
日曜の深夜。全てのしがらみから離れて
本当に「独り」になっている特別な時間。
人は誰もが不安や悩みを持っているはず。
この番組は、自分の心と対話することの大切さを伝え、
明日への活力を求める人への応援メッセージを
発信するラジオ番組です。
EVERY SECOND SUNDAY
25:00-26:00 ON AIR
人は他人と比較してしまう生き物だと思います。
人より、恵まれていると喜んだり、
人より、うまくいかないと落ち込んだり、
SNSが生まれたことで、自分を誰かと比較する機会も増えてきました。
そんな今だからこそ自分の心と対話する時間を大切にしたいと思います。
何をしたいのか、何が悩みなのか、何に希望を持つのか。
その積み重ねが幸せを感じる近道なのではないかと思います。
幸せは、自分の心の中にある。

第99回のゲストは
澤田智洋さんでした
〜 今月のプレゼント 〜
ダイアログ・イン・ザ・ダークを主宰する
志村季世恵さんの著書
『エールは消えない いのちをめぐる5つの物語』を
番組をお聴きの方の中から2名の方にプレゼントします。
ご希望の方は、この番組のサイトにある
【 MESSAGE TO STUDIO 】の欄から
番組の感想、送り先をお書き添えの上、ご応募ください。
志村:ともくん、こんばんは。
澤田:こんばんは、よろしくお願いします。
志村:よろしくお願いします。ようこそ黒闇へ。
澤田:いやー、安心しますね、本当に。
志村:安心します?
澤田:すごく今、安心しています。
志村:あー、よかった。
澤田:ちょっと寝そうです(笑)
志村:もうすでに?(笑)
澤田:すでに(笑)理由は後でお伝えするんですけど、ちょっとね、体が疲れていて。
志村:ですよね。結構体使いましたね。
澤田:結構使いましたね。
志村:はい、いやなぜこんなお話になっているかと言いますと、今運動会真っ最中なんですね、暗闇の中で。なんですが、今回は本当に無理言ってお願いして、ともくんに「暗闇の中でも、明るくてもできるスポーツを考えて!」ってお願いしたんです。そうしたらすごい楽しい案をいただいて。
澤田:今回、「秋の大ゆる運動会」と題しまして、ありがたいことに世界ゆるスポーツ協会もダイログの仲間に入れていただいて、コラボ企画ということで、3競技ですね、今回ご用意しているんですけど、どれが一番印象に残っていますか?
志村:最初にね、エントランスでやってみた、暗闇でもできる、エントランスでもできることなんですけど、磁石を使ってやった遊びが、なんかもうあれ結構力必要でしたね。
澤田:そうですね、「白杖列車」と言って、白杖って視覚に障害のある方が使っている白い杖を言うんですけれども、あれを使ったスポーツができないかなって真っ先に思いまして、今回あれなんですよね、ダイアログさんのこれまでの歴史の中で、結構参加者の方が暗闇スポーツを考えてくださったんですよね、いっぱい。
志村:そうなんです。どんなことしたい?って考えていただいたんですけど、すごい数が集まって、こんなことしてみたい!みたいな。
澤田:はい、でその中に、やっぱり白杖をスポーツ用具として使うみたいなアイディアがいくつかあったんですよ。
志村:はい。
澤田:はい、なのでこれいただきだなと思って、なのでこの白杖列車という競技は、皆様見えない状態で白杖を持って、床に車両がいっぱい散らばっているんですね。磁石なんですけれども、白杖で探索しながら磁石を探していく。それをカシャンカシャンと連結させていくということで、白杖が車両を探す用具になるみたいな、これ何言ってるんだって説明だけ聞いてもわからないかもしれないですけど、そういうのをまずやりましたね。
志村:連結するときの快感があるんですよね。見えないので、最初のうちはわからなくて。数が多くなるとカシャンカシャンって増えてきて重くなるんですよ。あの重さが本当に車両がつながってガシャンがそんな感じなのかなと思ったりして、イメージ的に。
澤田:そうですよね。っていう白杖列車をやったりとか、枕投げならぬ、「まっくら投げ」というのも今回ご用意してまして、暗闇の中で枕投げをやるっていう競技なんですけど、1回枕が当たるとあくびをし、ふわーって。2回目当たったときに眠いって言って、3回目当たったらおやすみなさいって言って、その場で本当に寝てしまうというか退場するという競技なんですけど、さっきね、志村さんと対戦したんですけれども、僕の顔面に枕が当たりまして、この競技考えてた時にはそんなにうまく人に当たらないんじゃないかって勝手に思ってたんで、僕すごい油断してたんですよ。ちょっと口半開きぐらいの油断状態で、顔面に豪速球が来まして、あ、意外とこの競技当たるんだなって教えていただきました(笑)
志村:いやー、なんかそんな当たると思ってなかったんですよね、私もね(笑)そしたらともくんの、あ、そうか口に当たってたんだ、顔面…(笑)
澤田:そうですね。お見事でした。
志村:いやー、そんな風な感じで、できちゃうんだなって思いました。
澤田:うーん、あ、スポーツがですか?
志村:そう、暗闇の中でね。
澤田:そうですね。
志村:で、楽しくて、しかも眠い〜なんて言っちゃったら、いや、勝つためのことじゃなくて、楽しむんだなスポーツを本当にって感じが面白くて。寝ちゃったりしちゃって、普段ないです、これは本当に。
澤田:そうですね。僕ら結構ユーモアを大事にしていて、現実の辛さとかしんどさを忘れられるなら、それは僕はスポーツだと思っているので、そのための手段がいくつかある中の一つがユーモアなんですね、やっぱり。なんかゆるスポーツはよく参加者の方から、イベントの次の日に、全身と顎が痛いですみたいな、やっぱ笑うから顎が痛くなるみたいで、そういう不思議な感想をよくいただきました。
志村:あー、いやそうですよ。なんか私、実は子供の頃に体育ができなかった、やっちゃいけなかったんですね。ちょっと病気が重たくて、ずっと見学してたんですよ。その時に、やっぱり見学してても面白くないんだけど、もし今日だったらば、見学したって面白かっただろうなって思ったし、誰もができるんだなと思いました。
澤田:そうなんですよね〜。なんか僕自身がスポーツがすごく苦手で、足がすごく遅くて、段差も何もないところでいきなり転ぶような子供だったんですけど。
志村:同じだ私と。
澤田:あ、本当ですか??
志村:はい。
澤田:なので、子供の時の写真を見ると、謎に骨折してる写真とかが結構あって、親に聞くと、いや本当に急に転んで骨折ったのよみたいな、そういう残念な体の持ち主…
志村:近い…
澤田:近いですか?(笑)それは同志ですね。
志村:本当です。
澤田:で、私は今息子がいるんですけれども、彼が13歳でして、実は先天的に全盲なんですね。彼がまだ1歳ぐらいの時に、2人で砧公園っていう世田谷区の公園に行ったんです。で、何か一緒に楽しめるかなと思ったんですけれども、周りの親子とか家族を見てると、バトミントンやったりキャッチボールやったりとか、楽しくスポーツをしてるんですけど、スポーツが不得意な父親と全盲の息子でできる適切なスポーツがその時なくて、すごく寂しい思いをしたんですよね。
志村:あー、そうですよね、うん。
澤田:はい。で、アフリカのジャンベっていう太鼓を一応持って行ってたんで、暇潰しにって言ったら失礼なんですけど、やることがなくてそれをずっと叩いてたんですけど、僕が。スコーンって抜けるような音が、空に溶けていく感じがまたすごく寂しい気持ちになって。叩くほどに寂しいみたいな。で、その時にハッと思ったのが、僕たち親子のせいじゃないんじゃないかって思ったんですよね。スポーツができないのって、僕たちのせいにしかけたけど、これって本当はスポーツのせいなんじゃないかって、なんか閃いてしまって。ポジティブ逆切れって呼んでるんですけど。
志村:すごい言葉でいいですね。
澤田:前向きな他責志向ですね。そんな流れで始まったのがゆるスポーツです。
志村:あー、ありがとうございます。大切なことですね。私、体育ができないことを自分で、まあ見学が多かったので、いろんな支障があったんですね。進学でもちょっと進学しにくい、好きな学校に行けないとか、点数足らなくなっちゃうとか、内申書とかの。で、体育のできない自分はやっぱり弱くて、ダメなんだなってすごく思ってたんですよね。もしその時にともくんと出会ってたら、私そんな風に思ってなかったのかもしれないなって、遥か昔だけど、ちょっと痛みのある思い出を感じてたことが今、よみがえってきたんですけど。
澤田:そうですね、僕がゆるスポーツの活動をする上で大事にしているポイントがいくつかあるんですけど、一つだけご紹介すると、やっぱり今この瞬間もスポーツとか体育とか運動が嫌だなって思っている、特に子どもがいっぱいいるんですよね。学校だとそんな感じだけど、僕らの現場とかイベントに来ていただければ、スポーツってちょっといいかもって思ってもらえるかなっていうのを期待して、僕らはスポーツを作ってるんですけど、昨日もですね、この収録している時点で実は大阪の高島屋でゆるスポーツのイベントを5日間やらせていただいてるんですけれども、昨日ですね、まさにそのイベントに参加した親子のSNS投稿を見つけて、小学校2〜3年生くらいのお子様が、運動がやっぱり苦手だけどゆるスポーツのイベントに来てくれて、これだったら僕できるってことで、そのイベント5競技提供してるんですけど、その子3周してくれたみたいで、5競技を3回ずつ全部やって帰って、またやりたい!って言ってくれたみたいで。
志村:あー、楽しかったんだ。
澤田:そうなんです。なのでやっぱりそういう子どもたちがスポーツを好きになってくれたらいいなっていうのが一つポイントとして、大事なポイントとして胸に秘めながら活動してます。
志村:いやー、逆ギレしてよかったですね。
澤田:いや本当です。よかったです逆ギレして。
志村:本当にそうですよー。
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志村:私子ども4人いますけど、上2人はもうね、運動会何してるかというと、点数係でしたよ。どちらかというと。
澤田:あー…!わかる…いやそうなんですよね〜。
志村:ね。
澤田:なのでその、結構僕は水に合わせて魚を変えるっていうのが心情なんですけど、魚が人間で、水が社会ですね。例えば障害があると、なかなかできないことがいろいろあると。うちの息子の場合だと、やっぱり自動販売機で特定の飲み物を買うっていうのは難しかったりするんですけど。でもそれって水の方がやっぱり悪いというか、魚がいくら努力してもできないことって結構この世界にはあったりして、そういう時には水を変えちゃった方が早かったりするんですよね。
志村:うーん!
澤田:なのでゆるスポーツでは、人という魚に合わせて、一人一人の、一匹一匹の魚に合わせて、結構カスタムされた水というか、それを用意していて、例えばそれこそ、心疾患の友人が、タケヒロくんっていう友人がいまして、彼は小中とずっと学校で体育を見学していたと。で、たまに参加したらしいんですけど、1分走ったら1分休憩しなくちゃいけないんです、彼は。心拍を安定させるために。そうすると彼は心疾患があるのに、同級生とか先生から怒られたらしいですよ。サボんないでくれみたいな。だったら出てってくれみたいな。で、それってでも彼のそういう特性がある。こまめに休憩を取らざるを得ないという特性がある魚なんですよね。であれば、そこにちょうどいい水を作っちゃえばいいじゃんということで「500歩サッカー」っていうのを作りまして、これ腰にスマートフォンをみんなつけるんですけど、最初は500っていう数字が出てるんです。動くごとに数字が減っていくと。逆歩数計。数字が0になっちゃったら退場と。なので500歩しか1試合で動くことができないっていうなんですけど。ただもう1つルールがあって、途中で休憩すると1秒に1歩ずつ歩数が回復していく。0になっちゃったらもう退場なんですけど、0になる前に適切に立ち止まって、30秒休んだら30歩また増えるので、また走り出してっていう風にみんなやるんですけど、これつまり、参加者全員がその心疾患のタケヒロくんと同じ状態になるってことなんですけど、そうするとタケヒロくんは心臓を休ませるために休んでるのに、そのスポーツにおいては退場を免れてるので「ナイス回復!」って言われるんですね。謎の褒め言葉が飛び交うみたいな。普通の競技だと「サボるな」が同じ行為してるのに、水を変えるだけで「ナイス回復」になるみたいな。これがまさに魚に合わせて水を変えるっていう手法なんですよね。
志村:みんなが楽しいですもんね。
澤田:みんなが楽しいんですこれ(笑)
志村:みんなが楽しい。1人のためじゃなくて、本当はそうだけど、全員で楽しめたらば、もう団体競技ですもんね。
澤田:そうなんです。人って常に新しい刺激を求めていますよね。だから新しい体験、新しい映画を見たり、新しい場所に行ったり、新しい人に会ったりするわけなんですけれども、実はですね、魚に合わせていっぱい水を作っていくと、それってイコール新しい社会、新しい体験が増えていくということになるんですよね。だから何か新しいことをしたい!これまでと違う動きがしたい!みたいなニーズに対して、一匹の魚に対して作ったもののはずが、みんなにとって、あ、こんなのやったことないとか、意外と私向いてるかもしれないとか、その一人きっかけでみんなのためになるみたいな。これが英語でsmallっていう言葉があると思うんですけど、このsmallっていう言葉の中に、allって入ってるじゃないですか。
志村:入ってますね。
澤田:これ、すべて。
志村:本当だ。
澤田:はい、だからsmallの中にallはあるって僕は思っていて、一人から何か社会を生み出したら、結果allのためになってしまうというか。で、社会って逆にできていて、例えば自動車メーカーさんが車を作るときって、結構allに向けて作っちゃうというか、なるべく多くの人に買ってもらって、なるべく多く売り上げを立てたいから。でもその結果誰も欲しくない車みたいなものって結構できてしまうんですよね。そういうビジネスのやり方って驚くほど多くあるんですけれども。
志村:そう思います。平均値に合わせちゃうみたいな感じですね。
澤田:平均値に合わせてしまう。なので、逆のアプローチでsmallから、ただ一人からスタートしつつも、結果allにつながってしまう方が、本質的にみんなが求めているものができるっていうのが僕のマーケティング的観点なんですけど、なのでゆるスポーツもそういうふうに作ってますね。
志村:もう最高ですね。本当に。常々ともくん天才だって思ってるんだけど、天才の中にある遊び心と、逆説的な発想って言ったら面白いんだけど、いや逆ギレ的なんだけど。
澤田:逆が好きなんですね。
志村:でもそれ本当にいいと思う。
澤田:一回、何においても逆視点を差し込むことが大事かなと思っていて、そうすると何がいいかというと、生きるのがちょっと楽になるというか、いいか悪いかはさて置いて、絶望の後に希望に反転しやすくなるというか、だから私実は、絶望した瞬間に、今は希望の尻尾を捕まえちゃうというか、絶望を今まさにしてるのにも関わらず、すごく希望の気配がするぞって実は思うようになっていて、それやっぱり逆から見たら影は光になるよねっていうのが分かっていて、例えばうちの息子は視覚障害だけではなく、盲重複障害って言うんですけど、知的障害と自閉スペクトラム症、まあ発達障害があるんです。彼は盲学校に通ってるんですけど、3年くらい前に盲学校で進路相談会がありまして、先生が第一声で諦めてくださいって急に言ってきてですね、何がですか?って言ったら、息子さんは働けません、現実を見てくださいって言われたんですね。それはやっぱり盲重複障害、視覚障害以外にも複数障害があると、やっぱりなかなか働けない。B型も厳しいから生活介護かなみたいなところなんです。それって結構絶望なんですよ。退路が絶たれたみたいな。ところがあの、その瞬間にワクワクしちゃってる自分もいるんですよ。もうおかしな感覚なんですけど、本当に悲しいんです。もう全力で悲しいし、ガーンってなってるのにもかかわらず、ワクワクの足音は聞こえてしまうというか。で、逆から見ればじゃないんですけど、働けないっていうのは今までの時代の話であって、時代は生き物ですからどんどん変わってきていて、技術革新もどんどんAIも含めて進んでいて、なんかできることいっぱいありそうだなって思ってしまったというか。
志村。うん、最高だ。
澤田:それで先月ですね、8月に「ノールック書道」っていうのを一つ立ち上げまして、進路相談の先生からそう言われた後に、その夜寝ずにいろいろ考えてたんですけど、その夜のこと今でも覚えてるんですけど、まず息子の特性を全部棚卸ししたんですよ。彼が好きとか得意とか関係なく、彼一人としての人間が持っているユニークさってなんだろうなみたいな。いっぱいあったんですけど、そのうちの一つに、彼があるとき、それも盲学校で書をかいてきたことがあって、それがすごい面白かったんですよ。
志村:墨で書いたんですね。
澤田:墨で書いて、彼は先天的に全盲で文字の概念を知らないので、書と言っても記号のような絵のような模様のような何かを書いてきたんですけど、なんかすごく生き生きとしてたんですね。なんか線が生きてるって僕すごく衝撃を受けて、なんで衝撃を受けたかというと、普通校って見学とかに行くと、みんな日本だと同じ字を結構書いてたりするじゃないですか。
志村:そう、決まった書き順で。
澤田:初日の出をみんな書く。それが30枚40枚ずつばばばって並んでたり掲示されてますよね。で、僕、帰国子女なんですけれども、日本に帰って一番驚いたのがあれだったんですよ。
志村:あー、そうか。
澤田:なんでみんな同じ文字なんだろう!?みたいな。もちろん守破離が大事なので、初めはやはり型を知り、型を学び、もちろんいろんな意図や狙いがあると思うんですけど、それに対してうちの息子がかいた書が真逆だったというか、自由アクセル全開みたいな。その時にパッと閃いて、あ、これを仕事にできるんじゃないかなと思ったんです。つまり、社会全体がやや不自由な流れの上に乗っているとするならば、この書というのはその真逆の圧倒的自由みたいなものを象徴していて、社会って天秤なので必ず両サイドあると。なのでちょっと不自由な方に天秤が今、重みがかかっているのであれば、その真逆の自由という天秤もみんな希求するというか、求めている時代なんじゃないかなと思って、その象徴としてノールック書道っていうのができないかなと。なので今彼にはですね、書家として作品を書いてもらっていて、書道家の方にも監修で入っていただいているんですけど、作品を今書いてもらっているっていう。
志村:ちょっと拝見したんですけど、すごかった。
澤田:面白いですよね。
志村:すごい本当に、もうなんか全身が筆になっちゃってるのかなっていう感じに思ったんですよね。
澤田:あー、いい表現ですね。
志村:それがなんかこう、体をこう使った状態が周知された中で筆にあって、なのでなんか筆を持つというよりは、全身が筆なんだって見てて思ったんですよ。
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澤田:さっきお伝えしたみたいに、意外とこの人にスポーツ無理でしょみたいなことでも、実はですね、これまで130競技スポーツ作ってきたんですけど、ダメだったことが一回もないんですよ。つまり私絶対スポーツ嫌いですとか、絶対私の障害や病気だと無理ですとか、認知症でとか要介護でとか、いろんな方がいらっしゃるんですけど、実は全部うまくいっていて。
志村:うわー、最高。
澤田:そうなんです。うまくいくの基準はちょっと下げてるだけなんですけど、皆さんがそのスポーツを継続してやってるわけではないんですけれども、少なくとも1回は楽しかったとか、勝てたみたいな喜びを得るっていうところで、僕は一旦成功としてるんですけど、意外とどんな逆境でもパタパタパタってひっくり返るなみたいなのは、結構自分の経験からも得ていて、あとそのパタパタパタの何がいいかっていうと、風向きが変わるというか、まさにパタパタパタって風みたいな音ですけど、無理じゃんみたいなご本人思ってて表情が暗かったのが、パーっと本当に表情が明るくなったりとか、ご家族が嬉しそうな顔をするとか、風向きが変わる瞬間に立ち会えるって、ものすごくありがたいし贅沢なことだなと思っていて、なので、ひっくり返る快感というよりは、風向きが変わって表情が変わる皆さんの一番側にいたいみたいな、そういう気持ちで色々やってるかもしれないですね。
志村:いいですね〜。大事。本当そう思います。なんか今日、暗闇なんだけど、私明るい感じがしてます、空間が。
澤田:本当ですか。
志村:なんだろう、気持ちが明るいからかな。楽しくて。
澤田:まっくら投げした後で、開放感もあるかもしれないですね。
志村:かもしれない。ともくんに当たったし。
2人:(笑)
澤田:いやすごい、貴重な経験ですね。
志村:ね、そう。なんか、ともくんの目指す未来、聞いてみたいんですけど、どんな世の中にしたいのかなっていうのは、皆さんがポジティブになることだと思うんだけども、今なんとなくだけど、ちょっと皆さん緊張していて、暗くなっちゃって、世の中ってどんな風になっちゃうんだろうって思う人増えてると思うんですけど、ともくん的に思うと、どうしたらいいと思いますか?
澤田:そうですね、やっぱり100%の絶望はないって僕は思っていて、どんなにしんどい状況の時にも、なんか、希望成分は必ず含まれてるというか、1%かもしれないけれども、全て本当に絶望っていうことは、世界の真理としてはなかなかなくて、なので、その世界の流れの力を信じるって僕は大事だと思っていて、世界自体にそういう力があるというか、必ず希望が見えづらくてもあるっていうのが、これ本当に不思議なんですけど、これは本当に世界の力だと僕は思っていて、これが中世だと神の力っていうことになると思うんですけど、世界全体のエネルギーの何かを僕はいつも感じていて、そこを僕は無邪気に信じてるかもしれないですね。何も信じられなくなった時に、最終的にでも世界そのものを信じるみたいな心構えがあると、すごく楽になるし、信じるっていう気持ちが1本自分の中に通っていると、なんとかしようっていうギアチェンジが起こるというか、世界がなんとかなる希望成分が必ず含まれているんだったら、じゃあそれを信じて、今は僕にできることはそうなるとあるはずだから、それちょっと可能性は数パーセントかもしれないけど、それを一生懸命探そうっていうふうに僕はいつもやっていて、そうすると必ず水脈みたいなものにコツンと当たるんですよね。あ、ここだったんだみたいな。やっぱり希望あったじゃん!みたいな。だからやっぱり信じる?。しかも世界を信じるっていう、めちゃくちゃ主語を大きくして一回捉えてみると、実は現実が意外と変わっちゃいますよみたいなことは、ぜひお伝えしたいです。
志村:あー、ありがとうございます。そう、世界って大事ですよね。自分の近くだけじゃなくて、広がっていくと、なんかもっといろんなことがあるんじゃないのかなって思ったりするので、いっぱいね、ちっちゃくなって考えるよりは、もうちょっと視野を広げるといいのかなって思ったりして、世界を感じるっていいなと思いました。
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志村:暗闇の中って、今体の中も自分で見えないから、意外と自分の、こうなんどうな、今の体を超えていく感じの時があるんですよね。それが拡張していくと、本当はともくんと私は繋がっているとか、広がっていって、お隣の部屋の人ともとか、そういう風になっていく時あるんです。それと何か近いのかなーなんて。
澤田:さっき、運動会の3競技目の「コウモリの森」やった時にそれ感じて、これみんなが鳥になる競技なんですけど、みんなで鳥として鳴いたりする瞬間とかがあるんですけど、まさに僕はその時に体が同期するのを感じたというか、みんなで一つの生き物というか、一つの鳥というか生命というか森というか、になる感覚がすごいありましたね。暗闇の力って確かに、自分の輪郭がそれこそ見えなくなる分、ちょっと拡張感覚がありますね。
志村:ちょっと境界線がなくなっていくみたいな時があって、私もさっき「コウモリの森」ではそんな気がしました。声が跳ね返ってくるのを感じるとか、いうところからもだけども、繋がっているなーっていうのは面白いですね。
澤田:そう考えるとやっぱり暗闇でスポーツって、すごい良い組み合わせですね。もともとスポーツ自体が、やっぱりどんどんチームとしての生き物になっていくじゃないですか。5人で例えばバスケしているはずなのに、6人以上に感じられるというか、プレーが、そういうチームがいいチームだと思うんですけれども、なのでそういう他者の体と同期してしまうみたいな効果がスポーツにはよくも悪くもあって、もともと境界線を溶かすっていう特性の暗闇と、スポーツが掛け合わさると、もしかしたら究極の平和産業というか、本当にピースフルというか、なので参加者の皆さんが、どんな気持ちになるかとか、どんな平和がもたらされるかとか、すごい楽しみですね。
志村:ありがとうございます。すごいまたピースに繋がっていて嬉しいです。これからもどんどん暗闇での競技を考えていただいて、そしてともくんと遊びたいなって今思っちゃいました。
澤田:ぜひぜひお願いします。
志村:嬉しいです。あのう、最後の質問になるんですけど、このね、ラジオを聴いていただいている方は、もう夜中なので、結構眠れない人もいるんですよね。明日の朝やだなとか、いろんな人がいます。楽しみで朝を迎える人もいるんだけども、いつもゲストにお願いしているんですけど、「明日を元気に迎えるための一言をください」ってお伝えしているんです。それで、もしよかったらいただけると嬉しいなと思うんです。
澤田:あ、わかりました。これ多分初めて言うんですけど、僕の家族の合言葉があって、「可能性はいつだってある」って言葉なんですよ。僕、長男がそんな感じで障害があるんですけど、実は長女もちょっと障害があって、彼女は発達障害で、自閉傾向があって多動なんですけれども、4人家族なんですけれど、毎日しっちゃかめっちゃなんですよね。大変なことも起こるし、しんどい時もあるんですけど、結構僕も妻も、事あるごとに「可能性はいつだってある」って結構言うんですよ。大丈夫、可能性はいつだってあるよ!みたいな。さっきの希望絶望の話とほぼ一緒なんですけど、もうダメだ、何も選択肢も可能性がない!みたいな状況に家族として立たされても、大丈夫、可能性はきっとあるよって、多分ここ10年で僕ら家族の中で、何百回と多分交わされてきてるんですけど、でもそれは結構魔法の言葉通りになってるんですよね。これがさっきお伝えした100%の絶望はないってことなんですけど、本当に可能性はいつだってあると思うので、まさに世界を信じてください。
志村:うわー、ありがとうございます。すっごい素敵な言葉。
澤田:いいですよね。
志村:すっごくいいと思う。
澤田:僕の息子は知的障害があって、意味はわかってないけれども、可能性はいつだってあるって、たまに彼もボソッと言ったりします。
志村:わー、最高。意味がわかってないかもしれないけど使う言葉って、なんか真理に近いと思うんだけど。
澤田:そうですね。仏教の念仏も、もともとサンスクリット語が一回漢語というか中国語になって、要はサンスクリット語の響きを無理やり漢字で当て字して、それが日本に入ってきてるんですけど、だから仏教徒じゃない限り、得度とかしてない限りは、意味わかんないと思うんですけど、でも声って意味じゃないというか、意味って僕は二の次だと思っていて、やっぱり波動とか、声の高い低いとか、強い弱いとか、緩急とか、実はそこで完結してしまうと思っていて、なので、実は可能性はいつだってあるって、僕ら親が使ってる時も、お経みたいに唱えすぎてるから、あんまり意味のこと考えてなくて、なんかその響きをお互いに交換し合うだけで、世界の波動が変わる気がしてるっていう。
志村:ですよね。なので、ともくんの息子さんがそれを唱えると、なんかすごい効果がある気がするなー。書家になった息子さんの、あのボディーの動きを見た時に、その言葉が出てきちゃったりしたらば、もうなんか手を合わせて泣く人がいるんじゃないかと思うので、でもご本人はそれを知らなくていいんですよ。
澤田:なるほどなるほど。
志村:伝えてることが、相手が変わることがすごく変わってくるから、それをなんか今感じました。
澤田:そうですね、僕、息子のことを神社とかのようだなと思っていて、神社って、やっぱり時の流れが全然現代と違うというか、四半期じゃなくて四半世紀レベルで考えてるから、この3ヶ月の売り上げどう?っていう話ではなくて、進化というよりは遠間だから、いかにもちろん少しずつ変えながらですけど、100年前200年前とも同じことをやり続けるかみたいな、なんか現代社会とモードが全然違うからこそ、僕らは境内とかに行くとちょっとホッとするというか。
志村:ですよね。
澤田:で、うちの息子も見えなくて知的障害があってとかだと、僕とモードが全然違うがゆえに、なんか僕がすごい疲れてたり、仕事でちょっと納得いかないことがあっても、彼と一緒にいると、まいっかっていう気持ちになるかっていうか、だから僕「まいっか教」って呼んでるんですけど。
志村:私と同じだ(笑)
澤田:まいっか教の教祖みたいな。それもある種反転。コミュニケーションができないっていうことを嘆くというよりも、みんなが同じモードで苦しんでるんだったら、別のモードを提供してくれて、まいっかって思わせてくれるってすごいなみたいな。ありますよね。
志村:ありますよね。いやー、本当ですよ。まいっか大事ですよ。
澤田:やっぱりそうですか。
志村:まいっか教です。
澤田:まいっか教ですか!?
志村:はい(笑)
澤田:あ、いや、「まいっか」も、それこそ明日の元気が出る言葉の一つですよね。
志村:ですよね。いやー、すごい今日たくさんいい話いただいて、明るい暗闇でした本当に。
澤田:明るい暗闇、は〜。
志村:眩しかった。
澤田:僕も楽しかったです。ありがとうございます。
志村:ありがとうございました。