DIALOGUE RADIO -IN THE DARK-

日曜の深夜。全てのしがらみから離れて
本当に「独り」になっている特別な時間。
人は誰もが不安や悩みを持っているはず。
この番組は、自分の心と対話することの大切さを伝え、
明日への活力を求める人への応援メッセージを
発信するラジオ番組です。

EVERY SECOND SUNDAY

25:00-26:00 ON AIR

真っ暗闇の中で、心と対話する時間を。
志村 季世恵の写真

志村 季世恵

バースセラピスト

板井 麻衣子の写真

板井 麻衣子

J-WAVE NAVIGATOR

MESSAGE TO STUDIO

MESSAGE

人は他人と比較してしまう生き物だと思います。
人より、恵まれていると喜んだり、
人より、うまくいかないと落ち込んだり、
SNSが生まれたことで、自分を誰かと比較する機会も増えてきました。
そんな今だからこそ自分の心と対話する時間を大切にしたいと思います。
何をしたいのか、何が悩みなのか、何に希望を持つのか。
その積み重ねが幸せを感じる近道なのではないかと思います。
幸せは、自分の心の中にある。


2019.08.11
GUEST


第14回のゲストは西川梧平さん


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DIALOGUE

たえ(アテンド):今白杖でコンって当たったその椅子を、
西川:あーこれ??
たえ:はい。
西川:あーあったあった。
志村:先座って?大丈夫よ。
西川:先す・・あ座ったよ?
たえ:じゃあその右側にもう1つ椅子があります。
西川:・・・今ここにいる・・・はい。
志村:ありがとう〜。
西川:これだ。
たえ:はい!
西川:はーい!
たえ:お飲物、ご用意させていただきました。
西川:ありがとうございます!
たえ:はい。まずは温かい飲み物はコーヒー、そして冷たいものですと炭酸水。そして、ワインですね。
西川:ワインがいいです。
たえ:そしておビールもありますが・・・。
西川:え、なにもあるって??
たえ:おビール?
志村:ビール?
西川:あ、僕ワイン。
たえ:ワインで。
西川:はい。
たえ:じゃあ季世恵さんは?
志村:ワインで乾杯しようかな?
西川:もう乾杯しよう。もう飲んじゃって。
志村:そうしよう、乾杯だ!
たえ:そうしたらお2人ともワインでご用意させていただきますね。お待ち下さい。
西川:はい、ありがとうございます。へ〜〜〜〜〜〜。
志村:ごうちゃんじゃあ今なんの感覚1番使ってる?
西川:お尻!お尻の座り心地の感覚・・!
志村・西川:(笑)
志村:この椅子のね〜!
西川:う〜ん!
志村:うんうんうん、お尻。そうだね、ほんとだ。
西川:へぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜。これでもさ、パニックになる人もいるでしょ?暗くなって。
志村:うーん、あのねでもね、あんまりいないの。
西川:あそうなんだ!
志村:うーん。面白いね、1人だったらパニックになると思うけど、
西川:あ、そりゃそうでしょ!
志村:(アテンドの)たえちゃんが案内してくれるとか、ごうちゃんと私がこうやって一緒にいるとか。
西川:喋ってるもんねー。
志村:人の力ってすごいねー。
西川:すごいね、うーん。たえちゃん今ワインをいれてくれてるんだねー。あ・・・!
たえ(アテンド):お持ち致しました〜。
西川:ありがとうございます!
たえ:ワインお持ち致しました。
西川:はい。
たえ:それではですね、
西川:ど、どこにある・・・。
たえ:少しお待ちくださいね。
西川:はい(笑)コン。
たえ:テーブル真ん前、正面に手を出していただくと、
西川:あ・・・あ、あった・・!あ〜〜〜!ワイン・・・。
たえ:お渡し致しますね。
西川:あ〜〜〜!
たえ:失礼致します、ワインです〜〜。
志村:はい、ありがとう。
西川:これは・・これは、赤だね。
志村:あよくわかったね!
西川:においで分かった!
志村:すごいね・・!
たえ:ごゆっくりお楽しみ下さい。
西川:ありがとうございます!じゃあ季世恵さん乾杯!
志村:乾杯!
西川:あるかな・・・

<グラスが当たる音>

西川:あ〜一発だったねーー!!
志村:あ〜〜すごい〜〜〜!!
西川:すごくない!?!?
志村:すごいすごい!
西川:一発だった!
志村:見えてるみたい!
西川:いただきまーす!
志村:いただきまーす。
西川:あ〜美味しい・・・!
志村:赤だった?
西川:多分赤だね。
志村:うん。
西川:うん。
志村:ニューヨークって、私行ったことないんですけど、
西川:絶対来た方がいいと思う。
志村:あー行ってみたい。
西川:1回は経験する街だね。あの好きか嫌いかは別にして、うん。
志村:あの、ごうちゃんは、ニューヨークに行って何年経つんですか?
西川:僕ね、1999年5月9日に行ったから、20年目になったんですね。
志村:あ〜20年!
西川:はい。人生の約半分は、向こうですね。
志村:どうしてニューヨークに行くことになったの?
西川:えっとねー、元々は、音大卒業して、和菓子屋の店員だったのね。
志村:ん?うん。
西川:和菓子屋の店員してたのね。その時に、たまたまニューヨークから来てるピアニストが日本でツアーされてて、で大阪でもツアーされてたんですね。それで前座で10分間、ショパンのバラード1番っていうのを弾くチャンスがあったんです。ちょうどお饅頭屋さんで売ってるその当時ですね。で、演奏した時に、「きみユニークな演奏するね」と。「でもなんかそんなにまだ上手く自分の表現が出来てないようだね、ニューヨークに来て一緒い勉強しないかい?」って言われたんですよ。それが99年の1月。
志村:あ・・・じゃあ1月から5月の間の・・・。
西川:そう〜〜〜。あの、言われたんですけど、Eメールアドレスまでもらって結局・・・放ってたんだよね、そのEメールをね、行くのが怖くてね!
志村:あーそうか・・・・・・うわ〜〜そんな時代があったんだ〜〜〜〜!
西川:ありましたよ〜〜〜、今でこそなんか、なんか奇跡が起こるとかなんか、色んなことで偉そうに言ってますけどね、諦めたらあかんとかね。
志村:うんうん・・・!
西川:でもなんか・・・怖くて、で僕夢だったのそういうの、ハリウッド映画とかすごい好きで、昔は国際的な映画スターになりたいって時期もあったので。でそんなんでアメリカとかすごい憧れてたんですけど、けどいざ片道切符が手に入ると思ったら怖くてね〜〜!行けなくなっちゃったんだよね。
志村:・・・そっか〜〜〜。片道切符だもんね〜〜〜。
西川:片道切符だって・・・結局は数ヶ月経って、やっぱりこれじゃダメだと思って連絡して、本当に3ヶ月だけまずは行ったんですよ。5月9日にね。
志村:うん。
西川:その間にデビューさせていただいて、それっきり20年。
志村:すごいね〜〜〜〜。
西川:ピアノは何回も辞めて、もう続けられないなとか忙しいなとか思って出来ないなと思った瞬間があったけど今まで、でも1回も途切れたことがないかも!病気になった後でも。ごめんなさい、病気って、手が病気なんですけどね。
志村:うん、うん。
西川:そう。結局ずっと弾いてる。
志村:すごいね・・・・・・!
西川:ありがとうございます。
志村:でも今、チラッと病気でっておっしゃってたけど、その話も今聞いていいですか?
西川:うんなんでも聞いてくださいよ!うん。
志村:ごうちゃんは、ピアニストとしてニューヨークで大活躍してた。
西川:一瞬だけね?
志村:うーんでも大活躍してた、一瞬じゃなくてきっとずっとなんだと思うけど、でも、そこで病気が起きてしまったというか・・・
西川:うん、ジストニアっていう神経系運動障害なんですけど、それ僕の場合は、英語でフォーカルジストニア。なんかね、局部ジストニアって訳されてて、中には口に出る人、腕に出る人、足に出る人とかいるんです。僕の友達のドラマーの子でも、足が痙攣してしまうっていう。でも僕の場合、指に出たんですね。不思議な話、このフォーカルジストニアは、普段は全然なにも、普通なんです。
志村:あーーそうーーー。
西川:うん、だけど、ピアノを弾こうとしてある一定のパターンのところに来た時だけ、指が内側に曲がっちゃうんですね。意思とは反して。
志村:あら〜〜〜〜〜。ってことは、何かをきっかけにしてそれが発作的に起きちゃうってことなのか・・・。
西川:そうそうそう。一定のポジションになった時だけとかね!
志村:信号かなんかがあるのかな?
西川:そうなんです!そうそう、信号なんですって、脳との。
志村:あーーその信号がどんどん酷くなってしまったっていう風に、私以前にごうちゃんのピアノを聞いたことがあったんですよ。
西川:いや〜〜〜〜〜ありがとうございます。
志村:それが、生じゃなくてね。でほんっと大ファンになって、本当にそうなの!
西川:上手く弾けたらいいなっていつも思ってるんだけどね。
志村:そんなこと言わなくていいんだと思う。あんなに素敵な音が私聞けたのって幸せだなって思ったんだけど。
西川:お恥ずかしい。
志村:病気になった後に、またごうちゃんがそのピアノを違った形で取り戻していく、そのことも知ってみたかったし、色んなことが今日聞きたいなと思ってたんです。
西川:もう早口でパッて全部喋るよ僕!
志村:本当!よろしくお願いします!
西川:パパパッて言って!
志村:いいな。巻き巻きで?
西川:巻き巻きで!(笑)あの〜、ニューヨークに行った時の話していい?
志村:聞きたいよ?
西川:あのね、どうやってニューヨークに行けたかってね、結局ね、僕ね、本当に誰よりも弾けたとかすごい才能があったってわけじゃないし、絶っっ対ないんです!これはね、本当にそう・・・なんです。僕があった才能は、バカがつくほどポジティブに空想にふけってわくわく出来たこと?ニューヨークもその内の1つで、こんなところで、すごいところでピアノ弾けたらいいなってことを、実は高校生の時からビデオで撮ってたの!
志村:あーそうー!
西川:例えば、ちっちゃな堺市公民館みたいなところで、本当に100人200人ぐらいの公民館で弾くときにね、友達に撮ってもらって、「西川さん、今日はどちらでコンサートですか?」とかいうインタビューを撮ってもらって!「うーん、今日はちょっとニューヨークのカーネギーホールです」とか言って撮ってるの!そういうのね、昔あったの、撮ってたのね。そういうことをずっとやってたわけなんですよ、遊びでね。そうしていくとね、どんどんそれが実現化して行って、ある日、先ほど申し上げましたがお饅頭屋さんで働いてた時に、実は10分間前座で弾かないか?っていう話が来たんですね。それで、ニューヨークから、でも実はね、あまりにも緊張してブルブルブルブル震えて、5回ぐらい止まりかけて、ミスタッチもいっぱいやっちゃったの。
志村:うん。
西川:それで、終わった後に演奏して礼をするじゃない?その後そのまま泣きながら楽屋に入って僕1人で楽屋で泣いてたのね!メソメソしてたの。そしたらデイヴィッド・ブラッドショーっていうピアニストの人がコンサートの後僕の楽屋に来てね、なかなかユニークでドラマティックなショパンだったねって言われたんですね!僕は5回も止まりかけちゃったからユニークだったんだろうね。それで、きみはやりたいことがいっぱい心にあるんだね。でも現場のすごさを知らない。きみの仕事はなにしてるの?What do you do for living?って言われて、僕お饅頭屋さんの店員ですって言ったんですね。Japanese sweetっていうのが和菓子っていうんですけど、売ってますって言ったら、Oh that’s wonderful!と。But is that what you want to do?って言って、すごいけどそれがきみがやりたいことなの?って聞かれた時に、別にお饅頭屋さんが悪いって言ってるんじゃないですよ、僕お饅頭大好きだし、
志村:そうだね、私も好き。
西川:ね、今でもそのメンバーたちと仲いいんですけど。彼からしたら、今ピアノ弾いた僕がお饅頭売ってるってことでその質問が来たんだけど。で、ちょうど就職難の時代で、仕事があるだけ僕ラッキーです。だから僕はハッピーですって言ったの。そしたら、That’s great!But is that what you want to do?って。それはいいね!だけどそれがきみのやりたい仕事なの?って言われた後、Want do you really want to do?って、きみが本当にやりたいことは何?って聞かれたのね。で、今まで僕やりたいことが何とか夢を語れとか言われても分かんねえなと思ったの。なんか、そういうこと口にすること自体恥ずかしいと思ったし、今は夢しか語ってないけどね、そういう時期があって。だけどね、もし出来るんだったら、ピアノがもっと上手くなりたい。そして英語がもっとペラペラ話せるようになりたい。そして出来ることなら世界中をピアノを弾いて旅して、音楽を通して世界中に友達を作りたいって言ったの。
志村:は〜〜〜。
西川:そしたら先生が、 What are you waiting for?って、何をグズグズして何を待ってるんだい?って、今すぐニューヨークに行きなさいって言われたの。それで3ヶ月だけ、僕行ったんですよ、1999年5月9日。本当ドキドキしながら。でもそれも、本当はね、行くのに3ヶ月4ヶ月うじうじしてたんだけどね。
志村:うん。
西川:うん。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

西川:で、行って、2ヶ月が経った頃にね、毎日毎日レッスンしました。その時はまだ正統派ピアニスト目指してましたから、10本指でね、今は7本で弾いてるんですけど。先生がね、日本に帰る前に、1回ニューヨークの公共の場所でピアノを弾いて行く経験をして帰れって言われたのね。
志村:うん。
西川:それで、もちろんやりたいですって。どこでやるんですか?って言ったら、リンカーンセンターって言うから、
志村:リンカーンセンター・・・?
西川:うん僕ね、カーネギーホールとかは聞いたことあったし、だけどリンカーンセンターってなんか分かんなくて、なんかピンと来なくて、あ、もちろんじゃあやりますって言っちゃったの。・・・本番の1週間前にね、リンカーンセンターとやらに行ってみたいと思って、行ったんですよ。
志村:うん・・・!
西川:そしたら、もうね、ブロードウェイを挟んで絢爛豪華なオペラハウスがあり、国立歌劇場があり、ジュリアード音楽院がありって。僕はそこのアリス・タリー・ホールっていうところで弾けって言うわけ。約2000人弱の規模で。
志村:あ・・・おっきい・・・・・・!!
西川:ちょっと待ってって!!僕こんなところで弾けないよ!!って言ったの。そしたら、何言ってるの?弾くって言ったじゃないかって言われて、ここできみは弾いてから帰るんだよ?って言われて。それで僕、先生キャンセルしていいですか?って言ったんですね。あまりにも絢爛豪華過ぎて。そしたら、いやキャンセルするならいいよって。だってきみよりうまいピアニストは5万といるからすぐに代わりを見つけられるからねって言われたのね。でね、じゃあそうして下さいって言ったんだけど、先生がねこう言ったの。悟平、キャンセルしてもいいけど、1個だけ俺の話を聞いてくれって言われて、何?って言ったら、俺がまだ、もう先生その時70歳代ぐらいでもう亡くなっちゃったんですけど、俺がまだ20代の若かった頃ニューヨークに来たばかりでね、ニューヨークの有名な音楽プロデューサーが、お前2週間後にすごい大きな大ホールでやるピアニストが病気になって出られないと。で、ラフマニノフのピアノコンチェルト3番は弾けるか?と。で、ラフマニノフのピアノコンチェルト3番ってもうものすっごい難しい曲で1楽章、3楽章あって、まあ1曲で20〜30分ぐらいある曲なんですね。後ろにオーケストラ50〜100人ぐらいつけて、もう大曲中の大曲なのね。
志村:すごいね〜〜。
西川:それ2週間後に全部弾けるか?って言われて、弾ける!!って言って、先生契約書を交わしたらしいんです。
志村:わ〜すごい!
西川:悟平、俺実はその曲弾いたことなかったんだよって言うわけ!!
志村:ええ!!
西川:クレイジーになるぐらいそのポジションが、そのチャンスが欲しかったんだって言うわけ。
志村:すごいなーーー・・・。
西川:どうしたのそれ!?俺ね悟平、昼も夜もずーーーーーっとひたすら2週間死ぬほど練習したよって。人生であんなに集中して練習したことはなかったって言うのね。先生、本番どうだったの??って言ったら、本番はね、全然ね、思ったように弾けなくって最後ジャンジャジャジャン!って終わって一礼した後にバーって楽屋に帰ってメソメソ泣いてたんだって。20年前の僕と一緒!まあレベルは違うけどね!
志村:本当だ〜!
西川:そうでねメソメソ泣いてたら、それ音楽プロデューサーが、デイヴィッド何やってるんだ!!って怒鳴り散らして入って来たんだって、その楽屋に。で、ごめんなさい!!下手くそで!!って言ったら、違う違う!お客さんの拍手がまだ鳴り止まないんだよ!!って言って。デイヴィッド今日お前はスーパースターなんだ!!早く表に出ろ!!って言って、彼はステージで鳴り止まぬカーテンコールを浴びるんですよ。
志村:うわ〜〜〜すごい〜〜〜。
西川:それでね、それを皮切りに世界40カ国以上でずーーーっと演奏し続けた内の1つが、日本。それで、彼が死ぬ前に来た最後の国が日本で、僕が最後の弟子なのね。
志村:うん。
西川:で、彼が僕に言った言葉。その20年前に、キャンセルしたいならしていい、ただな、時には100%準備が出来ていなくても目の前にチャンスが現れたら取ってみなよ!と。失うものはないじゃないかと。もしね、それでチャンスを逃してしまったら、同じチャンスはもう1回来ないかもしれないよって。どうだい?って言われたのね。でね、結局99年6月の第3週日曜日の午後、リンカーンセンターのアリス・タリー・ホールというところでデビューをします。
志村:はぁ〜〜〜〜〜、すごい〜〜〜〜〜・・・・・・!!
西川:それから、20年間ニューヨークにいます。その時に実は、本番でものすごく緊張しまして、吐くほど緊張して、まあステージは楽しかったけど色んな曲を弾いた中で1ページショパンを・・・飛ばしちゃったんですね。
志村:うん・・・!
西川:で普通日本だったらもう有り得ない!そんなピアニストがステージで1ページ飛ばすなんて。まあニューヨークでも普段有り得ないんですけど、で僕あー終わったなと思って、礼をして舞台袖に行ったら、プロデューサーとディレクターとデイヴィッド・ブラッドショー先生が満面の笑顔で両手を広げて、おめでとう!!!Congratulations!!!って僕に言って抱きしめられたの。で僕が、何がめでたいんだよってあんな1ページも飛ばしちゃって(笑)、そしたら、あんなに素晴らしい誤魔化し方はなかったって言われて、きみは本当のピアニストだ!って言われてそれでスポンサー付いたの。
志村:・・・素敵・・・!!
西川:そう!(笑)でね、先生なんで1ページ飛ばしたのにって、いや悟平と。俺たちはその失敗したところ・・失敗とは言わなかった、その飛ばしたところには興味がねえ。お前が他の音をどれだけ豊かに奏でてくれたかに興味があるんだよって言われたの。
志村:はぁ〜〜〜〜〜〜。
西川:もうねーーー!分かる!?全然違うかった・・・・・・!!!(笑)
志村:うーーーーーーん・・・!!ほんっとにすごい!!・・・素晴らしい・・・!!
西川:ミスは、人間誰でも当たり前じゃん、ミスはするんだって。そこを次までに補っとけよって言われたの。
志村:・・・うわーーーーーー。
西川:だからそれで本当に僕スポンサーも付きまして。あのうだから自慢話をしてるんじゃないです僕。僕がなんでこの話をしてるかって言ったら、1回1回失敗をしてるんです・・・!僕はそれを、「どこを見て育ててくれようとしたか」っていうところで今話をしてるんですね。
志村:本当ね〜〜〜〜・・・!うん!
西川:だから1ページ飛ばしたな!大失敗して!って終わってたかもしれない。場所が違ってたら。
志村:うん。
西川:うん。でもところ違えば国が違えば人が違えば、
志村:本当だ・・・!
西川:うん!失敗なんか誰でもするんだって。でもその誤魔化し方、リカバリー、あとその他に音の素晴らしさを褒めてくれた・・・。
志村:そうか〜〜〜!
西川:う〜ん!
志村:じゃあそれをごうちゃんが受け継いで、
西川:受け継いだ!
志村:今ごうちゃんがそれを今私たちにまた教えてくれて、
西川:ありがとう教えてくれたっていうか・・(笑)
志村:いや〜〜素敵〜〜〜!
西川:お伝えさせていただき、誰かが何かの形でこれが役に立てばいいなって思ってるし。
志村:立つよ〜・・・!!
西川:ただね、僕ジストニアになった時にね、僕ね、2000年シンデレラボーイって言われるんです。ミレニアムシンデレラボーイって言われるんですけど、ニューヨークで。
志村:はい。
西川:でもその後ダーーーン!ってもう底辺まで落ち切るんですよ。なぜなら指がひん曲がっちゃって、両手がね。
志村:うーーーん。
西川:ジストニアになっちゃってね。これ原因が分かんなかったの。
志村:はい。
西川:で結局CTスキャン、MRI、レントゲン、色んな脳波、全部取って、ジストニアっていうんだけど、それが分かったんですね。僕初めね、ブラッドショー先生にもね、一切言わなかったの。言えなかったの。
志村:そうか・・・。
西川:先生は練習不足だと思って僕のこと怒ったよー!!お前な!!って。だけど、僕は指が悪いって言えなかったの。言ったら切れらると思ったのね、
志村:あーそっかー・・・。
西川:そうそれで、全てを失ってニューヨークを去らなきゃいけないと思ったの。まだ気が弱くて黙ってたけどもう限界がきて、もうダメだって時があったの、あまりにも弾けなくて。それで先生に、実はジストニアで・・・って言ったら、先生が、左手と右手は何本動くんだ?って言われて、左手は親指と人差し指の2本が辛うじて動きます。で右手は?って言われたら、その時は3本動いたの。親指と人差し指と小指が動いたのね。全部で合わせて5本ですって言ったら、あーよかった!!って言ったの!先生!!(笑)はあ!?って言って!
志村:あ〜〜〜〜〜!
西川:あのね、左手が2本あったらね、ベースとドソドソってベースは弾けるだろうと。右手が3本なら和音、ドミソ・ミソド・ソシレ、和音ぐらい弾けるじゃないって。少なくとも動く指があるんだったらそれで諦めずにゆっくり弾き続けなさいって言われて、ずっとレッスンして行こうって言って、先生が死ぬまで毎週レッスンしたの、その後。
志村:すごいね〜〜〜〜。
西川:うん。本当にそう。だから、結局それが1本増え、2本増えって言って、今7本指で弾いて、今8本目を出したり出さなかったり(笑)まだ不安定なんですけどね。
志村:うーん。
西川:で、ちらっとごめんなさい、このついでに言うと、病院では絶対2度とピアノは弾けませんってやっぱり言われちゃうんですね。なぜなら医学的証明として診断されてしまう。レントゲンとか脳波とかが全部やっぱり弾けないって言う結果が出てるんですよ。実際証拠としてね。けどね、イマジネーション、想像力で僕がまたね、ピアノを弾いてるところをイメージしてたの。僕の場合は紙に書いておトイレとベッドルームの横の壁に貼ってた!トイレの壁にも貼ってね、また指が動くようになって、自由に動くようになる。とかね。また人前でコンサートしてみんなの笑顔を見れるようになるとか。書いてた!
志村:そうかーーーーー。
西川:そうしたらね、今叶ったよ全部。7本指だけど。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

西川:あのう、自分の経験で言うと、5本しか動かない!とか思ってた時はね、もう泣いてばかりいた。そう、だけどね、考え方が変わったのある日!待って、5本も!動くんだと。逆にね、10本指でパーッと弾いた時は何も気づきもしなかったことにだんだんと、失うことによって指の本数とか脳力を失うことによって今まで見えてなかったことに対する気づきが増えたのね。
志村:そうかーーーー。
西川:今日のこの暗闇の中で喋ってると季世恵さんの声がどれだけ優しいかということがバイブで伝わってくる!
志村:え〜本当?
西川:僕も、もう口から生まれたかのように喋り続けてるんだけどね。
志村・西川:(笑)
西川:それでね、感謝をし始めたの。そしたらね、莫大な奇跡が雪だるま式に起こり始めたの!
志村:そうか〜〜〜〜。
西川:5本が6本、6本が7本って増えてきて、僕ジストニアにありがとうって言ったの。この病気に。
志村:病気に・・・!
西川:うん。ギフトだと思った、天からの。それで、なぜならこの病気がどれだけのことを気づかせてくれたか、どれだけの人たちと今日もそうだけど、僕を出会わせてくれたか。僕ね、障害者って言われたこの指がね、今翼になって世界中で交錯してるんだよ!(笑)
志村:わ〜〜すごいな〜〜〜〜。
西川:うん、この前回ってたのははニューヨークでしょ、その前はロンドンでしょ、シンガポール行ったでしょ、カナダ、色んなところでやってる。それでアメリカももちろんだし。
志村:そうだからなんか、そのそういうごうちゃんのピアノの音はね、みんなになにかすごい心に揺さぶらせるようななにかがあるんだよーーー!
西川:あったらいいなーーーー。僕、『栞』っていう映画がこの前あって、それでそこのサウンドトラックでピアノ1本で演奏させていただいたんですけども、そのバックグラウンド、裏話していいですか?
志村:教えて欲しい。
西川:あのね、それこそ壮絶な話で。実はその、「Winter」っていう曲を弾いてるんですね、あとでラジオでもこの番組でもかけていただければと思うんですけど、その曲を作ったアメリカ人なんだけど、18歳の天才作曲家が作ったのね。
志村:はい。
西川:彼、ミズーリ州。セントルイスって言ってアメリカの中西部、そこでピアノが上手で、作曲も上手で、テニスも上手で、まあ18歳のイケメン・・・だったんだけど、うつ病にかかっちゃったってね。重度のうつ病。それで、ずっと治療も受けてたんだけど治らなくて、酷くなっていったの。それでやっぱり暗くなるから、学校行ってもいじめにあうわけ。
志村:あーそっかーーー・・・・・・・。
西川:ね。僕いじめ問題とかもう大っ嫌いだけどね、そういう弱い者いじめするやつとかは。だけど、強い者は弱い者を守るべきだと僕は思ってるから。
志村:本当だ。
西川:それで彼はいじめを苦にしてね、自殺しちゃうんだよね・・・亡くなっちゃう・・・。それで、僕はこの人のことを全く知らなかったのね。けれども彼のお母さんのリサ・ピッカーって言うんですけど。亡くなった彼の名前はリアム・ピッカーって言うんですけど。リアムが亡くなる前に「Winter」って曲を書き残してるんですよ、実を言うと。
志村:うん。
西川:美しいピアノ曲を書き残してて、彼の死をお母さんのリサが、日本人のピアニストにこれを弾いて欲しいと思ったんだって。
志村:日本人・・うんうん。
西川:なんかリアムの夢が日本に行くことだったらしくて。
志村:あーーーーそうーーーーー。
西川:ずっと死ぬ直前まで日本語を勉強してたんだって。でね、だから日本に行くのが夢だったってことで、日本人のピアニストに弾いて欲しいと思って検索エンジンに「Japanese」日本人、「Pianist」で、あと何よりうつとの戦いだったから平和が欲しくて、「Peace」って検索したんだって。僕ちょうどその時にハーモニー・フォー・ピース財団っていうのでピースアンバサダー、平和大使だったのね、フィラデルフィアとニューヨークを拠点にやってたのね。だから、ぴったりあっちゃったわけよ・・・。それで、ハーモニー・フォー・ピース財団の方からこういう話があって、この曲をきみが弾いてあげてくれないかって言われたの!でもね!正直言わせてもらってね、嫌だったんだよね・・・!だって重いし、怖いし、そんな自殺した人のやだ!って思ったの。正直ね。けど、ニューヨークという大都会の中にいる僕に、しかも日本で生まれて地球の反対から来た僕が、ニューヨークという何千万人も人が住んでる土地の中にいて、1600キロ離れたセントルイスのミズーリから、一発で僕に「この曲を弾いて」って頼まれる確率ってもう天文学的数字だよね。
志村:本当だねーーーーー・・・!
西川:だから考え直して、これもご縁だと思って、喜んで弾かせていただくことにしたの。楽譜送ってもらったんですね。そしたらね、家で、ニューヨークのマンションの家で弾いてたら、リアムの「Winter」をね、そしたら美しくて、悲しいけど美しい曲なんですよ。でね、僕あーダメだと。僕今やってることはただ単に印刷された音符を弾いてるだけだと。この子のことをもっと知りたいと思って、次の週セントルイスに飛行機で行って来たんですよ。
志村:は〜〜直接・・!うんうん!
西川:直接行って来たの!でお墓参りして、なんか僕を選んでくれてありがとうございましたって言って、彼の生前過ごしたお家に行ったんですね。そして彼の部屋に行っていいですか?って言ったら。2階の寝室だった彼の部屋に行って、そしたらね、僕ホテル取ってたんだけど、ふと思ったの。今日僕ここに泊まんなきゃと思ったの急に・・・!なんでそう思ったかって、リアムの一生を過ごしたこの部屋で僕も過ごすことによって、彼が感じたものを僕が感じられるわけでしょ?体感できるわけでしょ?
志村:そうだね。
西川:でしょ、何よりもね、窓の外に、ちょうど11月の冬だったんですけど、「Winter」・・・冬の景色が広がってるのその部屋からね・・・!
志村:あーそっかーーーー。
西川:だから、リサに、申し訳ないけどここで一晩泊まっていい?って聞いたら、分かったわって言って泊まらせてくれたのね。で、それでニューヨークに帰って曲を仕上げ、それでその年の冬にカーネギーホールの大ホールで、彼の曲を演奏して、それからずっと日本中、北海道から沖縄までこの2年間彼の曲を弾き続けてるのね。そうすると一緒に旅できるじゃんと思って。
志村:そうだね、大好きな日本・・・・・・!
西川:大好きって行きたかった日本で。そうこうしてるうちに去年『栞』という映画の主題歌で、それが抜擢されて、演奏させてもらったっていう・・・なんか不思議なことが・・これも7本指になってなかったらそんな平和大使なんてやってなかったし。
志村:そうかーーー。そのリアムさんと、ごうちゃんが、まあ肉体通しては会ってないかもしれないけど、
西川:そうなの!時間と空間は超越してね!
志村:そうでもきっとそこでなにか対話があったんだよね・・・!
西川:そう。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

志村:もう今全ての話を聞いて、私はすごい本当になんかねー・・・たくさんのギフトをいただいたなって思ったの。
西川:ありがとう。
志村:ごうちゃんからも、そのリアムさんからも、ごうちゃんの先生からも・・・。
西川:ねーーー!
志村:すごくいっぱいギフトいただいたなって思ったの。
西川:僕もいただいたありがとう。
志村:日本を超えて、すごく世界って素敵だなーって思えたし、なんか、でももう1つだけ・・・
西川:うん。
志村:あのね、この番組聴いてくださてる方が、明日朝起きた時に、ハッピーになるように、朝目が覚めて起きていいぞーっと思えるような、そんなメッセージをごうちゃんから・・・
西川:僕やることがあるの。
志村:うん!教えて!
西川:僕の場合は、たくさんの笑顔が見れますようにとか、1人でも多くの人を幸せにできますようにって祈ることが多い。今日もそうやって朝実は祈って来た。
志村:そうか〜〜。
西川:僕はそれは自分の幸せだからそれでいいんだけど、もしかしたらそうじゃない人は、美味しいものが明日スーパーでめっちゃ安いものが手に入りますようにとか、職場の超仲悪い人とかがもしいたとしても、その人にも必ずいいところはあるはずだから、そこを見つけたらその人に口に出して伝えてあげるとかして、なんか、いいこと?楽しいことをわくわくしながら考えて、ありがとうって言って寝るの・・・!(笑)そしたら次の朝ね、なんか知らないけど楽しく起きる。
志村:いいねーー。うん。
西川:口に出すって大切。
志村:そうかーー。眠る前に。
西川:うん!そう。1個だけ最後ね、朝のね、もう都会のね、例えば僕ニューヨークって、どんなにガラの悪いヤンキーみたい・・・ヤンキーって言う?今でも。
志村:言う。
西川:みたいなね、若い子たちでもね、地下鉄とかでボンッて肩が当たるでしょ?そしたらExcuse me!I’m sorry about that!って言って、バッて当たるとExcuse me!って!失礼!って。必ず失礼!ってやるんだよ。絶対に言うの!
志村:あーーそうーー!
西川:ボンッて当たって絶対に無視しないのね。どんなに悪ガキでも!でもね、日本きてさ、大阪も東京もそうだけど、山手線とか乗ってるとさ、ラッシュアワーに、ボンッて人の肩当たったおやじとかさ、ごめんねも何も言わないじゃん。走って。
志村:うんそうだねーーー。
西川:なんだこのくそおやじ!って何度も思ってたのね。でもね!(笑)違うことを思いついたのー!!面白いこと!!
志村:うん!!
西川:嘘か誠かね、人と人が会う確率って、1兆4千億分の1っていうなんか分かんないけど方程式があるみたいなんだよね。嘘か誠か分かんないけど!約1兆4千億分の1。そしたらね、それを知ってからボンッて当たってくそ!!って思ってたのが、当たった瞬間に、「これも1兆4千億分の1の確率でこのおやじと当たったんだ〜!」と思ったら、それも一期一会だ・・・と思って、今までくそおやじ!と思ったおやじをなんか愛おしく思って、「お元気で〜〜〜・・・!」って思って!
志村・西川:(笑)
西川:あ、これも、彼も一生懸命生きてるんだなって思って、そう考えるとね、当たってもムカつくことがなくなった。そうやって毎日を自分で楽しくしていけばいいんじゃない。
志村:そう思う!私もね、満員電車乗る時にね、もう絶対乗れない時あるでしょ!ギュウギュウすぎちゃって。でもね、「仲間に入れてください」って言うと。みなさん空けてくれるんだよ。
西川:あ、「仲間に入れてください」って言うんだ・・・!
志村:うん。
西川:すごーーーい!
志村:もうちょっと明るく!「仲間に入れてくださ〜〜〜い!」とか言って。そうすると、みんな頑張ってちょっとずつちょっとずつ、
西川:そうだよね〜〜〜!!ギュギュってやるよりもね!
志村:そう!それで、ありがとうございます!って入っていくと、誰かがね、「仲間ですから」って言ってくれたの・・・。
西川:・・・うわ〜〜〜お。
志村:だからやっぱりね、伝えるのって大切だと思うの。
西川:なんか・・最後に持って行かれた・・・。
志村:持って行かれちゃった!?
西川:さすが〜!さすがです!
志村:え〜本当?いやいや、でも私はね、1兆4千億分の1知らなかったもん。今度ぶつかったら、
西川:ね?
志村:チッと思わないで、
西川:1兆4千億分の1!!お元気で〜〜!って思って!(笑)
志村:お元気で〜〜!!(笑)
西川:そうそう!!ご縁がありましたね〜〜!って言って!
志村:本当だ、ちょっと痛かったけどご縁があったと思って。それいいな〜〜〜。
西川:うん。
志村:それいいななんか、自分が気持ちよくなるもんね。
西川:うん!縁がなければ当たりもしないもんね。
志村:本当だ!よし・・・!
西川:なんの話で終わるんだよねこれ!
志村:大事だもんね!あ、いいな〜〜こうやって、今日これを聴いてくださった方達も、1兆4千億分の1の出会いなんだ・・・!
西川:そう・・・!そう考えたら!僕もこのタイミングで出させていただき、本当にありがとうございました。
志村:いや〜〜、ありがとうございます。ごうちゃん握手してもいい?
西川:あいいよ!はい。ありがとうありがとう、ありがとうございました。
志村:ありがとうございました!
西川:ありがとうございます。



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