2015年03月11日

フォトジャーナリスト/安田菜津紀さん

Studio AFTERMODE所属。カンボジアを中心に、東南アジア、中東、アフリカで貧困や難民問題を取材。東日本大震災以降は、陸前高田市を中心に記録を続けています。
安田菜津紀さんが思う震災から4年とは?

「東日本大震災をキッカケに、岩手県の沿岸の街の中で最も南に位置している陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けています。あれから丸4年が経ちましたが、今実は漁師さんたちの取材をしているんですけれども、海の世界に一人、また一人と戻ってくる様子をファインダー越しに見させてもらってきました。特に陸前高田市はカキの養殖が盛んで、築地の中でも一二を争うくらい、良質なカキを作っている街です。漁師さんの“どうだ!”という誇らしい顔を見ながら、私もその宝物を少しでも伝えていきたいと思いました。あれだけ人の命を奪ってきた海ですが、それでも恵を与え続けてくれた海かもしれない。その海の力をもう一回借りて、人々が少しずつ立ち上がろうとしているのではないかと思います。一方で、陸前高田市内は、8割の仮設住宅が埋まったままという現状も残されています。できれば元のコミュニティごとに高台へ移転をしたいと待ち続けていた方も、あまりにも時間が経ちすぎてしまって、一軒、また一軒と自力再建している状態です。もちろんそれ自体は喜ぶべきことではありますが、その一方で再建できない方々が取り残されてしまって、コミュニティが少しずつバラバラになってしまう・・・だからこそ、人が繋がる続ける街がどうやってできるのか、大きな課題として残されているのではないかと思います。もう一つ、陸前高田市にはこれから12.5メートルの防潮堤が建てられようとしていますが、どんなに高い防潮堤が建てられたとしても、逃げなくていい街にはならないと感じます。この地域には、津波てんでんこという言葉が残されていますが、どんなに臆病者だと笑われても、とにかく地震が起きたら高台へ逃げなさいという教えが残されています。なので、ハード面ではないところで、いかに人の命が奪われない街を作っていくのかどうか、どうやってこの記憶を伝承できるのかどうか、引き続き、考え続けていかなければならない大きな課題だと思います。これからも陸前高田市を中心に被災地を記録し続けて、その現状をお伝えできればと思っています。」

安田菜津紀 Official


Heart to Heart STAFF| 14:54 | カテゴリー:Heart to Heart