そこでホーム・コンサートをやった時に、南アフリカから来ていたジャズ・ミュージシャンに会ったわけ。

ケニアで南アフリカの人に?

ホーム・コンサートだからね。その新聞記者の人の家でコンサートしたり、外務省で働いている人の家で演奏したり、そこら中に音楽家がいて、みんなアマチュアなんだけど相当凄いわけ。その中で集まってジャズ・バンドをやってるんだけど「特別に南アフリカからジャズの凄い人が来てるんだよ」と言われてベーシストが加わってくれていたわけ。

うん。

そこから私たちに“南アフリカ”が見え隠れするようになるの。その後でついに父は南アフリカに行ったんですよ。“ソエト”という黒人居住区、まだアパルトヘイトの真っ最中だったから白人と黒人が分かれて暮らしてて。

なるほど。

父はその黒人居住区に1人でタクシーに乗って行くんですよ。黒人のタクシーに乗って「日本からはるばる来て、黒人の人達の暮らしを見たいから連れて行ってくれ」と。そしてソエトに行った時に父は大歓迎してもらって、みんな集まってくれて一晩中歌ったんだって。

凄いですね。

1980年代ですけど、父が帰って来て「登紀子、最高だ! 生まれてから最高の人々の音楽を聴いた」と言われていて、憧れていたのが南アフリカなんですよ。でも父が1992年に死んでしまっても、まだ実現しなくて。やっと20世紀の最後に私が行ったんです。

じゃあ、かなり南アフリカへの想いは募っていたわけですね。


太陽の下で体が輝いてる姿。これはアフリカのものだなと思った。(加藤)

かなり南アフリカへの想いは募っていたわけですね。

うん。で、想いがあると偶然の様に南アフリカに関係のある人にばったり会ったりしますね。

運命で?

そう。どうしても行かないといけない様に意思が出来ていくみたいな感じで。でも2000年に直接、南アフリカでレコーディングしようと思ったきっかけはブラジルだったの。1998年にブラジルでコンサートした時に、みんなから南アフリカの話が出て「行って来たらどう? 隣の国だよ」と言われた(笑)。凄いと思わない(笑)。

そうなんだ(笑)。

ブラジルは確かに日本から遠いでしょ。その時、日本−ロサンゼルス−ブラジルという切符になってて、行きも帰りも同じルートになってたわけ。そしたら「バカだねぇ。反対回って行けば、世界一周出来るのに」と言われて(笑)。

でも、ブラジルの隣、という感覚にはならないですね(笑)。

でも海を挟んで隣。アフリカとブラジルはとても近いわけだから。「ああ!」と目から鱗が落ちた様な感じでね。そんなことで行きました。

ブラジルを経由すると音楽的にもいいですよね。サンバとかのブラジルのリズムは全てアフリカがルーツですもんね。こう言ってしまうと全てのリズムの発祥はアフリカだろうし、それと同時に人間の故郷と言うと簡単すぎるのかもしれないけど。やはりアフリカに行った瞬間にそういうものを感じますか?

最初にケニアに行った時に、報道ではビアフラの子供達とか暗い話題ばかりしかなかったの。だけど太陽の下で体が輝いてる姿ね。これはアフリカのものだなと思った。表情が100パーセント以上満ちて輝いてるわけよ。本当に嬉しそうなのよ。

なるほど。

凄いよね。これは嫌いな言葉だけど、豊かではないんだもんね。私はケニアから北に行った所にあるトゥルカナ湖に行ったの。そこにはマサイ族とかトゥルカナ族とかが住んでいる所で、そこに小さなロッジが1つだけあって、そこに遊びに行ったんだけど。

うん。

そしたら夜は真っ暗なの。「近所の村に遊びに行こう」と言われて。日が暮れてからポケットにちょっとウイスキーとか入れてね。録音しましたよ、砂を踏んで歩く音から(笑)。そしたら遠くから「フ・フ、ホ・ホ」と声が聴こえてきて、それを頼りに行くのね。真っ暗な中で楽器1つなくて一晩中踊ってるのが、トゥルカナの人達。それが私の初めて出会ったアフリカでしたね。

うーん、何か僕らが東京で暮らしてると想像つかない世界ですよね。でも同じ地球上にそれがあって。

うん。楽器がなくて、手拍子と足で地面を踏む音と声で出す音しかない音楽ね。それで篝り火なんかもないのよ。一天闇の中で踊ってるわけ。本当に闇夜に真っ黒な人達が踊ってるわけ。それで正直何も見えないのよ(笑)。

そうだよね(笑)。

それでも「踊りの輪の中に入れ」と言われて(笑)。マサイ族の踊りに似てるんだけど、胸を反らしてジャンプするの。外国の女性が来た、とみんな喜んでくれて。それで、誰かがフラッシュで写真撮ってくれてたので、後で「そうだったのか」って、みんなの表情とかが分かったの。

その時は分からなかったんだ。

とても素敵な服を着てたと後で分かったけど、その時は肉眼では殆ど分からないのね。でもだんだん目が慣れてくると「あ、人がいるな」ぐらいは分かってくる(笑)。面白かったです。



新作は、日本語で歌う可能性が膨らんだと思った。(加藤)

私は自分のオリジナルを歌う他に、色んな外国の歌を日本語にして歌うことを随分してきたんだけど、今度はJ-POPを自分でカバーするのに初めてトライしてみたんですよ。

聴かせて頂きましたが、もう“登紀子ワールド”になってましたね(笑)。

ちょっと日本語の可能性が膨らんだと思った。日本語のノリというか、やっぱり私の語り的な歌い方とは違う、リズムにはめていく…今の若い人達が求めている“日本語で歌える可能性”を広げてくれてると思った。凄くいい経験でしたよね。

ミスチル(Mr.Children)の「花」なんか良いですねぇ。びっくりするぐらいですね(笑)。

良かったですか。私は凄く好きです。

凄く説得力がありましたね。

あとはイエモン(THE YELLOW MONKEY)の「球根」とかね。やっぱり詩が凄く良いんですよね。「花筐(はながたみ)」を作ってくれた村上てつやは普段ゴスペラーズとしてやってる曲とはちょっと違ってて、私のラテン的なものが好きで作ってくれたんだけど、少し経ってから「こんなに曲が出来た時に『出来たっ! やった!』と思ったことは実はないくらいで、凄い自信でこのデモテープを送ったんです」と言ってましたね。


ズールーのリズムは、日本の相撲の土俵入りみたい。(加藤)

アメリカとか東京でもそうですけど、いわゆるアフリカン・アメリカンの人達のミュージシャンの彼らと出会って音楽をやった時には、僕達は単純に肉体的に、その素晴らしさに平伏してしまう時がありますよね。「なんでそんなリズム感が出るのだろうか?」とか、そういう所で負けちゃったのを僕は感じちゃうんですね(笑)。例えばジャズひとつもそうですしね。でも僕は“モンゴロイドとして出来る音楽は何だ?”とか思っちゃう。おそらくヨーロッパの人がやるジャズもそうだろうし、ロックもそうでしょうけど。やっぱり彼らのしなやかなリズムとか瞬発力に圧倒されるでしょ?

圧倒されるというよりか、凄く楽になるね。アフリカの人のリズムは軽いな、と思う。

あー軽い!

私はリズムの音楽を歌う事が苦手だと思ってたのよね。だけどアフリカの人とだと、リズムだって意識せずに宙に浮いてると言うか、乗せられてると言うか。それは感じたわね。

そうですか。

刻みがもっと細かいんだと思う。16ビートをやってるけど、もっとその倍とかの。凄く早いリズムの中でたゆたってるから。凄く正確なリズムなんだろうけど、凄くラクなしなやかさがあるな、という感じがして。

でもおそらくエイジアンの日本人からしてみれば、うんと違いますよね。リズム感の感じ方が。

そうかな。でもズールーのリズムは、日本の相撲の土俵入りみたいなのよ。

へぇー。

だからエンヤトットみたいな深い感じ。「何でそんなに似てるのかな」と言ったら「あれは金鉱夫達のものだ」って。だから日本のドジョウ掬いとかとそっくりなの。

エンヤトットだ(笑)。

でもドジョウ掬いはささったままだけど、金の場合は持ち上げなきゃいけないからアフタービートがあるの(笑)。そういうちょっとした違いはあるんだけど、やっぱり人間の体の動かし方はそういう意味ではそんなに違わないんだな、と思いましたね。


“日本がなくなるのでは”と思ったら、もっと私達は日本人のルーツにこだわるのかも。(加藤)
ブラジルのサンバや、サウダージなんてそうですよね。(葉加瀬)

私は色々と旅するようになった時に、旅をすればする程に自分が日本人である事が分かってくるし、日本人の原点を見つけて嬉しくなってるのね。エンヤトットが自分の原点とは思ってなかったのにズールーがエンヤトットに近かったりした時に「それそれ!」と思って興奮しちゃってるのね。

それはやっぱり地球は丸いからじゃないかと思う。日本から離れて、例えば「日本が息苦しいから逃げ出したい」と思ったりするじゃない。で、逃げ出そうとする。でも“自分は日本人だわ”と背中に日本人を感じながらずっと旅してる。いつの間にかぐるっと回ってると日本に向かってるわけよ。そう思った事がある。

うん。でもそれでいいんじゃないですかね。そうじゃないと拠り所がなくなっちゃうもんね。やっぱり外国に行った時に「あ、日本人だな」と僕はつくづく思うから。

だから、世界中のいろんな場所に異邦人達がいるでしょ、例えばアメリカに住んでるヨーロッパの人も異邦人かもしれないし、アフリカに住むヨーロッパ人も異邦人かもしれないし。でも、必ず異邦人達は自分の故郷の音楽を執拗に演奏するんです。

うんうん。

ジプシーもそうかもしれない。そこが面白いなと思う。日本人は故郷の日本がなくならないと安心してるから、どっちかと言うと故郷に対する執念が少ないのかもしれない。

なるほどね。

もし“日本という国がなくなってしまうんじゃないか”と思ったら、もっともっと私達は日本人のルーツにこだわるのかもしれない。

ブラジルのサンバなんて、まさにそうですね。「帰れないからアフリカのリズムをここで」というね。サウダージなんてそうですもんね。

そう。ブラジルに住んでる日本人もそうよ。凄く日本の歌が好きですよ。旅を始めると続くんですよね。地続きと言うか、海が繋がってるように。「今度はこっちも行ってみたいな」と思うしね。

あと僕は音楽家としていつも考えてるのは、自分で作ったもので聴いた人が旅が出来ればなぁ、と思うんですね。

それは勿論。だから私もコンサートの中で気が付くと、いくつかの国の歌を歌ってたりするのね。その国に行ってない人が多いから、遠い事だなと感じるんじゃなくて、遠い事なのに音楽で聴くと凄く近くに感じてもらってればいいなぁと思いますね。


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ON AIR LIST
NAYINTOBI IBALEKA / MZIKAYIFANI BUTHELEZI
IPHUPHO / 加藤登紀子
BIKO / PETER GABRIEL
花筺〜HANAGATAMI / 加藤登紀子
AFRIKA / ANGELIQUE KIDJO
IPHUPHO / 葉加瀬太郎

 

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