DIALOGUE RADIO -IN THE DARK-

日曜の深夜。全てのしがらみから離れて
本当に「独り」になっている特別な時間。
人は誰もが不安や悩みを持っているはず。
この番組は、自分の心と対話することの大切さを伝え、
明日への活力を求める人への応援メッセージを
発信するラジオ番組です。

EVERY SECOND SUNDAY

25:00-26:00 ON AIR

真っ暗闇の中で、心と対話する時間を。
志村 季世恵の写真

志村 季世恵

バースセラピスト

板井 麻衣子の写真

板井 麻衣子

J-WAVE NAVIGATOR

メッセージをいただいた方の中から毎月2名の方へ
ダイアログ関連本をプレゼント!

MESSAGE TO STUDIO

番組のオリジナルPodcast 配信中

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MESSAGE

人は他人と比較してしまう生き物だと思います。
人より、恵まれていると喜んだり、
人より、うまくいかないと落ち込んだり、
SNSが生まれたことで、自分を誰かと比較する機会も増えてきました。
そんな今だからこそ自分の心と対話する時間を大切にしたいと思います。
何をしたいのか、何が悩みなのか、何に希望を持つのか。
その積み重ねが幸せを感じる近道なのではないかと思います。
幸せは、自分の心の中にある。


2026.03.08
GUEST

第93回のゲストは、高橋ゆきさんでした

 
〜 今月のプレゼント 〜

ダイアログ・イン・ザ・ダークを主宰する
志村季世恵さんの著書
『エールは消えない いのちをめぐる5つの物語』を
番組をお聴きの方の中から2名の方にプレゼントします。

ご希望の方は、この番組のサイトにある
「MESSAGE TO STUDIO」の欄から
番組の感想をお書き添えの上、ご応募ください。


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DIALOGUE

志村:ゆっきー、こんばんは。
高橋:こんばんは。
志村:ようこそ暗闇へ。
高橋:ありがとうございます。
志村:夜中の暗闇いかがですか?
高橋:本当に心が落ち着きます。
志村:本当?よかった。旅してきましたね、今日はね。
高橋:ね、とっても楽しかったー。
志村:よかった。今はどんな感覚を一番使ってますか?
高橋:今は全身が私。全身が私(笑)
志村:全身が私!なるほど〜。
高橋:なんか見ようとしない、感じる力?かな?
志村:全身がもうみんな丸々感じられてるんだね。
高橋:うん。
志村:全身が私っていいね。普段はどこを使ってるんだろうね?
高橋:ゆっきーはね、結構、前頭葉のあたりがゴニョゴニョするのね(笑)
志村:なるほど・・・!
高橋:そうだから、分かんないけど、別に触覚がついてるわけじゃないけど、なにか感じる時、この額の上の方というのかな?が、ゴニョゴニョゴニョってして、いろいろ感じる。
志村:そう。普段からじゃあその前頭葉あたりを使ってるんだね。
高橋:そう、あとは天使の羽根はついてないけど、肩甲骨の間とかになにか感じたりとかするかな。
志村:私いつもゆっきーと話してて、天使の羽根見る時あるよ?
高橋:うそ。
志村:初めてお会いした時にそう思ったんですよね。
高橋:えー!
志村:今からどのぐらい前でしたっけねー。
高橋:もう15年とか〜
志村:もっとですよ、多分ね。
高橋:もっと?20年?
志村:近いと思う、18年はいってるんじゃない?17、18年ぐらいかなー。
高橋:私もね、季世恵ちゃんと初めて会った日のことを鮮明に覚えてる。
志村:本当!
高橋:うんなんかね、すごく愛の塊みたいな人がね、前から現れたって感じ。
志村:あー、階段の上でね、ちょうどお会いしたんですよね。
高橋:そうそうそう。
志村:小学校、廃校になった小学校で、体育館の上に暗闇を作ったんだけど、階段が上がったらそこにゆっきーが立っていらして、こんにちは初めましてって言ったの。
高橋:あー、嬉しい。お互いにじゃあその最初のことをよく覚えてるんだね。
志村:そうですね、本当ねー。その時からだってもうね、だいぶ経ちましたね。
高橋:もし本当に18年とか20年近い時が経ってるとしたら、とても素敵なこと。嬉しい。
志村:うん、本当に本当に。ちょうどダイアログは、1999年に初開催したんですけど、ゆっきーもその頃にお仕事を始められたんじゃなかったですか?
高橋:そうなんです。1999年同士です。
志村:ですよね、誕生日一緒なんだよね。
高橋:ね、本当に。
志村:そう、企業なさって。
高橋:あっという間に27年という月日が経ってしまいました。
志村:あー、皆さんもご存知だと思います、ベアーズさん。
高橋:はい。
志村:私はいつも看板見て、あの可愛いピンクのくまさんを見ると、なんかね、温かい気持ちになるんです。
高橋:嬉しい、「モモエ」っていう名前なので皆さんどうぞよろしくお願いします。
志村:そう、もうモモエちゃん、ゆっきーと同じ感じだよね。
高橋:あれがゆっきーに見えたら、ちょっと忙しすぎるかな?
志村:あはは、そうなの?(笑)そうか、忙しすぎてるのか〜(笑)
高橋:そうね。
志村:そう、えっと、一言で言うと、ゆっきーのお仕事はなんて言うと一番いいかな?
高橋:私たちベアーズは、お茶の間の幸せ度数を上げたいから、やっぱりその手段として癒しとか安心とかを届けに行く、それを家事を代行するということで皆様の大切な大切なお茶の間に伺わせていただいています。
志村:お茶の間って言葉いいですね。
高橋:うん、まあここ(この話している場所)、おじいちゃんちの縁側だって聞いたので、いつかお茶の間にお邪魔したいと思います。
志村:ちゃぶ台があるからね。
高橋:え〜素敵、なんか家族がね、暖暖したりとか、たまには一人で夏の雲を眺めたりとかして、お茶の間っていうのはたくさんの、もしかして風鈴の音が聞こえてくるかもしれないし、いろんな思い出がありますね。
志村:本当ですね。そうそれを大切にできるようなお時間を作ってらっしゃるんですね。
高橋:はい。
志村:家事を代行したりとかね。
高橋:そうです。まあ家事を代行するというお仕事は、私たちにとってはある意味手段でして、まあ本当にそのご縁のあったご家族や、お一人お一人の心に癒しとか、または自分らしさって何だろう?って振り返っていただけるような時間を持っていただけたら、嬉しく思ってます。
志村:大切だー。そもそもは、どうしてそれを思いついたんですか?その仕事を。
高橋:私、実は1995年から香港という場所にお世話になってまして、香港で夫と二人で仕事をしていたんですね。その時に人生初の妊娠、出産、育児ということをフルタイムで仕事をしながら迎えるわけなんですけれども、本当に不安で、なんか私一人でそもそも家事、育児、仕事なんてどれも大変なのに、全部できるのかなっていうことで、もう本当に若い胸が押しつぶされそうだったんですけど、当時私を採用してくださった香港人の社長さん、男性なんですが、その方が、「ゆっきー大丈夫だよ、ここにはね、暮らしの縁の下の力持ちがたくさんいるから必ず、高橋ファミリーのフィーリングに合う、そういうメイドさんと出会ったら、本当に君はなにも心配しないで、自分らしく仕事をしたり暮らせるよ」って教えてくれたんですね。
志村:ああそうだったの。
高橋:うん、でそしたら本当にスーザンっていう名前の、まあとっても目がキラッキラした女性と出会いまして、彼女が私にこう言うんです。「マム、どうか私にお仕事をくださるときに、申し訳なさそうに言わないでください。私は仕事をするたびに私の家族の幸せがどんどん積み重なっていくし、それが私の幸せなんです。だから何でも私に頼ってくださいね」って言ってくれたんですね 。
志村:ああ素敵な言葉だ。
高橋:でもね、やっぱり私本当に人に頼るとか、そういうのが苦手だったんですよ、それまで。で、自分のことは自分でやりなさいって育ったので、下手くそでも自分のことは自分でやるって生きてきた私が、突然他人というか誰かになにかお願いしていいのかな?っていう質問を彼女にしてみたんです。そしたら彼女が私の一生を変えるとても素敵な言葉を返してくれました。それが、「頼っていいんですよ。なぜなら頼られて嬉しい人がここにいることを忘れないでください」って言ってくれたんです。
志村:そっか、お互い様の関係なんですね。
高橋:そうです。なので、本当にそこで急に心が軽くなりまして、そっかじゃあ頼ってみようって思って頼ったんですよ。そしたら不思議なことに、今度は違う場面で私の友人や会社の同僚から「頼っていいんだよ」っていうふうに私が言えるようになって、そういう人たちに、ということでこのお互いがお互い様っていうところで、人生いろいろある時に頼っていいんだ、頼られて嬉しい人がいるんだっていうことが、私にもう本当に大きな気づきを与えてくれました。

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志村:すごい良いお話。それを香港で、日本ではなくてね。
高橋:そう、でまあ本当にスーザンとの出会いと共に過ごした時間は濃厚だったし、他にもいろんなことがあったんだけど、日本に帰ってくる日が来たわけですね。その時に、日本にいた私の友人や、お世話になった元職場の先輩たちは、本当に仕事と暮らすということがとても大変そうで、どうしてそんなに大変なの?だったらスーザンみたいな人をお願いしたら?って聞いたんですけど、みんな声を揃えるように、え、そういう人は、いないんだよゆっきー、って言われてですね、え?どうして?って言ったら、昔からお手伝いさんっていう文化は、やっぱりお金持ちとか、豪邸に住んでる人や、特別な職業の人がそういうサービスを使うから、私たち一般の人にはあまり関係ないのよって言われた時に、ちょっと悲しい気持ちになったのを今でも覚えてます。
志村:うーん、確かにそうですね。
高橋:でも私は香港にいた時、自分が26歳でしたから、26歳同士の若い夫婦が、本当にまだまだ右も左も人生経験もそんなにあるわけじゃないけれども、スーザンが近くにいてくれたことで、本当に心が、なんか・・・心が安全って言い方がちょっと普通じゃないかもしれないけど、とても心強かったんですね。スーザンは私より5歳年上で、もうそのとき男の子のお母さん、一人産んで男の子のお母さんだったんですけれども、そういう育児経験とか、5歳先を生きてきた彼女にいろんな相談もできたし、自然と頼りにして甘えることもできた。そうすると、本当に私じゃなきゃいけないことに私は全集中できるっていう話をね、その日本に帰ってきて友達とか先輩にしてたんです。でもそういうサービスが日本にはないっていうことを聞いて、えーって驚くと同時に、まあそんな私を見ていて、夫がね、一言、じゃあさ、産業作ろうかって誘ってくれました。
志村:あー、そうだったんだ。そこからスタートしたんですね。
高橋:そうなんです。だから私たちは、あんまりこう、会社を作ろうかとか、独立しようかっていう言葉ではなくて、「産業を作ろう」ということで、新しい産業ってイメージって、どうですか?季世恵ちゃん、産業ってどんな感じですか?
志村:産業ってね、私は本当に漢字が好きなんですよ。産み出すって書くじゃないですか、お産の産で生業じゃない?
高橋:そうなんです!
志村:それが好きな言葉なの。
高橋:いやーさすが、本当にそうなの。ゆっきーはね、その産業を作ろうっていうふうに声をかけてもらったことにときめいて、やるって言ってですね、夫婦で二人立ち上がって、で、新しいものが生まれるっていうことには、もう本当にゴールも見えないし、終わりもないだろうなっていう度に、私たちも1999年、ちょうどダイアログが産声を上げている頃に、私たちもきっとご近所で産声を上げてました。
志村:あー、そうだったんだねー。子育てって本当になんだろうな、海外の子育てと皆さんと日本の違いってすごく大きくあるんですよね。私の場合は、21歳でお母さんになったのね。
高橋:そう。
志村:そう、20歳で赤ちゃんができて、すごく幸せだったんだけど、やっぱりね、周り見ると友達みんな学生だったりとかするので、相談相手がなかなか見つからない、そんな時代だったの。親はそばにいたけども、でももっとたくさんの仲間が欲しくて、その頃はご近所さんとかがとってもヘルプしてくれてね、おばあちゃんだったりとか、おばあちゃんだったりとか、皆さんが酔ってたかって助けてくださって。
高橋:うーん、あったかい。
志村:本当にそう。だから誰かがいることによって、子育てってできるなと思ったり、家事もそういう風になるし、ちょっとかぼちゃ煮たよ、炊いたよって、それをおすそ分けとかね、ひじきできたよとか。
高橋:そう、そう、そう。鍋ごと持ってきてくださる方がいたりね。厚かましくも私も鍋を持って、走っていただきに行ったりとかしたことあります。
志村:そう、そういうの大事だよね。
高橋:うん、本当に。
志村:だから、産業である、それも本当に誰かの幸せを生み出している。お茶の間のっていうか、幸せって人間が関わることによってでしかできないものね。
高橋:そうなの。だから、まあ、今はビジネスだからサービスって表現をしているけれども、または産業なんだけど、元々この人を思い合ったり、助け合ったり、支え合ったりするっていうことは、実は支えてる方も幸せだし、支えられてる方も感謝の気持ちが生まれるじゃないですか。だから私は今のこのベアーズが言っているのは、人を幸せにするサービスは使っていただく方にも、それをサービスの担い手として提供するスタッフたちも幸せな仕事だなと思ってます。
志村:あー、ありがとうございます。本当にねー、そうだ。子育てを始める前、もっともっと前、ご結婚される前、もうちょっと遡ってみると、ゆっきーのお家はやっぱり温かくて、助け合いがいっぱいあったのかしら?
高橋:そう、実はね、私の父は写真家で、年間3分の2はロケに行って、国内外を飛び回って、なかなかお家にゆっくりいないお父さんで、母も実は私が生まれた時には、もう自分で会社を起こしていた企業家。やっぱり年間の3分の2ぐらいは国内外いろいろと動き回っていて、私はおばあちゃんと一緒に住んで、おばあちゃん子だったんですけど、やっぱりおばあちゃんもだんだんだんだん体が不自由になる中で、ご近所の人がそれこそお鍋にロールキャベツいっぱい作ってきてくださったり、たまにはマカロニグラタン作ったよとか、おでんにしよう寒いからって言って持ってきてくれて、本当にご近所の方々の愛いっぱい、私は育ってきたなって、今でもこうやって話させていただく中で胸が熱くなります。
志村:あー、素敵な、それは原風景みたいなものですね。
高橋:そうですね。ただ、どこかで実はやっぱりちょっと寂しかったのかもしれないし、私はそうやってご近所の方、同級生のお母様、いろんな方々が気にかけてくださった環境にいたから、実はいろんなことにくじけそうになっても、そういう人たちのことを思い出して、こんにちまでなんとか来れたと思うんですね。だから心が孤独にならないようにっていうことを、いつもいつも大人になる自分は孤身にしたくない、私と友達になってくれた人の心を孤独にしたくないっていう気持ちがすごく強くて、だから家事を代行するっていうサービス、例え他人であったとしても、もしかしたら家庭には第三の存在がいることが、当時の私のように、ずっと誰かの心の支えになれたら嬉しいなっていう思いもあって、このようなサービスをそれこそ生んだのかもしれないです。
志村:繋がってるんですね。
高橋:はい。
志村:あー、そっかー。

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志村:私あのね、ゆっきーのご著書を読んだのね。
高橋:ありがとうございます。
志村:それですごくたくさんの素敵な言葉があったんだけど、『ウェルビーイング・シンキング』っていうご著書ありますよね。で、ページをめくったときに、親愛なる私へって書いてあったの。
高橋:はい(笑)そうですね。
志村:なんかね、泣きそうになっちゃったの。
高橋:えー、嬉しい・・・
志村:その言葉だけでね。あー、なんて素敵なこと書くんだろうって思って。
高橋:えー・・・なんかこう、ウェルビーイングという言葉は、この数年間の間に、突然日本でも皆さんいろんなところで使っていらっしゃるのを目にしたり聞いたりするんですけれども、やっぱり季世恵ちゃんが思うウェルビーイングって何ですか?
志村:私はね、幸せになるプロセスのことかなと思ってるの。
高橋:わ、素敵〜、素敵素敵、今なんかちょっとキュンとした。
志村:本当?ありがとう。
高橋:幸せになるプロセス。うーん、そうやってウェルビーイングを、ご自身の言葉と、大切にしていることに、なんて言うのかな、考え方に結びつけられるっていうことは、本当に尊いことだと思うんですね。だけど、なかなかこのウェルビーイングという言葉は何?っていう人が多い中で、私は仲間と一緒にPCWという、一般社団法人ウェルビーイング協会っていうのを作ったんですけれども、その中で一番大事にしていることは、感じるっていう、ウェルビーイングを感じてもらうっていうことだったんですね。なのでウェルビーイングは、考えることではない、学ぶということでもなく、なんかこう感じてもらえるとわかるんだよねって言ってきたんだけど、でも一方で私実は、このベアーズの社員育成というよりは、目に星の入った人たちをお客様にお届けしたいっていうことで、デュアルキャリアっていうのを実は推進してもう10年経つんですね。チアダンスとか、吹奏楽団とかっていうので活躍を小さい頃からしてきた皆さんが、就職を機にそのプロへの道を諦めなきゃいけないということにちょっと残念な思いをして、就職してもそういった自分たちの夢を追い続ける、諦めない、真っすぐな心で仕事もしながら、っていうことをできる会社にしたくて来たんですけど、彼女たちと接している時に、まあフィジカルとメンタルっていう言葉が競技人生にはあるじゃないですか。その中で、フィジカルも整えてメンタルもバッチリでも、やっぱり勝てない、勝ちきれない、やりきれない、じゃあその2つを繋ぐのは何だろう?って思った時に、あ、考え方なんじゃないかなって思ったんですね。だから実はウェルビーイングも、感じるものって言いながら、ウェルビーイングな考え方をする人がたくさん増えたら、社会はもっと優しい風が吹くんじゃないかなって思って、『ウェルビーイング・シンキング』という本のタイトルにしたんです。
志村:うーん、そうでしたか。
高橋:そうなんです。だけど考え方、何のために?どこ向いて?どうして考え方??って整理をしていくと、そうか、私は私の道をちゃんと私らしく歩んでいけるかなっていうことに繋がったんですね。その時に出てきた言葉が、まあ親愛なる季世恵ちゃんへとかって、私もきっとメッセージ送ったことあると思うんですけれども。
志村:はい、いただいてる。とっても嬉しい、いつもいつも。
高橋:でも、もしかしたら、自分っていうところに親愛なる私っていう風に思ったことってあったかな?っていうことを、私自身もウェルビーイングを学ぶ中で一番最初に思ったことが、この親愛なる私の人生へっていうメッセージが、実は大事だなっていうことに気づかされまして、親愛なる私へというところから始まりました。
志村:そうだったんだー。自分を大事にするとか、自分を愛するとかっていうことって、忘れがちだったりとか、後回しにしちゃうこと多いもんね。
高橋:そうね、本当に。でも私は本当に季世恵ちゃんの生き方は、それをとても大切にされてるなって、長年ずっとそう思って見てますよ。
志村:本当?ありがとうございます。そっか、感じるっていうことをとても大事にしていて、朝起きて、で、あ、今日は天気がいいなって思って、窓の外眺めるじゃない?で、青空見るでしょ、その時についつい何かしようと思っちゃうと、洗濯だとか思っちゃったりするじゃない?いいんだけど、素敵なんだけど、その前に、自分に気持ちいいお日様をもらうっていうことが忘れがちだなって思ったりしていて、まず私のためにお日様を浴びて、青空を見て、気持ちいいね私って思えて、深呼吸してみようよって、よくお母さんたちに話してたの。
高橋:へー、ちっちゃい時から?
志村:うーんそうだな、うちは姉との年齢がだいぶ離れていて、私はそうだな、小学校の1年生からおばさんになったんですよ、姪っ子ができてね、すると姉たちがすごく素敵なお母さんになっていくんだけど、これしなきゃ、あれしなきゃと思ってるから、あんなに綺麗だったお姉ちゃんが、違った美しさが出てくるんだけど、あなんかこう、時々ザワザワしてる時もあったりする時に、あ、お姉ちゃん自分の時間も出てないんだろうなと思ったり。
高橋:あー、小学校1年生で感じたのねそれを。
志村:子供の方が感じるんでしょうね、こういうことをね。だから、それがちょっとの時間でもいいから、自分の時間をもらうことをしたらどうかなって、もらうっていうか、自分が取り入れる。それがなんかいいのかなって思うことがあって、その後からセラピストになっていくわけだけれども。
高橋:じゃあやっぱりそれも原体験なのね、そこからが。
志村:そうかもしれない、ひとつはそうでしょうね。
高橋:うーん。
志村:なので今幸せっていうのもいっぱい感じてほしいし、だけどまだそれが渦中にあれば、INGだっていいし、そんな風な形で進めていったらいいんだろうなって思うんだけど。
高橋:あなるほどね。でもそういうお姉ちゃんを見て、セラピストっていう道に進もうって思ったことは、きっと他にも何か重なったことがあったんじゃないんですか?
志村:それは父の死でしたね。
高橋:うーん、何歳の時?
志村:21歳の時でしたね。
高橋:じゃあまだお父様お若かったんですね。
志村:あ、まあ、ただ年が離れた兄弟がいるくらいだったので、66歳だったかな。
高橋:うーんそっかそっか、最愛のお父様。
志村:そうなのね、突然に病気がわかって、早かったんだけど、でも自分が最後まで自分らしく、自分の意思の下で生きれたらいいなって思うことがあって、そこから始まったんだと思います。
高橋:お父様も最後の瞬間までご自身らしくいかれたんですか?ある意味ではそうだったかもしれませんけど、まだその時の医療と今は違ってたので、常に医療も変わっていくし、発展していってるし、そしてメンタルもそうで、こんな時にどうしてあげたらいいんだろうかっていうことも考えることができていくのが進歩だと思うけど、それからできてない時もあるでしょ、そういう時にちょっとお手伝いできるのがあったらいいなと思って。多分そうだったと思います。

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志村:いやなんか、今日は思いがけずお父さんのお話ができて嬉しいです。ありがとうございます。
高橋:私も本当に最愛の父が大好きというか愛していて、私の父は63歳で天国に行ってしまったのね。だからなんか今日はお父さんが結んでくれたこんなご縁かなってちょっと嬉しく思ってます。
志村:そうかもしれないね。
高橋:ウェルビーイングを分析して、幸せを感じる力っていうことを言ったセリグマン博士っていう人がいるんですけど、その人が幸せを感じる要素の中に「PERMA(パーマ)」って言われるものがあるんだけど、その中にRっていう、PERMAのRはRelationshipって言って、自分にとってとても質の高い人間関係の中にいるときに、人は幸せを感じるんですって。でも実際リアルにその場にいる人だけじゃなくて、さっき今日のお話の中にいっぱい出てきたご近所のおばちゃんだったりとか、おばあちゃんおじいちゃん、それから今のお父さんたちの話をしているとき、心がポカポカして、今とても私は幸せなんですけど、季世恵ちゃんはどうですか?
志村:私ね、さっき一緒に暗闇で電車に乗ったでしょ?ガタンゴトン、ガタンゴトンって揺られて、まあ汽車なんだけど、そこに乗っているとね、よくお客様がね、もう会えなくなったお父さんに会えたとか、そういうことをおっしゃるの。
高橋:そうなんだ・・・!やっぱり暗闇ってすごいなー。私、暗闇って、なんかこう自分の愛のふるさとに戻る場所ってイメージがあるのね。だからその人は一瞬にして会いたかった人に会えたんだね、きっとね。
志村:ね。私自身がこのプログラムを自分で作っているのに、私も電車の中で、かつて父と母と妹と旅行した電車の雰囲気が見えて、座っていて、あ、お父さん座ってるって感じたりして、記憶が蘇ってくるんでしょうけど、満たされたみたいな感じでね。
高橋::すごい素敵。
志村:実はさっきもゆっきーがいっぱい喋ってくれて、皆さんのことをここだよ、あっちだよって引っ張ってくれたりしてた時に、あ、ゆっきーはどんなふうなお子さんで、どういうご家族で電車に乗ってたのかなって、ふと思い浮かんだ時があったんだよね。だから、そんなことを感じながら今日は来ていて、幸せな時間だったんです。
高橋:ね、そう、だから、誰かとの思い出とか、そのシーンが蘇るって、それだけでウェルビーイングだなって思いました。
志村:本当だね。前のことも、今のことも、これからのことも、本当は全てが完結していて、幸せっていっぱいあると思うんだけど、それを繋げていけたらいいなと思っていて、次の世代の人にとか、それをきっとゆっきーはやってらっしゃるんだろうなって。お茶の間のことも幸せも考えて、ウェルビーイングもそうだし、なんかいいなと思ったの。
高橋:ありがとう。いや、もうお互いに、やっぱりこの同じ時代の同じ星、まあ地球というところで巡り合えて、1999年からスタートした同期なので、これからもそうやって、愛いっぱい生きていきましょ。
志村:本当だね。
高橋:はい。
志村:いつもこのラジオ、最後にお聴きくださっているお一人お一人にメッセージをいただいているんです。明日、本当は月曜日なんだけど、朝起きて、今日いい日だなって思えるような、そんなお言葉をいただきたいんですけど、いいかな?
高橋:はい、そうですね。私は実は、本を書いた時、『ウェルビーイング・シンキング』っていうタイトルにしたんですけど、実は違うタイトルで本を書きたかったんですね。なので、本の裏側を見るとそこに書いてあるんですけれども、スタートウィズラブということで、全ては愛から始めよう、ということを伝えたかったです。
志村:わぁ、鳥肌立っちゃった。
高橋:明日、月曜日、スタートウィズラブで、みんなでいい一日を作っていきましょう。
志村:ゆっきーにも。
高橋:ありがとう、季世恵ちゃん。
志村:いいね。
高橋:うん。
志村:あー、たくさんお話いただけてよかった。
高橋:ありがとうございました。
志村:ありがとうございました。本当にありがとう、ゆっきー。
高橋:ありがとう、季世恵ちゃん。これからもよろしくお願いします。
志村:こちらこそお願いいたします。



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