DIALOGUE RADIO -IN THE DARK-

日曜の深夜。全てのしがらみから離れて
本当に「独り」になっている特別な時間。
人は誰もが不安や悩みを持っているはず。
この番組は、自分の心と対話することの大切さを伝え、
明日への活力を求める人への応援メッセージを
発信するラジオ番組です。

EVERY SECOND SUNDAY

25:00-26:00 ON AIR

真っ暗闇の中で、心と対話する時間を。
志村 季世恵の写真

志村 季世恵

バースセラピスト

板井 麻衣子の写真

板井 麻衣子

J-WAVE NAVIGATOR

メッセージをいただいた方の中から毎月2名の方へ
ダイアログ関連本をプレゼント!

MESSAGE TO STUDIO

番組のオリジナルPodcast 配信中

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MESSAGE

人は他人と比較してしまう生き物だと思います。
人より、恵まれていると喜んだり、
人より、うまくいかないと落ち込んだり、
SNSが生まれたことで、自分を誰かと比較する機会も増えてきました。
そんな今だからこそ自分の心と対話する時間を大切にしたいと思います。
何をしたいのか、何が悩みなのか、何に希望を持つのか。
その積み重ねが幸せを感じる近道なのではないかと思います。
幸せは、自分の心の中にある。


2026.01.11
GUEST

第91回のゲストは、大山九八さんでした

 
〜 プレゼント 〜

番組初となる著書、
『暗闇ラジオ対話集-DIALOGUE RADIO IN THE DARK-』を
番組をお聴きの方の中から2名の方にプレゼントします。

ご希望の方は、この番組のサイトにある
【 MESSAGE TO STUDIO 】の欄から
番組の感想をお書き添えの上、ご応募ください。


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DIALOGUE

志村:こんばんは。
大山:どうもこんばんは。大山九八です。よろしくお願いいたします。
志村:私、今日は暗闇の中で「九八」と…?
大山:どうぞお呼びください。
志村:さん付けじゃなくて九八で。
大山:結構です。学校でも生徒に九八と呼ばせてましたから。
志村:そうでしたか。私は今日は「季世恵」でお願いいたします。
大山:はい、呼ばせていただきます。
志村:はい。あのう、ご職業をお聞きしたいんですけど。
大山:大学出て23歳から66歳まで、茨城県の高等学校の書道教師をしてました。
志村:はい。学校の先生をしていらっしゃった。そして私が初めて九八と出会わせていただいたときは、書の方で「書人(しょじん)」っておっしゃってましたよね。
大山:はい。ですから66歳で退職してこの10年、書人として生きています。
志村:書人って私初めて伺った言葉だったんですけど。
大山:ほとんど使っている人は誰もいません。
志村:書家はよくお聞きしますが、どうして書人だったんですか?
大山:やっぱり団体とか、つるまないっていうかね。孤高じゃないけど一人で生きるってことを19歳で決めましたので、まああのグループでやることはありますけど、そういうものに頼らないで一応自分一人で生きると。ただ大谷さんもね、ドジャースの大谷翔平さん、あの人もチームプレーですから向こうはね、でもやっぱり一人で相当練習も誰よりも早く来てやっているっていうのもみんなさんチームメイトが認めているので、やっぱりあの人も野球人で多分ドジャースの一員だけど、本当に大谷将平個人、野人と言うべきなのかね、野球の人だから、分かりませんけど。
志村:あー、なるほど。で、そんなことを表現するときに、書人を選ばれたわけですよね。
大山:そうです。
志村:はい、私は茨城県の牛久の現美?現代美術展にお邪魔したときに、九八の作品とお会いして、もうその作品を拝見したときにびっくりしたというか感動というか、衝撃だったんです。
大山:ありがとうございます。それは嬉しいです。
志村:それこそ「孤高」と書いてありました。
大山:はい、そうです。
志村:その孤高という字が、本当にね、人が立っているみたいな字にも見えましたし。
大山:あれは漢字には5つの書体があるんですね。一番古いハンコに用いられるのが「篆書(てんしょ)」。その次、漢の時代の「隷書(れいしょ)」。隷書の早書きでできたのが「草書(そうしょ)」という、世間で言うと崩し字というやつですね。ですから今回の孤高は草書で書いてあります。
志村:ああ、そうですか。
大山:ですから下の字は高等学校の高ですけど、普通の高と違ったと思いますね。
志村:そうなんですよ。それで人が立っているような感じだなと思って、九八さんが立っているお姿にも似ている感じがしたし、なんかその立ってるなって思ったんです。だけどよく見るとそういう感じとちょっと違うところもあったりなんかして、すごくこう、私素人なんですよ、全く書は知らないんですけど、その文字を見た時に、一人の人が一人の人として立ってるなって思って、その孤高という字と文字の形が心に入ってきたんです。
大山:そう見ていただいたんなら本当に嬉しいですね。
志村:ありがとうございます。
大山:書は平面の芸術なんですけど、やっぱり平面の中で立体の仕事をしなきゃいけないと私は常々思っていますので、季世恵さんにそういうふうに思ってもらったというのは、まあ一応自分でやってきたことが少し通じたのかなって、通じてもらえたのかなととても思っています。
志村:ありがとうございます。
大山:ありがたいことです。
志村:そしてそこでお聞きしたんですね。この孤高はどういうふうなものですか?ってお聞きした時に、これは大谷さんの以前にお辛い思いをした時の。
大山:はいそうです。その時のテレビの放送で「Solitude」っていう英語が出たんですね。その時Solitudeって意味わかりませんから英語の辞書で調べたら孤高とあって、じゃあこれを牛久の現美30周年だから、大谷さんだし文句ないなと思って書こうと思って温めてて、あれは7月頃に書いたんですね。
志村:あー、そうでしたか。そう、そしてその時の、まあ今はね、また回復なされたと思うんですけど、当時のその辛い状態に陥った時に、きっとこの字を大谷さんがご覧になったら、どれほど勇気付けられたことかと思ったんですね。
大山:いや、大谷さんはもっともっと強い人だから、でももし大谷さんが私の字を見る機会があったら、何て言ってもらえるかっていうのはちょっと楽しみですね。
志村:はい、私は勇気付けられたんです。なぜかというと、なんかそのニュースやテレビを見て、あ、孤独な状態になったろうなっていうふうに思った時に、孤高ってなっていて、孤独からまた一歩上がった孤高なんですけど、その孤高の状態である人のことを作品に選んで書くっていうのってもうエールそのものだと思ったんですね。
大山:ああ、そうですか、私は大谷さんにとにかくすべてすごいなと思って感動してるので。
志村:はい、そう、そこにまた私が見たことがない印が押してあって、あれはすみません、ラジオをお聴きになっている方たちには、書のことが私も含めてわからない方がたくさんいると思うんですけど。
大山:一応「落款印(らっかんいん)」って言います。名前のことを落款って言ってね、そこに押し印を落款印と言って、私は九八ですからこの間は九八という印を押してあります。で、頭の方に「引首印(いんしゅいん)」ということで、首を引く印と書いて引首印。一つの作品に頭の方に一つ押したり、落款印を押したりして、一つの形式としてやっています。それはちゃんと書の伝統を守ってやっています。
志村:でそのところに落款印がとても私は目に惹かれて、こんな落款印見たことがないと思ったんですね。
大山:私は人がやってるような印じゃない印をやっぱり目指しています。生意気ですけど。
志村:あー、なるほど。でお聞きすると、たくさんの落款印を作りになってるっていうことでしたよね。
大山:私は大学時代から印を彫って約55年ぐらいで、1400〜1500彫ってきていますので、 1年に20個以上、平均すると彫っているという計算になります。
志村:すごいです。先ほど落款印のご本を拝見したときに、デザインが全部違っていて、そしてその孤高という字があった墨とまた違った薄い薄墨で書かれているものがあって。
大山:そちらがSolitudeで英語の方ですね。どちらも大谷さんの球にバットが当たるときの強烈なバーンという音をね、ちょっと紙と筆で、紙の上に墨を飛ばして表現してみました。
志村:飛んでました本当に。
大山:はい。
志村:それが完成されたときに、どんなお気持ちだったんですか?
大山:まあやったと思うときと、もうちょっとこうだったなっていうね。ただ100点満点は書の場合はないので、私は80点以上を100点と解釈してます。数学や算数の世界では80イコール100は成り立たないんだけども、書は100点というのはまずないんですね。ここがよくできれば、例えば人間の体で言えば頭はよくできたけど足が失敗した。頭はよくできたけど足が失敗しちゃった。書は舞台芸術と一緒だと思うんですよね。お客さんの前で演者が飛ばしちゃっただろうが上手く演じようが、直せないんですね、間違っても。あと締め切りがありますから、締め切りまででできたものが最高の作品なのかなと思っています。
志村:うーん。そのお話をこの前の現美のときに伺って、このお話をお聞きしたら皆さんホッとするだろうなと思ったんですよね。
大山:まあ人間ね、完璧はないですからね。
志村:はい、本当に。
大山:だから失敗は成功であり、成功は失敗でもあるという繰り返しですよね。
志村:本当に、それでいいんだなって思えることって大切だなと思ったんです。
大山:だって毎日の生活だって毎日成功してるわけじゃないですもんね。
志村:確かに本当にそうですね。
大山:いい日もあればダメな日もあって、明日こそはと思っても明日もダメだったり、全く人生っていうのは思うようにならない。でも不連続の連続なんですよね。
志村:あー、そっか、本当に。

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志村:そう、そんなお話をね、1月にお聞きできると、なんかいい人生になるんじゃないかなみたいな。今年はなんか、なるほどって、肩ひじを張らなくって。
大山:今年は午年ですからね、ぴょんぴょん跳ねられればね。
志村:はい、いいですよね〜。そう思ったんです。
大山:人生ね、「塞翁が馬(さいおうがうま)」ですから。
志村:あー、確かに。
大山:あざなえる縄の如しで。
志村:本当にそうです。
大山:ことわざのようにね、馬が来たんで馬に乗ったら、馬から落ちて足がダメになって、ダメになったから戦争に行かなくて済んで命が長らえたっていうのが、塞翁が馬の話ですね。
志村:そうでしたね〜。そう、なので何が災いして、
大山:そうですね、何がいいかどうかわかりません。
志村:はい、本当に。
大山:と思いますね。76年生きてると、本当に私も落ち込んでる時期もいっぱいありましたし、ちょっと日が当たったようなこともありますし、いろいろですね。
志村:それが大事なんですよね。そもそもは、九八が書と出会ったのはいつ頃からだったんですか?
大山:小学校2年の12月、母親が無学だったもんですから、私を書道塾、習字の塾に入れたんですね。そしたらやっぱりそれがハマって、私は字を書くことが好きだったんですね。幼稚園の時に昔のバスね、昔は道路が舗装されてませんので、砂利道なので雨の後バスなんかの側面が泥だらけなんですね。そこに私は漢字を書くのが、なんか子供の頃やって、周りで褒められたのが文字を好きになった動機ですね、幼稚園の時。
志村:ああ、そうだったんですか。
大山:それがたぶんきっかけで、それあたりからずっと好きだっていうのは心の中で像性されていったんだと思いますね。
志村:それをお母様がご覧になって、あ、習字のって…
大山:そう、塾に入れて、そこでまあ必死にやって、好きだったからね、まあずっと続けてきたということです。8歳からですからもう初めて筆を持ってから70年ですかね、約ね。
志村:70年。
大山:約ね、今76歳ですから。
志村:はい。普段、例えば墨をすっている時とか、筆を持つ時とかって、なにかこう、私は意外と正しい姿勢をとらなきゃいけないとか、そんな風にいつも思ったんですけど。
大山:塾ではそうしますよね、姿勢を。でも姿勢を良くしてたってダメなんですよ。姿勢が悪くたって、私は姿勢が悪いから、自分で悪いから生徒にもあんまり姿勢のことは言わないんですけど、でもこれ姿勢を良くした方が良く書ける人もいれば、姿勢が悪くて少し左にかがんだ方がいい作品を描けたり、いろいろだと思うんで。これもやっぱり野球のバッティングのフォームと同じで、いろいろでいいと思うんですよね。
志村:あ、そうなんですね。
大山:その方が自然ですよね。やっぱり形っていうのは自然が一番だと思います。体つきって人それぞれ違いますから、やっぱりその人の一番いい形がベストなんでしょうよね。
志村:なのでこうしなきゃいけないんだというふうな、自分の中でのねばならないが結構あったりしたんですよ、私の場合。
大山:そういうのはないんですよね。ただ世間は、ねばならないが多くて、学校の先生は生徒を型にはめようとするのは、やっぱりある意味で欠点じゃないでしょうかね。自分も若い時はちょっとそういう気味がありました。
志村:いつ頃からそれが取れたんですか?
大山:2〜3年経ってからですね。なぜならば教員になって1年目に、自分はちゃんとしてこんなにいい教員いないと思って、生徒に1年間の反省を書いてもらったら、私は先生のおかげで習字というか書道が嫌いになりましたって、一番上手い女の子に書かれてしまったのが、1年目で大ショックだったんですよ。それから少し考えて、ただ鍛えるだけがいいっていうもんじゃないんだなっていうことかな、に気がつき始めて、今は人それぞれのタイプで指導するようになりましたね。だから今はその生徒に感謝ですね。
志村:じゃあそのあたりから先生という考え方がお変わりになって…
大山:そうですね、だからやっぱり教えることは学ぶことで、やっぱりただ先生は大学で学んだからそれでいいんじゃなくて、教えれば教えるほど毎年自分も学び直してプラスしていかないとダメなんですよね。だから僕は生徒に言うのは、池、池ね、池だと水がたまってて流れないじゃないですか。そうすると水はよどんじゃうんですよね。だから少し水を流して新しい水が入れば水が澄むじゃないですか。だから濁りはダメだなと思って。ですから僕は春休みとか夏休みは再度勉強し直して、常に分かっていることでも再度読み直すと、以前分かっていないことがより分かったり、立ち位置がよりはっきりしますね、先ほどの暗闇で歩いているときに杖でトントン叩いたりね、脇の方やってみたりなんですけど、やっぱりそれ、杖みたいなものを自分に与えて、それに頼りながらきっと歩むっていうことなんだろうね、学び直すっていうことはね。
志村:うーん、それはもしかすると先生だけではなくて、みんなそれは本当はありますよね。
大山:そう、だから大学でも何でも、いい先生っていうのはそういうことの戦いを自分に厳しくやられている先生が、医者でも何でも名医なんだろうと思いますね。
志村:それは大人になっても、子どものうちからも、やっぱり学び直しとかっていうのがいろんなシーンでありますよね。振り返ってみて、本当に。
大山:そうですね。どの分野でも一緒だろうと思いますよね。
志村:それをこう、やれる、なんだろうな、ある意味で勇気かもしれませんけど、それができるとやっぱりまた変わってくるでしょうね。
大山:そうですね、やっぱり分かっていたと思うことが軽くしか分かってないんで、学び直すとよりどんどんどんどん緻密っていうか、濃くなっていくんだろうね。
志村:そうだ、本当だ、深まっていくし濃くなっていって…。
大山:そういう意味で言うとこの暗闇って漆黒で、中国の人で蔡国強(さいこっきょう)っていう美術家がいるんですね。
志村:蔡国強、はい。
大山:蔡っていうのは草冠に祭りという字で蔡。で、国ね、で、強いで、蔡国強っていう人がいて、この人が世界の電気を全部消したいって言ったんですね。
志村:へー…!
大山:この状態ですよね。で、最初それを聞いたとき、えーそんなこと、その発想に驚いたんですね、その人の本を読んだときね。でもできないだろうけども、そういう発想を言えるっていうことは、やっぱり蔡国強さんは何かの影響でそういう頭の中で、きっと、そういうことが言えたんだろうなぁと思って、いまだに不思議なんですよ、私は。で、今回このラジオの話を聞いたときに、まず蔡国強さんの世界の電気を全部消してみたいって言ったこととちょっとリンクしたっていうかイコールだったので、もう一回考えてみたんですけど未だに答えは見つかってません。
志村:なるほど。
大山:はい。

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志村:書と出会って、そしてご自身の人生の中で書とともにおありになっている、生き方とともに、それは軸はずっと変わらないで…
大山:おかげさまでね、なんか自分が最初考えたもの、ぶれないで自分の道を貫けたのも亡くなった妻が全部支えてくれたので、私の好きなように生きさせてくれたおかげでもあるのかもしれませんね。
志村:そうだったんですね。
大山:で、私はほら、師匠はいるんですけど、師匠のとこ飛び出して30歳で個展やったりしたとき、誰にも作品を見てもらえないので、選べないとき妻にどっちがいい?って聞くともうだんだん分かってて、私がいいと思うことを彼女がもうだいたい分かってたんですね。こっちって言われて、だからそれ以上なんでだってことは聞かないで、あやっぱりっていうことで、まあだから妻がいい理解者であったっていうのが、私が上手く長くやれたことでもあるんですよね。
志村:うーん。ご自身のことを理解している方がいるって素敵なことですね。そうか、大谷さんもきっと奥様が一番の理解者なんでしょうね。
大山:と思いますね。
志村:そう、やっぱり理解してもらえるっていいですね。
大山:やっぱり一番近いところの人がちゃんと理解してないと、どの世界でもきっと成功しないのかなと思いますよね。それが妻であろうと弟子であろうと先輩であろうと、立場は変わってもね、誰かが側にはいるのかなと思ってます。
志村:確かにそうかもしれない。今って自分の文字を書くことが少なくなってきてますよね。学校に行ってるとある程度ノート書くとかありますけど、だんだん大人になると字を書くチャンスが消えてきている。
大山:そうですね、今パソコンとかで全部打っちゃうのでね。だからますますやっぱり手書きの文字の良さっていうのを分かってもらえればいいなと思ってるんですけど。
志村:それはやっぱり、私も字を書くのって嫌いではないんですね。たまたま昨日も自治体の家の回覧板を回すときに、お手紙を書くことになってですね、これはパソコンで打つのは簡単なんですけど、でもやっぱり新年のご挨拶を含めたことだったので、文字で書いたんです、縦字で書いて。
大山:偉いです。その勇気が大したもんです。
志村:本当ですか…(笑)
大山:上手い下手じゃないんですよね。心を込めて書くのが一番なんで。皆さんは書家の生活じゃないんだから、一生懸命書いて分かりやすく書けば、それがベストですよ。
志村:うーん。
大山:だから本当はもう少し皆さんに自分の字をね、上手い下手とかじゃなくて、堂々と書いてもらえれば一番いいんだろうと思ってるんですけど。
志村:はい、今少し勇気の出る言葉をいただきましたけど、その上手い下手じゃなくて書くのがいいんだよっていうふうに。
大山:そうなんですよ。やっぱり皆さんはなんか上手いって言われないと恥だって思っちゃうところがね、書の場合は多いんですよね。上手い下手ってまったく、上手い下手を超えたところのものですからね、すべて。人間だってそうじゃないですか。例えば顔、形、容姿だって、女優が一番綺麗だとすれば、後の人はみんなそれよりは綺麗さという点では落ちるかもしれないけど、女優の人よりも心が素晴らしい人がいっぱいいるかもしれないんで。だからどこでいい悪い決めるかはまた別の問題ですからね。
志村:そうですよね〜。で、日本人がお正月にね、今でも書き初めってありますよね。その時になにか自分の願いを叶えるためとかってありますけど、ああいう文化って残ったらいいなと思ってるんですね。
大山:どんどんそれはやってください。正月だけでも一年の目標でも何でも書いて、それを上手い下手関係なく、玄関とか応接間とかそういうところに貼っておくと、まあ少しは文化的な生活で心を豊かにしてくれるんじゃないでしょうか。
志村:そうか、やはり文化的なものがあると豊かさになっていって。
大山:と、思いますけどね。反省もするじゃないですか、あそこもう少しこう書きたかったとか、そうするとまたもう一回書こうとか何かして、やっぱり深まっていくというチャンスというかね、それを書きっぱなしで畳んでふすまの中にでも入れちゃったら、反省も何にもないんですよね。だから私はよく自分のものを書いたら、一年に一回は表具して額に入れて部屋に貼りましょうって、弟子の皆さんには言ってます。
志村:そうなんですね、いいですね。暗闇の中で、お正月の時には書き初めをする時があるんです。
大山:ああ、やってみて面白いですね。
志村:はい。
大山:今年私も後でやってみようかなと思ってます。
志村:あ、いいですね。そうすると、のびのびとお書きになる方が多いので。
大山:見えてるとやっぱり枠の中に書かなきゃいけないって意識があるけど、見えないと入れようと思っても自然にはみ出して、その自然にはみ出しちゃったのがまたいい味を、漆黒の世界から出て見てみると、またそれがいい味で素晴らしい作品かもしれないですよね。
志村:本当にそうですね。
大山:私もやったことないので、今年はやってみようかなと思ってます。
志村:ぜひともぜひとも。そうするとなんだか自分の字が好きになったっていう風に。
大山:それが一番でしょうね。やっぱりあとは自分を好きになるっていうか、私も自分が偏屈なので、一時期自分に嫌気がさした時代もありますけど、今はこの偏屈な自分を好きになってますね。
志村:いいですね。それはいつ頃にそういう風に思えたんですか?
大山:45、6歳の頃かな。
志村:ああ、その頃に。
大山:一つなんかこう、見えるようになったんですね。そんなこと言ったらちょっと傲慢なんですけど。だから人の作品は欠点ばっかり見えたりしてね。人のは見えても自分のは見えないんですね。自分の背中と同じで見えないんですよね。それがまあ大学卒業して20数年やってきて、神様が少し授けてくれたことなのかもしれないですよね。
志村:うーん。そうか、その頃に欠点ばかり見えていたことが、そこから変化があったんですね。
大山:そうですね、少しずつ見えて、でも見えたからって自分がその通りは絶対できないんですね。これ易経(えききょう)って…ご存知ですか?中国の占いね。あれは自分のことを占っちゃいけないんですよ。
志村:あー、そう聞きますね。
大山:易はね、半分はいいこと書いてあって、半分は悪いこと書いてあるんですよ。だから自分のことだったらいい方にとっちゃうから、自分のことを占っちゃいけないって。
志村:あ、そういうことでなんですね〜。
大山:そうなんですね。だから私は23歳から30歳まで易経を8年ぐらいグループで読んだんですよ。全部江戸時代の木活字本でね、ある人に誘われて。今思うとその8年間は苦しかったけど、いい勉強させてもらったなと思ってます。
志村:そうですか。いろんなきっと、深いものだったんですね。
大山:はい、易はやっぱり人生の予算みたいなの書いてあるので、だから今どきもっともっと易をいろんな人に読んでもらった方が、きっと日本の国も良くなるかもしれませんね。志村:易学と言いますもんね。そうなんですね。いや、全然きっと初めて易学、易経をお聞きになる方もいらっしゃるかもしれないんですけど、かいつまんでちょっとご説明いただいてもいいですか?
大山:64の掛があるんですよ。それぞれで、さっき言ったように一つの掛の中で半分はいいことが書いてあって、半分は悪いことが書いてある。だからもし占ってもらいたい人は、自分の将来なのかどうなのかというのを聞けば、1項から6項まであって、例えば1項が10代で、2項目が20代ってあれば、60代までこうなりますよね。そうすると60代に悪いことが書いてあれば、あなた今までは良かったけどこれからは気をつけなさいということになるわけですよね。
志村:アドバイスがあるわけですね。
大山:はい、そういうアドバイス。占いにすがる人はなにか良いことを言ってほしいと思ってすがるんでしょうから、ダメだということを言うんじゃなくて、あなたは今まで良かったけどこれからちょっと大変ですから、気をつけて生活しましょうと言えば悪くはならないもんね。
志村:気をつけますもんね。
大山:あー、そうですそうです、そういうことだと思います。
志村:捉え方を変えていくことができるんですね。
大山:そうです、そこなんですね、その通りですよ、捉え方なんです。どう捉えるかということだと思います。
志村:そうか、それによって九八は、ご自身の中の…
大山:まあ結局そうなんですね。頼るものは自分しかいないので、努力していくしかないなというので、まあコツコツ努力はしてきましたね。
志村:きっと一つのことに対して向き合ってずっとずっとそれを極めていく中には、いろんなものがあって、それをご自身に取り入れたりとかいろんなことをなさっていて、今の九八になったわけですよね。
大山:そうですね、やっぱり書は筆で書くと真っ黒ですよ、この漆黒の世界ですよ、黒の世界。で、だいたい初心者の時は書いた文字のことしか頭にないんですね。でもそこの余白というのがあって、白い書かないところ。だから初心者は書くことで毎回下手かそこばっかりやって、私もそうでした。でもだんだんある時から、書かないところの余白を気になるようにならないと、やっぱり我々書人は本物ではないのかなと最近は思っています。
志村:余白って大事ですね〜。なんか人生にも余白大事ですもんね。
大山:そうですね、余白の白ですよね。

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志村:なんかこう、日本の古くからある文化の中にも、余白って伝統的なものにもたくさんいますよね。
大山:だからその余白っていうのは床の間でもあるかもしれませんね。
志村:ありますね、本当に。
大山:今の家には床の間がないから、だからやっぱりそういう無駄な空間って言っちゃおかしいんですけど、やっぱり床の間に絵を一幅とか書を一幅かけて楽しむという余裕みたいなのも余白なんでしょう、きっとね、人生のね。
志村:うーん。よく私子供の頃に、今はもう母はいないですけど、朝起きて学校行くまでに必ずお茶を一杯飲みなさいって言われて、余白の時間で、これがあるとあなたは、まあ私は好きな言葉ではなかったんですけど、恥をかかなくて済むんだよって言われたんです。昔の言葉ですね。でもそれは捉え直すと、恥というよりは落ち着けるよってことだったんだろうと思うんですけど。
大山:あー、なるほどね。私はなんか母親に言われたのは、よく手のひらを3回舐めなさいって言われました、子供の時に。
志村:あー、確かに、人を書いたり舐めるのありますよね。
大山:やっぱりそういう、なんていうのかな、迷信なんだけども、やっぱりそういうのも一つの文化ですよね。馬鹿にできないですよ。本当にそれで心が落ち着けば、それは最高ですもんね、何の薬よりもね。
志村:確かに。そういうふうなことが一年の始まりにあると、余白のようなものがあると。
大山:そうでしょうね、一年の計は元旦にありって言うじゃないですか、ね、元旦にありと。
志村:いいですね。70数年、こうやって書と共に生きられてきて、そして毎年お正月、1月に思われることって、毎回違うんですか?
大山:それはそうですよね。今年はこういうのをやろうとかって思って、実現できる時もあれば、全くできない時もあれば、まあできないことの方が多いですよね。そんなに自分の思い通りに人生行きませんので、だからトータルでまあ死ぬまでにやりたいというものが少しでもできれば、10個あれば1個でも2個でもやれればいいのかなって思ってますね。だから今私は、教員時代に書いてきた文章で1冊本を出したんですね。で、印の本も出したので、これからちょっと1年か2年かけて今までの作品の作品集をね、最後に、最後にっていうかもう1つ作れば、一応これで3部作。これ今、最後の目標なんですけど。
志村:すごいですねー。文章のご本、私まだ配読してないんですけど、これからぜひとも読ませていただきたいです。印のご本は本当にもう飽きがこない。ずーっと見ていられる楽しくて。
大山:ありがとうございます。
志村:楽しいって言っちゃいけないのかもしれないんですけど。
大山:いいんですそれで。気持ち悪くさえならなければいいんじゃないでしょうか(笑)
志村:いやいや、本当にね、こんなにたくさんの印を、もう先ほどお話ししましたけど、どういう時にどうやってお作りになったのかわからないけど面白くて。
大山:ある時ね、ちょうど娘が高校3年の時に、ある大学に入りたいって言ったので、お百度参りできないので、じゃあ1日1個で100日で100個の印を掘ろうと思って、46歳の時やりました。
志村:あ、そうなんですか。
大山:娘が18歳ですから、その時ね。28歳の時の子供なので。で、ちょうどそのとき修学旅行に行った先でも1個掘ってました、夜。
志村:あ、生徒さん連れて修学旅行に行って、引率なさったときに。
大山:はい、ちゃんと全部、石に字を書いてって、当日は荒彫りするだけにしてね、仕上げはしませんけどとりあえず。だから逆に言うと、やっぱりそうやって子供のために掘らせてもらって、100個の印、そういうので完成できたっていう。だから子供のために掘ったんだけど、結局は自分のためになってるんですね。
志村:そういうものですよね。
大山:意外とそうだと思います。
志村:うーんこれも深いお話ですね。
大山:はい。
志村:今年はまた新しい年、どんな年になるかわからないけど。
大山:1年間頑張って、いい1年だったと言えるようにしたいと思います。人それぞれ、その日その日によって違うと思いますけど、まあ明日にやっぱりかけたいですよね。漆黒から抜けて輝ける、明日は白の日です。私書道なんで、黒が染みで、白が余白なので、余白にかけて、あなたの明日は白色です。自分の色で染めてくださいって感じですね。あれなんですよね、こうだってものはないんですよね。あるようでないっていうものが、やっぱり私がやってる書の世界でもあるし、世の中もそうなのかなと思いますね。
志村:あるようでない。
大山:はい。で、だいたい連続してるけども、不連続の連続なんですよね。
志村:確かにそうですね。
大山:だっていい日ばっかりないもんね。
志村:本当に。それがあってのことですもんね。
大山:はい。
志村:ありがとうございました。
大山:ありがとうございました。



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