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STORY

2018.08.25

アッシュ・ペー・フランス株式会社 代表取締役社長の村松孝尚さん

++ Introduction ++

国内70店舗、ニューヨークにもショップを構える
「アッシュ・ペー・フランス株式会社」代表取締役社長、村松孝尚さん。
村松さんは34年前に「原宿プロジェクト有限会社」を設立され、
フランスの仕事を進める中で徐々に拡大してきたことから別会社を立ち上げました。
社名は「原宿プロジェクト・フランス」。その原宿とプロジェクトの頭文字H.P.を
フランス読みにして「アッシュ・ペー・フランス」というブランド名になりました。

村松さんの仕事を具体的に表現すると、クリエーター探しと場作り。
会社を設立した当初から商品を選ぶことはせず、それを作り出すクリエーターとの
出会いを求めて世界中を周り、村松さんが探し出したクリエーターの作品を
どのように見せていくか、表現していくかという場作りをされています。

「アッシュ・ペー・フランス」ではショップ以外にも様々な展開をしていて
表参道と青山通りをつなぐL字の小道に「青参道」という独自の名前をつけて
そこに点在するショップごとに様々なアーティストの作品を展示する
「青参道アートフェア」を毎年10月に開催しています。

クリエーターやアーティストを選ぶ基準について村松さんは・・・

『簡単に言えば本物、オリジナル。
真似する人もたくさんいますし、本当にその人の中から出てくるオリジナル性を
感じるか感じないかですよね。出会いといいますか、その人と会った時に
そのままズルズルと相手に入っていったり、先方もこちらに入ってきたり・・・
そこは私の仕事だと思っています』。

ブランドの狙いやテーマについて松村さんが意識されているのは、オルタナティブ。
すでにブランディング化されて社会として存在している大きな流れに対して、
“もうひとつの”という概念や考え方を一貫させ、それがブレなければ
ファッション、インテリア、エシカルのような行動など
全てが仕事になるということです。



++ Until now ++

村松さんは1984年に現在の仕事に就く以前、カルチャー誌「ダブダボ」の出版社で
編集などを手がけていましたが、結婚してお子さんが産まれたのを機に転職。
築地の魚河岸で2年ほど働いた時期があり、
その時に奥様が勤めていたファッションのショップ・オーナーから
店を譲りたいという話を持ちかけられて受けたことがきっかけとなり
ファッションを扱う仕事が始まったということです。

当初、ファッションとは無縁でしたが、学生時代にアパートの隣に住んでいた
カメラマンの知人と表参道で偶然会って話をした時に、彼はパリに住んでいて
奥さんが帽子を作っていることを知り、本人に会いに行った村松さん。

その当時、指輪は金の重さやダイヤモンドの大きさが市場の価値でしたが
村松さんがその時に
パリで出会ったデザイナーたちはダイヤモンドではなくガラス玉、
金ではなく真鍮の針金を巻いてクリエーションとしてダイヤモンドと同等の価格で
販売していることを知り、その元締めだったフランソワーズさんという女性が
新しいクリエーションを次々に紹介してくれたことがきっかけとなって
初めてファッションが面白いと感じたそうです。

パリで買い付けた商品を持ち帰り、ラフォーレ原宿の中にある1号店で
売り出したところ、編集者の目にとまって雑誌に記事が掲載されたことから
既存のもとは違う“もうひとつ”“次のクリエーション”を求めている層を
刺激する流れが生まれ、支持されるようになったということです。

松村さんが一貫してこだわっている“オルタナティブ”という概念は
20代のころに8年ほど在籍したカルチャー誌の出版社で経験したアメリカ取材が
大きく影響しているようで・・・
『60年代のヒッピー文化が終わってネオ・ヒッピーが現れたころに
シアトルから国道1号線をサンフランシスコに向かって降りてくるんですけど、
途中途中でいろいろなヒッピーのコミューンに入って行って
無農薬の農場とかを作っていて暮らしているんですね。
サンフランシスコのカストロ・ストリートというゲイのエリアも取材の対象でした。
その当時はヒッピーにしろゲイ・カルチャーにしろ分からなかった。
それから25年経ってニューヨークに行って、ヒッピーやゲイのカルチャーが
私たちにどのように影響するのかを、また探し始めている感じなんですけど』。

++ Right now ++

2001年以降、ニューヨークを基点に活動されていますが・・・
そこにある日、
ブエノスアイレスから訪ねてきた人に見せてもらった作品に感銘を受け
すぐさま現地へ向かい、
「トラマンド」というブランドのデザイナーであるマーチンと
下着ブランド「ホォ アナ デ アルコ」のデザイナー、マリアナに会った村松さん。

その当時はアルゼンチンが経済破綻した直後で、二人のデザイナーが失業者のために
何ができるかということを実践している姿を目の当たりにして、
国のため、失業者のため、自分のコミュニティのために・・・
それが本来の仕事と張り付いていることを感じて、
ご自身がやるべきことを再認識されたということです。

『東京でクリエーションを提供する中で、お客様に対してクリエーターは
どのような考え方や生き方をしているかを伝えているんですけど・・・
ブエノスアイレスで出会ったデザイナーたちのクリエーションをお客様が見て
何かを感じてもらえるという回転が始まってきています。』

消費者側もデザイン性や機能だけでなく、物が生まれる物語も重視している方が
多くなっていると思われることについては、
『そのポイントが変わってきていると思いますね、ファッションを扱っていて。
ストーリーが大事だと思います』。


++ From now on ++

様々な領域でビジネスを展開されている松村さんが、
今後、より大きく育てていきたいジャンルについて・・・

『業界では一般的に物販という言い方をするんですけど、物を販売していく。
大きくなるというよりも、
質を上げてお客様に常に満足していただけるサービスを含めて
一つの事業としていきたいと思っています。
それと、“オルタナティブ”を生み出す場を作っていくことを
大きく伸ばしていきたいと思っていますね。
物を買う動機もストーリーがあるのかないのか。
簡単に買う時代ではないですから、
社会に対して自分たちが何を提案できるかを整理したいと思ってています』。

2015年に国連でSDGs(持続可能な開発目標)が決議され、
今、様々な企業が真剣に取り組み始めている中、
「アシュ ペー フランス」の考え方は、
会社を設立した34年前からサスティナブル・ディベロップメント・ゴールズ。
そこに地球環境を含めて、さらに前向きに取り組んで行くことが
新しい時代の一つの基盤になると考えているそうです。

今後の目標について、村松さんは・・・

『ニューヨークは私にとってすごく大事な場所なので、ニューヨークを基点に
世界を旅していくという生き方でありたいですね。
スペインのガリシアに行って出会ったデザイナーから、
あなたは現代探検家かなと言われて・・・
会社も経営していますけど本当は探検家、冒険家でありたいと思っています』。

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