いきものがかり・水野「何も知らなかったから大胆になれた」20歳を振り返り、新成人に向けてエール!

2019年01月12日

J-WAVEで放送中の番組『SONAR MUSIC』(ナビゲーター:藤田琢己)。1月10日(木)のオンエアは、いきものがかりの水野良樹とのコンビでお届けしました。

日替わりナビゲーターがお送りするコーナー「DAILY SESSIONS」。この日は、成人式を前に、水野が自身の20歳を振り返り、新成人へメッセージを贈りました。


■「水野良樹、青春の1年に考えていたこと」

水野が20歳になったのは2002年12月。いきものがかりが世に出ていない、大学生時代です。

水野:高校時代から路上ライブを始めたんですけど、受験などがありまして2002年は活動休止をしていました。その頃はプロになることを考えていなかったので、受験だということで休んでたんです。だから「放牧」は、このあいだが1回目ではなかったんですね。
藤田:そうなるね。
水野:受験を終えて20歳になる手前では、音楽でご飯を食べていこうと思ってたんです。でもグループは活動していなくて、神奈川の片田舎の街でさえ、名前もグループ名も知られていない、音楽に何らかのアクションを起こしてるわけでもない、「プロ野球選手になりたい人が、球場の観客席のチケットさえ買ってない」くらいの距離感で、ドラフトに出るとか、それ以前の問題でした。夢や目標に向かって何もしていないのが情けなくて、大学の健康診断で「軽い鬱」と診断されるぐらい思い悩んでいたのが、2002年でした。
藤田:そうなんですか。
水野:2002年12月に20歳の誕生日を迎えるわけです。音楽に接していない自分が嫌で一大決心をして、当時アルバイトで貯めた全貯金17万6000円を握りしめて御茶ノ水に行って、中古のレスポールを買いました。当時、楽器のことは全然わからなくて、高校時代にギターがうまい“ニシザワくん”が持っていたのが、レスポールだったんです。「俺もアレがほしい」と思って買ったんです。くしくもジミー・ペイジモデルです。自分の音楽性とかけ離れてるんですけど(笑)。とにかく、何か行動を起こしたいということで、結果的にそのギターを持って十数年後に海老名や厚木で2万5000人の前でライブやるわけです。
藤田:最高じゃないですか!
水野:その頃、テレビをつけると小田和正さんが、当時放送が始まったばかりの『クリスマスの約束』(TBS)で歌っていました。素晴らしかったけど、見ていて辛かったです。ここが目標地点で、ここに立ちたいと思っているけど、一歩も踏み出していない。夢を語る資格もないんじゃないかと思ってました。そんなキツいときが20歳の誕生日でした。


■『世界に一つだけの花』がヒットした2003年

翌年の2003年は「音楽業界的に区切りとなる1年でした」と振り返ります。

水野:平成を代表するヒット曲、SMAPの『世界に一つだけの花』が生まれた年でした。当時の世の中の空気感ともうまくマッチしていて、この歌のメッセージは、SMAPという、平成で最も「国民的」という言葉にふさわしいグループによって、広く伝わっていきました。2019年1月10日に発売された月刊 『文藝春秋』で槇原敬之さんと対談して、この曲について話を訊くことができました。槇原さんの長いキャリアの中でも1度しかない特別なことが起きたらしく、自動書記みたいな感じだったそうです。頭の中にパッパッと写真のように映像が浮かんで、ただそれを書き記していくように曲ができていったそうです。
藤田:そうなんですか!
水野:ヒットチャートのトップにあったのが『世界に一つだけの花』だったんですけど、そのときに、圏外も圏外、銀河の遥か彼方の片隅にいたのが、当時の僕なんです。そんな僕が16年経つとその人に会えちゃうんだから、人生って不思議だなって思うんですけど、2003年にそのきっかけとなることがいきものがかりに起こります。約2年間の活動休止期間を経て、2003年の春にいろいろなタイミングが重なりまして、いきものがかりが3人とも「やろうぜ」と本気になるんです。一大決心した最初のプロジェクトが、ライブハウスでワンマンライブをしようということでした。今まで路上でしかライブをやってなかったんです。


■無知の強さ

水野は20歳の頃を振り返り、以下のように語ります。

水野:思春期は過ぎているけど、かっこつけるじゃないですか。音楽をやってると、自分がイケてるように見せたい、いろいろと知っているように見せたいからそう思うんですけど、僕らは本当に何も知らなかったんです。でも、それがよかった。何も知らなかったから、発想が大胆になったのかもしれません。どれくらい知らなかったのかというと、「対バン」というシステムを知らなかったんです。
藤田:音楽が好きでライブに行く人なら、だいたいの人が最初に通る言葉ではありますね。
水野:インディーズバンドは、普通は自分たちのバンドだけではお客さんが集められないから、イベントに出たり、仲間のバンドと一緒にイベントを作ったりして、「対バン」という、いくつものバンドでやることで、お客さんを集めるのがスタートラインになります。僕らはそれを知らなくて、ライブハウスは初めてだったから、チケットノルマのシステムはおろか、対バンという言葉にさえ馴染みがなかったんです。いきなりライブハウスを訪れて、店長に「ライブをやりたいです」って言ったんです。そしたら店長は「何も知らない学生が来た」と思ったんでしょう。店長は「自分たちのバンドだけじゃできないでしょ」「対バンというシステムがあってね」って、すごく丁寧に説明してくれたんです。でも、それに対して僕は「Mr.Childrenだって、DREAMS COME TRUEだって、ひとつのバンドでライブをやってるじゃないですか」って言ったんです。
藤田:ちょっと待て(笑)。
水野:何も知らなかったから、それが無謀だということも知らずに挑戦していったんですね。今から振り返ると、ネットとかも未発達な時代だったので、ホームページやSNSでお客さんを集めることもなかったんです。ライブハウスの人たちは、ライブハウスの中だけでしか集客を考えていなくて、それで僕らは路上ライブをひたすらやって、ライブハウスに来るのが初めてみたいなお客さんを連れ込んでいったんです。チケットも、うんと安くして、ライブハウスはキャパが300人だったから、満員にできたらチケットが1000円でも赤字にならないんです。学生なりにいろいろと考えて、自前でパンフレットを作ってセットリストと全曲の歌詞をライブの前に配っちゃうんです。だって、知らないバンドの知らない曲なんて、全曲が新曲だし。そういうことで、当時としては大胆なアイデアでやっていきました。さらに、いきなりのファーストライブで何をやったかというと、バックバンドをつけました。
藤田:大胆!
水野:バックバンドをつけたらいろいろなことができるんじゃないかと思って、高校のときの友だちに頼んだんです。本当に馬鹿だったけど、それがよかったのかもしれません。


■自分たちの山を見極める

2003年に「本気でやろう」と決意した水野は、「まず、ゆずのうしろ姿を追うのをやめようと思った」と明かします。

水野:僕らは、ゆずをコピーすることから始まった普通の高校生だったんですけど、ゆずのおふたりが登った山は、誰も登れないんです。だから路上ライブを中心にした考えを20歳のときに全て捨てました。だからこそ、ライブハウスでのバンドスタイルのライブをしようということになるわけです。自分たちの強みはどこだろう、弱さはどこだろうということを、感情論なしで、客観的にすごく冷徹に見極めることを、20歳のときに本気でやったんです。もう「夢」とか言わなくなって、「目標」になっていったので、すごく冷徹に「自分たちのダメなところはどこか」「伸ばすところはどこか」っていうことを、自分たちで考えて判断しました。「曲やサウンドの幅を広げるためにはバンドスタイルしかない」とか、そういうことをひとつひとつ考えていって、ロマンとか変な見栄とかも捨てて、自分たちが目標に向かって進むためには何が必要かを考えたことは、当時すごくよかったです。


■現実しかない

これまでの話を踏まえて、水野は新成人にこんなメッセージを送ります。

水野:20歳のみなさん、これから進むことに夢なんてないんです。「夢を叶えた」なんて僕らは言われがちだし、実際に叶っていったこともたくさんあるけど、夢は全くなかったです。ずっと3人で頑張ってきたけど、3人で来た道の中には「夢のような現実」しかありませんでした。何を言いたいかっていうと、妄想とか想像とか、現実と離れたところにあるものが起こる事は1度もないんです。何かを頑張ったら、何かの結果が返ってくる。力が及ばなかったら、及ばなかったという結果が返ってくる。つまり、行動を起こした先に何かが起こるという、シンプルな法則しかそこにはないんです。もちろん偶然も運も重なるけど、現実しかないんです。これは悲しいことじゃなくて、希望なんです。現実っていうのはアクションを起こすと、よくも悪くも必ず何かの結果が出ます。負けるとか、破れるということも結果で、それは悲しいことではなくて、次に進めるんですよ。その勝負はダメでも、次の道があるかもしれないから。何かの現実があって、そこにアクションを起こすと何かの結果が出て、あなたの人生を動かしていくので、妄想とか想像する時間もすごく大事だけど、みなさんの目の前の現実にアクションを起こしてみてください。みなさんが目標としていること、やりたいと思うことにアクションを起こしてください。それがあなたの次の現実を生み出して、もしかしたら、それが続いていくと、振り返ると「あ、これは夢だったな」って思うくらいの現実がそこにあるかもしれません。

最後に、いきものがかりの『花は桜 君は美し』をオンエアしました。

水野:初めてのワンマンライブの1曲目でした。そのライブハウスは緞帳(どんちょう)の代わりに電動シャッターがある、不思議なハードロックのライブハウスでした。それが1分ぐらいかけて、だんだん上がっていくんですね。その1分に合わせて前奏を弾かないといけないんです。「ガラガラガラ」と音を立てながら電動シャッターが上がっていくときに、この曲のイントロを弾いていました。そうすると目の前に300人のお客さんがいたんですね。「これ、人生が動くかも」って、本当に思いました。そこから、いきものがかりの物語がスタートしたのではないでしょうか。新成人のみなさん、これから物語が続いていきますので、今を大事にしながら、ひとつひとつアクションを起こすことが大事なんじゃないかと思います。

新成人になる人も、そうじゃない人も、水野のメッセージを胸に、2019年は新しい行動を起こしてみるのもいいかもしれません。

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【番組情報】
番組名:『SONAR MUSIC』
放送日時:月・火・水・木曜 21時−24時
オフィシャルサイト:https://www.j-wave.co.jp/original/sonarmusic/
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