2009年10月30日

大山顕 -5- 大山さんの注目するもの

今週のゲストは、工場や団地、ジャンクションなど、大きな建築物にこだわった本を出されているフォトグラファーでライターの大山顕さん。

大山さんが気になっているものはまだまだあるそうで、例えばゴルフの打ちっぱなしの練習場。柱とネットで構成されていて、すごく広い、奇妙な構造物。それが住宅地の中にでもどーんとあって、夜はライトも点いて、ネットの緑色が照らされている。火星人が地球に来たら、有名建築家の建築よりも、驚いて興味を示すのでは、と大山さん。最近はよく写真に撮っているそうです。

他には立体駐車場やトンネル。他の建物と違い、できあがったあとは誰も意識してくれない。造っているときには、渋滞すると文句を言われながら、ビルを建てる何倍もの時間をかけて造る。完成したときにはただの道として、意識されない。そういう話は涙が出てしまう、と大山さん。そういう人に「本当に素晴らしい仕事をしていて、かっこいい!」と言いたいという想いから、大山さんの作品は生まれているのかもしれません。

今の東京はすごくかっこよくて、面白い。環境などの問題などもありますが、みんなで頑張って解決していこうとしているし、それも含めて美しい。批判する方向にいきがちだけど、今ここに存在するというのにはそれだけの理由があって、しかも時間を重ねていくことで思い出が生まれ、そうやって風景はつくられていくと思う、とおっしゃっていました。

住宅都市整理公団
日本ジャンクション公団

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2009年10月29日

大山顕 -4- 街歩きワークショップ

今週のゲストは、団地やジャンクションなど、大きな建築物にこだわった本を出されているフォトグラファーでライターの大山顕さんです。

“きっかけ”があればみんなできるんだろうな、という思いから「街歩きワークショップ」も開催されています。歩く街は、住宅街でも繁華街でもどこでもよくて、とにかく歩き回りながら写真を撮り、最後にみんなで発表し合うというスタイル。最初はみんな放っておくと、猫を撮るのだとか。「写真に撮るに足るべきもの」の考え方は意外と深く根付いていて、なかなかそこから抜け出すことが難しいのだそう。だからこのワークショップでは「自分が好きなもの」を撮るのが禁止なのだとか!ではどうするのかというと、最初に目に付いた、好きでもない、どうでもいいものをひとつ選んで、ずっとそれだけを探して撮り続ける、というルール。

ある回に参加した人に「車止め」を撮ることにした人がいたそうです。もちろん、好きでもなんでもないけれど。2時間ずっと、「車止め」のみを一生懸命探しながら写真を撮り続けているうちに、変化が起こり始めるそうです。馴染みのある街も、今まで全く意識しなかった「車止め」によってマッピングされ、再構築され始める。第二の変化は、「車止め」の定義が分からなくなってくるのだそう。
例えば、家の前に置いてある植木鉢を撮っていて、最後の発表のときに「これは車止めですか?」と訊くと、「車を出した後のガレージの前に、他の車が入ってこないように置いてあるものだから“車止め”です。」との答え。

こうなってくると、最初は好きでもなんでもなかったはずなのに、すでに立派な「車止めマニア」。その人はワークショップの後も車止めが気になってしまって、写真を撮り続けているのだとか。これは車止めに限らず、他のものでも起こることなのだそうです。人に何か言われるかどうかとかではなくて、これがクリエイティブなのでは、と思うと大山さん。それが面白くて、ワークショップを続けているのだとおっしゃっていました。

住宅都市整理公団
日本ジャンクション公団

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2009年10月28日

大山顕 -3- 意識していない「ほっとけない」もの

今週のゲストは団地やジャンクションなど、大きな建築物にこだわった本を出されている、フォトグラファーでライターの大山顕さんです。

大山さんにとっての団地やジャンクションのようなものは、それぞれみんなが持っているそうです。それは、目にしているけど見ていなくて、どこか頭の隅にしまいこまれていて、まさか自分がそれに囚われるとは思っていないもの。「好き」といえるほどはっきりしていなくて、「好き」というよりは「ほっとけない」もの。

「風景」は所有できないもの。だから写真に撮ったりして、自分の想いを言いたくなる。そういうものに、なかなか気づけなくて見過ごしてしまう。たぶん、そういう自分の中に眠っている気になるものを意識化させるコツのようなものを、十数年で見につけたのかな、と最近思うと大山さん。

そのコツを伝えるのは難しいそうですが、ストーリーやイメージなどから入るよりも、単純に見てくれのカタチで判断していいのでは、というのが大山さんからの提案。世の中は見てくれで判断することを、あまり良いいこととして思っていない節があるけれど、まずは見た目から入って、だんだん深いところを好きになっていってもいいかな、と思っているそうです。
そして、大山さんが活動を続けている理由のひとつは、皆が見過ごしがちなものを「良い!」と思っている仲間を増やしたいから、とおっしゃっていました。

住宅都市整理公団
日本ジャンクション公団

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2009年10月27日

大山顕 -2- 大山さんが見るジャンクション

今週のゲストは団地やジャンクションなど、大きな建築物にこだわった本を出されている、フォトグラファーでライターの大山顕さんです。

大山さんは「日本ジャンクション公団」というWEBサイトも運営していて、ここではジャンクションの写真を見ることができます。さらにジャンクションの写真を集めた「ジャンクション」という本も出されています。意外と女性のファンも多いのだとか。

大山さんが考える「美しいジャンクションの条件」をお訊きしてみると、それは「美しい女性の条件」を訊かれるのと同じくらい難しいとのこと。姿形が美しいというのもあれば、気立てがいいというのもあるように、複雑なものや、曲線の延びていく感じがいいもの、重なり合っている感じがいいものや、夜景が良いもの。。。
大山さんからすれば昼も夜もそれぞれ
素晴らしいジャンクションですが、夜のほうがキャッチーで、写真も夜景のものの方が、受けがいいそうです。

ジャンクションといえば、来年の3月にオープンする大橋ジャンクション。大山さんは何度か見学に行かれているそうです。「これは自分が見てるだけではもったいない!」と思い、首都高にお願いして2度ほどツアーを行ったそうです。かなり巨大でかっこいいのですが、特殊すぎるので、ジャンクションっぽいジャンクションではないのだそう。でもあの姿はやっぱりすごいから、一度みんなに見て欲しい、と大山さん。ちなみに大山さんの一番お気に入りのジャンクションは「箱崎」だそうです。

住宅都市整理公団
日本ジャンクション公団

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2009年10月26日

大山顕 -1- 団地の魅力

今週 10/26(月)〜30(金)のゲストはフォトグラファーでライターの大山顕さん。

大山さんが総裁を務めている「住宅都市整理公団」のWEBサイトには沢山の団地の写真が載っています。日本の住宅建築の歴史から見ても避けて通れない団地。見たことのある方は多いと思いますが、意識して見たことはありますか?

あるとき、団地をとても面白いと思った大山さん。同時にみんなが見てないことにも気がつきました。多くの人に団地を見てもらうため、週末に写真を撮って、WEBサイトに上げるようになったそうです。

団地の魅力あるポイントをお訊きしてみました。例えばJ-waveのある六本木ヒルズは、建築でいえばメイクもばっちりのアイドルや女優さん。それに対して団地はすっぴん。女優さんが家に帰ってきて、メイクも落としてソファでくつろいでいる、そんな感じなのだとか。そう言われると、そっちの方が魅力的にも思えてきました。
他にも、好きだという人の多い同潤会アパートは、団地好きな人にもファンは多くて、大山さんからすると、すでに人気者なので、自分のやることは無いと思っているのだそう。世の中でスポットライトの当たっていないものをもっと応援したいという思いのある大山さん。これから一週間、どんなお話を聞かせてくれるか楽しみです。

◎大山顕(ライター/フォトグラファー)
千葉大学工学部で環境デザインを学び、大学院を修了した後、メーカー勤務を経てフリーランスに。WEBサイト住宅都市整理公団、及びWEBサイト日本ジャンクション公団の総裁。工場、団地、ジャンクションなど、巨大な建築物をこよなく愛する。
-著書-
ジャンクション(メディアファクトリー)
団地の見究(東京書籍)
団地さん(エンターブレイン)
高架下建築(洋泉社)
-リンク-
住宅都市整理公団
日本ジャンクション公団
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2009年10月23日

久石譲 -5- 音楽との未来

今週のゲストは音楽家の久石譲さん。

幅広い分野で活躍されている久石さんは、現在なんと8つくらいのプロジェクトが同時並行しているという状況なのだとか!いっぺんにやろうとすると頭の中が混乱してしまうので、単純に目先にあるもの、締め切りが一番手前のものから、それに集中して一生懸命やるという方法をとるそうです。まるで映画「カサブランカ」に出てきたやりとり:「昨日の夜はどこにいたの?」「そんな昔のことは分からん。」「今晩、会える?」「そんな先のことは分からん。」という状態に近いと笑いながらおっしゃっていました。

それにしても「MinimaRhythm」と「崖の上のポニョ」、同じ人がつくったとは思えないほど、違う方向にあると思うのですが。。。「人間は皆いろいろな面を持っている。」と久久石さん。そういう意味でいうと、20代でやっていたミニマル・ミュージックと宮崎駿監督のヒューマンな優しさがある世界。久石さんが持っているラインはそのふたつで、そのうちのどちらの分量が多いか、それだけだそうです。「だからあまりそういうことは考えていなし、目の前にあって、音楽が鳴り出した瞬間、その音楽に集中することだけ。」どういう人に届けるのか、そういうコンセプトが違うだけで、作業としてはあえて分けていないそうです。

これからの音楽がどういうふうになっていくか、お訊きしてみました。社会が良くない状況では、音楽の状況もよくなることはない、と久石さん。ただ、例えばポップスしか聴いていない人がクラシックも聴いてみたり、“聴く”ことしかしなかった人が、ちょっとピアノを弾いてみたり、アマチュアのバンドやオーケストラに参加してみたり。
音楽との接し方を豊かにすることはできる。音楽が無くなる、ということはないから、そういう形で変えていけるのでは、とおっしゃっていました。

そして久石さんは11月29日から始まる、本木雅弘さん主演のテレビドラマ「坂の上の雲」 の音楽も担当されることが決まりました。通常はメインテーマを演奏するNHK交響楽団が、本編で使われる音楽も演奏されるということで、必死で書いたのだとか。どんな音楽が聴けるかも楽しみですね。

WEB: 久石譲オフィシャルサイト -joehisaishi.com-

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2009年10月22日

久石譲 -4- 耳で考える

今週のゲストは音楽家の久石譲さんです。

久石さんといえば映画音楽はもちろん、多くのCM音楽も手がけていらっしゃいます。コマーシャル場合、後半は商品の情報などがたくさん入ってくるので、あたま7秒勝負なのだとか。なので、メロディーでの勝負はなかなかできないそう。だから聴こえた瞬間に引っかかるような、その瞬間のつかみ、そういう何か新鮮なものをいかに出すか、というふうにつくられているそうです。

音が人の感覚に与える影響が大きいことは、実感したことのある人も多いかもしれません。聴覚の持つ力について、解剖学者の養老孟司さんとの対談の模様が書かれた本「耳で考える−脳は名曲を欲する−」が出版されましたが、これも音と脳の関係がとてもおもしろく書かれています。
どうしても音楽は感覚的、感性的に捉えられがちですが、音楽はもともとすごく論理的な構造だから、例えば脳のどういうところに作用して、急に泣けたりするのだろうか、ということなどをちゃんと知りたいと思っていたという久石さんが一番おもしろいと感じたのは、映像と音楽が同時に流れると、音楽のほうが早く認識してしまうということ。
普通に考えれば光の方が速いので、映像のほうが先に入ってくるはずです。ところがフレームまでぴったり合わせても、同時に流すと音楽のほうが早く入ってきてしまうので、例えば映画をつくるとき、音楽は4、5コマ遅らせるそうです。そうしてちょうど同時に聴こえる。これも脳の問題で起こることなんだそうです。
耳から入る情報は結構強力にいろいろなものを決めていて、例えばホラー映画の音を消して観ると、全然怖くないのだとか。確かに映画を観ていても、音楽が入った瞬間に感情が入ったりします。映像に対して音楽というのは句読点だと思っているという久石さん。バラバラに録られたものを順番に組み立てていき、そこであるシーンからあるシーンまで音楽を流すことで、その間が関連していることを示す。それによって監督あるいは脚本が意図している世界が、よりはっきりと見えるようになるのが一番良いと思ってやっているとおっしゃっていました。

WEB: 久石譲オフィシャルサイト -joehisaishi.com-

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2009年10月21日

久石譲 -3- 「Minima Ryhthm」

今週のゲストは音楽家の久石譲さんです。

今年の夏にソロアルバム「Minima Rhythm」をリリースされました。映画音楽などのポップスフィールドの方に移行してからは、20代のときにされていた前衛音楽の作品づくりはやめてしまっていた久石さん。この作品は、原点回帰的なものでもあるそうです。
きっかけは、クラシック音楽の指揮もやるようになったこと。もう一度自分の中のクラシック音楽をきちんと見つめよう、そして作曲家としても、やりきれていなかったミニマル・ミュージックをもう一回きちんとやろう、と思ったそうです。

タイトルの「Minima Rhythm」は、ポストミニマル、ポストモダンとスタイルがだんだん変わってきているミニマル・ミュージックの中でも、ポップスフィールドで養ってきたリズム感やグルーブ感などを入れ込み、また新しいスタイルができるんじゃないかという思いから付けられたのだとか。

このアルバムは全曲、ロンドン交響楽団の演奏です。全員分のスコアを書くのは本当に大変で、なんとロンドンへ行く出発の3時間前まで書いていたのだそう。そうすると作曲家から指揮者へ、モードを切り替える時間が無くて、飛行機の中とロンドンに着いた日1日で、ずっと変拍子だらけの譜面に書き込みをしていたそうです。
そんな思いをしながら書き終えた譜面をロンドン交響楽団に渡し、ある程度のシュミレーションができているから出てくる音は全部分かっているにもかかわらず、それでもこんなにすごく、まるで簡単なように演奏するのを目の当たりにしてさすがに驚いたそう。「今まで録音した中で、感動しない作曲家はいなかった。」と自ら言うロンドン交響楽団の人たちが、「Minima Rhythm」を演奏した後、それぞれがパート譜を家に持って帰っていたのを見て、それはつまり難しかったということで、それが嬉しかった、とおっしゃっていました。


WEB: 久石譲オフィシャルサイト -joehisaishi.com-

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2009年10月20日

久石譲 -2- 久石さんの原点

今週のゲストは音楽家の久石譲さんです。

久石さんは4歳頃、楽器屋さんを通りかかったときに「これをやる!」と言ってバイオリンを始めたそうなのですが、実際に始めてみると「みんなが野球をやっているときに、どうしてつまらないレッスンに行かなければいけないのか。」と嫌だったそうです。

そして当時は映画全盛の時代。住んでいた町には映画館が2つあり、作品は3本立てで週変わり。週に6本、月に24本観ることができます。実際に年間300本以上の映画を観ていたのだとか。高校教師だったお父さまが、生徒が映画館に行っていないか見回るために映画館へ行っていて、それにくっついて行っていたのだそう。

そんなとてつもない数の映画を観てきた久石さんが、映画と音楽が実に上手く合っていると思う映画は、スタンリー・キューブリックの作品全部。とにかくキューブリック映画の音楽の在り方は本当に理想だと久意石さん。音楽がが画面をなぞるという姿勢ではなくて、別のものを並列に置くことで倍の効果を出す。例えば「2001年宇宙の旅」で、宇宙を航行しているときに流れるワルツ。あれ以降は宇宙といえばワルツかスター・ウォーズのような音楽というイメージを持った方も多いのではないでしょうか。キューブリックの映画はそういった意外性を絶えず教えてくれる、とおっしゃっていました。

WEB: 久石譲オフィシャルサイト -joehisaishi.com-

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2009年10月19日

久石譲 -1- 「おくりびと」の世界

今週 10/19(月)〜23(金) のゲストは音楽家の久石譲さん。

薫堂さんが久石さんと一緒にお仕事をさせて頂いた「おくりびと」。最初の会議のとき、久石さんは忙しくてお願いできないと諦めていたそうです。それじゃあ誰にお願いしようかと話し合い、煮詰まっていたとき、偶然廊下で久石さんの事務所の方とお会いして、そこで「無理ですよね?」と聞いてみると、「たぶん難しいと思います。」と言われたものの、「台本を一度読んでいただいて、もし良かったら。」ということでお願いしたのだそう。

そのとき久石さんは相当忙しい状況だったそうです。それでも滝田洋二郎監督だったことと、台本を読んでみて、「これはやらないことはないでしょう。」と思ったと久石さん。海外での映画祭などで審査員もされている久石さんは、日本の映画を世界に発信していくのはすごく難しい、と感じていらっしゃるそうです。
仲間内でしか通じないような世界観だったり、世界が狭いことが多いのだとか。「おくりびと」の台本を読んだときに、わりと最初に「これはもしかしたら世界に行けるな」と思ったそうです。納棺師という職業を、他の、普通の人があまり気に入っていない職業に置き換えても成立する世界でもあるということは、共通語になるということ。なおかつ、日本人にしかできない文化というものもはっきりとあります。こういうことができないと、なかなか世界には出ていけないのでは、とおっしゃっていました。       

WEB: 久石譲オフィシャルサイト -joehisaishi.com-

◎久石譲:1950年12月6日生まれ・長野県出身。国立音楽大学在学中よりミニマルミュージックに興味を持ち、現代音楽の作曲家としてコンサートの作曲、演奏、プロデュースを数多く行う。宮崎駿監督の映画「風の谷のナウシカ」「となりのトトロ」「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」や北野武監督の「HANA-BI」「菊次郎の夏」。また、アカデミー外国語映画賞を受賞した「おくりびと」など数多くの映画音楽を担当。これまで数度にわたる日本アカデミー賞音楽賞最優秀音楽賞をはじめ、第48回芸術選奨文部大臣新人賞(大衆芸能部門)など、数々の賞を授賞。2009年8月12日には、ソロアルバム「ミニマリズム」を発売。
 
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2009年10月16日

種田陽平 -5- 記憶の中にだけ残るもの

今週のゲストは、美術監督の種田陽平さん。
 
薫堂さんから「本当の“町”をつくりたいという思いはないですか?」という質問が。それに対して種田さんは、「映画などの美術の場合は、わりと物語を読んで、その物語の舞台の町を考えることになるので、テーマや物語などがないと難しい。」とおっしゃっていました。
例えば、“こういう日常が起こる町”、例えば「隣同士、コミュニケーションがとれるような町をつくって欲しい」と言われればきっとすぐにやる、ともおっしゃっていました。種田さんのつくった町、なんだか素敵なことが起こりそうです。

映画のセットは、撮影が終われば壊されてしまいます。建築は残るものだから、そこが美術の仕事とはタイプが違うかなという思いがあるそうです。建物は壊れても「映像の中や記憶の中にだけ残っている。残らないものの中に残っている」。すごく素晴らしいセットが壊されてしまうときも「壊さないで!」とは思わず、むしろ早く無くなってくれたほうが次のものに向かえる、と思うそうです。

仕事をする上で意識するのは、過去を“未来につなげていく”ということ。昭和の時代を再現してつくったり、時代と時代をポンっと越えられることにすごく興味がある、と種田さん。自分が子供の頃に住んでいた横丁や、そのときにあったお店。そういうものを未来の映画の中に活かすのは夢の1つ。
現在は台湾で映画を作っていて、来年は中国で映画をやろうと思っているという種田さん。アジア映画を極めたいのだとか。そして去年、ジブリ美術館で仕事をしたことで、美術館などの異空間もやっていきたいと思っているとおっしゃっていました。

※種田さんの著書:「どこか遠くへ」が先月、小学館から出版されました。
詳細は「YOHTA-design」にも載っていますのでご覧ください。
WEB: 種田さんのサイト「YOHTA-design」

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2009年10月15日

種田陽平 -4- 画面にはうつらない物語

今週のゲストは、「スワロウテイル」や「ザ・マジックアワー」などで多くの美術賞を受賞されている美術監督の種田陽平さん。

種田さんは映像に映らないところも含めて、つくり込むそうです。例えば部屋のことが脚本に書いてあっても部屋のことだけを考えるのではなく、家の玄関やお庭など家全体から考え始め、この家があるのはどんな町でどんな横丁があるのかということまで広がるのだそう。
脚本の中には主人公がどんな町に住んでいるのかなど、あまり具体的に書かれていないものもあり、そうすると最寄の駅や、その駅前も気になってきて、もっと全体を俯瞰で見るそうです。ひとつの部屋をつくるために、町の地図から描きはじめるという感じ。。。

マジックアワーのときも、小さい模型で町全体をつくって、監督や美術部などスタッフ同士が「こういう風に考えましょう」というのを共有できるようにしたそうです。すると「この道は右へ行くと駅」のようなときには、そっちのほうに駅の雰囲気が欲しくなったり、そのあとに商店街を挟みたくなったり。。。
空間の組み立てができて、それが映画にとって大事だと思っていると種田さん。

たとえフレームの外だとしても、映画の場合はそれもかなり必要な情報だと考えられているそうです。部屋を映していても、部屋の外で聞こえてくる子供の遊ぶ声など、映画はそういう情報で成り立っている部分もあるので、そのためにはセットの周りや表など、イメージ的なつながりの部分はつくるのだそうです。

WEB: 種田さんのサイト「YOHTA-design」

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2009年10月14日

種田陽平 -3- 原点に戻ることで分かること

今週のゲストは、美術監督の種田陽平さんです。

種田さんは幻想的な自伝的絵本、『どこか遠くへ』を出版されました。もともと本が好きだったので、今まで出版されていた映画の本も“作るのが好きで作っている”という感じだったそうです。そして映画の本だけではなく、映画を離れた本も一度作りたいと以前から思っていたんだとか。

21世紀を目前に、何か漠然とした焦りもあったんだそう。99年に「映画じゃない本を作らないか」と誘われて思いついたのが、「自分の住んでいたところを巡ってみよう」ということ。幼少の頃から度重なる引っ越しのため、付き合いの続いている人がいなくて、昔のことを思い出すこともなかなかなかったそうです。
下宿していたアパートや学校など、思い出の地を回っているうちに、いろいろなことを思い出したそうです。するとだんだん気になってきて、それをイラストで描いたり、エピソードを思い出してみたり。。。そうして先月、ようやく出版された本ですが、かかった時間は、なんと10年!

昔の思い出や記憶は、実際に仕事に活かされているという種田さん。何かプランができたときは、子供時代の映画好きの自分の視点で検証してみる。または、若い子たちに見てもらって、面白いかどうか聞いてみる。そうして、原点に戻らないと、よく分からなくなってしまうためなんだとか。戻してみたほうが、よりシンプルで力強いところに戻れる。できるだけ子供時代の自分にたまに問いかけるとおっしゃっていました。

※小学館から出版された「どこか遠くへ」。種田さんの手がけるたくさんの作品に投影されているという、記憶の世界を旅することがきます。詳細は「YOHTA-design」にも載っています。
WEB: 種田さんのサイト「YOHTA-design」

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2009年10月13日

種田陽平 -2- 種田マジックの原点

今週のゲストは、美術監督の種田陽平さんです。
 
種田さんは武蔵野美術大学の油絵学科に在籍されていましたが、そのときは映画美術に進むという考えはなかったそうです。映画の美術家は、ドイツでは「建築家」、イタリアでは「舞台美術家」と呼び方は国によって違うそうですが、やはり建築的な側面はあって、学生時代に建築的なことはあまりやってこなかった種田さんは、仕事をするにあたって「建築のことを知らなくていいのかな。」と思ったのだそう。

そんな種田さんが映画美術を始めるキッカケになったのは寺山修司監督の作品。種田さんは高校生の頃から、寺山監督や、寺山監督主宰の天井桟敷が作る映画のとてつもない世界観に衝撃を受け、よく観に行ったりしていたそうです。そして20歳の頃、寺山監督の映画にアルバイトで絵を描きに来ないかという話が。。。
「行きます!」と言って描きに行ったら、「美術さん!」と呼ばれ、それが種田さんが映画美術に参加した最初の作品となりました。「お祭り騒ぎのような感じで、すごく楽しかった。」と笑顔でおっしゃっていました。

WEB: 種田さんのサイト「YOHTA-design」

※種田さんの著書:「どこか遠くへ」が先月、小学館から出版されました。
ご本人の絵と文章による、記憶のエピソード集。種田さんがどんなものを見て、何を経験し、どんな空気に触れてきたのかが分かる、自伝的絵本。種田さんの記憶の世界を旅することがきますので、ぜひ手にとってみてください。

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2009年10月12日

種田陽平 -1- もう1人の監督“美術監督”

今週 10/12(月)〜16(金) のゲストは、美術監督の種田陽平さんです。

邦画・洋画・アニメーションとジャンルレスで作品を手がけ、多くの美術賞を受賞されている種田さん。かなりの数の作品を手がけているように思うのですが、キャリアの長さに比べると少ないほうなんだとか。それは、考えて準備する時間やじっくりデザインしたり、、、時間をかけた方がよいという種田さんの想いから。

監督によって進め方やイメージの伝え方などは違うそうですが、種田さんは基本的には監督に合わせるというスタンス。具体的なイメージがない監督であれば、いくつかのパターンを出して「どれが一番好きですか?イメージに近いですか?」と聞いて、選んでもらっていく中で監督の方向性を掴んだりするんだそうです。

他にも原作などを読んで、その場所に行かれることも多いそう。そこで「あ、こういうことなんだな。」というのを抽出しておいて、後でセットを作るときや場所を探すときに、それをプラスするようにするそうです。実際に原作の場所などを使わないのは、そういう場所は映画の撮影をするためにできていないので、例えば雰囲気ある古い家があったとしても、隣に新しいマンションがあったり、工事現場があったり。。。なので、「映画的な場所」というのを探し直して、そこにポイント、キーワードを足したり引いたりしていくと、最終的にはそのほうがおもしろくなったりする、とおっしゃっていました。

WEB: 種田さんのサイト「YOHTA-design」

◎種田陽平:武蔵野美術大学油絵科卒業。在学中より絵画助手として寺山修司監督作品『上海異人娼館』などに参加。榎戸耕史監督『・ふ・た・り・ぼ・っ・ち・』で劇場用一般映画デビュー。その後、数々の話題作の美術をつとめ、日本を代表する美術監督の一人となる。 『スワロウテイル』『THE 有頂天ホテル』『フラガール』『ザ・マジックアワー』など多くの美術賞を受賞。 『キル・ビル Vol.1』では米国美術監督協会の最優秀美術賞にノミネ―ト、2009年の公開作に、『アマルフィ 女神の報酬』『空気人形』『ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ』がある。 2009年9月30日、自伝的画文集『どこか遠くへ』を小学館より上梓。
    
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2009年10月09日

原研哉 -5- Japan car の未来

今週のゲストは日本を代表するグラフィックデザイナーの原研哉さんです。

原さんが想像する少し先のJAPAN CARの未来。敢えて踏み込んだことをいうと、車単体ではなくて都市システム全体が車を担ってくるのでは、という考えがあるそうです。その前にはひとつは脱ガソリンで、電気になっていくという段階がありそうです。それは、まず車の本質が変わるということ。ガソリンというのは荒ぶるエンジンであり、それを人間が制御していくことによってスピードを得て、好きなところに疾走していける。つまり人間が制御する、運転するという喜びがガソリン車の本質としてはあります。それが電気になってくると、ドライブというよりは移動してしまうというモバイル。

また、きちんと都市システムが制御されて、ある一点からある一点まで、最も合理的に移動する方法は何かというようなことを、都市システム全体が考えてくれるような方向にいくかもしれないと原さん。車も移動するだけではなくて、車と車、車と都市、人間と都市が対話する通信機器になっていく。そうなってくると都市インフラを制御する巨大コンピューターを使えるような企業が車の技術の核心に進出してくるかもしれないし、電気で動くとなると、車をつくれるのはエンジンメーカーだけではなくなります。例えば携帯電話メーカーが車をつくったり、iPhoneではなくてiCarなんていうのもできるかもしれません。全く違う世界が見えてきますね。

そういう風に考えて、どこの国が一番モビリティの未来に近いかというと、意外と日本は近いかもしれないと原さん。車だけでなくて通信技術や環境技術、あるいはGPSの装着率が世界で一番高いこと、そういったことを考えると日本はひょっとすると未来の都市に近いかもしれないとおっしゃっていました。


WEB: JAPAN CAR | DESIGNS FOR THE CROWDED GLOBE
WEB: 日本デザインセンター 原デザイン研究所

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2009年10月08日

原研哉 -4- 世界から見た首都高

今週のゲストは日本を代表するグラフィックデザイナーの原研哉さんです。

パリとロンドンで開催したJAPAN CARでは、首都高の展示もあったそうです。どんなものを展示したのかというと、首都高で運転する状況をドライバーシートの辺りにカメラを積んで撮影し続けた映像。ブレは全て吸収した映像なので、まるでカーチェイスゲームの映像を見ているようなんだとか。でももちろん、リアルな首都高の映像です。

首都高は東京オリンピックの頃に急いで造った、とても独特の構築物。当時、「少しの環境破壊をしてでも、ハイスピードの車で動きたい。」という欲望が「美しい環境でありたい。」ということを凌駕したんじゃないかと思うと原さん。だから河を跨ぎ、民家のスレスレのところを巨大な蛇がうねるように、道路がぐるぐるとできました。
こんな高速道路は世界でも他にありません。そういうわけで、カッティング・エッジなものが好きな世界の若い建築家には、日本に首都高を観るために来る人がいるほどなんだとか。とはいえ、もちろんそれなりの首都機能を担っているもので、これがなければ今の日本の発展は無かったかもしれないし、本当におもしろいもの。こういった展示もあるのは、様々な角度から私たちが持っている現実を見せたいという原さんの思いから。

原さんがデザイナーを始めたときの仕事は、車のカタログを作ることだったそうです。だから車に関しての知識はそれなりに結構あり、つまり運転免許が無いだけ。車はドライバーのものだと思ってしまいがちですが、でもやっぱり一緒に乗っている人たちも車のユーザーです。だから未来の車はひょっとすると、居眠りしている間に到着してしまうなんてこともあるかもしれないと原さん。本来ならばドライビングの楽しさが分からないまま着いてしまうということで寂しいかもしれないけれど、そういう時代もありうると思うとおっしゃっていました。

WEB: JAPAN CAR | DESIGNS FOR THE CROWDED GLOBE
WEB: 日本デザインセンター 原デザイン研究所



番組最後にお知らせしたお台場でのイベントMOTOR SPORT JAPAN 2009。
WEB: MOTOR SPORT JAPAN 2009

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2009年10月07日

原研哉 -3- 小さくて賢い JAPAN CAR

今週のゲストは日本を代表するグラフィックデザイナーの原研哉さんです。

日本の街は狭いと思われがちですが、ヨーロッパにも石畳の古い道が多くあり、もちろん小さな車もたくさんあるそうなんです。日本の軽自動車と違うのは、どれも「ただ小さい」という感じがするところ。ヨーロッパでは常に早く移動するための形を模索していて、早く移動する形を捨てた車は「負け犬の車」に見えてしまうんだとか。でもスピードを捨ててしまえば、逆に豊かな空間が手に入ります。NISSANのcubeなど、襖を立てたような垂直な箱型の車というのは今の日本の車の特徴を作ってきたと思うと原さん。こういった遅そうな車に、ヨーロッパの人は度肝を抜かれるそうです。「なんで、こんなに遅そうでいいのか?」と。

そして小さいだけでなく、性能良く小さい。例えばTOYOTAのiQは4人乗れますが、SMARTというヨーロッパの2人乗りの小さい車よりも最小回転半径は小さいそう。長さは3mなので、普通の駐車スペースに2台入ります。しかも決して安い車ではなく、高級車として小さいのです。他にも日本の賢く小さい車のひとつが軽トラ。
畳が積めたり、ビールケースが積めたり保冷車があったり、ダンプがあったり。。。しかもぶどう棚に入って行ける高さで、日本の農業や細い道に対応して軒先まで来れるトラック。物を運ぶときに必要なのは大きさではなくて、むしろ小ささと機動性ということがよく分かっている車。こういうものを実は世界は求めているのでは、と原さんは考えているそうです。
JAPAN CARで日本のそういった車を見てもらった後のアンケートでは「日本車のイメージが変わった」という人が約7割もいたそうです。車という発明品はヨーロッパのものであって、それを模倣して、場合によってはあまり美しくないものも生産品としては作ってるかもしれない、というイメージが強固にあるんだとか。だから小さくて考え抜かれた車、環境性能に関しても、日本の車は電気自動車も完成したし、ハイブリッドも世界で100万台以上売っているし、水素ガスをベースにした燃料電池車も実際量産体制に入ってきている。各社としてではなくて、「日本の車」として見たときにはすでにできています。
そういう現実を見てもらうことができる、展覧会とはそういうメディアだと思うとおっしゃっていました。

WEB: JAPAN CAR | DESIGNS FOR THE CROWDED GLOBE
WEB: 日本デザインセンター 原デザイン研究所

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2009年10月06日

原研哉 -2- 日本の車感

今週のゲストは日本を代表するグラフィックデザイナーの原研哉さんです。

原さんが、建築家の坂茂さんと一緒にパリとロンドンで開催したJAPAN CAR。
どんな車を展示するか決める前、自動車メーカー数社のデザインセクションの人たちに集まってもらい、“今、日本の車で海外に出しておもしろいもの”を聞くと、「ダイハツのタントなんかおもしろいですね」と他の自動車会社の人たちが言ったそうです。すごく小さいんだけど容積があって、センターピラーも無くて、しかも軽自動車なのに背が高くて屈まなくても乗れる。軽自動車のレギュレーション目一杯に使った「小さいけど広い」非常に賢い車。

今、日本の道路を見渡してみると、セダンやクーペのような車はどんどん減っていて、箱型のコンパクトな車が増えているような気がします。「車はステイタスシンボル」、「女の子をデートに誘うときに車も無いと。」なんていう時代もありましたが、今はそんなこともなく、運転免許を取らない学生も増えてきたとも聞きます。
ステイタスシンボルというよりは、どこにでもある“あたりまえの道具”として考え始めているので、そういった車感というものが、日本の車を特殊なものに進化させている要因だと思うと原さん。

そんな話し合いから、現在から未来にかけての車の考え方ということで、「小ささ」と「環境技術」、そして未来系としての「移動する都市細胞」。この3章に分けることになったそうです。こうすると歴史や車のスペックに疎い自分でも、別の切り口で車の展覧会ができると思ったとおっしゃっていました。

WEB: JAPAN CAR | DESIGNS FOR THE CROWDED GLOBE
WEB: 日本デザインセンター 原デザイン研究所

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2009年10月05日

原研哉 -1- 新しい車の展覧会「JAPAN CAR」

今週 10/5(月)〜9(金) のゲストは日本を代表するグラフィックデザイナーの原研哉さん。

原さんは建築家の坂茂さんと一緒にパリとロンドンで自動車の展覧会「JAPAN CAR」を開催されました。もともと車の展覧会を目的にしていたわけではなくて、日本のデザインや文化に関わる仕事をしている坂茂さんと「そろそろ日本も経済文化の産物を海外に紹介するようなことを始めたほうが良いかな」ということで、最初は“デザイン・ミュージアム”を作ろうと言っていたんだそう。ところがだんだん話を詰めていくうちに、ミュージアムよりはむしろ、海外に日本のデザイン文化を紹介する展覧会を企画する企画エンジンのようなことを始めたほうがおもしろいのでは、という話になったそうです。

「一番最初にやる以上は一番難しいものをやろう!」ということになり、そして日本の工業製品で世界に影響力があるものといえば、やっぱり“車”。とはいえ、自動車を作り出している各企業に整列してもらって展覧会をしようと思っても、普段はコンペティティブな関係にある会社の人たちが簡単に応えてくれるとは限りません。
そこに難しさがあるし、おもしろさがあるかなということで、最初のテーマは「車」に決まったそうです。

実は、原さんご自身は車の運転免許を持っていないんだそうです。でも、車にはよく乗るんだそう。ということは、車というのはドライバーだけのものではなくてパッセンジャーのものでもある、ということ。そう考えると車の未来が広がる気がする、と原さん。自動車メーカーの人たちと話をすると、やっぱり車の発想をするときにはドライビングシートに身を沈めて車を考えているんだそうです。だから「そうではないところからする発想もおもしろい」。これは最近展覧会を終えた後にだんだん確信を持ってきたことなんだとか。車をスペックで見ていない。こんな展覧会、今までに無いですよね。「JAPAN CAR」では、車を運転しないという立場もメリットになったとおっしゃっていました。

WEB: JAPAN CAR | DESIGNS FOR THE CROWDED GLOBE
WEB: 日本デザインセンター 原デザイン研究所

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2009年10月02日

牧野浩子 -5- 牧野さんが「これから発信していきたいこと」 日本の伝統文化である「津軽塗り」が世界に広がる第一歩のお話

今週のゲストは、東京で唯一、津軽塗り職人をされている牧野浩子さん。

牧野さんは、刀の鞘の差裏に添える小刀に津軽塗りを施し、フランスのナイフショー「SICAC」に出展されています。通常はナイフメーカーのカスタムナイフを出展するそうなのですが、御徒町に3代続く岡安鋼材(株)の社長さんが牧野さんに声をかけ、今回初めて日本の伝統のナイフ「小柄」の出展となりました。

本来、小柄の鞘は「白鞘」といって塗らないのが掟なんだそう。でも、それを塗ってしまって、現代で使えるナイフとして塗ってみたと牧野さん。もともと小柄は武器として使うものではなく、髪の毛を直したり、紙や紐を切ったり、雑用で使うもの。今のナイフと同じような使い方だったんですね。これはフランスでも反響がありそうです。

「これからも機会があれば、海外にも作品をどんどん出していきたい。自分の作品というよりも、日本の精神や伝統文化が今でもこういうふうに使われている、使えます、ということを知ってもらいたい。」とおっしゃっていました。

WEB: 牧野さんのサイト「牧門堂」


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2009年10月01日

牧野浩子 -4- 漆を塗ることでよみがえるもの

今週のゲストは、東京で唯一の津軽塗り職人、牧野浩子さんです。

牧野さんは新しいものを作り出すだけでなく、「塗りなおし」もされています。例えば刀の鞘。もともと津軽塗りは別名「鞘塗り」とも呼ばれていたんだそうです。持ち込まれるきっかけになったのは世田谷の工房にいるとき、近所に刀の研ぎ師さんがいて、「漆を塗ってむれませんか?」と連絡をくれたそうです。それから刀の鞘を塗ることになり、頼まれるようになったんだとか。幕末の刀の鞘や江戸時代の馬の鞍の塗りなおしもされるんだそうです。

はるか昔の先人が作ったものを塗りなおしていると驚くことが多いそうで、例えば馬の鞍を作るときに、馬の体に合わせて湾曲している部分は、木を彫っているわけではなくて、木を育てる段階で曲げながら何十年も育てるんだとか!他にも山に曲がっている木を探しに行ったり。とても時間と手間がかかっているんですね。

塗りなおしをするときは表面を少し削ったり研いだりしてから塗りなおすんだそうです。すると、前に塗った人の痕跡があったりして歴史を感じられると牧野さん。牧野さんが塗りなおした後、またいつか他の人が塗りなおしていく。。。そのためにも技術はずっと残しておかなければと思う、とおっしゃっていました。

WEB: 牧野さんのサイト「牧門堂」

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