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Frankfurt via Venezia

    新しい文化を自分で作り出そうとする力。アコーディオンに賭ける愛情が、彼を確信犯にした。

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PROFILE
  coba さん

coba さん - アコーディオン奏者 -

1959年4月29日生まれ。長野県出身。1978年ルチアーノ・フェンチェルリ音学院アコーディオン科に入学 。1980年、主席で卒業。1995〜96年ビョークのワールドツアーに参加、60ヵ国以上で公演を行なう。若い世代に衝撃と影響を与え、アコーディオン・サウンドの伝統的イメージを大きく変えた功績は大きい。ビヨークとのワールドツアーと時を同じくして、海外にも拠点を置き、世界規模でCDをリリース。また、UA、カヒミカリィ他、世界各国のアーティストをサウンドプロデューサーとしても活躍。年末には彼自身のプロデュースするイベント「テクノギャバレー」が 12月29日、30日、31日にお台場で開催される。


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試験でさんざん注意されたのに、合格しちゃった。ベネチアっていい加減な所だなと。(coba)

御存知の通り、日本の音楽大学の試験は非常に厳しいでしょ。勿論就学中も厳しいし、卒業試験も難しい。でも、俺達は凄くゆるかったんだ。イタリアの私立の学校だったんだけど、アコーディオン科だけで200人くらいいるんだ。

200人ですか? 凄い数ですね。

ピアノ科と同じくらいいるんだよ。アコーディオン科とピアノ科が一番幅を占めてる学校で、ヨーロッパでは一応、一番有名な学校だったんだ。入学試験で校長をはじめ、20人くらい教官がいるわけ。アコーディオン科だけでだよ。

凄いなそれ(笑)。

イタリアって凄い所だなっていう、驚き続きの連続で。演奏を始めて1分くらいで「やめなさい」 と言われたの。

試験場で? 演奏してるのに、1分で?

そうそう。イントロダクションが終わるかなという頃に、「やめなさい!」って。イタリア語では「フェルマ」って言うんだど。「フェルマ!」って言われてね。こっちは目が点になって「どうしたんですか?」と聞いたら、教官全員が立ち上がって。向こうの学校って石机だから椅子を引く音とかがやたらと響くんだ。

「ガーガーガー! カタカタカタ!」って。

一斉に椅子を引いて俺の方に向かって来るわけ。俺何か失礼なことしたかなって、この曲はそんなにイタリア人を冒涜するような曲だったか? って。だって皆凄い怒ってるんですよ。すると僕の楽器を取り上げて、いきなり20人くらいで寄ってたかって僕をまず立たせるんです。

何が起こってるの、それ?

「僕に何するんですか!」みたいな。でもそうじゃなくて、椅子のサイズが身体に合ってなかったり、座り方がダメだったり、「君の姿勢がダメだ」って言うんです。まだ楽器を持つレベルじゃない、みたいな。俺18だぜ。

何年弾いて来たんですか、アコーディオン。

それまでに12〜13年かな。

そうか。でもずっと独学でやってるから。

一応先生にはついてるけど、その先生達がまた独学だから(笑)。『独学』×『独学』みたいな。

色んなオリジナリティがあって、日本のアコーディオンになってるわけだ(笑)。

そう。でも「それがいけません」と言われてね。その後はいきなり個人レッスンよ。「お月謝いいんですか?」みたいな。

はは(笑)。凄い展開。

それで椅子には 1/3 以上座ってはダメだとか、足のポジション、楽器を持った時の楽器のポジション。僕らは背負いベルトといって左右にベルトが付いてるじゃない、そのベルトのバランスや長さとか。

事細かに教えて下さったんだ。でもそれは凄いね。試験なのに「じゃあ、あなた帰りなさい」じゃないんだ。じゃあその時点でもう合格のようなもの?

いやいや、その時点ではダメだと思ったよ。これをやって来年来なさいみたいな。そしたらね、合格の中に自分の名前があって、これはいい加減な所だなと(笑)。

逆にね(笑)。

ベネチアっていい所だねと。俺達日本人と違って、随分ゆるいなお前らはと(笑)。そういうことをちょっと感じたんですよね。

18歳の時にそういうカルチャーショックを受けたんですね。

そうそう。


ベネチアの街で目眩がして、その時に人生が変わったんだ。(coba)
そこから自分の音楽の作り方とかも変わって来たんだね。(葉加瀬)

心底好きですか、イタリー人気質というのは?

好きですね。やっぱり僕を見てくれれば、いかにゆるいかということがおわかり頂けると思うんですけど。

(笑)。ずっと引きずってますか? その18歳からの4年間のベネチアの雰囲気って。

ずっと引きずってるよ。ベネチアで勉強を始めてから半年後くらいに、ある時ベネチアの街を歩いてて目眩を覚えたんですよ。柄にもなく「貧血かな?」と思って脇の石畳にフワッともたれたわけ。そしたら人がビックリして寄って来たんだけど、何でもなくてまたフッと起き上がったの。その時に人生が変わったんだな!

何が起こったの?

僕の中で脳みそがグルって一回転した感じがしたのね。

クルリンコ(笑)。

本当にそういう自分の脳が改革されたという自覚をいきなり持ってさ。俺は子供の頃むちゃくちゃ神経質だったのよ。演奏会の前なんか、食事なんか全然とれなくて。

緊張しちゃって?

そう。あとは人に対しても、話をする積極性はあったんだけど、めちゃくちゃ神経質だったわけ。それでその目眩の瞬間に「そうか!」ってわかってさ。俺はいつも自分と他人との関係ばかり思って生きて来た。つまり日本人て、自分がこのアクションを起こしたいんだけど、起こしたことによって自分がどう見られるかということを、下手すると第一に考えちゃったりするじゃない。

それは仰しゃる通りだと思います。

でしょ。君みたいにマイペースな人間はあまり感じないかもしれないけど。

いや、僕なんてそればかり考えて生きてるんだから(笑)。

本当かよ。

本当だよ(笑)。

(笑)。でもね、それは違うんだと。自分の人生は自分が生きてるわけで、皆がそうやって生きてるんだよなと。特にベネチアというかイタリアってわかりやすくて、自分の欲望に凄く素直に正直に生きてる。喧嘩とかもするんだけど、ちゃんと他人には優しさを持ってる。自分に正直に、しかし他人には優しくしていけば、きちんといい人生が待ってるんだと。

その時の目眩がそれを教えてくれたんだ。

何故倒れたのかは未だにわからないんだけど。そういうことってない?

いや僕は経験したことはないけど、わかる気はするな。でもそこから自分の音楽の作り方とかも変わってきたということ?

全然変わったね。演奏に対する考え方が変わった。それまでは実はね、周りに俺に匹敵するアコーディオンを弾く奴がいなかったから、ずっと。ところがイタリアへ行ったら、凄いのがゴロゴロしてるじゃない。ビックリしちゃってさ。

「おかしいなー」って?

「あっれー、こんな筈ないのになぁ!」なんてさ。それが競争意識にも繋がる反面、苦痛にもなっていくから。やっぱり10時間、12時間という長時間の練習を強いられたりとか、コンクールという壁が出て来たりするじゃない。そういう苦痛があったのが、その目眩の時に快楽に変わったんだ。俺はアコーディオン使って表現出来てるんだ。要はお話出来てるんだ、という考えに変わって。それからコンクールとかが楽しくなっちゃって。

ちょっとマインドが変わるだけでというのが、本当に大きいんだね。

大きいでしょうね。そういう発見というか、俺を変えてくれた街というのがベネチアだから。



実はビョークを知らなくて、名前だけ聞いて男だと思った。(coba)

同じミュージシャンとして僕が本当に羨ましいと思っていた頃があって。cobaさんが、ずっとビョークと一緒にワールドツアーをされていた頃なんですけど。ビョークは僕にとって物凄いアイドルなんです。実際に彼女と廻っていてどうでした? 僕も見に行きましたけど。

たいした女の子だよね。ハッキリしてる、色んなことが。俺は妙な連中と妙な会い方をするんだ。何処かへ行くと必ずそういう出会いが十中八九あるんだ。ビョークと初めて会った時も、あれは95年のゴールデンウィーク頃だったかな。ヨーロッパツアーをやってたらロンドンのプロモーターから、よかったらロンドンでも1回公演をやってくれないかというお誘いがあったんです。

へぇ。それで?

エリザベスホールの小ホールが会場だったの。イギリスの作曲家でパーサルという人がいるでしょ、彼の名をとってそこは『パーサルルーム』って言われてるだけど。キャパシティーが300人くらいの小さいホール。ロンドンには日本でいう『ぴあ』みたいな雑誌で『TIME OUT』というのあるんだけど、それに僕の写真とコメントが載ったのね。ビョークはどうもそれを見て、チケットを買ったらしいんだ。しかも自分の友人で Howie.B も連れて。その二人が会場に来てて。

そうだったんだ! 凄い格好いい話だねそれ!

だってガラガラなんだよ。ロンドンでコンサートやったってチケットなんか売れるわけないんだから。何人来てたかなぁ…数十人だよね。しかも殆どが招待客と、日本大使館とか関係者。あとは地元の通訳のおばちゃん。日本人が100人くらいで、あとはイギリス人が40〜50人。ところがその二人だけ盛り上がってるし、行儀悪いんだよ。前の椅子に足乗っけたりしてるの、しかもスニーカーで。

さすがビョークというか…。

終わった後も「うわー!!」って拳を振り上げたりしてるわけ。何か妙な客だなと思いながら不思議な気持ちで演奏会を終えて、楽屋で楽器を下ろしたら、後ろから Howie がビョークを連れて来て。ノックもしないでいきなり来たんだ。するとドラムのヨシエという子がビビッて「ビ、ビ、ビ、ビョークじゃない!?」とか言ってるんです。俺は実はビョークを全然知らなくて。

全く知らなかったんだ!

男の名前に感じない? 『ビョーク:強い』みたいな。だから俺、Howie をビョークだと思って「お前がビョークか。Nice to meet you! お前の音楽よく聴いてるよ」と。

聴いてないのに(笑)。

そしたら後ろからヨシエにバコーン! と拳で殴られて、「ビョークは女の子でしょ!」って言われて。

「ビョークはこっち!」みたいな。

「でしょ、でしょ、だよね」みたいな(笑)。


ビョークとセンスが合いすぎて。ここまで気が合うんだったら夫婦になるべきだよね、みたいな(coba)

ビョーク達と打ち上げに一緒に行って話してて。するとその場所で「忙しいと思うけど、よかったら私と一緒にしばらくの間活動してもらえませんか」と、オファーがいきなりあったんだ。結構真剣な目でそれを言ってるから、「わかった。悪かった。実はあなたのことを僕は知らない。あなたの音楽も聴いたことないので、聴かせてくれ。聴く迄はイエス、ノーも言えないよ」と答えて。

それはそうだよね。

そしたらビョークは携帯電話でピピピって電話して、マネージャーが全力疾走でやって来たのね。『POST』っていうアルバムあるでしょ、あれが出るちょっと前で、そのデモテープのカセットを持って来て。

ガーン。

「これ聴いて下さい」って、女性のマネージャーが。

あれ聴いちゃったらね。もうビックリするもんね。

ビビるよね。何でビビったかというと、俺はその頃アルバム制作でちょっと悩んでて…。俺はやっぱり旋律を奏でる立場じゃない。しかしそのコアな部分、グラマラスなベースラインみたいな、ガーっていうループ感みたいなものが欲しいわけ。

なるほど。

昔のイギリスのロックみたいなフワァ〜っていう浮遊する感じのメロディが乗っかりたい。そういうサウンドメイキングをしたいってずっと思ってて。でもそういうことを実現してくれるエンジニアが自分の周りにいなかったのね。それで悩んでた時に『POST』を聴いて、あれってまさにそういう世界じゃない。

そうなんだよね、二つの次元が一緒になってるんだよね。

だから綺麗過ぎないし、ちゃんと毒もあるし汚してあるし。それが全部一体化して一つの世界観を構築してる。実はそれを Howie がやってたんだけどね。俺は「このサウンドを作ってるプロデューサーに会いたい」って思ったの。

そこにいるじゃないかと(笑)。

いるんだけど、わかんないんだその時は(笑)。それで次の日すぐ電話してさ。

そうか。cobaのこれからやりたい音楽とバッチリ合致したんですね。そして何ケ所もツアーを廻られたんですね。

ツアーをやってて一番ハナについたのがビョークなんだ。

どういうことですか?

まず飯の趣味が物凄い似てる。ツアーをするとケータリングも一緒に旅するじゃない。行った土地土地で会場の中に臨時の厨房を作って、飯作るでしょ。

そうですね。

6種類くらいメニューがあるんだけど、頼む物が毎日同じなの。野菜やソースのチョイスまで全部同じ。そしたらケータリングの奴がバカにして、ビョークが先に行って、俺が後から行くと「coba、もう用意出来てるよ」ってビョークと同じものが出て来るわけ。

えー、センスが似てるなんて羨ましいけどな。

俺が先に行ってビョークが後から来ても、同じ物が出て来て。そういう笑い話になったくらいセンスが似てるんだよ。それから半日オフとかで買い物に行くと、必ず会う。

必ず会う(笑)?

一番酷かったのはアムステルダム。アムスでは6軒くらいでもうかち合わせね。古いマンガ屋とか、変な骨董品屋とか、勿論アナログレコードショップなんかも含めて、全部会うわけ。さすがに6ケ所目には俺も彼女もバカバカしくなって、笑って「ここまで気があうんだったら夫婦になるべきだよね」みたいな。

本当だね(笑)。

でもその頃あいつは、全然違う男と付き合ってたけどね(笑)。


テクノ・キャバレーは世紀末を過ごす場所。(coba)
既成の所ではない。自分で作らなきゃならないと。(葉加瀬)

かなり定着してきましたね。cobaのテクノ・キャバレーも。

お陰さまでね。“五感上手になりましょう”あるいは“欲望上手”と言うんですけど。

“欲望”がテーマなんですか?

やっぱり文化を作るのは欲望でしょ。欲望がないと新しい文化はできないから。

なるほど。そうですよね。

日本人って、ちょっと自虐的というかピューリタンな感じがするじゃない。欲望に素直になっちゃいけないみたいな。それを人前で表すなんてもっての他みたいな。

はしたないわよ、みたいな?

うん。そこの所を抑制してる感じがして。でもそこを抑制しちゃうと文化に繋がらないから。やっぱり“自分に我が儘に、人に優しく”と。この理念を貫く為に、自分にはとことん我が儘になろうと。そして欲望上手になろうと。

それで?

欲望上手になるにはどうすればいいか。これは“五感を鍛えよう”と。五感を鍛えれて目が肥えれば、いい物が見たくなる。あなたの描く絵画のように。

有り難うございます。

耳を鍛えればいい音を聴きたくなる。あなたの奏でる音楽のように(笑)。

有難うございます。

そういう方式なんですよ。だから“五感でイケ”と。

テクノ・キャバレーにおいては、視覚から聴覚から、嗅覚から味覚から触覚から。全てを満たす空間を作ろうと。

満たすというか、全てを攻撃しちゃうんだな。

攻撃して覚醒させる。

そうね。まぁ楽しむとうか。でもそうやって聞くと実験室みたいな感じがするじゃない?

ワークショップみたいなね。

でもそうじゃなくて、お客様は3時間のプログラムで、恐らく会場内に入った段階から、多分笑い転げて、3時間笑いっぱなしじゃないかな。音楽あり、映像あり、これはCGでやるんですけど。あとは食事もある。

ご飯を食べながら。

パフォーマンスあり、ダンスあり、色んなことがあるんです。基本的にショーはギャルソンとギャルソンヌというのがいて、それがお席まで御案内するんですが、基本的にはあなたの隣に座ってる人が、あなたと同じお客さんだと思ったら大間違い!

そこにも何か仕掛けがあるとうこと?

色んなトラップが。

トラップが。罠が!

あのー、きるのなんだっけ?

トランプね(笑)。

跳ぶのはなんだっけ?…トランポリンか。まぁそれはいいんだけど、とにかく色んなハプニングの連続で構成されていくショーなんだ。

そもそもテクノ・キャバレーを発想したのはいつ頃で、どういうきっかけだったんですか?

5年前にフランスで、クリスマスイブに飯を食ってたの。5人くらいで友達と。俺以外全員フランス人で、世紀末の話になったんだ。「2000年の12月31日は何処で過ごす?」ということになって、「何をスノッブな会話してんだ、コノヤロー」と思って。

(笑)。

俺はそんなの決まってないから「そんなのまだだよ」って言ったら、皆が真剣な顔で「えっ」ってこっち見るわけ。彼らはもう全員決まってるの、その段階で。

へぇー…。

1995年にもう。それでさ、ちょっと愕然としちゃってさ。俺も一応、自称世紀末評論家だから、そこでショックを受けて、じゃあ一体何処で世紀末を過ごそうと考え出したわけ。でもそれから随分悩んで、年も明けちゃって、悩んだんだけど自分が世紀末を過ごしたい場所というのはないんだな。

既成の所ではない。自分で作らなきゃならないと。

それでじゃあ、作っちゃおうかなと。1920年くらいにベルリン・キャバレーってあったじゃない。一次対戦と二次対戦のちょうど狭間で、人々がちょうど不安な頃で、でもそういう時代だからこそ文化がスパークして…。

そうですね。

特にベルリンという街は東側からの文人とか音楽家がどんどん入ってきた所だから、そいつらがキャバレーにたまって、そこから西と東のスパークされたものが発信されたと。そういう発信基地だったんだよね。そんな何か凄まじい場所を作りたいというのが一番最初の動機だね。


予定調和じゃないものを面白がる趣向があるんですか?(葉加瀬)
騙したり、脅かしたりというの、大好き。(coba)

5年前にパリでそういう話があって、自分でいたい場所を作ろうという。格好いいね。凄いね。

会場へ来てまず客席に着くでしょ、すると会場の何処かでハプニングが起こるわけ。で、また違う所で違うハプニングが起こる。その次は後ろでハプニングが起こるの。そのハプニングが段々集約されてステージ上に行くんだけど。だからいつ始まったかもわからないものだし、ハプニングの連続なんだ。

はい。

しかも客はリアクションを色々と要求されるんだ。例えば喧嘩の仲裁して下さいとかね。或いはある儀式に参加して下さいみたいなものもあるの。その参加の仕方によってストーリーが変わっていったりするのね。

cobaさん自身の中では基本的な本質として、予定調和じゃないものを面白がる趣向があるんですか?

やっぱり好きですね〜。

多分そうなんだろね。

後ろから人を「わっ」と脅かしたりするのが昔から好きだし。

(笑)。昔からって、ずっと好きじゃないですか。未だに。

騙したり脅かしたりというの、大好きだし。あと綺麗な物を綺麗だと言いたくないんだよね。“言っちゃうことが俺じゃない”みたいなさ。凄い照れちゃうんだ、そういうの。“苦労しました”みたいな話もなるべくしたくないしさ。

僕はcobaさんのことよく知ってるからわかる。アメリカでどんな田舎を旅しててもフェアーってあるじゃないですか、お祭り。テントを建ててやってるやつ。あれを見ただけで心がドキドキするんだけど、そんなイメージがあるね。

ありますね。フェリーニもサーカス好きだったでしょ。俺も凄くサーカス好きでさ。ああいう物に凄く心が惹かれますよね。海外をツアーしてる時も、向こうは貼りポスターみたいな物があるじゃん。『チリコロ』ってイタリア語でサーカスのことを言うんだけど、ああいうポスターとかを見ると心が騒ぐよね。

それが原点にあるんだろうね、きっとね。パリでも回転木馬がいきなり街の中にボンっと出来る時あるじゃないですか、期間限定で。ああいうのいいよね。

いいね。葉加瀬君なんか似合うんじゃない、回転木馬。

どうするの、似合ってて。

乗っかるの。「パパー!」とか言われて、一緒にヒバリちゃんと。

ひ・ま・り! ありがと(笑)。


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CITY INFO

  • イタリア政府観光協会

      イタリア政府観光協会(E.N.I.T)による、都市情報、交通情報、グルメなど各種情報を提供。

ON AIR LIST

 
水に映える都 (RUMBA D' AMOUR) / COBA & SUBLIME
TU STAI CON LEI / FRANCESCO BACCINI
HYPER-BALLAD / BJORK
I MISS YOU / BJORK
SARA (SANDOUK) / COBA & SUBLIME
ETUPIRKA / 葉加瀬太郎

 

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coba
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ダンサー・イン・ザ・ダーク
ビヨーク、カトリーヌ・ドヌーブ出演。作品紹介。
 
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