DIALOGUE RADIO -IN THE DARK-

日曜の深夜。全てのしがらみから離れて
本当に「独り」になっている特別な時間。
人は誰もが不安や悩みを持っているはず。
この番組は、自分の心と対話することの大切さを伝え、
明日への活力を求める人への応援メッセージを
発信するラジオ番組です。

EVERY SECOND SUNDAY

25:00-26:00 ON AIR

真っ暗闇の中で、心と対話する時間を。
志村 季世恵の写真

志村 季世恵

バースセラピスト

板井 麻衣子の写真

板井 麻衣子

J-WAVE NAVIGATOR

MESSAGE TO STUDIO

MESSAGE

人は他人と比較してしまう生き物だと思います。
人より、恵まれていると喜んだり、
人より、うまくいかないと落ち込んだり、
SNSが生まれたことで、自分を誰かと比較する機会も増えてきました。
そんな今だからこそ自分の心と対話する時間を大切にしたいと思います。
何をしたいのか、何が悩みなのか、何に希望を持つのか。
その積み重ねが幸せを感じる近道なのではないかと思います。
幸せは、自分の心の中にある。


2019.05.12
GUEST

第11回のゲストは田中利典さん


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DIALOGUE

田中:Barですね。
志村:Barですね、はい。
たえ(アテンド):ようこそ、暗闇へお越しくださいました。
田中:ありがとうございます。
たえ:はい。…こちらではお飲み物をお出ししたいと思うんですけれども、選んでいただいてもよろしいですか?
田中:はい。
たえ:温かいお飲み物が、コクの深いコーヒー、そして、香り高いお紅茶、そして冷たいお飲み物がございまして、シュワッと口に広がる炭酸水、そしてフレッシュな100%のみかんジュース。それから、スッキリ冷たくよく冷えたおビールがございます。
志村:ビールまで…!
たえ:はい(笑)
田中:ビール飲んでいいんですか?
志村:いいんですー!いいんです。
田中:いやぁ…炭酸水かビールかなっ。
志村:どちらも、もうお心のままに。正直にお願いします!
田中:正直にビール飲みます。あはは〜(笑)
たえ:はい(笑)いいですね〜。
志村: じゃ、そうだな、私も…ビールにしちゃおっかなぁ!?
たえ:分かりましたー。それではお持ちしますのでお待ちください。
田中:中々ね、このシチュエーションでビールを飲めるっていうのは…まあ無いと思うので…(笑)
志村:いいですね(笑)泡もきっと違って感じるかも知れませんね。
田中:ね〜〜。ほんっとになにも見えないですね〜。
志村:見えないですね。利典さんは、こういう真っ暗い中って、意外と落ち着くものですか?結構それとも…。
田中:いやぁ、結構僕ね、子供の頃から寒い所と暗い所があまり好きじゃなかったので。
志村:あ、そうでしたか…!
田中:はい、少し不安感はありますよね。
志村:はい…そうですよね、暗い所って…そんなに好きな人ってあんまりいないですよね〜。
田中:ね〜。
志村:うーん。
たえ(アテンド):失礼いたします。
田中:あっ、ありがとうございます。
たえ:ビールをお持ちしたんですが、こちらでお注ぎさせていただいてもよろしいですか?
田中:あ、注いでくれはるんですか?へ〜…!
たえ:はい。ではグラスを置きます。
田中:いやぁ、それすごいな。

<ビールの缶を開ける音>

田中:めっちゃ面倒なものを頼んだのかな?
志村:いや、そんなことないですよ〜?

<ビールをコップに注ぐ音>

田中:…あ、いい音がしますね(笑)
志村:ね〜いい音ですね〜。
たえ:では、季世恵さんの…
志村:はい。
たえ:(コップは)こちらになります。…はい、これですね。
志村:ありがとうございます。すご〜い。
田中:ささやかに…。
たえ:(コップを)離しますね〜。
志村:はい、ありがとう〜。
田中:ささやかに乾杯をするにはどうしたらいいのかな?
たえ:ふふふ〜(笑)
志村:あのね、ここに私のグラスがあります。(コップの音をさせる)
田中:どこですか?
志村:ここに…(もう一度コップの音させる)音しますか?
田中:音します。
志村:利典さんのグラスはどの辺でしょう?
田中:ここに。
志村:はい。じゃあ乾杯してみます!…はい。乾杯―。
田中:乾杯。あ、出来ましたね。
志村:出来たーー。いただきまーす。
田中:いただきまーす。
たえ:ごゆっくりどうぞ〜。
志村:ビールの香り…。
田中:あービールだ!
志村:美味しいですね!
田中:美味しいですね。………いやあ、美味しい!
志村:ふふふ〜。いいですね、ほんとに。あのう、今日利典さんは、あ、普段ですと、奈良の…
田中:そうなんです、あのー、60歳ぐらいまでずっと奈良で。吉野の金峯山寺(きんぷせんじ)という修験道(しゅげんどう)と山伏(やまぶし)の本山にいたんですが、還暦をきっかけに元々京都の綾部というね、片田舎に父が建てた山伏の寺がありますので、父が亡くなって13年間放ってあったので、60歳で戻りまして、今はまあ用事がある時は吉野にもしょっちゅう行くんですけど、普段のベースは京都の綾部にいるという。
志村:あーそうですか〜。
田中:でまあちょいちょいこうして東京に出てきたり、色んな所に行ったりさせていただいているんですけど。
志村:あ〜そうなんですね〜〜。あのう、金峯山寺、私も時々お参りにおじゃまさせていただいてるんですけども、吉野の桜の時はほんとにすごいですね…!
田中:そうですね、今年はまた桜が良くてね。
志村:はい。
田中:去年はね、4月4日にもう全部散っちゃったんですけど。今年はねえ、また4月半ばを過ぎて、花があって、観光客の方もたくさんおいでいただいてましてね。
志村:う〜〜ん。吉野は桜が千本桜と言われるぐらいですからすごく有名ですけれども、その桜の由来というのは、あるんですよね?
田中:はい。吉野というのは…古いたくさんの歴史があるんですけれども、吉野の古い歴史のキーワードとして、「修験道」という日本独特の信仰の聖地「根本道場」という位置がありましてね、これは役行者(えんのぎょうじゃ)という修験道の開祖が修験道をお開きになった時に、金剛蔵王権現(こんごうざおうごんげん)という日本独特のご本尊をいろり出されたんです。このいろり出したご本尊を吉野のふもとと、それから自分が修行しておった大峰山という山の頂上と、両方にお祀りされたんです。これを金峯山寺というお寺というんですが。
志村:はい。
田中:で、そのお祀りをされる時に、山桜の木に刻んでお祀りをされた所から、山桜は蔵王権現(ざおうごんげん)のご神木という信仰が始まりまして。多千年に渡って吉野山では「蔵王権現のご神木」として人々が桜を育て、あるいは訪れる人たちが寄進をして山を埋め、谷を埋め、吉野は日本一の桜の名所になって行くんですけれども。
志村:う〜〜〜ん。
田中:これは、修験道、蔵王権現という信仰が、あの山を桜の山にして行ったという…そういう歴史があるんですね。
志村:そうなんですね〜〜〜…そうか、では、ただただ桜があるのではなくて、
田中:そうなんですよ。
志村:ほんとにもっともっと祈りの力というか、そういうのが…。
田中:まああの、一般の人が花見をするようなのは、皆さんよくご存知の徳川…暴れん坊将軍の頃に江戸の各所に桜を植えて、庶民が花見をするというのが一般的に広がって行ったそうなんですけど。
志村:あ〜そうなんですか〜〜。
田中:吉野はそれ以前からその権現様への原木として、桜が終わっていたので、秀吉が戦国大名の勝ち残り5千人を引き連れて吉野で大花見大会をした、みたいな歴史が日本の花見の始まりのようにして語られているんですけれども。
志村:はい。
田中:そういう名所であって、人が楽しむために植えられた桜というより、まあ信仰によって育まれた、そういう風に思っていただくと見ていただく桜もさらに意味を持つのかなと思うんですけどね。
志村:ほんとですね〜〜。私毎年…あのう、実はお祈りさせていただいているんですけど、桜の時も綺麗ですけど、葉桜になって緑が広がって行く時もほんとに美しくて。
田中:これから一番ね、5月…半ばぐらいがね、ほんとに青々とした香りというか匂いというか、全山を包み込むような、ほんとにいい瞬間が新緑の頃はありますので。
志村:いいですね〜〜。
田中:私は一番あの頃が好きなんですけどね。吉野の新緑の頃がいいのはね、もう一つね、その新緑とか風もいいんですが…4月にすごい人が来てるんですよね。すごい色んな気というか、色んなものがあの山の中には落とされて行って、
志村:あーなるほどー。
田中:5月のその新緑の頃になるとそれがなんか、浄化されて行くようなね。なんかこう、人がたくさん集まった後の静けさと、浄化が起こっているみたいな…そういうものがね、この時期はあるような気がするんですよねー。
志村:あーーー…分かる気がしますーー。
田中:だから、桜の時分はね、人の欲とか色んなものがうごめいている感じ!
志村:あははは〜〜!そうですか〜(笑)見えないけれども欲はちゃんとこう…なんとか感じるものですか(笑)
田中:うん…感じるものがありますよね。見えないということもそういう意味では、ある種の…浄化が起こっている部分もありますよね。
志村:うん、そうかもしれません。
田中:仏教ではね、この暗闇というのは無明(むみょう)というね、いわゆる我々が煩悩、悪業に苦しんでいる。それの元は無明から始まっているという考えがあって。
志村:はい。
田中:良くないというか…人間が不完全で、色んなものに悩んでいる象徴が暗闇なんですよね。
志村:はい。
田中:で、密教では…灌頂会(かんじょうえ)という、修行会の中では暗闇をすごく大事にして、で、目隠しをしてね、目隠しを取った時に仏様の世界へ連れて行くという。暗闇という煩悩を超えて仏の世界があるということを儀礼的に体験させるんですよね。
志村:それは灌頂会というものなんですね。
田中:灌頂会という。
志村:はい。
田中:で、もう一つ、山伏の世界には、暗闇を体験させる儀礼で非常に面白い儀礼があって、これは吉野から大峰山山上ヶ岳、あるいは熊野まで修行にする奥駈修行(おくがけしゅぎょう)とかの一番最初に行う修行なんですけれども、吉野の奥に奥千本という場所があるんですね。ここにね、隠れ塔というお堂があるんです。
志村:はぁ〜〜。
田中:鎌倉時代に義経がそこにこもったことがあるという、義経の隠れ塔というのがあるんだけども、この隠れ塔で一番最初に、初めて修行に来た人たちや、修行をする…まあ儀礼があるんですよね。
志村:はい。
田中:どういうことをするかというと、こういう真っ暗闇の中へ連れて行くんです。狭いお堂なんですが、そこへ10人とか15人とか…こう入れましてね、扉を閉めますと、真っ暗になるんです。
志村:お〜〜。
田中:真っ暗になった中を、先達(せんだち)が「吉野なる深山の奥の隠れ塔本来空のすみかなりけり」という歌詠みをしながらね、みなさん背中を触りつつお堂の中をぐるぐると何度か回るんです。
志村:はい。
田中:で、いきなり、真ん中に半鐘(はんしょう)があって打ち鳴らすんですよね。そうすると、真っ暗の中をわけ分からんと歌詠みしながら回ってる人はびっくりするわけですよ。
志村:そうですよね〜〜!
田中:でそれを、いわゆる気を抜くんですけどね、気抜けの塔(けぬけのとう)ともいうんですが。
志村:へえ〜〜〜!
田中:そういう行儀をすることによって、これから修行して行く人たちが一旦リセットされて、いよいよ行に入って行く。まさにその暗闇という無明の煩悩が打ち鳴らされる鐘で、リセットして生まれ変わって出て行くみたいな、そういう作法があるんですけれどもね。
志村:そうでしたか〜〜〜。
田中:だから非常にその修行の中で、暗闇って昔から使われてきたって気がするんですよね。
志村:そうなんですね〜〜〜。それって、日本オリジナルのというか、そういう修行なんですかね?
田中:灌頂会は、インド中国から渡ってきた王法なので元々行われてきたと思うんですが、さっきのその山伏の気抜けの塔、隠れ塔の修行は、大変日本的なものなのかもしれませんね。
志村:う〜〜〜〜ん…すごいですねそれって。うーーん。
田中:暗闇には出家の中で様々な意味を実は持たしてて、暗闇を経験する中で新しいものを生み出して行く力があることを、知っていたのではないかとも思いますね。
志村:そうですね〜〜。そうかーそれはすごいですね。

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志村:で私たちはその暗闇というものに対して、それをこう光を灯すことを文明としても、だんだんこう…大切にしてきて、
田中:はい。
志村:で、火を起こすとか、そしてそれから電気を点けるとか、いかに明るくするのが大事なのかってなっていって、まあ今も眩し過ぎますけど。
田中:…そうですよね、眩し過ぎますよね。
志村:はい。で時に暗闇の中に入って、とてもシンプルになって、なにが一番大切なのかっていうようなことを感じるのは…いいなって思ったりします…。あのよく利典さんがお話しいただく時に「今ここにいるっていうことがとても大事だ」ってことをおっしゃってますよね。未来に思いを馳せたりして不安になったりとか、過去のことばかりにとらわれてしまって、そしてくよくよしてしまったりとか、まあ後悔するとか。で今ここに存在することを忘れがちというか、思いが至らないみたいな。で、DIALOGUEは世界中で42カ国やってるんですけれども、共通の必ずみなさんがおっしゃる言葉があるんだそうなんです。
田中:はい。
志村:それは、「I’m here」って言うんですって。
田中:あ〜〜〜。
志村:「私は今ここにいます」って。「あなたはどこにいますか?」って。その今ここにいるっていうのがものすごく直接的に感じやすいと思うんですけど、利典さんがおっしゃっている「今ここ」っていうのと少し似てるのかな?共通してるのかな?ってよく思う時があるんですが…。
田中:うん、まあ、「いまなかのいま」という言葉があるんですけども、過去があって、今があって、未来がある。その過去と未来の真ん中に「いまなかのいま」がある。
志村:はい。
田中:いまなかのいまはすぐ過去になるし、いまなかのいまが未来へ繋がる今であるし。そういう風に今の自分を捉えることっていうのは大事かなっていう。で、繋がりに真実がある。例えば「夫婦」という言葉があるじゃないですか。これは「主人」とか「奥さん」に真実があるんじゃなくて「夫婦」という繋がりが夫婦という真実である。「親子」というのも「親」に真実があるのか「子」に真実があるのかじゃなくて、「親子」という関係性が真実である。それは、人間が生きてるものは全部そうで、繋がりの中に真実があって、自分の側とか、向こう側とかは無いわけなんですよね。で、それは過去に対してもそうで、未来に対してもそうで、過去と繋がっている自分。未来と繋がっている。で、いまなかのいま。繋がりに真実があるから今があるみたいな。これはご先祖との繋がり、それから自然や社会との繋がり。でそれを確認するのがいまなかの”今ここにいる”ということなんですが、その今ここにいるというのも全部の繋がりの中で、今ここにいるという自分があるので、そういう繋がりの中に真実があって、自分の側に、なんかこう…自我とか、我執とか、そういう言葉がありますが、そこにとらわれ過ぎると逆にいまなかのいま。「今ここに私がいる」ということが分からなくなってしまうような、そんな気がするんですけれどもね。
志村:ほんとにそうですね〜〜。全ての繋がりの中で今があるんですものね。
田中:はい。特にね、あのう…人間っていうのはね、手がかかる生き物でね、生まれて犬や猫はすぐ歩けるし、すぐお母さんのおっぱいも飲めるじゃないですか。
志村:はい。
田中:人間は、歩くまで一年ぐらいかかるんですよね。
志村:かかりますね〜〜〜。
田中:自分でおっぱいも飲めないんですよね、飲まさないと。
志村:うん、うん。
田中:っていうことは人の手をかけないと、大きくもなれないわけで、もう圧倒的に他の動物と比べて手がかかって、そんな繋がりの中でようやく成長して行く。ですから、繋がりを切ると人間であることを辞めなければいけないぐらい。その繋がりがたくさんある中で、でもその繋がって今自分がここにあるということも、きちんと捉えるということが大事なのかなあという気がしますね。
志村:ほんとですね〜〜。
田中:で、私は暗闇が怖いという本質はね、さっき「繋がりに人生の本質がある」と言ったように、見えているから繋がりがこう…分かるじゃないですか。
志村:うん。
田中:見えないということは繋がりが消えていく怖さなんだと思うんですよね。
志村:うーーんなるほど〜。
田中:見えてると、色んなものが繋がりの中にあって自分があるということも自覚出来ますけれども、こうやって真っ暗になってしまうと、今声で繋がってるので少し安心が出来ますけども、ほんとにこれ、誰もいない所で一人ここに何時間もいるともう、不安になってしまいますよね。
志村:なります、なります。
田中:そういう繋がりが消えていく怖さというのは、あるのかなぁ。
志村:あのう…DIALOGUEはドイツで生まれたんですね。
田中:はい。
志村:で、世界中でやっていますけれども、必ずグローバルでお約束事があって、DIALOGUEの暗闇は個人では入らない、チームで入ること。
田中:なるほど。
志村:大体8人チームで入るんですけど、その、なぜ8人ひとチームで入るかというと、改めて人との繋がり、絆が分かるからなんですよね。
田中:うんうん。
志村:で、今って、目が見えていてもですね、特に日本の場合はそうかもしれないけれども、スマホで、
田中:そうですよね、みんなね、スマホと繋がってるだけで、目の前の人たちと繋がってないですよね。
志村:はい。例えば満員電車の中で、誰が乗っていたかなんて誰も覚えてないんですよね〜。
田中:ね〜。
志村:いつも下を向いてるとか、街を歩いていても、分からない。例えば、じゃあ映画館で映画を観ていても、隣の人はどんな人とか分からないみたいな。見えているようで見えていないんですけど、暗闇の中だと相手を見ようとするので、その人のことをこう、一生懸命感じようとするんですよね。で、例えば背中を触ると、あ、この方のお洋服はちょっとふわっとしてるとか、ざらっとしてるとかっていう風に、質感も分かってきて、なにか目じゃないもので一生懸命判断…判断っていうか相手を理解しようとする。で、例えば私なんかよく暗闇で迷子になるんですけど、その…今日案内してくれた、たえちゃんとかは迷子の足音まで分かるそうで、助けに来てくれるんですね。
田中:あ〜〜。
志村:そうすると、いかにその…ひとりぼっちであるかもしれない暗闇が、人がなんて大切なんだろうとか…ひとつの繋がりが分かってくると、なんだか自分は人が大好きだったんだと思い出せたりとか。
田中:うん。
志村:それから大好きだって思い出せると、自分のことまで素敵に思えたりなんかして…。
田中:うん。
志村:それがすごくこう、ポジティブに変換されていく。そしてこの世に対話が出来ると、見えない中だと相手の声を本気で聞こうとするので、聞き漏らしがないんですよね。
田中:そうですね。
志村:はい…。
田中:あのう…声だけが頼りですからね。
志村:そうです。でそうすると、その…んー……孤独だった、恐怖だった暗闇が、その……平和利用されていくというか…。
田中:うん。
志村:すごくポジティブな、見えないけど明るい暗闇に変わっていく。
田中:うん。
志村:それは発案者のハイネッケがそれを発案した理由っていうのは、お父さんがドイツ人でお母さんがユダヤ人で、物凄く文化の大きな違いで争いがあって、どうしたら人が違いを認め合えて、対話が出来て、平和が築けるのかって時にこのDIALOGUEを考案したんですけど。
田中:うん。
志村:なのでその…なんでしょう、利典さんのおっしゃていただいたような、人と繋がっていくっていうようなことを、また別の形でやってるのかな〜みたいな。
田中:あーそうですね、そのまあ、繋がりは真実になるっていう言葉があっても中々それって実感……しにくいじゃないですか。
志村:はい。
田中:このDIALOGUEの世界で繋がっていく、その、ビジュアルに体験する中で、それはもしかしたら自分の中で新しいものを生む力になるかもしれませんね。
志村:そうですね〜〜。

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志村:今の時代に、まあ今だんだん時代は変わって、まあいつでも変わっていくんでしょうけども、私たちになにが必要なのかっていうのは今までのお話の中で、繋がりをもう一回感じたりとか、まあ取り戻すというようなことが大切なんじゃないかってことは今教わった気がするんですけど。
田中:いやねえ、大変な時代を私たちは生きてますよ。
志村:うん。
田中:まあいつの時代も劇的に変わっては来たと思うんですが、もうほんとに今もね、もう、爆裂的に世の中が変わって来ていますから。
志村:はい。
田中:もう、平成から令和に元号も変わって、まさに大きな時代の節目が来たわけですけども。
志村:そうですね。
田中:日本の文化というのはね、常にハイブリットなんですよ。
志村:ハイブリット。
田中:混合なんですよね。
志村:うん。
田中:もう縄文時代、弥生時代からずーーーーっと、色んなものを混合して、混ぜこぜにして、で、元々持っていた原始的なものも変えずに、外来のものも上手く利用して来たという。
志村:はい。
田中:これはまあ、あのう、日本の文化なり……色んな基礎の所にあたっているという。
志村:はい。
田中:まあ「神仏習合」という言葉があるんですが、六世紀に仏教が伝わって来て、それ以前の日本人は神信仰があったわけですけども、この神と仏が融合して、もちろん教科書で蘇我氏と物部氏の争いがあって、廃仏派と崇仏派で戦ったと言いますけども、そこから1300年間神様と仏様は仲良くして来たわけです。
志村:そうですね〜。
田中:で、神仏習合、神仏和合みたいな。仏教を父に、神道を母に、ハイブリット輪を生み出して来たんですね。
志村:はい。
田中:そういう文化って多分これからも日本を支え続けていくし、私たちのその…地の中というか、この風土が育んだ中には常にハイブリットに…。でしかも、新しいものを生み出し続ける力があるので、そういう日本が持って来た文化というのをもう少し大事に思っていくと、どうなるか分からない時代も、生き抜けていけるのではないかと思いますね。
志村:うん、日本人のDNAが。
田中:はい。
志村:それをこう…もしかしたらば、出来るかもしれないってことですね。私もそれは、その例えば漢字が入って来た時代があるけども、それは日本ならではの平仮名にまた変わって行ったりとか…!
田中:そうなんですよ、大和言葉があったところに漢字が入って来て、万葉仮名も生み出したりして、大和言葉も続いて来て。漢字も需要して来てみたいな。
志村:はい。
田中:明治には和魂洋才、ね。
志村:はい。
田中:ヨーロッパから色んな文化が入ってくるけども和製英語が出来てみたり、色んなもの作り出して来ましたよね。
志村:そうですよね〜〜。
田中:常にハイブリットで、あとグローカル。グローバルなものとローカルなものが融合してグローカルな文化を生んで来た。こういうのが、まあ日本って…あのう…雑多のような文化であるとか色々言われるけども、いやそこに日本の個性というか、この日本列島でないと生み出し得なかったような文化がるような気がしますけれどもね。
志村:そうですよね〜、私もそれはすごく感じます。食べ物だって、こんなに色んなものがある国ってないですよね。
田中:ね。これ全部美味しいですからね。
志村:そうなんですよ〜〜!
田中:インドにはビーフカレーありませんけれども。
志村:はい、そうですね!ビーフだめですね。
田中:ね。
志村:はい。
田中:でも日本はあるじゃないですか。
志村:ありますね〜。
田中:だからインドのカレーと日本のカレーは違うわけですからね?
志村:はい。
田中:でもそのカレーを受け入れて来て、日本のビーフカレーを生んだような文化って、ずーーーーーっと続けて来たわけですから。これからもビーフカレーを産み続けるんではないかと思いますけれどもね。
志村:うーん。AIの時代が来たとしてみても、例えば色んな変化があって、人間がこう…もしかしたらばその…違った力?によって、今まで頑張っていたその人たちがどこに行ってしまうんだろう?ではなくて、もっともっとこんな風な生き方があるよってことを生み出せる力を、日本人はほんとはそもそも持っていたということですよね?
田中:はい。もうほんとにどうなるか分からないぐらい劇的なことが起こりつつありますけども、まあなんとかやっていけるのではないかと、あのう、ネガティブにならずに、ポジティブに考えていいのではないかと思いますけれどね。
志村:はい。いや〜、そういう風な日本人の力、たくましさ?、あと知恵?。ほんとに日本人って実は私は、今ダイバーシティって言われてますけども、元々ダイバーシティそのものの国だったんじゃないかって思うんですよね。
田中:そうですよね。
志村:八百万の神様があんなにいっぱいいらっしゃって、
田中:ねえ。
志村:だってこう、顔洗っただけで神様出てくるみたいな…!
田中:そう。もう、全部神様になりますからね。
志村:そうですよね〜!
田中:サンマの頭も神様になるしね、全部神様…で、ものに、もの信仰って言うんですよね、アニミズムとも言うそうですが。
志村:は〜なるほど。
田中:そこに、聖なるもの、自分を超えたものを見出す文化というのはこれからも残り続けていくでしょうし、そこにまた新しい文化を生み出す力が備わってると思いますけどね〜。
志村:うーーん。その…AIも…すると自分が、いや、なんかちょっとこう難しいんじゃない?だめじゃない?とか、これから未来の世界に対して希望が持てなくなってしまうって人もいると思うんですね。
田中:うん。
志村:でもそれに対して今日のお話は、いや、行けるんじゃないかな?って風な、なにか明るいものを感じた方もいらっしゃるかなと思うんですけど。
田中:いや行けると思わないとね。人間っていうのはなんでもそうですが、やろうと思うことがすごく大事なんですよね。
志村:うん。
田中:僕はあのう、世界遺産登録というユネスコの世界遺産登録の道を開いたんですけど、あれも金峯山寺を世界遺産登録しよう!と僕が思ったから…この、思うとそのことを思う為に誰かに出会うんですよね。誰かに出会った人が、色んな所に連れて行ってくれるんで。その為には”思う“ことが大事で、AI社会が来てどうなるか分からへんけれども「これは良くなる社会になるんだ!」ってことを思うことによって、その思うことを実現する為にきっと誰かに出会うはずですから。そうすると、明るい未来が繋がっていく。思いを持つことって、非常に大事なのかなあと。思います。
志村:ほんっとに、そう思います。その通りだと思います。その思いが行動を起こすんですものね。
田中:で、大きな目で見ると、その思いを持つということも神様仏様の大きな掌の中で、与えられた使命としてやらせていただいてるみたいな。
志村:はい。
田中:そういうところまで自分がやってることを思えると、結構幸せになるんですが…まああのう、思えないこともいっぱいあるのでね。すぐ人間っていうのは、めげますから。
志村:はい…!
田中:でも、めげても常にそういう大きな繋がりで今ここにいさせていただいてるっていうことを、思い続けることが大事なのかもしれませんね。
志村:…はい。もうそうしたいです…。今日このラジオを聴いてくださった方たちはきっとそんな風な気持ちを持っていただけたかなって思うんですけど。もうそろそろお時間になりますが、利典さんからリスナーのみなさんに一言、なにか、今この時間、深夜1時〜2時の真夜中の時間、で朝目を覚ました時に、あーこういう風な自分でいられたらっていうような、なにかメッセージはありませんか?
田中:あのう…やはり、どういう状況であれ、どういう状態であれ、今ここに生きている自分を、受け入れる。で、その意味を自分で作る。人間が例えば男で生まれて来た、女で生まれて来た、色んな形で生まれて来たというのを、偶然と思うと、世の中というのは見えてこないんですね。これ全部、自分で必然という風に自分の中で受け止めると、次に進める力になって行くので。まあ、今不幸にあったとしても、それは次に向かっての必然だと思った方が…過去は戻れませんから。
志村:はい。
田中:いつも、未来は生きてる限りありますから。そういう、生かしていただいている限りは常に可能性が未来には導いているわけですから。そういう、自分を受け入れて、その今の自分があることの必然に思いを致すことが、大きな力を生んで行くように思うんですけどね。
志村:いや〜〜〜ほんとにその通りですね〜〜〜!いや〜〜〜、今日はありがとうございます。
田中:いえいえ、あのう、ね、言うてるほど自分でしっかり生きてるわけではないんで…しょっちゅうへこたれるんですけどね。
志村:ふふふ(笑)それは人間ですから〜。というかそのお言葉が逆に心強いです。誰もがそうなんだ…特別な人がその…常に常に前を向いて歩いてる人がいるのではなくって、へこたれたりとかしながらもそれをまた超えて行くんだっていうことが分かる方が、よほど今私の心には響いていますが…。
田中:まあへこたれる時はもう、へこたれた方がいいかもしれませんねっ。
志村:ほんとですね〜。
田中:ねっ。まあへこたれたままではいけないかもしれないし、いずれまあ元気になりますからね。
志村:そうなんです。やっぱり最後までちゃんと落ち切るとまたちゃんと上ってくる力もあったりとか、そういう時もありますもんね〜!すごいな〜〜〜。
田中:こんなことを…暗闇に借りて、ベラベラと喋り過ぎたかもしれませんね。
志村:とんでもないです!もっとほんとは3日間くらい聴いていたいです…!
田中:いえいえもう、あのう…全て、お話尽くしたかもしれません。
志村:はっ………!ありがとうございます…!
田中:ありがとうございました。
志村:いや今日はほんとにありがとうございました。
田中:いえいえこちらこそありがとうございました。
志村:あの、暗闇の中で握手をしてもよろしいですか?
田中:はい、はい。
志村:は〜ありがとうございます。
田中:ありがとうございます。



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