ON AIR DATE
2021.03.07
BACKNUMBER
  • J-WAVE
    EVERY SUNDAY 20:00-20:54


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訓市が antenna* からセレクトした記事は・・・

“4人目のBeastie Boys”こと写真家 リッキー・パウエルが死去

★★★★★★★★★★


TUDOR logo antenna* logo

#337  --- 今は、訪れることも躊躇する感じ ---


『TRAVELLING WITHOUT MOVING』・・・
「動かない旅」をキーワードに旅の話と、
旅の記憶からあふれだす音楽をお届けします。
ナヴィゲーターは世界約50ヶ国を旅した野村訓市。


★★★★★★★★★★

前半はリスナーの皆さんから手紙、ハガキ、メールで
お寄せいただいた旅のエピソードと、
その旅に紐付いたリクエスト曲をオンエア!

進路、恋愛、仕事などなど日々の生活で抱えている悩み相談や
選曲のオーダーにもお答えします。

後半のテーマは「ダウンタウン」。
バックパッカー生活を経て、
海の家の運営で生計を立てていた訓市が
初めて取り組んだ編集者としての仕事・・・
右も左も分からずに訪れたニューヨークの
ダウンタウンで過ごした有意義な時間を振り返る。
生粋のニューヨーカーたちに感じた“本当の優しさ”、
その当時に知り合って、先日、惜しくもこの世を去った
ミスター・ニューヨーカーとの思い出について語る。


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番組では皆さんの「旅」と「音楽」に関する
エピソードや思い出のメッセージをお待ちしています。
「旅」に関する質問、「旅先で聴きたい曲」のリクエストもOK!

また、恋愛、進路、仕事、人生などの質問や
選曲オーダーにもお答えします。

メールは番組サイトの「Message」から送信してください。
皆さんからのメッセージ&リクエストをお待ちしています!!


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手紙、ハガキの宛先は・・・
〒106-6188
株式会社 J-WAVE
TUDOR TRAVELLING WITHOUT MOVING 宛

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2021.03.07

MUSIC STREAM

旅の記憶からあふれだす音楽。
動かなくても旅はできる。
ミュージック・ストリームに
身をゆだねてください。
1

And So It Goes / Billy Joel

2

It Only Takes A Flashlight To Create A Monster / The Bear Quartet

3

Old Man / Stella Donnelly

4

Little Blue / Tommy Guerrero

5

君は天然色 / 大貫妙子

6

What Game Shall We Play Today / Chick Corea

7

Andrea Loves Horses / Ghosts And Vodka

8

Missing Out / Syd

9

Promenade Sentimentale / Vladimir Cosma

2021.03.07

ON AIR NOTES

野村訓市は、どこで誰に会い、
どんな会話を交わしたのか。
何を見たのか、何を聞いたのか。
その音の向こうに何があったのか。


Kunichi was talking …


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ダウンタウンというとニューヨークのダウンタウンなんですけど、僕は26歳の時に初めて雑誌というかインタビュー本を作り始めました。開始から出すまで1年かかったんですけど、その内の半年は地球を2周しながらインタビューをして歩いていました。どうやって仕事を始めたのか? どうやって生きてきたのか? 当時、無職でこれから何をすればいいか途方に暮れていた自分に降って湧いた本を作るという仕事で何を聞こうという時に、当時の自分に1番必要というか知りたかったことを聞いて歩いたのです。それはどこかわらしべ長者の旅のような旅でした。半年の間にホテルで自分だけのベッドというものに泊まったことは1度もなく、全て人の家のカウチと自分の寝袋、そして取材先の人たちですが、人が人を紹介してくれ、そこからまた次の取材先が決まっていく。そんな感じの取材旅行でした。会いたかった人に会えたという興奮と、ずぶのど素人である自分の経験の無さがバレないか、そして相手をがっかりさせないかという恐怖と、2つの感情が常にあったのを覚えています。「今までに誰を取材した?」「そもそも今までどんな仕事を手がけてきた?」そう聞かれるのが最初のうちは本当に気が重かったです。なにしろ、そう聞かれたら「あなたが最初」とか「これが初めてのインタビューと編集の仕事」としか言えないのですから。怪訝な顔をされたり、あからさまに時間の無駄だという顔もされたこともありますが、まぁ当たり前ですよね。それでも食い下がって必死に説明をしてインタビューをして、その人が「お前面白いから、こいつはどうだ」と人を紹介してくれたりと人の輪が繋がっていきました。ロンドンとニューヨークが拠点というか1番取材する人が多かったので長くいました。もちろん色んな人たちがそこに住んでいたからというのが1番の理由ですが、その次に大きかったのが歩いて移動出来るからということでした。何しろお金が無くて、それと反対に時間だけはたくさんあったので、毎日朝泊めてもらっている知り合いの家を出ると夜までひたすら歩きました。東京には今、洒落たスライス売りのピザ屋っていうのが何軒もあったりしますけど、僕はニューヨークにいた時は1枚1ドルちょっとのダラーピザっていう本当に安いのがありまして、それを1日3回よく食べて歩いたものでした。全然オシャレじゃない感じですよね。それで1日1回の贅沢がスナップルっていう甘いアイスティーがあって、それのピーチ味っていうのを買って1日3回に分けて飲んでいましたね。


★★★★★★★★★★

ニューヨークでは道でたまたま出会った人から話が繋がったりしてインタビューを続けました。取材した人が携帯のない僕をとても不憫に思って、「電話を使いたい時はうちの事務所に来てかけろ」と使わせてくれたり、ニューヨークのダウンタウンにいる人たちは一見とっつきにくいというか尖った感じなんですが、早口でまくしたててきたりするくせに基本とっても親切な人が多くて、そういう人たちと知り合っていくうちになんだか街に受け入れられたというか、「俺は仕事をちゃんとやれてるんじゃないか」という力をもらった気がします。そんなダウンタウンの住人の1人にリッキー・パウエルというカメラマンがいました。路上で色んな人をスナップで撮るパパラッチというかストリートフォトグラファーで、ピントを合わせる必要のないカメラをいつも胸のあたりにぶら下げていて、撮りたい相手に話かけながら相手が気付かないうちにファインダーさえ覗かずシャッターを切る名人でした。バスキアや有名なシンディクロフォードの写真、そしてビーズティボーイズが有名になってツアーで回った時は専属カメラマンとして知られた作品をいくつも発表してきたダウンタウンの名物男で、これも人づてに「ダウンタウンといえばリッキーは外せないよ」と紹介されたんですけど、出会った当時に彼がずっと何十年か1人で住み続けたうなぎの寝床のような家に連れて行ってもらったことがあります。これぞ僕が想像したダウンタウンの家だ!みたいな設えでものすごく興奮しましたし、その後もいつも街をふらふらしながら、ありとあらゆるところにいました。凄くまくしたてる形で喋る英語が難しくって、現地の友達に聞いたら「リッキーはもう普通のニューヨーカーが分からない昔のニューヨーカーのスラングをわざと使うんだよ」って。「あんなにニューヨーク、ニューヨークした男というか、みんなが映画で観たダウンタウンの雰囲気をそのまま持っているのは彼ぐらいだから本当に貴重だよ」といつも言っていました。昔は決まったバーの決まった席に毎日お酒を飲みにくるアンディ・ウォーホルのファクトリー上がりの爺さんとか、まだまだ60年代に滅茶苦茶だった80年代の生き残りっていうのがダウンタウンにはたくさんいて、出会って声をかけると面白い話をしてくれたりして、それが世代を超えて街のカルチャーが繋がっていく大事な大事な接点だったと思います。僕はそういう話を聞くのが大好きで、そんな機会が無数にあるニューヨークという街が大好きでした。番組でも何度も話していますが、コロナでそんな話を聞く舞台だった名物店がたくさん潰れていくという話をしょっちゅう聞いて落ち込んでいたんですけど、先日はこのカメラマンのリッキーが突然亡くなったという話を聞きました。SNSには「さよならアンクル・リッキー」とか「君なしじゃダウンタウンはもう同じじゃない」という追悼文と写真が溢れていて、なんともいえない気分になりました。僕はもう1年以上ニューヨークに行っていなくて、コロナが明けたらニューヨークに遊びに行って仲良しに会いたいって思っていたんですけど、最近の心境は行くのが怖くなってきてしまいました。と言うのも自分が好きだった店や人や街っていうものを作っていた大事な要素っていうのが抜けた姿を怖くてあんまり見たくないな、最近はなんだかそんな気分です。