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STORY

2019.09.07

タレントのハリー杉山さん

++ Introduction ++

J-WAVE土曜日朝の番組「POP OF THE WORLD」のナビゲーターをはじめ、
幅広いジャンルで活躍されているタレントのハリー杉山さん。
現在、チャレンジしているのは本人も“まさか”と言っている舞台。

『周りの人たちも“ハリー、役者?”という感じで、舞台は初めてです。
20世紀のアメリカを代表する劇作家テネシー・ウィリアムズが
三島由紀夫さんに捧げている「男が死ぬ日」という作品で、
実は二人は仲が良くてテネシーが自身の作品を三島に捧げたということが
驚きの一つでしたし、僕が演じる“東洋人”という役は三島由紀夫さんを
イメージして作られた役なんですよ。
どんな作品かと言うと実に生々しい男と女の愛憎劇。
“東洋人”という役は何が一体どうなっているのかを説明するとともに
愛とは何なのかとか、死ぬことはどういうことなのかといった
東洋と西洋の死生観の違いを掘り下げる役なんですよ。
掘り下げれば掘り下げるほど自分が子供の時に父親と話したこととか、
そもそも僕は日本人と外国人の自分がミックスされているので
いろいろな発見があり最初は絶対にこれをやるはずはないでしょう
という周りの否定的な思いがありましたが、を絶対にやらせてください!
と言い切って演ることになりました』。

ハーフであるハリーさんが“東洋人”という役で三島由紀夫を
演じることの意味について・・・

『もともとこの作品は1958年にテネシーが書いたもので
本国のアメリカで演じられたのはその40〜50年後になるんですけど、
実はそれまでの間はずっとどこかに眠っていて、今回の演出を担当している
ボビー中西さんが初演の時に“東洋人”の役を演じているんです。
日本人である彼はアメリカのアクターズスタジオで、何千人に一人しか
受かることができないオーディションを突破して、現地で「男が死ぬ日」に
出演しているんですよ。
その情熱を日本に持ち帰ってきて18年後に形にするというボビーさんの魂を
僕と呉山賢治くんが受け継いで演じていますが、
実はそこにはいろいろな運命がありました。
もともと僕の父親が「ニューヨーク・タイムズ」の記者として
1960年代に三島由紀夫さんを取材したことがきっかけで親しくなり
三島さんが亡くなる直前に書いた手紙何通かを僕の父親が実際に持っていて。
父親が日本に残ったのは三島さんの影響が大きかったので、
父親の魂とボビーさんの思いを受け継ぎながら・・・
今は心も魂もグチャグチャです』。

初体験となる舞台で演技していることについてハリーさんは・・・

『未知の領域ですね。ボビーさんがよく言うのは“演じる演技”ではなくて
“自分を使った演技”をしてほしいということです。
演じようとすればするほどフェイクになっていくし、
真面目でしっかりやらなければいけないという思いが強いからこそ
演じてしまう部分があるんですよね。だから壁がいろいろあり過ぎて・・・
でもやるしかない! Show Must Go Onということで
初日を迎えた状態ですね。
重圧もあるんですけど、この作品を通して日本人とは何なのかとか、
自分にとってこの国における誇りとは何なのかとか、
それはイギリス人という自分のアイデンティティも含めて
ある意味、この作品を通して自分をさらによく知ることができるような
気がして本当に宝のような時間ですね』。




++ Until now ++

日本で生まれて11歳までインターナショナルスクールで過ごした
ハリー杉山さんの人生における圧倒的なヒーローは、お父さま。

『6〜7歳の頃から父親が通った学校に行きたいと思っていましたね。
イギリスの「ウィンチェスター・カレッジ」という14世紀に設立された
全寮制の学校で、準備も必要なので11歳の時にイギリスに飛び立ちました。
最初の2〜3年は母親と一緒でしたが、そのあとは全寮制に身を投じて
様々な経験をしましたね』。

イギリスでの学生生活で日本語を忘れて日本人としてのアイデンティティが
分からなくなっていたというハリーさんは18歳の時に日本に帰ってきて
企業に就職しつつモデルの仕事もしながら不思議な日々を送っていたとか。

『全寮制で外と触れ合う時間が限られた空間にいるとイギリスが正義で
「ウィンチェスター・カレッジ」の中での日々がまさに人生ということで
イギリスと日本を比べて日本の良さを自分の中で完全に消していました。
18歳で帰ってきて日本人の美徳や生活感、自分の思いを伝えない良さも
あるんだなと住み始めて分かるようになってきました』。

タレントして日本で活躍されているハリーさんはメディアについて・・・

『僕はイギリスのテレビ局「BBC」のレポーターになりたかったんですよ。
レポーターになろうとしても実は僕はロンドン大学を中退していたので
そういうメディア機関に入るのは難しいだろうという思いもあり
モデルやタレントという他の仕事を通して近道もあるんじゃないかな
というしたたかな思いもあって身を投じたらテレビの仕事は楽しいなと。
例えば情報番組で自分の思いを伝えることもある意味でジャーナリズムと
重なるところもあるかなと感じて気が付いたら10何年・・・
“なんちゃってジャーナリスト”かもしれないですけど、
そういう仕事が馴染んできたんじゃないかなと思っていますね』。

その存在に憧れて背中を見て育ったハリーさんにとって
今、お父さまは一番の親友ということです。

++ Right now ++

日々の暮らしの中で頭の中をリセットするのはスポーツというハリーさん・・・

『スポーツだったら何でもいいというところもあるんですよ。
心が動かされてしまって、最近ではイギリス人なのにアメリカのNBAに
ハマってしまって、仕事でもお世話になっているんですけどね。
八村塁くんと渡邊雄太くんの活躍もあってワールドカップも開催中で
来年のオリンピックに向けてかなりヒートアップしている状況ですよね』。



++ From now on ++

舞台役者という新たなチェレンジに挑んでいるハリーさんが
次のステップとして考えているのは・・・

『今の次のターゲットはオリンピック・パラリンピックです。
父親は1964年に記者として来日してオリンピックを世界に伝えたので
僕もオリンピックとパラリンピックを伝えたということがあって、
その一環としてアスリートの気持ちを分かりたいので走っている
ということもあるんですけど・・・
ランナーとしてこれは結構凄いぞというのが“フルマラソン3時間切り”。
まぁこれが難しいことであって相当トレーニングをしなければいけない。
去年の東京マラソンに出た時はマラソン初挑戦で3時間43分という記録で、
悪くはないけど3時間切りは程遠いことなので一つのターゲットとして
狙っていますかね』。

箱根駅伝で活躍した“山の神”こと神野大地さんに紹介された
青山学院大学のトレーニングを監修している中野ジェームズ修市さんの
施設に通って鍛錬しているということです。

今後の活動の場として強く思ってい新たなジャンルについてハリーさんは・・・

『父親が2012年頃にパーキンソン病と診断されてしまって、
母親と一緒に在宅介護を経験する中で体の動きは徐々に限られるようになると。
日本は超高齢化社会になりつつあってデータとしては2065年くらいには
75歳以上の人口が25%以上なるという中での介護施設の重要さ。
自分の介護経験も踏まえて施設で本当に頑張ってくださっている
ヘルパーの皆さん、介護の職員の方々の根本的な給料のことを踏まえると
何とか力になりたい、この状況をどうにかして改善したいと思っていて、
自分なりの勉強はしているんですけどね。
これを「いち発言者」としてポップに楽しく発言していきたいと思っています』。

ハリー杉山さんが思い描く将来像は・・・

『子供の頃の人生設計では30歳前には結婚して子供が2〜3人いるという。
でも、今34歳で全然そういう予定は全く無いですけど、目指したいですね。
で、父親と母親に孫という存在を与えられたら嬉しいなと思います』。

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