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「大丈夫だと思いたい」その心理が、若者を保守化させる―芥川賞作家・中村文則が語る

「大丈夫だと思いたい」その心理が、若者を保守化させる―芥川賞作家・中村文則が語る

J-WAVEで放送中の番組『JAM THE WORLD』(ナビゲーター:グローバー)のワンコーナー「UP CLOSE」。2月5日(火)のオンエアでは、火曜日のニュース・スーパーバイザーを務める青木 理が登場。この日は芥川賞作家の中村文則さんを迎え、青木と「ポスト平成をどう生きるか?」をテーマに考えました。


■平成はあまり明るい時代ではなかった

最新刊『その先の道に消える』を2018年10月に上梓した中村さん。2002年に作家デビューし、2005年『土の中の子供』で芥川賞を受賞したのち、『教団X』や『R帝国』など、次々と話題作を執筆。2012年には『掏摸(スリ)』の英訳がウォール・ストリート・ジャーナルの年間ベスト10小説に選出されるなど、世界からも注目を集めています。中村さんは、「平成」という時代をどう捉えているのでしょうか。

中村:あまり明るい時代ではなかった印象です。でも、昭和の前半も暗いし、大正もデモクラシーと言いながらも暗いし、明治なんてとんでもないですし。いつの時代もそうなのかなとも思いますけどね。
青木:1977年生まれの中村さんは、右肩上がりではなく、将来の希望を持てなかった世代ですよね。
中村:僕は大学を卒業して作家になるために、まずフリーターになったんですが、そのときもコンビニのアルバイトの倍率が8倍でしたからね。それくらい超就職氷河期といわれたときでした。僕は就職するつもりがなかったのでラクでしたけど、真面目にやっている人たちでもダメでしたね。

知人や友人にも就職がうまくいかなかったケースが見られたものの、「逆境から這い上がるように努力していたので、人間的に強い人は多い」と振り返りました。


■「考えたくない人」が増えている?

保守化している、と言われて久しいですが、中村さんは現状をどう見ているのでしょうか。

青木:僕らよりも上の世代の人たちは(※青木は1966年生まれの53歳)、社会や政治に対して不満を抱き、反発する傾向が強い。一方で、なぜ今の若い人たちは、あまり希望が持てない状況なのに保守化しているのでしょうか?
中村:僕は、今の保守化や全体主義化の流れに危機感を覚えます。原因はいろいろあると思いますけど、“大丈夫だと思いたい心理”もひとつではないでしょうか。心理学用語で言う「正常性バイアス」とか「公正世界仮説」ですね。これは、何か起こっても「大丈夫」と思ってストレスを減らし、その気持ちが強くなりすぎると被害者批判になっていく、つまり「世の中が悪いわけではなくて君が悪い」みたいなことです。

今、政権でいろいろな問題が起こっているときも同様です。政権が悪いと考えたくないがあまり、「大丈夫」と思いたい人が多く現れ、政権を批判している人たちに対して「余計なことを言うな」とイライラする人たちも出てくる……その状態がもっと進むと「今の政権は正しい」と逆転現象が起こってしまう、と中村さんは続けます。

中村:考えたくない人が増えることは、世の中をよくしようという人が減っているということ。現状がいいということは、改善しないことですから。世の中をよくしていこうと思う人の数が少しずつ減ってきているという印象を持っています。


■「強い側の立場で物を言いたくなる」背景とは

このような世の中に変化した理由のひとつとして、東日本大震災の影響を指摘します。

中村:東日本大震災が起こったとき、テレビで常に悲しい映像が流れていて、「もう考えたくない」「もう世の中の悪い部分を見たくない」と思う人が、反動として増えたかもしれない。でも、人はずっと「大丈夫」と思うわけではなく、ある程度までいくと危機感を感じるようになります。ただ、そのためには、マスコミが正常に機能して「今、何が問題なのか」がしっかり伝わっていないといけない。伝えようと頑張っているメディアはあるけど、「いったい、何なの?」と思うようなメディアもあって、本当の問題をオブラートに包んで報道する傾向があります。ただでさえ「正常性バイアス」とか「公正世界仮説」になっている状態なのに、メディアもそうなってしまうと、なかなか社会は動かないですよね。
青木:その状態から、自己責任論が蔓延してしまうと。
中村:人は自信がなくなってくると、強い側の立場でものを言いたくなる性質があります。そうなると上から目線で気持ちがよくなるんですかね。経営者でもないのに経営者目線で話したりとか、自分は政権にいないのに、政権側に立って発言したりする。本来、人は弱者の立場に立って物事を言うのですが、最近はそれが逆になっていて、怖いなと思いますね。


■社会への危機感が小説にも反映されている

『土の中の子供』をはじめ、『教団X』や『R帝国』など、中村さんの著書は今の社会や政治に対する危機意識を感じると青木。それらの作品にはどのような意図や想いがあるのでしょうか。

中村:僕は小説家として「人間をどれだけ深く描けるか」「世界をどれだけ深く描けるか」を考えて書いています。それと同時に、人間は社会のなかで生きているので、どうしても自然に社会問題が出てくる。それがやや強く表れるいくつかの作品は、僕が現状に対する危機感を持っているからです。僕は文学が好きなので、戦前や戦中や戦後の文学を読むんですけど、あれだけ素晴らしい作家たちがいたのに、第二次世界大戦が起こってしまう。一線を超えると「何を言っても無理」という状況になってしまうんです。歴史的に見ても「兆しが見えたときに言わないと、実はマズい」と感じ取ったので、僕の小説はそれが強くでている作品がいくつかあります。
青木:中村さんが『教団X』や『R帝国』を書いたということは、この兆しがすでに出ているからですか?
中村:そうですね。危ないと思って書いていますね。ときどき「右傾化の本が売れている」と言われることがあるけど、果たしてそうかなと思っています。『教団X』はリベラル過ぎる本にはなっているけど、それでも大変な部数にはなったし、『R帝国』も何度も増刷してすごく話題にはなり、いい反応が多い作品でした。だから、こういう本も多く読まれているんですけどね。「みんな、右傾化ビジネスでやっていってるんだ」とか聞くけど、そんなビジネスは市場のごく一部であって、むしろそれ以外の本もすごく売れているという感覚を持っています。
青木:その危機感があるなか、社会や政治で具体的にどのような危機意識を持たれていますか?
中村:人間は社会的動物なので、集団で群れ、異物を排除する傾向があります。また、集団として集団と争いたいという願望もあるでしょう。その社会的動物を刺激するようなメディアが、本も含めて増えてきているけど、本来は作り手側からするとやってはいけないことなんです。やってはいけないことを平気でやるようになる人が増え、言論界が劣化している部分があると思います。


■「日本人とは?」に着目した新刊『その先の道に消える』

新刊『その先の道に消える』は、「日本人とは?」ということに着目して書いたそうです。

中村:今、日本人と呼ばれる人たちは全員、半島や大陸などから来ています。日本列島から日本人が生えてきたわけではない。すでに人種や文化がいろいろと混ざり合った状態で日本ができているので、「日本とは何か?」をテーマにしました。
青木:この本を読みましたけど、官能ミステリーですよね?
中村:その通りです。官能ミステリーで緊縛の話なのに、日本文化とか古事記や日本書紀まで話が展開しています。しかも、刑事モノですからね。小説を書く度に最高傑作だと思うんですけど、この本は我ながら自信作であり、こういうテーマで書けるようになったなと感じましたね。でも、内容はテレビとかラジオで紹介しづらいですけど。
青木:この作品が映画化されたら成人指定になりますよね?
中村:これまで官能系の小説は書いてきましたが、ここまでのものはないかもしれないです。でも、人間を深く書くときに性はどうしても自然に関わってくるので。本でしか味わえないものも大事だと思うので、それを常に意識していて書いているし、この本は特にそうだなと思っています。

中村さんの新刊『その先の道に消える』、ぜひ手にとってみてください。

2月6日(水)の『JAM THE WORLD』は、ゲストにハーバード大卒のお笑い芸人・パックンことパトリック・ハーランさんが登場。偏ったものの見方、誤解、偏見につながりかねない先入観、思い込みを意味する「バイアス」。「日本バイアス」を外すことで、どんな考え方、生き方ができるのかについて伺います。時間は20時20分頃から。どうぞ、お聴きください。

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【番組情報】
番組名:『JAM THE WORLD』
放送日時:月・火・水・木曜 19時-21時
オフィシャルサイト:https://www.j-wave.co.jp/original/jamtheworld/

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