2015年03月11日

いま、浮き彫りになる課題

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南三陸町にある南三陸さんさん商店街、産地直送ショップりあんのご主人、千葉康則さん。現在の仮設の商店街は、来年11月が立ち退き期限。
新しく、嵩上げした場所にできる商店街に移るかどうするのか、 思い悩んだ千葉さんの決断とその理由をお聞きしました。

「今話し合い住んでますけど本設となるとやはりお金がかかります。正直、最近決断したんですけど、うちはこの仮設店舗でこの業種は撤退しようということに決めてます。やはり本設となると毎月のテナント料という形になるんですが、その負担が大きいし 、実際数年後にはもう、震災時1万7,000人超えた人口が、あと数年後には1万人を切るだろうという予測が最近出ているんですけど、その状況で、こういう小売店てかなり厳しいと思うんですね。正直、この仮設店舗での営業でも、ここがオープンした2012年、13年と比べて、昨年度とか、かなり売り上げや来客数で激減してるんで、やはり商売やっていくのは、ちょっと怖いです。その後は、未定です。あとここは1年半の間に加工場を再開しようか、もしくは商売を止めて稼ぎに行こうかなって考えものもありますし、それをこの1年半の間に、余裕はないんですけど決断しようと思っています。」

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テレビ局のアナウンサーから、震災後、ホテルマンに転職した、南三陸ホテル観洋の斉藤修さん。20年間の保存が決まった今でも、様々な意見が飛び交う南三陸町の防災対策庁舎跡は、どうするべきか?そして、人口減少について伺いました。

「確かに、地元のみなさんがアレを見れば、嫌なことを思い出します。大変な事があったのはそこだけじゃないんだから壊してほしいという声もあるんですけど、これやっぱり、かなり大きなシンボルになっています。あそこで最後の最後まで「危険ですから早く津波がきます。逃げてください」というふうに防災無線で語りかけ続けて、遠藤ミキさん。遠藤ミキさん、その年に秋、結婚する予定でしたので、直前にマイクを変わった上司の三浦たけしさん。その2人がね、まさに英霊と呼べる方が、あそこに魂が眠っている場所だという意味でも、やはり残して、またここで大きな震災があったんだという印に残していったらいいんじゃないかなとは思っています。一方で先ほど少しお話されてしまいましたけれどもどんな街をということなんですが、多くの方に知って頂くことで、地元の商店のみなさん、そういう県外から遠方から来た方々と言葉を交わすことで元気になれるんですね。そういう意味でも多くの方に来てもらいたい。交流人口を増やしていきたい、それはやっぱり大事なことだと
思っています。」

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Heart to Heart STAFF| 10:53 | カテゴリー:Heart to Heart