2013/10/4 ハンス・オフト監督の言葉

今朝ピックアップするのは、ハンス・オフト監督!

秋になると、ワールドカップ予選の厳しかった記憶、思い出しませんか?
今は、出るのが当然という感じになっていますが、初出場したフランスワールドカップの最終予選は、97年の秋でした。 そして、その前、アメリカ大会のための予選、あの「ドーハの悲劇」で結局、出場権を逃しましたが、そのときの監督がオフトさん!

オランダ出身、現役時代は、フェイエノールトでプレーしました。
その後、オランダユース代表のコーチを経て、日本のヤマハでコーチ。マツダでコーチ、監督をつとめました。
そして! 92年、外国人として初めて日本代表の監督に就任!!

オフトさん、日本代表の監督になっていきなりその夏にダイナスティカップ(今の東アジアカップ)優勝!
さらに、秋のアジアカップで優勝!
そして、93年、運命のアメリカワールドカップ予選へと進んでいくわけですが……

オフト監督が、代表選手たちに教えたキーワードがあって、今はもうすっかりおなじみの言葉ですが、

まず、「アイコンタクト」それから、「トライアングル」そして、「コーチング」。

とにかく、オフト監督は、コミュニケーション、ということを大事にしていて、例えば、合宿の際、それまでの代表では、なんとなく気の合う二人を同じ部屋にしていたのをやめて、ポジションで連係をする二人を 一緒の部屋にしたそうです。

さらに、ごはんを一緒に食べることも大事!ということで食事の時間は厳守。
朝8時から食事となっていたら、きっちりその時間にはテーブルにつくこと。
そして、先に食べ終わっても、全員が食べるまでは席にいること。
こんなルールを決めていた、というエピソードも残っています。

そして、オフト監督はいつも、目標設定をすることが大切だとしていて、ご自身が日本代表の監督に就任するときには、こんなコメントをしました。

「目標は、日本代表チームをワールドカップに出場させることです。
私は、そのためだけに、日本代表の監督を引き受けました」。

92年に就任して、最終予選は93年。わずか1年ほどで、チームを仕上げる。
相当大変なことだったんじゃないかと思います。
チームの中心だったラモス選手とぶつかった、なんて話もありましたが、最終的には、「ワールドカップへ行く」という目標でチームが団結しました。

そして、本当にあと一歩、いや、あと何秒かというところまでいきました。
アメリカ行きの切符は手に入りませんでしたが、日本のサッカー界に対しての功績はとても大きかった、ハンス・オフト監督です。

代表監督を退いたあとも、ジュビロ、レッズ、サンガなどの監督をつとめたオフトさん。
今年、日本サッカー協会は、その功績をたたえて、オフト監督の「サッカー殿堂入り」を発表しました。