DIALOGUE RADIO -IN THE DARK-

日曜の深夜。全てのしがらみから離れて
本当に「独り」になっている特別な時間。
人は誰もが不安や悩みを持っているはず。
この番組は、自分の心と対話することの大切さを伝え、
明日への活力を求める人への応援メッセージを
発信するラジオ番組です。

EVERY SECOND SUNDAY

25:00-26:00 ON AIR

真っ暗闇の中で、心と対話する時間を。
志村 季世恵の写真

志村 季世恵

バースセラピスト

板井 麻衣子の写真

板井 麻衣子

J-WAVE NAVIGATOR

MESSAGE TO STUDIO

MESSAGE

人は他人と比較してしまう生き物だと思います。
人より、恵まれていると喜んだり、
人より、うまくいかないと落ち込んだり、
SNSが生まれたことで、自分を誰かと比較する機会も増えてきました。
そんな今だからこそ自分の心と対話する時間を大切にしたいと思います。
何をしたいのか、何が悩みなのか、何に希望を持つのか。
その積み重ねが幸せを感じる近道なのではないかと思います。
幸せは、自分の心の中にある。


2022.01.09
GUEST

1月9日 第43回のゲストは一青窈さん


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DIALOGUE

志村:窈さん、あけましておめでとうございます!
一青:あけましておめでとうございます!
志村:真っ暗闇の中でのご挨拶って、ちょっと不思議ですね。
一青:そうですね。あのう、季世恵さんはもう慣れてるんですか?この真っ暗に。
志村:真っ暗ね。意外ともう23年、暗闇を作り続けてますので、慣れてはいるんですけれども、でも時々迷子になります。
一青:あ、そうですか。何回か体験させてもらった中で、やっぱりどうしても目を凝らして光を探してしまう自分がいて、でもそれがやがて無駄なあがきだと気づいたときに、なんかやっと自分の居所を見つけるみたいな感じですかね〜。
志村:あーわかります。そうそう、どうしても目をあちこちに泳がせますよね。
一青:うーん。
志村:そう、この前年越しの特番で窈さんに来ていただいて、暗闇の中で歌っていただきましたけど、そのときと今とはちょっと違っていませんか?
一青:あ、そうですね、あのときはもうちょっと人がたくさんいたので賑やかな気持ちでしたね。
志村:2022年の幕開けがこの暗闇で歌っていただくって、すごい贅沢だったんですけど、私たちからすると・・・!
一青:あ〜いい経験をさせてもらいました、本当になんか、丸裸になって歌った・・・あのう、実は自分が歌手になりたいと思って、それこそ十何歳、中学生とか高校生とかのときに、暗闇に向かって練習してたんですよ。
志村:あ、本当?すごい!
一青:なんか実家の自分の部屋の押入れに枕をぎゅうぎゅうに詰めて、で、あんまり大きい声で歌うとご近所さんに迷惑になるから、押し入れの中に閉じこもって真っ暗闇の枕に向かって歌うっていうのを(笑)
志村:すごい、すごい防音!
一青:それをやって歌ってたときを思い出しました。
志村:へ〜すごいな〜。
一青:歌うときって、不思議と人は目をつむって感情を込めて歌ったりするけれど、目をつむるってことを自分からしなくても、ずっとなんだろう、心の声を聞ける状態で歌い続けるっていうのは、結構勇気のいる作業でしたね。

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志村:あ〜でもこうやって、窈さんもその中に混じって暗闇で歌っていただくってすごいなぁ。あのう、2022年はどんなお年にしたいと思っていらっしゃいますか?
一青:2022年、うーん・・・まあデビュー20周年なので、なんか今までは自分の物語を歌ってきた部分が多かったんですけれども、人の物語をすごく歌いたいようなフェーズに入ってきて、なので誰かに共感してもらえるポイントがあるならば、なんか歌いたいなって思いますね。
志村:うわ〜それは素晴らしいですね〜・・・。あのう、窈さんって聞こえない方たちへ音楽を届ける活動もなさってるって教えてもらったんですけど・・・?
一青:そうですね、手話の方に自分の歌詞を届けてライブをやってた時代は、大学生の頃かな、車いす利用者の人たちと一緒にバンドを組んでて、私だけが健常者で、全国の老人ホームやら施設やらを行脚してたんですけど、そこで耳の聞こえない人たちの前で歌う機会があって、手話の方を入れて歌ったことがあり、それがきっかけでデビューすることになったんですけども。
志村:あ、そうだったの!?
一青:そう、そのときに事務所の社長がいらして、プロになる気はある?みたいなことで声をかけられました。
志村:そうでしたか〜。
一青:それ以降は病院でライブをやって、そうですね、知り合いのお子さんが入院してる小児病棟とか、知り合いの看護師さんが勤めてる精神病院だとか、まあ病院でライブすることが多くなったんですけど、その後は児童養護施設なんかは、やっぱり子供を産んでからは行くことが増えましたね〜。
志村:あ〜そっか〜。今でも続けていらっしゃるんですか?
一青:そうですね、もっともっと増やしたいなと思いつつ、自分が子供3人いるもので、なかなかフットワークが前のように軽くはなくなったんですけど、でも続けたいなと思ってるライフワークの一つですね。
志村:そっか、数がね、多くなくても、お子さんを育てながらってすごい経験だなって、自分がそうだったので思ってるんですけど・・・
一青:どういうことですか?
志村:私子供が4人いるの。
一青:あ、4人!?
志村:そうそう、もう孫もいるけどね。
一青:えー!
志村:それでだいぶ大きくなっちゃって、窈さんと初めてお会いした頃って15年ぐらい前なのかな?と思うんだけど。
一青:独身ですよね。
志村:そうそう、私も子育て真っ最中で、
一青:あ、そうか、その頃一番ちっちゃいお子さんで何歳でした?
志村:えっとね、小学生かな。
一青:あ、そうなんですね〜。
志村:ちょうど、子供たちのお父さんが亡くなったばっかりで、
一青:そうなんですね。
志村:そう、シングルマザーになってね、で、ダイアログの活動をしながらだったんだけれども、私はセラピストで、それこそ児童養護施設のお子さんとかのカウンセリングや、そこの出身でもう卒業して大人になってね、お子さんを今度産む立場になった人たちが、親になってどうして良いかわかんなくなっちゃったっていうことのカウンセリングとかが多かったんです。
一青:なるほど。
志村:あとはターミナルケアで末期癌の方のケアをするとか。そうすると、子育てしながらだから量はやっぱり取れないんですよね。けれども、自分が子育てしながらだと、なんだろうな、もっとリアルなことを感じられるんだなと思って、その時間がよかったなぁって思うから、窈さんも今そういう時代なんじゃないかなと思って。
一青:じゃあ、お子さんたちを連れて、例えば・・まあセラピーだとちょっと違うのか・・・私がその養護施設のライブに子供を連れて行っているように、セラピーをやってるところに子供たちを連れて行くわけにはいかないですもんね。
志村:あ、したこともあります。
一青:あ、あるんですか!
志村:うん、活動の中ではキャンプをするとか、病院に行くときもあったんだけど、子供たちがすごい参加を一緒にしていてね、だからお友達になったりとかね、もうすごく密でしたよ。
一青:うーん、その共感力みたいなのって、季世恵さんのお父様とかお母様が、こうなんかすごい・・・マザー・テレサのようなっていうとあれですけど、慈善活動みたいのをなさってる方だったんですか?
志村:うーん、いや、普通のおじさん、おばさんだけど(笑)
一青:(笑)そうなのか。
志村:ただね、うち父親が大正初期の生まれで、大正4年生まれだったのね。そうすると、昔の人って人と関わることがすごく上手で、尚且ついっときは大学の先生をしてたんですよ。で、学生の人とか子供たちがもうね、父にまとわりついてというか、家にもしょっちゅう遊びに来ていて、もう学校と家がわかんないぐらいだったんですね。
一青:なるほど(笑)もう教育の現場というか、日常の沿線上に教育があるみたいな。
志村:そうだったんですね、きっとね。で、母も昭和初期の人だったけれども、でも母も人が好きで、私が学校から帰ると私の部屋で全然知らない子が遊んでるのね。それで何人かの子はベッドで寝ていて、お昼寝してるんですよ。おねしょしてる子もいたりするんだけど、母はご近所さんのお母さんたちが疲れちゃってると、預かるよ〜って言って子供たちを預かる人だったの。
一青:へ〜〜〜。長屋みたいな(笑)
志村:そうまるで長屋ですよ。あとご飯も食べるし、そのお子さんが学校に行くのがちょっと嫌だって子もいるでしょ?それでお母さんから追い出されちゃって、行きなさい!って言われちゃうと、うちの母が登下校を手伝ったりとかしてて、親御さんは全然知らないんだけど。
一青:へ〜〜。
志村:っていう風な人だったから、当たり前にそれがあったんだと思うの。
一青:へ〜〜、なんかちょっと寂しい気持ちみたいなのは全然なく、それが普通みたいな感じだったんですか?
志村:私が?
一青:うん、そのお母さんの愛情というか、目をかける部分が自分だけじゃなくなるわけじゃないですか、それに対して特にジェラシーとかそういうのはなく?
志村:それがねー、また上手く巻き込むんですよね〜。
一青:そうなんだ、じゃあお母様が本当に愛溢れる人なんだな〜。
志村:なんか巻き込まれて、それで勝手に私がみんなのお姉ちゃんみたいになったりね。だから、なんかあまりそういうことを意識しないままで、あとは兄弟が多かったので、
一青:あ、何人いらっしゃったんですか?
志村:一緒に育ったのは5人ですね。
一青:あ、じゃあ本当に人がいないなんてことがないぐらいの毎日だったんですね。
志村:1人がないんですね、経験上。だからそういうふうなことがあって、延長上でこの仕事に就いたりとかしたんだと思うんですけど。
一青:なんか例えば、あえて留学生を受け入れるとかそういうことではなく、本当にお母さんや自分の生活の中で、お父様も含めて手の届く範囲でみんな大きな家族!みたいな?
志村:そうですね、拡大家族でしたね。
一青:なるほど、そこに外国の方とかもいらしたりしてたんですか?
志村:時々ね。だけど、外国人だとか日本人だってあまりわかんないまま混ざって遊んでたから、なんかその区別がなかったのかも知れない。
一青:うーん。海外に住われてた経験はあるんですか?
志村:ないんです。
一青:あ、そうなんですね。そのボーダレスな感覚が面白いですね。
志村:そうですね。え、窈さんは?ずっと日本で育ったの?
一青と:私は6歳まで台湾で、その後は日本で、台湾は割とそういう、たまたま隣に居合わせた人が介入してくるみたいのは全然、今言ってた長屋感覚みたいな感じですよね、ちょっと入ったレストランやマッサージ屋さんも全然自分の子供抱っこしてくれるみたいな、すごいだから子供はみんなの宝みたいな感覚で、お年寄りにも優しいし、子育てしやすいですよ〜本当に。
志村:ね〜。ご飯も美味しいし。
一青:もうこの2年ぐらい帰れてないんですけど、早く帰りたいなーと思ってます(笑)
志村:本当ですよね〜。ね、なんかすごい、なんだろうな、古いものもちゃんと大切にしながら、新しいものを上手く重ね合わせることがすごく上手な方たちが多いんだな〜と思って。
一青:そうそう、リノベーションがすごく上手で。
志村:ね〜。で、みんなを巻き込んで、愛に溢れる人たちが多いなと思いながら。だから窈さんもそういう方なんだろうって私は勝手に思っちゃってるんだけど。
一青:あ〜でもそうですね、原体験が台湾にあって、基本的には円卓でご飯を親戚中で囲むっていうのが基本スタイルなので、孤食なんていうのはちょっと信じられないぐらい、必ず一緒に釜の飯を食らうっていうのが私のモットーではありますね〜。

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一青:ちなみに、このダイアログスタッフの中で、目の見えない方たち同士の喧嘩みたいなのもあったりして、その仲裁に入ったりとかもあるんですか?
志村:うーんあんまりないなぁ。
一青:あんまりない。
志村:っていうか、ないかな。
一青:あ、ない?へ〜。
志村:聞こえない人たちも見えない人たちも、自分の意見はちゃんと伝え合ってるけど、なんだろう、上手く落とし所をつけるのが上手い人たちなんだと思う。
一青:へ〜。そして相手の意見をきちんと聞く、という姿勢なんですかね?なんかこう・・・例えばちょっとした夫婦喧嘩でも何でも、絶対したことがないのになんか気持ちがガッと上がっちゃうのって、そういう瞬間ってないんですかね?
志村:いや、あると思いますよ、それは、みんな同じ人間なので私もあるけど、でもそこでわかってることはね、見えない人たちは、最後まで話を聞くっていうのはすごく大事にしてるみたい。
一青:あ〜。
志村:聞く文化なので。
一青:そうか〜。
志村:そう、前それは聞いたことがあったけどね、どうしてそんなに聞くの上手いの?って聞いたら、子供の頃から自分たちは情報を最後まで聞かない人は、やっぱりトラブルが起きるよって言って、どんなこと?って聞くと、例えば道を聞くときに、初めての場所で、どこどこに行きたいんだけど、どう行ったらいいですか?って聞いたときに、丁寧な方と、大雑把な方がいるんだって。で、最後にあそこはそうだよって言いながらも、一番最後に、でも今あそこは工事してるから本当は歩けないんだ、とかおっしゃるんだって。
一青:なるほど!
志村:そうすると、やっぱり最後まで聞かないと工事中に突っ込んじゃうことも起きるから、聞くのは大事と思って習わしになってるって。
一青:そっか、もっとライフラインが生命に繋がってるというか、本当に聞きこぼさないことが自分の命に繋がるし、自分の喜びにも繋がるし・・・。
志村:そうそうそう、そうなんですね。
一青:だからきっと、カウンセリングなんていうのは聞くことがお仕事というか、やっぱり引き出すことやら丁寧に聞くことって、きっと大事なんだろうなって想像するんですけど、なかなかやろうと思ってもできないことですよね。
志村:そうですよね。あとは聞かなければいけないっていうのと、そもそも聞いてるのが得意だった、とはちょっと違うと思うから、なのでみんな本当に上手いですよ話聞くのが。で、その後に伝えてくれるのも、やっぱりまとまった形で話をしてくれるから、聞きやすいですね〜。
一青:そう、私サイレンスを体験した後、アテンドしてくれた方に、自分が心で思ってることと、身振り手振りで伝えようとしてることが逆になることってあるんですか?って聞いたんですよね。怒りながら笑うとか、本当は大丈夫じゃないのに我慢するとか、そういう裏腹なメッセージって伝えたりするんですか?って聞いたら、しばらく考えて、無いって答えてて、それがすごく、あーなんか心と違うような表情をするとか動きをするっていう、なんか余計なことをしないで済む世界ってシンプルでいいなぁと思って。
志村:本当ストレートですよね。聞こえない人たちにはそれを教わるというか、どうしても痩せ我慢しちゃったりするじゃないですか。本当は素直に悲しいって言っていいんだよ、とかでも言わなかったりね。それに対しては、おかしいっていうふうにやっぱり言ってくれるのね、ちゃんと嫌な気持ちを伝えてくれないと自分たちはわからないよって、その声とかの反応もわからないし、だからちゃんと辛いなら辛い顔をして、そして嬉しいときはうんっと嬉しいって言ってもらわないとダメ。だから、手話も表情をつけてちゃんと伝えて、とかって言うんだけど、それはね、カッコイイ。
一青:あー、そうだろうなぁ。例えば学校の総合の授業とか道徳の授業で、1時間ここで過ごすみたいなプログラムってあったりするんですか?
志村:あのう去年ね、クラウドファンディングで5000人の子供たちをお招きしたいですってことをお願いして、それに対して賛同してくださった皆さんがいらっしゃって、今ここで5000人の子供たちを招くことができてるんですね。
一青:5000人・・・。
志村:5000人は多分1年、2年かかっちゃうと思うんだけど、なので一度に50人とか60人とか来てくださって、サイレンスの世界やダークの世界に遊びに来てくださると、あ、面白いな〜、勉強したいなって方たちが増えたらと思って。
一青:大体いくつぐらいの子が来るんですか?あのね、海外は学校教育の一環になってるので、4年生、10歳の子供たちが対象なんですって。あと中学生かな。そうすると、多感な時期のちょっと前に、多様性?、いろんな人がいていいんだってことと、自分もその中の1人だったんだっていう風に思うと、受け入れる力が増えてくるし、自分自身もその中の1人だと思うと、なんか特別な状態の自分であるとか、みんなが特別じゃなくて、みんな友達じゃん!でも違っていいじゃん!みたいなことがわかる。それがやっぱり10歳ぐらいが一番いいみたい。
一青:なるほど、そこにやっぱり校長先生とかちょっと怖そうで苦手だった先生とかを混ぜ込むと良さそうですよね(笑)
志村:そうなんです!先生たちはね、もう暗闇とかって大人だから慣れなくって、子供たちはすぐ慣れちゃうんですよ。
一青:そうでしょうね〜(笑)
志村:だから先生は子供たちの後から付いてきて、以前に見たシーンは「今まで威張ってばかりいてごめん」とか(笑)
一青:あーそうなんですねー!
志村:子供たちのことを頼っていい存在だってわかったっておっしゃってました。嬉しかった・・・!
一青:なるほど!子供たちを頼っていい存在だったっていい言葉ですね。
志村:うん。だからそういう、なんだろうな、もうここを本当に上手く使っていただきたいなと思っていて。
一青:そうですね。以前私が行ったときは、神宮前でした!
志村:あ、外苑前でしたね〜!
一青:そうそうそう、そうでした!そこから引っ越してここに来られたんですね〜。
志村:そう、そこがクローズになって、3年ぐらい準備をして、
一青:3年もかかったんですか!?
志村:場所がなかなかね。突然にそこをクローズすることになったので、もう本当に準備をしながら、ご縁があってこの場に。2020年にオープンしてコロナの真っ最中だったんだけど。
一青:そうかー。
志村:私からもご質問していいですか?
一青:もちろん。
志村:窈さんが去年お出しになった「6分」って歌があるでしょ?
一青:はいはい、はい。
志村:肺高血圧症の方のお話を伺ってっておっしゃってましたよね?
一青:そうですね、はい。
志村:私のお友達の娘さんがその病気で、他の病気も持っていらっしゃったんだけど、肺高血圧症でだいぶ苦労なさってたんだけど。窈さんはこのご病気の方とお会いして歌を作られたんですか?
一青:そう、実際にはコロナ禍だったので会うことは叶わなかったんですけども、その難病にかかっている方たちと、その周りの家族の方が元気になる歌が歌えたらいいなぁと思って、その患者さんが「6分間の歩行テスト」っていうのがあって、病院の「今日はどれぐらい歩けるかな、何メートル行けるかな」みたいのを行ったり来たりするときに、まあ1人で、正にこの暗闇みたいな状態ですよね、治るかどうかもわからない、回復に向かってるのか、後ずさりしてるのかもわからないみたいな状態でただ歩いてくださいっていうのは辛いだろうなと思って、その6分間一緒に並走できるような歌を・・・という依頼を受けたので、書いた曲が「6分」という曲ですね。
志村:そうか〜。私もその病気のことを聞いたことがあってね、あの6分はすっごい辛い6分なんだって。
一青:あ、そうなんですね。
志村:そう、なぜかというと、自分ができるかできないかを自分自身に試す時間になっちゃうから、できたときは6分歩けた!と思うんだけど、ダメなときのショックって結構辛いんだっていうことを教えてもらったことがあったんですよ。
一青:歯痒いでしょうね、自分で・・・なんだろう、突然誰にでも起こりうる病気だって先生がおっしゃってたので、それは女性の方が多いみたいなんですけれども、でもその病気に立ち向かうって、今おっしゃってた上手く行かなかったときはすごい悲しい気持ちでしょうね。
志村:ね〜。そういうときに窈さんの歌が、窈さんの声が寄り添っている、歩いてる最中に。なんか私はね、あの曲をお聞きしたときに涙が出て、もう孫ができるぐらいおばあちゃんになったからね、涙もろいのかもしれないけど、あーすごい、なんていい歌を作ってくださったんだろうと思って・・・。
一青:いやー、そういうふうに言ってくださるととっても嬉しいのと、あとやっぱり医師の先生も泣いてしまったんだよっていう声を聞いて、あーそうだよな、同じく・・・どんなにわかろうと思ってもやっぱり本人の辛さって寄り添うことしかできない。もちろん歌もそうなんだけれども、それに対して医学的にアプローチしてた先生も涙を流してくれたっていうのは、私はあー作ってよかったって思いましたね。
志村:本当ですよね。いろんな方たちが取り巻いていらっしゃるんですものね〜。
一青:そうですよね、うーん。
志村:うーん、そうか〜。

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志村:「6分」をよく本当にお聞きしてるんですよ。
一青:あ〜そうですか!あのう、音楽療法みたいなのって、カウンセリングしてたときとかにあったりしました?
志村:ありますよ。
一青:療法士と一緒に考えるみたいな?
志村:のときもあるし、ダイアログのアテンドの人に来てもらうときもあるし、あとはお友達の方に来てもらうときもあるし、やっぱり癌の末期の方だったりすると、音楽を聞きたいって。で、毎年本当はこの結婚記念日に、旦那さんと一緒に、または奥さんと一緒に聞いてたんだとかっていうときに、結婚記念日にお友達のアテンドも連れて演奏してもらったりとか。あとはセラピーをその場でしたりとかをやってますね。
一青:うんうん。その養護施設の子たちを、例えば招待というか呼んだりすることもあるんですか?
志村:まだダイアログにはなかったんですけど、違ったキャンプのときには来てもらったりして・・・っていうのはありますね。え、窈さんはそういうことって、あのう、ご一緒にやりましょうか・・・!できますか?
一青:あ、そうね、いやなんかその、私は養護施設に行ってて、ほぼ9割ぐらいが虐待で、前はね、孤児だとか、戦争孤児から始まってるんでしょうけど、だんだん虐待を受けてる子供たちのパーセンテージが増えてるって聞いて、そういう子たちが、ね、本当は言いたいことが言えなかったりとか、感情を抑えてる子たちが多いだろうから、こういう暗闇に来たときにどんなふうに自分の心を解放できるのかな?みたいなのを今ちょっとすごく興味を持ちましたね。
志村:なるほど。あのね、アテンドの人たちって本当に人の心を開くのが得意なのね。
一青:上手そう!
志村:それで、まあいろんな経験をしてるからこそもあると思うんだけれども、不登校のお子さんの通うフリースクールみたいな所があって、そこでダイアログを作ったことがあったんですよ。皆さん制服が違うのね、要するに学校には行けなくなったけど制服だけは着てそのフリースクールのような所に来るんだけど、誰も喋らない。だけど暗闇を作っていく内にだんだんお喋りが始まっていって、それで知らない内に手を繋いでるんだよね。
一青:へ〜!あ〜可愛らしいですね〜!
志村:そう、そこで歌を歌ったり、今は何を大切にしたい?とか、いろんな話をするとやっぱり良くてね、そこの生徒さんたちは、学校に戻る子もいれば、海外に留学する子もいて、でもそれに対して音楽の力であったり、アテンドの力って大きいなぁと思うし、そう、特番のときにご一緒させていただいたアテンドのはーちゃんは、名古屋の中学校で、自分で命を断ってしまったその生徒さんの学校で歌を作って、「地球のダイアモンド」っていう歌で、そして彼女がみんなの言葉を集めて、歌を作ってみんなで歌ったりしていて、そのお子さんのお父さんもお母さんも計らってくれていて・・・っていうのがあったりとか、だからみんなの力を合わせると、いろんなことができるんだろうなって、私1人ではできないことも、暗闇であったり、窈さんの大きなお力であったりでできると、なにかまた変わることが起きるんだろうなって思います。
一青:はぁ・・・なんか、やりたいことがキラキラと目の前に広がってきました、ありがとうございます。
志村:本当?嬉しいです、なんかすごいこんな話ができるなんて・・・うーん。ね、1人の力って本当にちっぽけなんだけれども、でも1人の人の夢がみんなの夢になるときに叶うんだなぁって思うことがあるんですよね。
一青:季世恵さんのなんか、得意料理って何なんですか?
志村:ん?得意料理??
一青:それだけ子沢山で、なにを振る舞ってたのかなって今ふと思いました(笑)
志村:あのね、冷蔵庫にあるものを使うのが得意なのね。
一青:あ、一番素晴らしい、マルチなタイプですね(笑)
志村:それでその子の、例えばだけど4人も子供がいれば、または遊びに来てくれたりとかすると、いいことがあったとか、またはちょっと悲しいとか、またはお腹がちょっと痛いとか、ちょっと風邪気味だとかっていう子に合わせたもののメニューを作るのが好き。
一青:なるほど〜!そこに焦点を合わせてるんですね〜。
志村:そうですね、窈さんは?
一青:私はやっぱり台湾というか中華です。
志村:あーいいなー!
一青:中華料理が(笑)
志村:あー食べたーい!
一青:そうですね、せいろで蒸すのが好きです。
志村:あ〜いいですね〜。せいろで蒸すのって、匂いがいいじゃないですか。
一青:あ、ダイアログでなんか台湾屋台とか(笑)
志村:あ、やりたいな〜!
一青:せいろの匂いってなかなか暗闇で感じたことないから、ちょっと感じてみたいな(笑)ただでさえいい匂いしますもんね、光のある場所でも(笑)
志村:そう〜すっごいいい匂いするもんね、そしてダイアログだと、湯気がまつ毛につくまでもわかるの。
一青:へ〜そうなのか!
志村:もう感性が豊かになってるから。
一青:はぁはぁはぁ、湿度の感じね。
志村:そう、あ〜まつ毛に湯気がついてるな〜とか。
一青:なんかすごく香水を強めに振っている方とかいらっしゃると、それもまた面白いんでしょうね。すごく香るみたいな。
志村:そうですね、もう歩かれてる道案内の方になりますね。
一青:そうでしょうね、あー匂いがガイドになるっていうのも面白いですね(笑)
志村:もう全部が頼りになりますよね(笑)
一青:確かに(笑)
志村:え〜すごい、窈さんの中華いいですね、ここでせいろ蒸ししたいな〜。
一青:いやでも、季世恵さんが怒ったりすることってあるのかな?って今思いましたけど・・・。
志村:ありますよ〜。
一青:あります!?
志村:ふふふふ(笑)
一青:あまり想像だにしない。
志村:あとは、そうね〜、先ほど2022年の抱負はちょっとお聞きしたけど、まだ他にもありますか?
一青:そうですね、私は10周年とか15周年とか20年とかあんまり節目を大切とは思ってなくて、なんか本当に毎日毎日が大事で、昨日のことも明日のこともわからないみたいな生き方をしてるので、そうですね、今日が本当に幸せに過ごせたら、それで自分の関わる周りの人が幸せだったらいいなって思ってるぐらいなので、あんまり大きな目標って実は掲げるのが苦手で。
志村:うーん、でも私もそれが一番いいと思うな。私いつもね、このラジオを聞いてくださってる方へのメッセージをいただいてるんですね。そのメッセージは、明日の朝ね、まあ今は夜中だけど、明日起きたらちょっと幸せになってるような、そんなメッセージもいただいてるんです。今もうお話をいただいて、もう十分皆さんハッピーになっちゃってると思うんだけども、なにかもうちょっとあったら教えていただけたら嬉しいです。
一青:そうですね、私子供に言われてすごくハートが満タンになる言葉が「ママ大好き」っていう言葉で(笑)本当にシンプルなんだけども、大好きっていう言葉をきちんと大好きな人に伝えるのって、大人になると勇気がいるんだけれども、でも伝えていった方がいい言葉だなって。今までは「ごめんなさい」と「ありがとう」かなって思ってたんですけど、そこに「大好き」っていう言葉が加わって、それは子育てをして得た感覚なので、今聞いているあなたが、素直に誰かに大好きなことを大好きって伝えられるといいなって思います!今日私は季世恵さんのこと大好き!って思いながらお話してました。ありがとうございます(笑)
志村:あ〜嬉しい〜、先に言われちゃった、どうしよう嬉しすぎる・・・私も窈さん大好きです。
一青:ありがとうございます(笑)
志村:これ大事ですよね〜。
一青:うーん!
志村:本当に大切な言葉だと思う・・・!あ〜私も今こうやって、暗闇で大好きって言えてよかった〜。そして明日も大好きって言おう!あ〜本当に今日はありがとうございました!
一青:ありがとうございました!



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