STORY
医師の稲葉俊郎さん
++ Introduction ++
※コロナウイルスの感染拡大予防のためリモート出演頂きました。
軽井沢病院で勤務されている稲葉俊郎さん。
外来診療、入院患者さんのケア、往診など医師としての仕事に加え、
大学で教鞭を執り、研究などもされています。
7月にアノニマ・スタジオから出版された新著、
『いのちは のちの いのちへ』は個人の中に宿る生命は何かということを
医学と芸術の観点から書かれた前作『いのちを呼びさますもの』に続く
シリーズ第2弾。
個人の命が集まった“場”の生命とは何なのかということをキーワードに
それが医療の場や病院とも
繋がるのではないかということを書かれています。
「いのちは のちの いのちへ」の中で
「心身と病気の関係、人と医療の関わり方などにおいて、
“全体性”を取り戻そう」と書いていることについて・・・
『あらゆる観点で“全体性”というものがあって、
自分の一生というライフスパン全体の中で今という瞬間を考える
というのが先ず一つの全体性だし、
体という意味では60兆くらいの細胞があると言われていますけど、
その細胞全てが自分の体の全体性なんですね。
心にも全体性があって、僕らが意識できているものだけではなくて
無意識も含めて全てが自分の心の全体性である、
そういう意味で主に書いていますね』。
人間の脳で考えられたものばかりが世界の中で陳列されて
脳みその働きばかりがあまりにも過剰になり、
意識的なものだけが尊重される脳化社会になったことで
“全体性”が失われてしまったとのこと。
『本来、文化や芸術や創作物というのは深い無意識を通過して
作り出されていて、そういったものを介することによって
自分たちの中にある深い無意識にアクセスできると思います。
感動というのは今まで自分が動かしていなかった心のレイヤーが
強制的に動かされたという身体感覚のことを言うのかな』。
感動したり、悩んだり、考えたりして心を動かすことが大事であって、
ポジティブなことだけではなく、ネガティブなことも含めて
心が動くことによって“全体性”を取り戻せるのではということです。
++ Until now ++
子供の頃に体が弱かったこともあって
医師を目指されたという稲葉さん。
その当時は生きる力がない人に生命というトーチを
分け与えてくれた人というイメージだったそうですが、
実際に医療の世界に入ってみて違和感を覚えたとのこと。
『西洋医学というのは病気学なんですけど、
僕はそれだけではなくて健康学のことをやりたいということですね。
現代医学は病気のことを勉強するわけですよ。
医学部の授業も医師国家試験も全て病気の勉強で、
人間の健康とはどういうことなのかについては
全然勉強しないんです。
僕がやりたいのは健康であるというのは
どういうことなのかについてで、
それは予防医学にも通じるかもしれないです』。
医療者は病気に関しては詳しいですが
病名がつかない時はなんともできないということで、
ある意味で病名をつけたがるところもあるからこそ
病名にこだわることはないとのこと。
その人が現状から一番良い状態へ向かっていけるのか、
そういった未来の方向性が大事だと思っているそうです。
そんな稲葉さんが考える理想の病院とは・・・
『銭湯や美術館や芸術祭であったり、結局なんでもいいんですね。
形にはこだわりはなくて、命というフィロソフィーを共有していれば
そこはどこでも理想的な医療の場になり得るというのが僕の提案です。
その哲学こそが一番大事であって、
形はその場に応じて自ずと定まっていきます』。
大学病院に勤務していた時、その“場”に自分の行動や話し方、
そして医療自体までが規定されてしまい、
そこにいるからこそ当たり前になってしまって気づかないことに
恐ろしさを感じたそうです。
大学病院という“場”を知るために
山岳医療や往診を始め、“場”を変えたところ
自分の医療行為だけでなく
自分自身にも変化を感じられたということです。
++ Right now ++
現在、軽井沢に引っ越して軽井沢病院で勤務されている稲葉さん。
子育ての環境を考えて自然の中で育ってほしいなどの点から
拠点を決めたということで、高地で自然に囲まれた軽井沢に
環境を変えてから眠りの質が変わったそうです。
睡眠の質を高めるためのアドバイスについて・・・
『僕が一番感じるのは人間の人工的な世界がかなり少ないところが
大事かなと思っているので、なるべく人間の意識の世界を離れたもの、
例えば植物などを空間に配置していくというのは大事なんじゃないですか。
やはり物体ではなくて生命体に触れていると思えばいいと思います』。
人と人が触れ合い過ぎることでいろいろなことに影響を受け
結局、自分が何を考えているか分からなくなっている人が多くなっている
と感じているのが稲葉さんは・・・
『僕が大切にしてほしいと思うのは、“違和感”なんですよね。
自分の中で生まれている違和感を消したり、忘れたり、
無かったことにする人がすごく多いですけど、
違和感というのは何かとズレている証拠なんですよね。
本来あるべき場所からズレているから違和感を覚えるわけで、
それを感じなくなると自分の主軸がどこなのか分からなくなって
漂流しているような人が多いから…
僕は違和感というものをずっと大切にしてくださいって言います』。
++ From now on ++
稲葉さんが芸術監督を務める芸術祭「山がビエンナーレ 2020」が
9月にオンライン開催されます。
『諦めるのは簡単ですが逆に今、どうやってやるのかを考えないと
いけない時期ではないかという問いを受け取ったんですね。
今後もこういう時代が避けられないとしたら、
その中でどのようにして心の深い場所で繋がって
新しい時代を作っていけるか
ということをみんなで共有したいという想いから
オンライン開催という形で…
僕らとしてはチャレンジですよね』。
インターネット経由での観覧がメインになりますが、
現状、分断されている山形のラジオ、テレビ、新聞など各メディアの間を
表現するという意味で全体を繋ぎたいという思いもあるそうです。
『今の社会に対して絶望していたり、不満を持っている人たちに
やっぱりこの社会は面白いし、もっと僕らが協力していい時代を
作っていきましょうよと呼びかけたいわけですね。
そういう前に進めないと思っている人こそ、
僕はオンラインとかで参加していただきたいと思っています』。
「山形ビエンナーレ」の公式サイトでは随時、情報を更新していますので、
ぜひ、チェックしてみてください。
最後に稲葉さんの今後の未来について伺いました。
『いろんな物事がジャンルやカテゴリー分けで分断されていて
そのことに対してすごく生き辛さを感じている社会だと思うので、
僕は全てが繋がっているということを誰もが心の底から実感できる社会を
次の世代に手渡していきたいと思います。
僕らが生まれてきたということは自然とか宇宙と一対一で
対峙して生きているわけですから、地球の根っこと繋がるような感性を
みんなが思い出せるような未来を形作る一員に僕もなれればと思っています』。
ON AIR LIST
-
STAND BY ME / JOHN LENNON
-
THE CIRCLE GAME / JONI MITCHELL
-
AIN'T GOT NO (I GOT LIFE) / NINA SIMONE
-
環境と心理 / METAFIVE