2025.08.30 ON AIR
- 伝説のロックシンガー「矢沢永吉」の歴史をホリホリ!
- 今回ホリホリしたのは、永ちゃんの歴史!!
なぜなら今日、8月30日は、
「ヤ(8)ザワ(30)」の語呂合わせで、矢沢の日だから!
詩羽さんにとっての矢沢永吉さんの印象は、
「ロックでダンディーな人!」

- 歴史男によるありがた〜い矢沢永吉さんの歴史解説
- 1949 年 9 月 14 日、
広島で生まれた矢沢永吉さん。
3 歳のときに両親が離婚。
お父さまの手で育てられますが、
小学校に入学した翌年、お父さまは病により死去。
両親を亡くした後は、親戚の家を転々とし、
最後は祖母に引き取られ、
一緒に暮らし始めることになります。
小学 5年生の夏からはアルバイトを始め、
早朝の新聞配達や、
牛乳配達で家計を助けていたそうです。
とにかく生きることに必死だった永ちゃんは、
中学生になった ある日、FMラジオで流れた
ビートルズの曲を聞いた瞬間、
ハートを撃ち抜かれたといいます。
1968 年、高校を卒業してすぐ、
永ちゃんはビートルズのような
スターを目指して東京行きの夜行列車に乗り込みます。
荷物は作曲ノートが入ったトランクとギターのみ!
広島駅から見送ってくれる人はゼロ。
永ちゃんは心の中でつぶやいたといいます。
「必ずビッグになってやる」と。
東京を目指し夜汽車に乗った永ちゃんは、
長時間の乗車による疲れと、
不意に聞こえてきた、
「次は横浜?」というアナウンスに、
ビートルズと彼らが誕生した、
「港町リバプール」が重なり、
“港町・横浜”を成り上がりの舞台にすることを決意。
レストランなどでアルバイトをしながら、
酒場やクラブで「ザ・ベース」や
「イーセット」といった
バンドを結成してはライブを行う日々…
酔っ払った客との喧嘩や、
演奏中にタバコや物が
飛んでくることも日常茶飯事だったんだとか。
そんな中でも矢沢のデビューへの情熱は消えることなく、
突き進む永ちゃんが 23 歳の 1972 年、
伝説のロックバンド「キャロル」を結成。
結成から半年でメジャーデビューを果たしますが…
3年後にキャロルは解散することになります。
詩羽「若い頃の写真とか
今見せてもらいましたけど、
これはかっこいい!ロッカー!痺れる!」
キャロルが日比谷野外音楽堂で
劇的な終幕を迎えたわずか 20 日後、
ソロデビューアルバムの
制作を進めていたといわれています。
そして、キャロル解散から 5ヶ月後の 9月21日、
シングル「アイ・ラヴ・ユー、OK」、
アルバム「I LOVE YOU,OK」を引っさげ、
永ちゃんはソロデビューを果たします。
しかし! ほんの半年前までは当たり前のように
ソールドアウトしていたチケットが売れないという事態に…
なかでも、佐世保市民会館は、
極端に売上が悪く、公演当日の雨の中、
スタッフが総出でチケットを手売りするも
完売には程遠かったといいます。
1000を優に超えるキャパの会場に、
集まったのは 200 人余りの観客を前に永ちゃんは言いました。
「俺は今悔しい。だけど今来ている人は幸せだよ。
何故なら、こんな素晴らしい矢沢が見れるからさ」
観客が何人だろうと
「矢沢永吉」というプライドを掲げ、
常に最高のステージを魅せてやる。
悔しさが込み上げる中、
これから始まる長いソロキャリアへの覚悟を抱き、
200 人の前で歌いました。
ステージを終えて、
永ちゃんはスタッフ達につぶやきます。
「この日のことは絶対忘れない、
決めるぞ。リメンバー佐世保だ。」
1981 年、アメリカ進出を
本気で考えるようになった永ちゃんは、
ソロ活動を常に支え続けていた裏方スタッフや
バックバンドメンバーなど、
総勢 20 人余りの「矢沢ファミリー」を
解散させることを決意。
マネージャーを側につけることなく
アメリカへ単身渡米。
現地で言葉の壁に苦しみながらも、
9月25日、第1弾となる、
海外版アルバム「YAZAWA」全世界発売。
ロックの発祥の地アメリカで、
たった一人の日本人が曲作りを始め、
レコード契約などを全て現地で行ったのは、
永ちゃんが初めてだったといわれています。
と、ここまで歴史をホリホリしてきましたが、
時間が全然足りません。
なんてったって、これで 1/10 ぐらいです。
それだけ永ちゃんが
濃厚な人生を歩んできたからだと思うのですが、
このつづきは、みなさん
それぞれでホリホリしてみてください。
ホレばホルほど、あなたの人生に大いなる刺激を
与えてくれることでしょう。永ちゃん、リスペクト!

- 「永ちゃんの名言クイズ!ウーちゃんならわかるよね?」
- Q「お前が、一生かかって稼ぐ額は、矢沢のホニャララ」
音楽業界の偉い人と口論になったとき、
永ちゃんはそう言ったらしいです。
永ちゃんはナンと言ったでしょう?
詩羽「矢沢の1歩?」「One Day?」
「1時間?1分とか??」「え、1秒?」
正解は「2秒」でした。
詩羽さん不正解!
詩羽「なんでや?だったら1秒で良くない?笑」
いつまでも人気がつづくと思うなよと言われ、
アタマにきた永ちゃんはこう言ったそうです。
お前らが、そうやって成張って、
ガムシャラに働いたところで、
お前らの一生掛かって稼ぐ金、矢沢の2秒。
Q あるとき、ホテルの
スイートルームを取ろうとしたのですが、
手違いでツインルームを取ってしまったスタッフに
永ちゃんはこう言ったといわれています。
「ボクは別にいいんだけど、
ホニャララが何て言うかな?」
詩羽「未来の俺がなんていうかな?」
「寝る時の俺はなんていうかな??」
正解は「YAZAWAがなんていうかな?」でした。
「いいよって言えばいいやん、
永ちゃんずっと怒ってるやん!」
「若い子がこれ言われたらびっくりしちゃうよ!」
Q 永ちゃんファンにはおなじみの名言。
「最初、散々な目に遭う。
2度目、オトシマエをつける。3度目、ホニャララ」
3度目はナンだと言ったでしょう?
詩羽「楽しむ??」
歴史男「それはなぜに?ってことですよね。」
詩羽「情熱」、「幸せになる。」
「余裕をかます・・とか??」
正解は「余裕」でした。詩羽さん正解!!
詩羽「でもあんまりピンとこない。」
詩羽「ロックの形は人それぞれなんだな、って感じましたね!」
【※重要なお知らせ※】来週9月6日(土)の放送は特別番組のため、
「MASSIVE HISTORIA」はお休みです。?次回の放送は二週間後の9月13日(土)となります。
