2012年08月30日

J-WAVE TIME TABLE「HEART TO HEART〜WE ARE ONE〜」vol.13

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J-WAVEの被災地支援プロジェクト「Heart to Heart」。
これまでさまざまな形の支援を展開してきましたが
2011年8月から、その一環として番組ガイド「TIME TABLE」でも
ナビゲーターが被災地に赴き、現地で感じた希望を伝えていく企画
「HEART TO HEART〜WE ARE ONE〜」を連載しています。

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第13 回はサッシャが福島県郡山市へ。福島第一原発の事故により警戒区域となっている
福島県双葉郡富岡町にある桜の名所、夜ノ森の写真を展示するプロジェクトを取材しました。

※この内容は、「TIME TABLE」2012年9月号の内容を転載したものです。


YSD_0182_r_convert_20120830144021.jpgビジュアルデザインを担当した渡辺俊太郎さん(左)、「MUSUBU」代表の宮本英実さん(右中)、写真を撮影した白井 亮さん(右)と。


YSD_0028_convert_20120830144102.jpg物流会社ウインローダーから提供された4 tトラックの荷台を利用することで、福島県内の巡回展が実現した。


 福島第一原発事故の影響で立ち入りが制限されている双葉郡富岡町。この町は夜ノ森という桜の名所で知られ、町のシンボルであると同時に町民の誇りでもあったそう。地域に人が入ることができなくなってからも、桜は美しく咲き誇っていた。そんな夜ノ森の桜を今年4月に許諾のうえ撮影し、その写真を展示する「『桜の森 夜の森』移動写真展」を取材するためにサッシャが郡山市を訪れた。
「この写真を見たとき、単純にとても悲しい現実があるんだなと感じました。でも、実際に富岡町から郡山市に避難してきた人たちが写真を見つめる表情や、写真展についての感想から、原発の事故はこんなにもいろんな人の気持ちや夢を引き裂いてしまうんだ、ということにあらためて気付かされました。このプロジェクトを立ち上げたMUSUBUの宮本さんと写真家の白井さんが、意を決して夜ノ森の桜を撮影しに行ったのは本当にすごいこと。桜はきれいだけど、人もクルマもいなくて雑草が生い茂っている写真を通じて、いろんな立場や想いはあるにせよ、原発被害の現実を見せてくれたわけですから」
 今回の写真展は、散り散りに避難している富岡町の人たちに見てもらうために、トラックによる移動方式をとっている。
「夜ノ森のことを知らない人にも、できるだけこの写真展を見て欲しいと感じました。写真を見てどんな気持ちになるかは人それぞれ。ですが、被災地のことを自分の問題として意識することを思い出させるきっかけになるんじゃないかと思います」

YSD_0011_convert_20120830144208.jpgトラックには、7月にいわき市で行われた「第一回水風船大会」の際に描かれたイラストやメッセージが。
 

YSD_0079_convert_20120830144359.jpg写真展示が行われた郡山市富田町応急仮設住宅内にある、富岡町生活復興支援センター「おだがいさまセンター」で青木淑子さん(左)と吉田晶子さん(右)に仮設住宅でのみなさんの暮らしや故郷である富岡町への想いなどを伺う。


YSD_0160_convert_20120830144425.jpg郡山市での展示は「おだがいさまセンター」が主催したイベント「夏祭りin郡山」のなかで行われた。当日は富岡町の人たちが暮らす郡山市内の仮設住宅間をシャトルバスが運行し、久々となる町民の交流の場として多くの人で賑わった。

写真/安田菜津紀(studioAFTERMODE)

Heart to Heart STAFF| 14:46 | カテゴリー:TIME TABLE

2012年08月28日

J-WAVE TIME TABLE「HEART TO HEART〜WE ARE ONE〜」vol.12

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J-WAVEの被災地支援プロジェクト「Heart to Heart」。
これまでさまざまな形の支援を展開してきましたが
2011年8月から、その一環として番組ガイド「TIME TABLE」でも
ナビゲーターが被災地に赴き、現地で感じた希望を伝えていく企画
「HEART TO HEART〜WE ARE ONE〜」を連載しています。


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第12回は、被災地で花火を打ち上げるプロジェクト「LIGHT UP NIPPON」にフォーカス。
浦浜アリサが今年のメイン会場である宮城県気仙沼市を訪れ、その取り組みを取材しました。

※この内容は、「TIME TABLE」2012年8月号の内容を転載したものです。


1_YSD_0132_r2_convert_20120806213132.jpg今年のメイン会場となる気仙沼では、約60年の歴史を持つ航海の安全と大漁を祝う気仙沼地方最大のまつり「気仙沼みなとまつり」(昨年は震災で中止)と合同で開催される。


2_YSD_0043_r2_convert_20120806213059.jpg当日、縁日が行われるほか、怒髪天らによるライブも予定されている気仙沼小学校の校庭で、(左から)「LIGHT UP NIPPON」実行委員会の小林直仁さん、同副代表の湯川篤毅さん、同気仙沼担当の渡部“Betty”晃司さん、気仙沼にある磯屋水産の代表取締役 安藤竜司さんにお話を伺う。


 昨年に続き、今年も8月11日に東北から北関東にかけての太平洋沿岸で追悼と復興の祈りを込めて一斉に花火を打ち上げるプロジェクト「LIGHT UP NIPPON」が開催される。浦浜アリサは、今年のメイン会場となる宮城県気仙沼市を訪れた。
「震災の影響で各地が自粛ムードに包まれ、賛否両論あるなかで動き出したそうですが、やはりエンターテインメントは日々の辛い気持ちや大変なことを前に進む力に変えてくれるものだと思うんです。震災のことを忘れないという想いや被災された方への追悼の意味があるのはもちろんですが、開催される地域の方々が純粋なエンターテインメントとして『LIGHT UP NIPPON』を楽しめる日が1日でも早く来るといいなと心から願っています」
「LIGHT UP NIPPON」の開催費用は、一般の募金と協賛企業からの協賛金で賄われているが、意外にも開催地の方からの募金も多いという。
「いろいろとお話を伺ったなかで何よりもすごいと思ったのは、街の人たちをしっかり巻き込んでいること。発起人のひとりである湯川さんが仰っていた、ただ花火を打ち上げるだけが目的ではなく現地の人が中心となって運営していくことが大事、というお話はとくに印象的でした。それに加えて、今回、気仙沼の人たちと触れ合って、すでに地域に根付
いていると思えるほどに、多くの人たちがこのイベントを楽しみにしていることも伝わってきました。街を活性化させることが復興への一歩と考えると、とてもいい支援の形だなと思います」


3_YSD_0044_r2_convert_20120806213204.jpg7月7日、8日に東京ミッドタウンで開催された「LIGHT UP NIPPON七夕まつり」では、花火玉にメッセージを書き込むブースが設けられ、たくさんの人で賑わった。

4_YSD_0219_r2_convert_20120806213237.jpg気仙沼市鹿折地区の仮設市場 鹿折復幸マルシェ内の鹿折工房には、ポスターと募金箱が置かれている。地元の方がお金を入れることも多いといい、地域に受け入れられていることが感じられる。

5_l_132_convert_20120806213257.jpg昨年の「LIGHT UP NIPPON」にて、岩手県大槌町で打ち上げられた花火。昨年は全会場で計23,200発の花火が打ち上げられ、来場者は42,000人にのぼった。

LIGHT UP NIPPON
東日本大震災の追悼と復興への願いを込めて、毎年8月11日に各被災地で花火を同時に打ち上げるプロジェクト。昨年は10ヵ所で行われ、今年はメイン会場の気仙沼市をはじめとする14ヵ所での開催が予定されている。昨年の開催までの模様を追ったドキュメンタリー映画『LIGHT UP NIPPON 〜日本を照らした、奇跡の花火〜』のDVDも発売中。この売り上げの一部は開催費用に充てられる。lightupnippon.jp


写真/安田菜津紀(studioAFTERMODE)

Heart to Heart STAFF| 17:33 | カテゴリー:TIME TABLE

2012年07月26日

J-WAVE TIME TABLE「HEART TO HEART〜WE ARE ONE〜」vol.11

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J-WAVEの被災地支援プロジェクト「Heart to Heart」。
これまでさまざまな形の支援を展開してきましたが
2011年8月から、その一環として番組ガイド「TIME TABLE」でも
ナビゲーターが被災地に赴き、現地で感じた希望を伝えていく企画
「HEART TO HEART〜WE ARE ONE〜」を連載しています。

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第11回はnicoが岩手県大船渡市へ。被災地にライブハウスをつくり、
地域の再生・活性化を目指す「東北ライブハウス大作戦」の取り組みを取材しました。

※この内容は、「TIME TABLE」2012年7月号の内容を転載したものです。


1_MG_0360_convert_20120807134744.jpg工事中の大船渡市のライブハウス「FREAKS」にて、西片さん(左)と「FREAKS」店長の菊池智仁さん(右)にお話を伺う。業者に頼ることなく、基本的に菊池さんと有志が試行錯誤しながら工事を行っている。


2_MG_0784_convert_20120807134844.jpgライブハウス建設予定地を巡る「東北ライブハウス大作戦 アコースティックツアー」の第2弾として大船渡で開催された、HUSKING BEEの磯部正文と平林一哉によるライブ。現地の音楽ファンを中心に、多くの人が会場に駆けつけた。


 東日本大震災の被災地にライブハウスをつくるプロジェクト「東北ライブハウス大作戦」。今回、nicoは岩手県大船渡市で内装工事中のライブハウス「FREAKS」を訪れた。
「まだ工事段階でしたが、ものすごく希望にあふれる空間だと感じました。いまもなお津波被害の爪痕が残る街に、娯楽施設であるライブハウスが新たにオープンしようとしている。『東北ライブハウス大作戦』代表の西片明人さんが仰っていましたが、ライブハウスの完成を心待ちにしている人が大船渡だけでなく、全国にもたくさんいるんだとか。『FREAKS』を起点に街が賑わって、カルチャーの新たな発信地になれば、復興への足がかりになるのは間違いないと思います」
 西片さんは、東京を拠点にライブなどのPAエンジニアとして活動している。そのつながりから、アーティストを中心に彼の活動に賛同してプロジェクトに協力する人はとても多い。
「しっかりと先を見つめて活動しているのも、本当にすごいと思いました。ライブハウスが完成したら、『東北ライブハウス大作戦』は身を退いてその地域の人たちに運営をまかせるということ。そして、いつか『FREAKS』出身のアーティストが東京でもライブをやるようになったら、大船渡が注目を浴びることになる、というお話はとくに印象的でしたね。
プロジェクト最大の目的である人とのつながりが生まれて、全国からも人が集まってくる。ライブハウスがきっかけで街が活性化していくなんて、素晴らしいことだと思います。オープンはもちろん、その先もずっと注目していくつもりです」

3_MG_0274_convert_20120807135038.jpg活動の一環として、三陸地域の子どもたちに絵本を届けたことを縁に、保育園でも演奏会を開いた。写真は陸前高田市の広田保育園にて。


4_MG_0587_convert_20120807135151.jpg写真中央左にある緑の看板付近に震災以前の大船渡市の中心部があり、「FREAKS」はそのエリアに位置する。


5_MG_0535_convert_20120807134944.jpg「東北ライブハウス大作戦」の活動資金はオリジナルグッズの収益や募金、寄付などでまかなわれている。また、一口5,000円の募金をすると木札に名前が記され、ライブハウス内の壁に貼られるという試みも実施中。詳細は「東北ライブハウス大作戦」のホームページまで。


東北ライブハウス大作戦
ライブの音響を手がけるPAエンジニアチームSPC peak performanceの代表 西片明人さんが中心となり、岩手県宮古市、大船渡市、宮城県石巻市にライブハウスを建設しようと展開中のプロジェクト。ライブハウスをオープンするだけではなく、人と音楽、人と人、人と街などをつなげる場をつくることを目的としている。宮古市の「KLUB COUNTER ACTION宮古」が8月14日にプレオープン、大船渡市の「FREAKS」が8月中にオープンを迎える予定。www.livehouse-daisakusen.com


写真/清水健吾(STUH)


Heart to Heart STAFF| 13:52 | カテゴリー:TIME TABLE

2012年06月26日

J-WAVE TIME TABLE「HEART TO HEART〜WE ARE ONE〜」vol.10

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J-WAVEの被災地支援プロジェクト「Heart to Heart」。
これまでさまざまな形の支援を展開してきましたが
2011年8月から、その一環として番組ガイド「TIME TABLE」でも
ナビゲーターが被災地に赴き、現地で感じた希望を伝えていく企画
「HEART TO HEART〜WE ARE ONE〜」を連載しています。

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第10回は大倉眞一郎が宮城県仙台市と名取市を訪れ、
被災地のコミュニティ再生・産業復興を目指す
「TOUHOKU ROKU PROJECT」の取り組みを取材しました。

※この内容は、「TIME TABLE」2012年6月号の内容を転載したものです。


1_YSD_0025_r_convert_20120806212616.jpg「ROKU FARM ATALATA」の完成イメージを見ながら、島田さんからお話を伺う。農業や漁業などの第1次産業が、食品加工(第2次産業)や流通・販売(第3次産業)にも関わることで付加価値をつけ、活性化につなげるという「TOUHOKU ROKU PROJECT」が目指す考えをコンセプトにしている。施設デザイン設計は俳優の伊勢谷友介さんが代表を務める「REBIRTH PROJECT」が担当。


2_YSD_0117_r_convert_20120806212709.jpg“90年後の君へ”をテーマにした名取市の「ROKU FARM ATALATA」建設予定地。ベジタブルガーデンのなかに上記のコンセプトをもとにした蕎麦屋やパン屋、カフェ、キッチンスタジオなどがオープンする。

 東日本大震災の発生から1年以上が経ったいまでも多くの被災地で解決していないのが、産業の復興や雇用にまつわる問題。今回はそれらを解決し、震災復興のモデルケースになる可能性を秘めた「TOUHOKU ROKU PROJECT」のプロデューサー島田昌幸さんに話を伺うため、大倉眞一郎が宮城県仙台市と名取市を訪れた。
「正直な話、『TOUHOKU ROKU PROJECT』に関する資料に目を通した段階では、そんな夢みたいな計画が実現するんだろうかと疑問に思う部分もあったんです。ですが、実際に島田さんと会って、彼が経営者としての緻密な計算と経験に裏打ちされた自信を持ちながら、被災地が目指す今後のビジョンについて話すのを聞いたときに、このプロジェクトは復興のひとつの答えになるんじゃないかと思いました」
 今年10月には、プロジェクトの一環として推進している商業施設「ROKU FARM ATALATA」がオープンする。この施設は、食を通じて消費者と生産者がつながる新しいコミュニティをつくることをひとつの目標としながら、福祉や防災の場としての機能も盛り込まれた取り組み。加えて、名取市に100人規模の雇用が見込まれるという。
「島田さんが、自分が関わらなくてもいいからほかの被災地でも『ROKU FARM ATALATA』のビジネスプランを、その土地に合わせた形にアレンジして展開していってほしい、と仰っていたのが印象的でしたね。実際、すでに複数の自治体から相談がきているそうですが、これからの新しい街づくりやコミュニティ再生の形になっていくのではないかと感じています」


3_YSD_0070_r_convert_20120806212734.jpg株式会社ファミリアがプロデュースするパン工房「ル・タン・リッシュ」にて、同社の専務兼「TOUHOKU ROKU PROJECT」理事の高橋由志郎さんと。

4_YSD_0224_r_convert_20120806212757.jpg「ROKU FARM ATALATA」からクルマで30分、仙台の市街地からは20分ほどの場所にある仙台市若林区荒浜には、津波被害の爪痕がいまも色濃く残る。


5_YSD_0167_r_convert_20120806212819.jpgスペルは当て字だが、「アタラタ」はイタリア語で「絆繋ぐ」という意味。

TOUHOKU ROKU PROJECT
宮城県仙台市にある株式会社ファミリアの代表取締役 島田昌幸さんを中心に、東日本大震災発生直後からさまざまな支援活動を展開しているプロジェクト。被災地の雇用創出と震災から学ぶ“生きる力”を育てることを目指している。10月には名取市杜せきのしたに“農と食”をテーマにした商業施設「ROKU FARM ATALATA」をオープン予定。


写真/安田菜津紀(studioAFTERMODE)

Heart to Heart STAFF| 22:05 | カテゴリー:TIME TABLE

2012年05月27日

J-WAVE TIME TABLE「HEART TO HEART〜WE ARE ONE〜」vol.9

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J-WAVEの被災地支援プロジェクト「Heart to Heart」。
これまでさまざまな形の支援を展開してきましたが
2011年8月から、その一環として番組ガイド「TIME TABLE」でも
ナビゲーターが被災地に赴き、現地で感じた希望を伝えていく企画
「HEART TO HEART〜WE ARE ONE〜」を連載しています。

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第9回は杉山ハリーが岩手県一関市と宮城県登米市のコミュニティFMを訪れ、
震災時の取り組みやラジオの“力”について取材しました。

※この内容は、「TIME TABLE」2012年5月号の内容を転載したものです。


1_093_DPP_667_convert_20120806212154.jpgコミュニティFMではほとんどの作業をパーソナリティがひとりで行いながら放送することが多い。登米コミュニティFMのスタジオで、パーソナリティの佐藤万里子さんに話を伺う。


2_040_DPP_615_convert_20120806212214.jpg開局を目前に控えた一関コミュニティFMのスタジオ。一ノ関駅からほど近い商業ビルにあり、リスナーとの交流の場として観覧スペースが設けられている。前途を願って気合いのガッツポーズ!


 今回、杉山ハリーが訪れたのは4月29日に開局を迎える岩手県一関市の「一関コミュニティFM」と、2010年4月に開局した宮城県登米市の「登米コミュニティFM」。コミュニティFMは送信出力が制限されているため電波の届くエリアが狭く、地域社会に根ざした情報を発信する局が大半を占める。その分、災害・緊急時の被害状況や救援情報など、地域の人に必要とされる情報を提供できるのが特長で、東日本大震災以降、大きな注目を集めている。
「お話を伺ったなかでとくに印象深かったのは、東日本大震災発生時の電話やメールが使えない状況下で、多くのリスナーが被災の様子や避難先などを書いたメモをスタジオまで届けにきた、という話。あらためてコミュニティFMと現地の方との信頼関係を実感すると同時に、ラジオに関わっている人間として刺激を受けました」
 登米コミュニティFMの取材では、東日本大震災が発生した際の音源を聞かせていただいた。
「7分間も揺れが続くという大変な状況のなか冷静に対応しながら、リスナーに的確なメッセージを伝え続けたパーソナリティの佐藤さんには敬服しました。心からの言葉じゃないと人には伝わらないという理由で、開局当初からあえて震災時のマニュアルを作っていなかったことにも驚きましたね。緊急時かどうかにかかわらず、リスナーの心に確
実に言葉を届けるということは、ナビゲーターとしての使命であり責任だと思うので、個人的にこれからの課題のひとつにしていきたいです」 


3_031_DPP_608_convert_20120806212252.jpg一関コミュニティFMのパーソナリティ塩竃一常さん。ラジオパーソナリティとして活動した後、岩手県奥州市のコミュニティFM、奥州FMの立ち上げに参加。昨年から一関コミュニティFMの立ち上げに携わっている。


4_103_DPP_673_convert_20120806212326.jpg津波による壊滅的な被害を受けた南三陸町の防災対策庁舎跡地。登米市には南三陸町の住民が多数避難していることから、登米コミュニティFMでは「南三陸町情報」という番組を放送中。


5_054_DPP_628_convert_20120806212359.jpg登米コミュニティFM局長の斉藤惠一さん。現在、市内の聴取率が84%を記録するほど、市民から厚い信頼を受けているという。


一関コミュニティFM
「FMあすも」79.5MHz
2008年の岩手・宮城内陸地震を受けて開局に向け動き出し、今年の4月29日に本放送を開始。東日本大震災以降、最初に開局するコミュニティFMとして全国的に注目を集める。

登米コミュニティFM
「H@!FM(はっとFM)」76.7MHz
2010年4月に開局。東日本大震災が発生した昨年3月から、災害発生時に被害や救援状況、ライフラインなどの情報を伝える臨時災害放送局としても放送を行っている。

写真/玉井幹郎

Heart to Heart STAFF| 21:58 | カテゴリー:TIME TABLE

2012年04月26日

J-WAVE TIME TABLE「HEART TO HEART〜WE ARE ONE〜」vol.8

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J-WAVEの被災地支援プロジェクト「Heart to Heart」。
これまでさまざまな形の支援を展開してきましたが
2011年8月から、その一環として番組ガイド「TIME TABLE」でも
ナビゲーターが被災地に赴き、現地で感じた希望を伝えていく企画
「HEART TO HEART〜WE ARE ONE〜」を連載しています。

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第8回は宮本絢子が陸前高田市へ。
「桜ライン311」の植樹に参加した彼女が現地で感じたこととは?

※この内容は、「TIME TABLE」2012年4月号の内容を転載したものです。

1_YSD_0475_convert_20120806211711.jpg参加者の方々と一緒に力を合わせて桜を植える。今回、宮本絢子が植えたのは病気などにも強いといわれる大島桜。見晴らしのいい高台ではあるが、実際に津波はここまで到達した。


2_YSD_0218_convert_20120806211800.jpg「桜ライン311実行委員会」代表の橋詰琢見さんにお話を伺う。彼自身も津波によって自宅や勤務先が流され、昨年6月下旬まで避難生活を送っていたそう。


 宮本絢子が岩手県陸前高田市を訪れたのは、あの日からちょうど1年の3月11日。その目的は、約170 kmにおよぶ市内沿岸部の津波到達点に桜の苗木を植えるプロジェクト「桜ライン311」の第2回植樹ボランティアに参加することだった。
「今回植樹に参加させていただいて、あらためてこのプロジェクトの意義を強く感じました。あの出来事を決して忘れず、後世につなげていくためにもとても大事なことだと思います。セレモニーのなかで地元の消防団の方が仰っていた『桜の木が育ち、いつか花が咲いて淡いピンクがつながったとき、みんなの気持ちもひとつになる』という言葉はとくに胸に響きましたね」
これまで「桜ライン311」によって植えられた桜は合計約270本。最終的には、10mおきに約17,000本を植樹することを目指している。
「復興も思うように進んでいないなかで桜を植えていくのは、長期間にわたる大変な活動だと思います。でも、何か希望を見出そうという現地の方たちの想いが、こういった活動につながっている気がするんです。この活動で植えられた桜はただの桜ではなく、常に震災のことを思い起こさせるものでもあるはず。だからこそ、いつか桜の花がラインになったときに、彼らの心に少しでも温かい気持ちが生まれることを願っています。私も桜の木を植えるのは初めての経験だったので、ちゃんと大きく育ってくれるとうれしいですね。せっかくお手伝いさせてもらったので、これをきっかけに陸前高田にまた足を運んで、今後も成長を見守っていきたいと思います」 

3_YSD_0018_convert_20120806211911.jpg桜の苗やスコップは、全国各地からの寄付で集められたもの。この日、植樹ボランティアとして参加したのは総勢300人近くで、県内のみならず県外からも多くの人が陸前高田に駆けつけた。


4_YSD_0206_convert_20120806211939.jpg植樹の仕上げとなるのは、桜の苗と支え杭を保護材で丁寧に巻きつける作業。支え杭は木が自らを支えられるような太さになるまで欠かせない。

5_YSD_0046_convert_20120806212039.jpg植樹前のセレモニー。温暖な気候であまり雪が降らない陸前高田だが、昨年同様、冷え込みが厳しくこの日も雪がちらついていた。


桜ライン311
陸前高田市沿岸部の津波到達点を桜の木でつなぎ、後世に伝えるプロジェクト。昨年8月、陸前高田市長が著書のなかで綴った「桜を植えたい」という一文を読んだ青年団体協議会会長の橋詰琢見さんが中心となって活動を開始した。第3回植樹は今年の11月を予定している。


写真/安田菜津紀(studioAFTERMODE)

Heart to Heart STAFF| 21:44 | カテゴリー:TIME TABLE

2012年03月26日

J-WAVE TIME TABLE「HEART TO HEART〜WE ARE ONE〜」vol.7

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J-WAVEの被災地支援プロジェクト「Heart to Heart」。
これまでさまざまな形の支援を展開してきましたが
2011年8月から、その一環として番組ガイド「TIME TABLE」でも
ナビゲーターが被災地に赴き、現地で感じた希望を伝えていく企画
「HEART TO HEART〜WE ARE ONE〜」を連載しています。

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第7回は丹羽順子が郡山へ。
多方面で脱原発アクションを起こしている彼女が現地で感じたこととは?

※この内容は、「TIME TABLE」2012年3月号の内容を転載したものです。

1_120202_005_convert_20120806211134.jpg郡山駅前。寒波の影響により、例年より気温が低く積雪も多い。


2_120202_064_convert_20120806211225.jpgジャーナリストの岩上さんと「百人百話」の取材へ向かう。取材は福島第一原子力発電所からほど近い相双地区の住民が避難している本宮市内の仮設住宅で行われた。


 今回、丹羽順子が郡山を訪れた目的のひとつは、福島県の住民100人に話を聞くプロジェクト「百人百話」を行っているジャーナリスト岩上安身さんの取材に同行すること。
「 実際に『百人百話』の取材に立ち会わせてもらって、福島の方の言葉やエネルギーに圧倒されました。突然故郷を奪われ、住む場所や仕事、生き方の選択を迫られるというなかで、原発とどう向き合っていくのか…。そんな生の声を聴くことができたのは、本当に貴重な体験でした」
 取材の合間に、昨年彼女が取り組んだ被災した親子のための避難プロジェクト「おいでハウス」に参加していた郡山在住の友人とも再会を果たすことができた。
「 いま彼女は葛藤しながらも家族と郡山で暮らしています。小さい子どもがいるなら避難すべき、と言う人もいるでしょう。でも、人それぞれ事情がある。本当に難しい問題だと思います。私はひとりの友だちとして彼女の選択を尊重し、できるかぎりサポートしていきたいです」
 その再会の場となったのは、食品の放射線量測定も行う自然食レストラン「銀河のほとり」。「 以前からお店の存在は知っていましたが、今回訪れることができてよかったです。経営者の有馬克子さんが『免疫力を高めて誰も病気にならないように、あの手この手でおいしく愉しく工夫しながら放射能対策を研究しています』と前向きに仰っていたのは印象的でした。震災以降、番組でも脱原発のことを伝えてきましたが、これからもさまざまな形で発信し続けていくべきだと、あらためて強く思いました」 

3_120202_027_convert_20120806211253.jpg「銀河のほとり」内の「銀河市民放射能測定所」。机の上にある容器に食材を入れ、床に置かれている「ヨウ化ナトリウムシンチレーション検出器」にセットすると、約30分で放射線量を測ることができる。晩ごはんのメニューなど、一食分の放射線量を調べることも可能。


4_120202_008_convert_20120806211349.jpg「銀河のほとり」を経営する有馬さん。NPO「百笑屋敷」代表も務め、食にまつわるワークショップやイベントなど、地域交流のために幅広い活動を行っている。


5_120202_077_convert_20120806211411.jpg「百人百話」取材時の様子。「百人百話」は2012年2月20日現在、39人のインタビューがUSTREAMで配信されている。3月には書籍も発行予定。


福島県郡山市
福島県中通りのほぼ中央に位置する。東日本大震災では、建物の被害は多かったものの人的被害は少なかった。しかし、福島第一原子力発電所からの距離が約60kmということもあり、放射線量が比較的高いといわれている。そのため、県外への移住や避難という選択をした人も多い。


写真/玉井幹郎


Heart to Heart STAFF| 21:09 | カテゴリー:TIME TABLE

2012年02月27日

J-WAVE TIME TABLE「HEART TO HEART〜WE ARE ONE〜」vol.6

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J-WAVEの被災地支援プロジェクト「Heart to Heart」。
これまでさまざまな形の支援を展開してきましたが
2011年8月から、その一環として番組ガイド「TIME TABLE」でも
ナビゲーターが被災地に赴き、現地で感じた希望を伝えていく企画
「HEART TO HEART〜WE ARE ONE〜」を連載しています。

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第6回目は、は「JAM THE WORLD」で2011年6〜9月にオンエアしていた
被災地の生の声を伝えるコーナー「VOICE FROM TOHOKU」に
ご登場いただいた方々が、いま感じていることを集めました。

※この内容は、「TIME TABLE」2012年2月号の内容を転載したものです。


■千束 諭さん(岩手県宮古市 ホテル「海幸園」オーナー) 

うちのホテルは、復興の工事関係者向けの宿として営業しています。そういった方が宿泊する施設がないということで、震災直後の3月20日から営業を再開しましたが、連日満室が続いています。このあたりでは依然として宿が少なく、復興にあたる人員も足りていないんです。それもあって、復興が目に見えて進んでいるという状況には至っていません。 
うちはこの先10年は工事関係者ばかりでしょうね。いまは震災需要があるからなんとかなっていますが、震災前のように観光目当てとなると大変です。宿としてはもちろん、町としても質を高めて、観光に対するニーズに応えていく必要があると思っています。


■氏家良典さん(宮城県 スーパーチェーン「ウジエスーパー」代表取締役)

震災以前、「ウジエスーパー」は31店舗ありましたが、南三陸町にあった店舗は流失してしまって現在も建築できない状態です。
町に目を向けると、国や県の復興のスピードがゆったりしすぎている気がします。また、失業してしまった方が再就職できないという問題は根深いですね。選ばなければ仕事はありますけど、本当にやりたい仕事はないという声をよく聴きますし、今後のひとつの大きな課題だと思います。
 まだまだ復旧どころか、復興なんてほど遠い状態。ですから、首都圏の方々には被災地のことを忘れずに、これからも見守ってもらいたいですね。


■橘内 修さん(岩手県釜石市 天神町仮設商店街「復興天神15商店街」幹事)

電話で取材していただいたとき、「復興天神15商店街」はオープン直後。その当時はかなり賑わっていたのですが、近隣に同じような仮設商店街が5ヵ所もできたこともあって徐々にお客さんが分散されて、最近は少しさびしくなってきていますね。
 いまはとにかく時間が欲しいです。普段は1日の仕事に追われてしまうことに加えて、被災してしまった土地の始末、社屋や自宅の代わりとなる場所の土地探しもしないといけない。過去、現在、未来というトリプルの案件を追いかけている状態です。
 支援はすでに多方面からたくさんいただいています。ですが、支援で知っておいていただきたいのは、たとえばランドセルを寄付していただく場合に、釜石でランドセルを販売している方たちが音を上げているということ。支援自体はありがたいことなんですが、それによって商いをしている人たちが苦しんでしまっているという現状もあります。寄付いただく際はできるだけ被災地の商店などで購入していただけると、大きな波及効果があるんです。そういった部分で一歩踏み込んだ支援をいただければ、さらにいい影響が出てくると思います。

1_PC305684_convert_20120806204213.jpg厳しい寒さが続く岩手県陸前高田市の仮設住宅


■大森梨江さん(福島県いわき市「 スパリゾートハワイアンズ」ダンシングチーム フラガール サブリーダー)

番組でお話しさせていただいたときは、「スパリゾートハワイアンズ」が休業していたため、全国のさまざまな場所を巡業していました。昨年10月に営業を再開するまでは先の見えない不安がありましたが、各地でたくさんの方にお会いできたこともあり、人の温かさや絆を強く感じることができましたね。
 営業再開から4ヵ月近くが経ちますが、県外・県内ともに思っていた以上にたくさんのお客さまに足を運んでいただいています。個人的にも、ようやく落ち着いてきた感覚はありますが、「ウォーターパーク」の再開と新しいホテル「モノリス・タワー」の誕生に合わせて、2月8日にグランドオープンを迎えるんです。そこでようやくスタートラインに立てるような気がしています。地域の方々からも、「スパリゾートハワイアンズ」が復興すれば街が盛り上がってくる、という声をたくさんいただいていて。いろんなことを発信して地元を盛り上げ、地域の方とも協力し合いながら復興に向けて進んでいくことができたらいいなと思っています。


■石井 肇さん(宮城県石巻市 コミュニティ情報誌『月刊おがつ』元編集長)

復興しつつあるといった声もありますが、実際には震災後少し経って、がれきが片付いたころからあまり状況は変わっていません。最初のころは非常事態ということで、支援や仮設住宅などいろいろな動きがありましたけど、時間が経つにつれて復興が進まなくなってきたような印象です。
 個人的なことでは、番組出演時に務めていたコミュニティ情報誌『月刊おがつ』は編集を外されてしまいました。残念ながら、住民の声をダイレクトに取り上げたいという私の編集方針が、市の意向と合わなかったんです。
 被災地のなかには復興に向けてうまく進んでいるところもあるとは思いますが、石巻では人が少ない集落とかはお金がかからないよう縮小させる動きになっています。私がいる雄勝地区でも病院がなくなってしまい診療所が1軒あるだけ。小学校も3校被災して廃校状態ですが、そのままにする方針をとるようです。行政はいかに効率的に再建するか、ということしか考えていないのではないかと思います。はたして、それが住民の幸せにつながるのかは疑問ですね。


■平坂章子さん(岩手県大船渡市 美容室「絆」店長)

昨年の6月6日から大船渡市内の「オーシャンビューホテル丸森」の一角で県内の美容師仲間7人と一緒に「絆」というお店をやっています。以前は陸前高田に店を構えていたので、またそこでお店をやりたいという気持ちはありますが、今後町に人が残るのかが不安です。復興の見通しが立たないからと言って、引っ越していく人もいるので。市の支援を受けて仮設で自分のお店を始めた美容師仲間もいますが、なかなか難しい。内装を含めた自己負担も大きいですし、あくまで仮設なので何年後かに建て直しや移転をする必要があるんです。そうなると初期費用だけでも大変なことになってきますからね。
 お客さんの印象としては、景気という面でも決してよくなっていませんし、まだ先の見通しが立っていないからか、みなさんそれほど元気な感じは受けないですね。個人的な意見では、漁業などはTVなどで取り上げられるのでみなさんの目がいく機会も多いと思うんですが、美容関係とか小売りはそういったことがほとんどありません。できれば、もっと注目していただけるとうれしいですね。

2_YSD_0202_convert_20120806204543.jpg宮城県石巻市では、集められたがれきの山に雪が降り積もる


■新沼茂幸さん(岩手県陸前高田市「ヤマニ醤油株式会社」代表取締役)

ヤマニ醤油は昨年12月21日、約280日ぶりに営業を再開しました。たくさんのお客さんがうちの醤油を待っていてくれたことと、花巻市の佐々長醸造さんと手を組むことで、なんとか復興することができたんです。全国に6,000ものファンのみなさんがいらして、ヤマニの醤油じゃないとダメ、辞められると困る、といった言葉が本当に励みになりました。
 この先、ヤマニ醤油がうまく軌道に乗れば、陸前高田発のブランドとして展開して、売り上げの一部が陸前高田に入るような仕組みにしていきたいと考えています。やはり最終的な目標としては、陸前高田の役に立ちたい。震災直後は絶望していた人も多いけど、東京に住んでいて震災後に陸前高田に戻ってきた人もいる。夢をもった20、30代の役に立てるように、何かしら支援ができればいいなと思っています。


■赤川郁夫さん(宮城県気仙沼市「気仙沼市役所」総務課長)

「JAM THE WORLD」に出演した際にお話しした「池田ふれあいの湯」は、もともと産業振興支援の一環で設置されたものでした。気仙沼ではカツオの水揚げが多いということで、その漁船の乗組員が入るお風呂という目的があったんです。ほかにも、ボランティアで来られた方々に利用いただくなど、非常に好評ではあったのですが、カツオの水揚げの終了にともない、12月の上旬で営業も終了しました。
 全国から非常にありがたいご声援をいただいておりまして、復興に向けて全力で取り組んでいるところです。これからも引き続き被災地に目を向けていただき、町の元気な姿を届けられればと思っています。

写真/安田菜津紀(studioAFTERMODE)


Heart to Heart STAFF| 20:15 | カテゴリー:TIME TABLE

2012年01月26日

J-WAVE TIME TABLE「HEART TO HEART〜WE ARE ONE〜」vol.5

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J-WAVEの被災地支援プロジェクト「Heart to Heart」。
これまでさまざまな形の支援を展開してきましたが
2011年8月から、その一環として番組ガイド「TIME TABLE」でも
ナビゲーターが被災地に赴き、現地で感じた希望を伝えていく企画
「HEART TO HEART〜WE ARE ONE〜」を連載しています。

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第5回目は、「PARADISO」ナビゲーターの板井麻衣子が北茨城市へ。
被災地の方との対話を通じて、あらためて感じたこととは?

※この内容は、「TIME TABLE」2012年1月号の内容を転載したものです。

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もとは岡倉天心の住居敷地だった「茨城大学五浦美術文化研究所」から北を見つめる。岬をはさんで対岸に見えるのは福島県いわき市。

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「北茨城市商工観光課」の長谷川幸生さん(左)、「北茨城市観光協会」の篠原裕治さん(中)、「大津町商店会」の村山 功さん(右)。大津港で北茨城市の現状と今後について伺う。

  今回、板井麻衣子が訪れた茨城県北茨城市。一見するかぎり、震災による爪痕はほとんど残されていない。
「 漁港の再開にはまだ時間がかかるそうですが、街中はほぼ復旧しているように感じました」
 だが、震災以降、福島第一原子力発電所の事故による風評被害で、北茨城市の漁業や観光業は大きなダメージを受けている。
「 街として、ツライ状況だろうと思っていたのですが、北茨城市役所の清水さんをはじめ、お話を伺った現地のみなさんが笑顔でしっかり前を向いていたことに驚きました。しかも、震災をマイナスに捉えずに、街の文化財などを有効利用した新たな街づくりを視野に入れているポジティブさはとても魅力的だと思います」
 童謡作家として知られる野口雨情の生家の活用や、震災の津波で消失してしまった明治期の美術指導者・岡倉天心が設計した六角堂の再建など、復興に向けたさまざまな計画があるそう。
「 お会いしたそれぞれの方が街の未来について、愛を持って明るくお話しされていたのがとても印象的でした。そういった街の人たちが持つ魅力を幅広く伝えていくことこそが、風評被害に惑わされず行ってみよう、と人の心を動かすきっかけになるのかもしれません」
 もちろん、その街の名物や見どころ、現状などを伝えるのも大切なこと。「でも、そこに面白い人がいる、会いたい人がいるということの方が、現地へ足を運ぶ原動力になるはず。私自身、パワフルな彼らに会うために、また近々、北茨城市を訪れたいと思います」

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「茨城大学五浦美術文化研究所」内にあり、津波で流出した岡倉天心設計の「六角堂」跡地。3月末の竣工に向け、できるかぎりの復元に取り組んでいる。

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津波による被害を受けた大津港。大型漁船は海中のがれきなどで入港できないため八戸や銚子などで操業しているものの、漁協をはじめ町の経済に大きな影響を与えている。

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震災以前は、大きな岩と小さな岩が2つ並んだ観光スポットだった二ツ島。津波の影響で大きな岩が変形しただけでなく、小さな岩は姿を消してしまった。

茨城県北茨城市
茨城県北東部に位置し、福島県いわき市と隣接している。東日本大震災では大津波によって漁港が被害を受けたほか、一部損壊を含め、全戸数の半分近くの約8,400戸が被災。原発事故の風評被害もあり、漁業や宿泊施設などに影響が出ている。1月26日現在、死者数8人。

写真/安田菜津紀(studioAFTERMODE)

Heart to Heart STAFF| 11:47 | カテゴリー:TIME TABLE

2012年01月16日

J-WAVE TIME TABLE「HEART TO HEART〜WE ARE ONE〜」vol.4

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J-WAVEの被災地支援プロジェクト「Heart to Heart」。
これまでさまざまな形の支援を展開してきましたが
2011年8月から、その一環として番組ガイド「TIME TABLE」でも
ナビゲーターが被災地に赴き、現地で感じた希望を伝えていく企画
「HEART TO HEART〜WE ARE ONE〜」を連載しています。

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第4回目は、「RENDEZ-VOUS」ナビゲーターのレイチェル・チャンが岩手県陸前高田市へ。
公私を問わず、積極的に復興活動に取り組んできた彼女が被災地を見つめ、あらためて感じたこととは?

※この内容は、「TIME TABLE」2011年12月号の内容を転載したものです。

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7万本あった松原のなかで、津波に耐えて奇跡的に残った一本松(取材当時)。復興の象徴として注目を集めているが、根が海水に浸かってしまうため「高田松原を守る会」の小山芳弘さんを中心に保護活動が続いている。


 これまで被災地にはボランティアや取材で8回足を運んでいるのですが、陸前高田の状況を見て、4月に初めて被災地を訪れたときと変わらぬ衝撃と悲しみを受けました。
 今回お会いしたみなさんに伺った、津波が迫るなかでどう行動すべきか、という生の声は本当に印象深かったです。そういう話は時間が経つと薄れがちだけど、たとえ震災から何年経ったとしても広く伝えていく必要があると感じました。
 陸前高田の現状としては、がれきを取り除く作業の渦中ということもあり、まだ復興するためのスタートラインを整えている段階。現地の方々も仰っていましたが、やはりこれから復興に向けてどう進んでいくかが気になります。いろんな問題が山積みななか、どうやって新たな街を作っていくのか。今後もしっかりと目を向けていきたいと思います。
 被災された方の状況がさまざまなように、支援したいと思っている方の立場もそれぞれ異なるもの。体力的にも精神的にも金銭的にも、いろんな方がいるなかで、支援の内容に正解なんてないと思うんです。自分ができるペースで長期にわたって続けていくことが重要なのではないかと感じました。私自身、ナビゲーターとしても個人的にも、いまできる支援にしっかりと取り組んでいくつもりです。(談)

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高台にあり、被害を免れた諏訪神社から見た市街地の光景。2011年11月現在もボランティアの方々ががれき撤去などの作業を行っていた。

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以前の店舗が津波で流されてしまったため、ビニールハウス作りの新店舗で6月20
日に移転オープンを果たした産直「陸前高田ふれあい市場」。「客足は戻ってきているけど、まだまだ街の経済は回っていない」と副代表の佐々木隆志さん。

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震災後、自宅跡地に幸せを願う黄色い布と、進水式で福を呼ぶよう船に掲げる福来
旗(ふらいき)を立てている菅野啓佑さん。

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「米崎小学校仮設住宅」会長の佐藤一男さん。二度と同じ悲しみを繰り返さないように津
波到達点に桜を植えるプロジェクト「桜ライン311」の活動にも携わる。

岩手県陸前高田市
岩手県南東に位置し、太平洋に面している。東日本大震災では大津波に見舞われ、甚大な被害が発生。住民の3分の1にあたる約9,500人が家を失うなど、被災地のなかでももっとも大きな被害を受けた地域のひとつとなっている。2012年1月16日現在、死者数1,554人、行方不明者数298人。

写真/安田菜津紀(studioAFTERMODE)

Heart to Heart STAFF| 17:08 | カテゴリー:TIME TABLE

2012年01月11日

J-WAVE TIME TABLE「HEART TO HEART〜WE ARE ONE〜」vol.3

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J-WAVEの被災地支援プロジェクト「Heart to Heart」。
これまでさまざまな形の支援を展開してきましたが
2011年8月から、その一環として番組ガイド「TIME TABLE」でも
ナビゲーターが被災地に赴き、現地で感じた希望を伝えていく企画
「HEART TO HEART〜WE ARE ONE〜」を連載しています。

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第3回目は、「JAM THE WORLD」火曜日ナビゲーターの津田大介が福島県いわき市へ。
震災後は積極的に被災地を訪れ、現地の様子をツイートし続けてきた彼が
今回の訪問で感じたこととは?

※この内容は、「TIME TABLE」11月号の内容を転載したものです。

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津波や火災により甚大な被害を受けた「久之浜地区」。撮影した写真は、Twitterで街の現状とともに広められる。

 今回、福島県いわき市の各地を訪れてあらためて思ったのは、現地の人たちは復興に向けて本当にがんばっているということ。しかし同時に、現実の厳しさも痛烈に感じました。やはり風評被害を含めた原発問題による影響は大きく、いまのような状況が続けば、いわき市の観光業は数年で衰退してしまうかもしれない。だからこそ、今後も支援が必要だと思うんです。まだまだ復興段階なんかに至ってはいないし、原発問題も全然収束していない。それらは、いまだにリアルな問題として彼らに重くのしかかっています。

 本来は、そういったことをマスメディアが率先して伝えていくべき。たとえば、「アクアマリンふくしま」が営業再開したことだけをニュースにするのではなく、現地の方たちが日々がんばっている現状も長期的に報じていく必要があります。支援をする側の人たちが興味や関心を失わないように情報を伝えながら、街の活性化を促す。そんなきっかけのひとつになれるように、今後も「JAM THE WORLD」や僕のTwitterアカウント(@tsuda)を通じて、さまざまな情報を発信していきたいと思います。(談)

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「アクアマリンふくしま」の入口近くのスペースでは、1日も早く美しい海に戻ることを祈願した「大漁旗デザイン展」が開催されていた。

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2011年10月1日に営業を再開した「スパリゾートハワイアンズ」でのフラガール・ショー。2012年1月までの期間限定で、復興への願いを込めた特別公演が昼夜行われている。

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久之浜第一小学校の一角に仮設された「浜風商店街」内の「久之浜ふれあい情報館」では、震災にまつわる写真や、地域住民のための情報が掲示されている。

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津波により店舗が大破したものの、2011年5月9日から移動販売車を使って営業を再開した「セブン-イレブンいわき豊間店」。11月にはプレハブで店舗を再建した。

福島県いわき市
福島県の東南に位置し、東側は太平洋に面している。東日本大震災では、地震と津波に加え一部で火災も発生。大きな被害を受けた。さらに原発事故による風評被害にもさらされ、観光業・農林水産業などに影響が出ている。1月10日現在、死者数310人、行方不明者数37人。


写真/安田菜津紀(studioAFTERMODE)

Heart to Heart STAFF| 07:57 | カテゴリー:TIME TABLE

2012年01月04日

J-WAVE TIME TABLE「HEART TO HEART〜WE ARE ONE〜」vol.2

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J-WAVEの被災地支援プロジェクト「Heart to Heart」。
これまでさまざまな形の支援を展開してきましたが
2011年8月から、その一環として番組ガイド「TIME TABLE」でも
ナビゲーターが被災地に赴き、現地で感じた希望を伝えていく企画
「HEART TO HEART〜WE ARE ONE〜」を連載しています。

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第2回目は、「RADIO SAKAMOTO」の坂本龍一が福島へ。
8月15日、に福島市・四季の里で開催されたイベント
「8.15 世界同時多発フェスティバル FUKUSHIMA!」をはじめ
彼がいま、復興支援のために取り組んでいることとは?

※この内容は、「TIME TABLE」10月号の内容を転載したものです。

 復興するためには、とにかく莫大な費用が必要。義援金はいくらあっても足りないはずです。音楽だからできることなんて、とくにありません。いま僕ができる支援活動は、被災地のためにお金を集めること。
 そのためにも、さまざまな支援プロジェクトに取り組んでいます。たとえば「kizunaworld.org」で集まった寄付金は、被災地で求められている支援の内容に合わせて、現地で活動しているNGOなどの団体に直接送付できるような仕組みを作りました。「こどもの音楽再生基金-School Music Revival」では、募金に加えてTシャツの売上を活動資金にすることで、被災した約1,850の学校の楽器や音楽関連備品の点検・修理を行っています。
 ほかにも、さまざまなプロジェクトに参加していますが、僕にとって「8.15 世界同時多発フェスティバルFUKUSHIMA!」などのイベントに参加するのは、それらの活動を広めるためにも大切なこと。たとえ、復興までにどれだけ時間がかかろうとも、今後も被災地から目を離さず支援に取り組んでいくつもりです。(談)

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メイン会場となった福島県福島市・四季の里。

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主宰者のひとりである大友良英が指揮をとり、出演アーティストと一般参加者が即興演奏を行った「オーケストラFUKUSHIMA!」。

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全国各地から寄せられた膨大な量の布を縫い合わせた巨大な風呂敷で、芝生を覆うプロジェクトも実施。福島へのさまざまな想いや願いをカタチにすると同時に、芝生からの表面被曝を防ぐという目的も。

8.15 世界同時多発フェスティバル FUKUSHIMA!
3月に発生した東日本大震災により、津波と原発事故による被害に見舞われた福島県。1月4日現在、死者数1,915人、行方不明者数65人、避難者数は県内で35人、県外で61,167人にものぼっている。そんな福島の現状を広く伝えるために、福島出身のアーティストが中心となって活動している「プロジェクトFUKUSHIMA! 実行委員会」が、8月15日に福島市の四季の里などで開催した野外フェスティバル。坂本龍一をはじめ、多彩なアーティストが出演し、会場には福島県外からも多くの人が駆けつけて延べ13,000人の観客を集めた。

Heart to Heart STAFF| 09:40 | カテゴリー:TIME TABLE

2011年12月27日

J-WAVE TIME TABLE「HEART TO HEART〜WE ARE ONE〜」vol.1

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J-WAVEの被災地支援プロジェクト「Heart to Heart」。
これまでさまざまな形の支援を展開してきましたが
2011年8月から、その一環として番組ガイド「TIME TABLE」でも
ナビゲーターが被災地に赴き、現地で感じた希望を伝えていく企画
「HEART TO HEART〜WE ARE ONE〜」を連載しています。

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第1回目は、ジョン・カビラが宮城県石巻市へ。
震災から約半年が経過していた8月に、彼が被災地で見つめたものとは?

※この内容は、「TIME TABLE」9月号の内容を転載したものです。

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 今回、宮城県石巻市にある渡波小学校の避難所をはじめ、市内のさまざまな場所を訪れましたが、笑顔の人が多かったことがとても印象に残っています。決して楽観できる状況ではないはずなのに、しっかりと前を向いて歩き始めている方たちと触れ合うことができ、本当に心強く思いました。
 なかでも、避難所の責任者を務める高橋 誠さんがおっしゃっていた「津波にのまれて、その渦の中で一度失ったと覚悟した命がせっかく助かったんだから、どんなことでも一生懸命やろう」という言葉は忘れることができません。 石巻に限らず、被災地の多くはまだまだ支援の継続が必要だと思います。高橋さんも強調されていましたが、物資や労働力の支援だけでなく、これからは仮設住宅に住んでいる方などの心のケアを中心とした、人と人のつながりを強めるような支援が重要になってくるはずです。
 僕たちが今後やるべきことは、目を離さずに被災地の状況を伝え続けること。オンエアを通じて、必要な支援や長期的なサポートを呼びかけていくとともに、復興に向けてさらに強い気持ちで取り組んでいきたいとあらためて感じました。(談)


宮城県石巻市
宮城県の東部に位置する。3月に発生した東日本大震災では大津波による被害に見舞われた。2011年12月26日現在の被災状況は死者数3,280人、行方不明者数629人。避難所は10月11日、待機所は12月11日をもって、すべて閉鎖している。

Heart to Heart STAFF| 07:38 | カテゴリー:TIME TABLE