DIG UP!

MONDAY-THURSDAY
18:50-19:00

INTERVIEW

宮本絢子がDerek Trucksに
インタビューした全文を掲載!

2023年9月19日(火)・20日(水)
オンエア

絢:宮本絢子 / D:Derek Trucks
(翻訳:宮本絢子)

DAY 1

Derek Trucksさんをこの番組にお迎えできて、大変光栄です。
お時間をどうもありがとうございます!Derekさん!?
ありがとう!
今どちらにいらっしゃいますか?
フロリダのジャクソンヴィルですよ。
Derekさんの日常、どんな感じなのでしょうか?
最近は毎日気温が100度ぐらいあるからね(笑)暑すぎます。なんとかこの暑さの中、生き延びてるって感じですが・・・こちらに私たちのスタジオがありますので、できるだけ、やらなきゃいけない作業をしています。
あんまり家にいられません。まぁ家にいる時は、ガーデニングだったり、諸々の’’支払い’’とかをしてますね(笑)
それもいいですね!この夏の一番の思い出は?
やはりこの夏は’’ツアー’’ですね!6、7週間ぐらい。Ziggy Marley ともずっと一緒にショーをやりまして、それも素晴らしかったです。特に彼のお父さん(ボブ・マーリー)の曲も一緒に披露できたので、それがすごく良かったです。
僕たちも新しいことにチャレンジできましたし、どこ行ってもお客さんたちも大盛り上がりで!とにかく最高の夏でした。ですから、もうすぐ日本に行けるのが非常に楽しみです!
私たちこそ楽しみにしています!
みなさんご存知のとおり、Derekさんはとても多才なギタリスト。
ギターリストの人生って、いかがですか?
僕はとても幸運です。9歳でギターを始めて。早いうちからツアーに出られました。それも’’ヒーロー達’’とですから。そのヒーロー達のバンドで一緒に演奏させてもらいました。
今のバンドは12人編成で、13年間ぐらい一緒にやらせてもらっていますが、自分たちが本当にやりたい音楽ができているし、それについて来てくださるファンがいて。僕たちは本当にラッキーです。
自分がやっていることがとても恵まれています。そして今後もこの道が開けていると思えることに感謝しています。
先ほど、9歳からギターを始めたという事なんですが、Derekさんは10代前半の時から神がかったパフォーマンスで観客を魅了しておられました。音楽家でやっていこう!という覚悟が決まった瞬間や、きっかけみたいなものはありましたか?
常に音楽が身近なものでした。両親もずっと音楽ファンですし。家でずっとアナログレコードがかかっていました。僕の叔父がオールマンブラザーズにいましたし。音楽自体が家族の一部でしたよね。
僕の父も常に音楽の為に飛び回っていて、ジミー・ヘンドリックスを何度も生で観ていて、オールマンブラザーズのフィルモアイースト公演も何回も観ているから。
僕自身の成長の過程において、音楽が重要であったことは間違いありません。9歳の時にガレージセールでギターを手に入れた時、家にいれば家族の誰かしらから音楽を学べましたし、僕の場合は入り口からとても自然な形で入ることができました。
小さい時ってあれこれ考えませんから、なんとなく、あ、これ得意かもって思ったら、そこからのめり込んで行って。僕の場合はこんな感じでナチュラルに入れたので、ラッキーだったと思います。
Derekさんに影響を与えたギタリストや音楽はたくさんいらっしゃると思いますが、今特に誰にお礼を伝えたいですか?
(笑)そうですね〜 やっぱりデュアン・オールマンですかね!一番影響を与えてくれた人。
Derek and the Dominos時代のデュアンとエリック・クラプトンの影響も大きかった。そして僕の人生でそのエリック・クラプトンと一緒にツアーをやらせてもらえるなんて、感謝しかありません。
この音楽の旅路で、BBキングもそうですが、彼らのような偉大なミュージシャン達は僕の人生のメンター達でもあります。僕たちが常にオープンマインドでいること、何かを学ぼうという姿勢、そして謙虚な姿勢であれば、学べることがたくさんありますからね。
素晴らしいレッスンですね。
そうです。僕もスーザンも、そういう意味ではとても恵まれていました。
僕たちにとってのヒーロ的な存在のミュージシャン達とリアルに一緒の時間を過ごすことができましたし、多くのことを学べて、ツアーまで一緒に回れて、素晴らしいステージを共有できましたから。そんなことってなかなかないですからね。
奥様のスーザンさんのお話が出たところで・・・公私共にDerekさんのパートナーですが、あなたにとって彼女はどんな存在でしょうか?
(笑)彼女はね〜 そりゃ素晴らしいですよ。24年間一緒にいます。結婚生活は21年ですね。(波乱万丈な)ロックンロール年齢で言うと125歳ぐらいですけど。
僕たちが出会った頃、お互い違うバンドで活動していましたし、ずっとツアーであちこち飛び回っていました。ここまでの道のりは、とにかく素晴らしかった。年月を重ねるごとに良くなっていますよ。
僕の子供達は大きくなっちゃったので家にいませんからね。家がガランとしちゃっていますが、でも二人でそれをも楽しんでいますよ!
そうなんですか!家で二人きりの状態が多いんですね!?
まだ奥さんに追い出されてないと言うことは、そうですね!(笑)
わはは、結婚生活がうまくいっている秘訣はなんでしょう?
そりゃたくさん’’秘訣’’が必要ですが、なんといっても’’忍耐力’’じゃないですかね?
お互いが許し合い、成長を見守る。誰もが人生に困難はあるのだから、お互いが認め合わないと。良い時も悪い時もありますし。
僕とスーザンの場合は、ラッキーなことに共通点も多くあったり、興味や情熱の方向性も似てましたしね。
それは、音楽やギターのことですか?
音楽はもちろん、スポーツも!一緒に冒険ができて嬉しい!
それは良かったですね
今の所いい感じです!!!
あなたが『現代の世界3大ギタリスト』と称されることについて、どう感じていらっしゃいますか?
そういったことはあんまり考えないようにしています。
絶え間ない努力と進歩に集中するだけ。常に良くなろうと努力して、新しいことを学びたい。どちらかといえば、インスピレーションを保ち続けたいんです。人って、分かっちゃうんですよね。その人が本気かどうかって。伝わってしまうものなんですよ。だから楽をしたくない。結局、自分がインスパイアされているかどうか、人はすぐ見抜けますから。何度も言いますが、僕は若いうちから音楽を始めることができてとてもラッキーだったと思います。と言うのは、こればかりやっているうちに分かってくると言いますか。
もちろん、’’やっていれば自然に上達するもの’’もあるとは思いますが、そうならないものも結構あります。
何かを始めてから50パーセント、60パーセント、70パーセントくらいまでって、結構イケちゃうものなんですよね。でもその後の80パーセントから100パーセントぐらの域での、特に最後の’極める’所まで行くのって本当に難しい。でもやり続けなければいけません。
そして、その’極める域’の所で、たくさんの人たちから学ぶんです。ギタープレイヤーだけから学ばなくちゃいけないとかではないんですよ。耳にするもの全てからも学べますから。
そこで、質問があります。何かの技術を磨く時、私は’’練習あるのみ’’だと思うのですが、あなたがギターテクニックで超越するところまで練習した時期ってありますか?
ギターを始めた頃は、’’練習した’’というよりか、僕の場合は’’とにかくたくさん弾いた’’と言う感覚でしょうか。
’’練習’’と捉えなかったという事ですか!?
そうです! 練習じゃなくて、めちゃめちゃギグをやってた!みたいな。それも毎晩。
何年も何年もショーを続けて。毎年300本のショーで35年間ステージに立っています(笑)
そう考えると膨大な時間を費やしましたよね!常にギターを手に持っていました。もちろん僕より’練習’をした人はいるかもしれませんが、僕の方がギグはやってるんじゃないですかね!
え〜!Derekさんは、’’このギターのテクニックが出来るようになりたい!でも難しくて出来ないから、家でたくさん練習した’’みたいなことはなかったということですか??
いや、もちろん、耳にしてものの中に、これどうすれば出来るようになるんだろう?って考えたことはありましたよ。そしてもちろんそこに向かって作業もしました。
でも僕が思う一番肝心なことはですね、『弾くことって’’聴くこと’’』なんですよ。実際に弾く前に、よ〜く聴いて、想像力を働かせるのです。いろんなタイプの音楽を聴く。様々なマスターと呼ばれている人たちから学ぶ。それが正統派ジャズでもブルースでも、インドのクラシカルな音楽でも、西洋のクラシックでもなんでもいいんです。メロディーとハーモニーを感じて、時代を超えて、自分の中にどんどん消化させていくんですね。
そうするとだんだん分かってくることがあるはず。こうやって自分の中で’’音楽の引き出し’’を増やしくのです。そうするといずれ、インプットしてきて、消化してきたものが外に出てくるじゃないですか!?それが’’即興’’っていうやつですよね!
だって、多くの場合、ずっ〜と聴いて、イメージしていれば弾けるようになるもんじゃないですか?
・・・そんなことないですよ。Derekさんだから出来るんですよ・・・
調子良い日にはできそうですけどね?
いやいや、あなたはそういう才能を持って生まれたんです(笑)
(笑)たいていの人は、無限の可能性を秘めています。でも自分で勝手に制限をかけちゃっている場合があるんですよね。
例えば、十分に’’聴く’’ことをしていないとか。一つのことだけをずっとやってしまっているとか。
良いギタープレイヤーになるためには、ギターだけをするとか。シンガーからだって学べることがたくさんあるのに。なので視野を広げてやってみるのが大事。
あと、絢子さんとも先ほど話してましたが、どれだけ時間を費やすかっていうのも大事ですよね。費やせば費やすほど上達しますから。
ミュージシャンがアスリートと違う点は、選手生命が長いと言いますか。僕は現在44歳ですが、もし僕がプロのスポーツ選手でしたら8年前には現役を引退しているかもしれない。僕の場合は、その後どうしたらいいのか分からなくなると思います。
もっと耳にして、もっと表現したいものがこの世にある。何度も言いますが、僕の場合はミュージシャンでラッキーだったと思います。
いいですね!もっとお話し聞きたいところですが、そろそろお別れの時間が。また明日もご登場いただきますのでよろしくお願いいたします!ありがとうございました!

DAY 2

昨日と今日、ご登場いただいているのは、現代の世界3大ギタリストと称される才能あふれるギタリストDerek Trucksさんです!
ありがとうございます!嬉しいです。
昨日は、ギタリスト人生のお話をシェアしていただきました。
とても面白かったです。ありがとうございました。
Derekさんは、これまでブルース、ソウル、ジャズ、ロック、インド音楽などからも多くのことを吸収してこられて、それらがあなたの作るサウンドに奥行きや表現に豊かさを加えているのだとわかりました。
では音楽活動以外ではどんなことを大事にされていらっしゃるのでしょうか?
僕は、常に個性的で面白い人たちに囲まれています。彼らと一緒に世界を冒険していくのが大好きです。
私たちの美しい役得は、世界中を旅できること。異文化を体験できて、その国の歴史や偉人や作家たちを知ることができるのも嬉しい。
さらには、’’食’’ですよね。その土地の美味しいもの、素晴らしいレストランに出会えたり。あとはクラブ。ジャズやブルースのクラブとか。ローカルのちょっとした呑める所だったり。
音楽も旅と同様、その旅路で道が派生するところに行き、偶然に巡り合える出逢いって宝物ですよね。
僕とスーザンが好きなのはスポーツ。実際にするのも、観戦も大好きなんです。スポーツへの関心が僕たちをつなげてくれた大きな要素でもあるし。息子もずっと野球少年でした。本当に楽しかった。
うちにはずっとボートもあったんです。そのボートはコロナの犠牲になってしまったけれど。そのボートのキャプテンとして、フロリダからバハマまで漕いで行ったんです。兄弟に会いに。死ぬかっと思った(笑)あそこまで必死になったことってあったかしら・・・
人生のあらゆることを楽しんでいらっしゃるということですね?
そうですね、一瞬でも頭の中のノイズを消して、夢中になれるものがあるといいですよね。
Derekさんって、すごく地に足がついていると言いますか、中心が整っている感じがするのですが。なんでそんなにいい感じなんですか?(笑)
僕も、改善中ですよ(笑)
でも自分がつけ上がってないか(浮き足立っていないか)ちゃんと周りがチェックしてくれて、その度に地に足をつけさせられると言いますか、中心に戻されますよね。善意でそうしてくれる周りの人達がいて良かったです。
確かにそうですね。
あとは、お手本となる先生たちですね。
そうですね、先生たち、メンター達の存在って大きいですしね。
僕が11歳か12歳の頃、コル・ブルース・ハンプトンさんに出逢ったことも大きいんです。
ブルースはThe Aquarium Rescue Unitという素晴らしいグループを作ったのだけど、彼は長い間、南東部の音楽の人たちにとって本当にグルのような存在で。デュアン・オールマンも60年代後半に彼とレコード契約をしていたんです。ブルースは、プロのミュージシャン達がみんな頼りにするような存在でした。でもブルース自身が表で活躍したわけじゃなくて。どちらかというと、彼を頼りにしていた人たちがどんどん活躍して有名になっていった。
例えば Phishのメンバー、 Widespread Painc、 Grateful Deadのメンバーとか。みんなブルースのところに行くんだ。
ブルースって、ミュージシャン達のエゴを破壊するんですよ!そして彼らをより良く再構築しちゃうというのかな。劇的に進化する人もいれば、すっぱり音楽辞めちゃう奴なんかもいて(笑)
なんかブルースに会うとめちゃめちゃ面白いことが起こるんですよね。
すごいですね。それって彼の存在感の力というか。それだけ彼の存在に力があったってことですね。
僕が出会った中でもトップで面白い人でした。出会いは12歳の頃だったのかな。
数年前に亡くなられてしまったけれど、彼からは本当に多くのことを学ばせてもらいました。毎日学びになる課題を用意してくれるような、そんな人でした。
でもあなたがその11歳、12歳という年齢でそのことに気付けたこともすごいですよね。考えが成熟していたというか。
まあ、ツアーに出てみてください。もう、変な人しかいないから(笑)“絶対こうなっちゃいけない’’っていうことも見せてくれるんですよ。
超ウケるんですけど。
小さい子供が、世界中の才能が集まったブルースのクラブで演奏する。彼らは偉大なミュージシャン達でした。でも破滅的なんですよね。酒とドラッグだけじゃないさまざまな依存症も見てきました。え、人ってマジ、こんな風に気を失うの??って。(笑)
たくさんのことを見させてもらいました。その中で、避けられることもありますし、避けられないものあるかもしれない。その道はきっついんですが、そうやって学んでいくんですよね。
もちろんオールマンブラザーズにいた時もです。彼らの、良い時、悪い時。売れるとき、売れない時も見てきました。そして悲劇も起こりました。その度に、僕は若いなりにも必死にメモしていた感じですよね。これはやるべきだ、これはやっちゃいけないとか。自分で躾なくちゃいけなかった。
もし私があなただったら、やっちゃいけないことばかりやっていたかもしれないわ(笑)
かもね!やべ、こっちじゃなかったって、路線を変えなきゃね
バンドとしては、理想の形やヴィジョンみたいなものはありますか?
はい。でもまずは、バンドとして、本当に恵まれています。自分たちがやりたい音楽ができていて、ユーモアに溢れていて。そのことに感謝しかありません。バンドメンバーそれぞれが豊かな才能をもち、思いっきり表現することができています。自分たちがすることでお客さん、ファンの方々が喜んでくださり、またそれを証明してくださるかのように、皆さんにライブに戻ってきてもらえるのがとても嬉しいです。世界中をツアーで周り、大変なこともありますがそれも含めて。それを当たり前だとは思っていません。
世界的にパンデミックがあり、皆さんも同じでしょうけれど、私たちも30年以上世界をノンストップで回っていて、急に家にいることになりました。
もちろんおうち時間も好きでしたが、同時に、自分たちがこれまでやっていたこと、音楽や自由、仲間、皆さんとの繋がりをどれだけ愛していたかも知りました。
ですので、バンドとしては本来の自分たちでまたこうやって世界ツアーに出る意気込みはすごいものがありますよ。
僕の父は屋根職人だったんです。小さい頃僕たち兄弟でよく手伝わされたんです。これだけ暑いフロリダのね。
え〜、熱中症になっちゃいますね!
ですよね! だから、多少ツアーで、うわ〜、これ最悪やなって思うような事があっても、屋根職人としてしかも今この炎天下の中、屋根の上で仕事を手伝わされることを考えると・・・・・と想像しちゃいます。多少のことなら我慢しようと思えますよね。
あなたが生きていて良かったです。
でしょ!?(ツアー中の)今日のケータリングの味だって、悪くないぞ、悪くないって(笑)
Derekさんの最大の魅力は、即興にあると思うのですが、なぜそんな事がバンドで可能なのか不思議に思っていましたが、今日のお話で、スーザンさん、バンドメンバーの皆さん達との間には素晴らしいコミュニケーションと絶大な信頼関係があるとわかりました。
おっしゃる通りです。私たちは、何かあればちゃんと向き合います。会議もして、お互い言いにくいこともちゃんと話し合います。そして大抵のことは大丈夫です。改善されます。そして信頼関係は時間と共に強くなっていきます。
今のバンドがどういう状態なのか、お互いに信頼しあっているのがよくわかります。もしメンバーの誰かノッていない状態であれば、誰かがカバーする(補う)のです。そういう時は頑張りすぎないように気をつけています。
初期の頃はどうしても、’’こうでなければいけない’’という想いが強すぎて、それをお互いが無理に押し付けてしまうこともあったと思う。そしてその時は’’その時のベスト’’だったのだとは思うけれど、実際は’’正解’’じゃないんですよね。
今の私たちには、’’忍耐’’があります。「なんとかなるさ。遅かれ早かれ、今の状態よりさらに良くなるだろう」と。信頼することができているのかな。
でもね、それって「やり続けた」からこそ思えるようになりました。もちろん、コミュニケーションと信頼は肝心ですけれど、’ここまでなんとか乗り越えてきた’というこれまでの経験があるからこそ「前も似たようなことあったよな・・・・今回もきっと大丈夫だよ。なんとかなる」と。
美しいですね! もうそろそろお別れのお時間なのですが、どうしても聞きたい事が・・・・
Derekさんにとってギターとは?
僕の人生そのもの過ぎて・・・ギターなくしての人生が想像できないです。
本当にラッキーだったと思う。僕を謙虚にさせてくれる。ギターが僕をここまで連れてきてくれたから。
僕は、ここフロリダのジャクソンヴィル、下位中流階級の家庭で育ちました。ここから、こんな風に父のおかげで長い間世界中を飛び回ることができ、多くの人たちとの出会いだったり、経験させてもらったこと、家族を持てたこと。
人生ってわからないもんですよね。人生が僕をどこに導いてくれるか。
音楽は、勝ち負けのゲームではありません。ビジネスやスポーツの場合は、一方が勝ち、一方は負けます。音楽はそうじゃない。音楽はというのは、人々や物事を良い方向に導く事ができるとてもレアなものだと思う。だから本当に私たちは幸せ者です。
先日BBキングミュージアムへ行ってきました。BBをよく知ることができました。このミュージアム建てられた場所が、実はBBが幼少のころ働いていた綿の農園だったところなんですよ。*(黒人が奴隷として働かされていた、綿を手摘みでピックする当時の底辺の労働)
ここにBBキングミュージアムが建てられています。そして当時、綿織り機があった場所にBBキングが埋葬されている。
僕はそれを見て思ったんですよね。「このBBキングという人は、暴力や武器ではない、彼なりのやり方で(ブルースで)世界を征服したんだな」って。本当に素晴らしい物語だと思ったし。僕たちはそこまでじゃいけれど、自分たちがこうやって活動できていることは本当に幸運なことです。大変な仕事ではあるのは間違いないのですが、これからも良い意図を保ち続けながら、正しいエネルギーをお届けできればと思っています。
もちろん、良い音楽作ろうと思うと時間もかかるし、そういう状態を維持し続けるのって結構大変なんですよ。でもそれができると、気分もいいですからね。
素晴らしい!ありがとうございました。来日を楽しみにしております。今回の来日公演はどんな事が期待できるでしょうか?
まずは、バンドのメンバーたちが「俺たちはいつ日本に戻れるのか??」ってうるさいんですよ(笑)
どんなライブになるか?? 毎晩セットリスト変えちゃうんですよ〜。もちろん昔の曲もたくさんやろうと思っています。
正直、その日になるまで自分たちも分からないのですが、80年代、90年代の曲ももちろんやります。最新のアルバムや、新しい曲も披露します。皆さんを楽しませたいし、新鮮さも味わっていただけると思いますよ!往年のヒット曲も!
最後に日本のファンへメッセージをお願いします。
日本にまた行けることをとても楽しみにしています。お待たせしすぎちゃいましたよね。皆さんには本当に感謝しております。もうすぐお会いできるのが楽しみです!
今日はお時間をいただきましてありがとうございました!