2013年05月30日

東京ドーム、解散列伝!

こんにちは! 亀田誠治です。
「BEHIND THE MELODY 〜FM KAMEDA」。

この番組は、人々に愛される曲、
メロディーの裏にはどんなストーリーがあるのか?
そして、その曲が愛されているのには、一体どんな秘密があるのか?
毎日レコーディングやライブで音楽に接している、
僕、亀田誠治が解き明かそう!
そんな番組です。

普段何気なく聞いているアノ曲、
昔から耳にしていたヒット曲の知られざるストーリー、
それらが、今の音楽シーンとどんなつながりがあるのか?
僕と一緒に探っていきましょう!

第230回目のテーマは…

東京ドーム、解散列伝!

伝説のバンドBOOWYの解散コンサート
「LAST GIGS」でのセカンドアンコール。
本当に最後の最後の曲の演奏が始まったところを
お聞きいただきましたが…。

この解散コンサートは、1988年4月5日。
バンドが解散する瞬間は、何とも切ない空気に包まれますね…。
場所は、オープンしたばかりの東京ドームでした。

そう、いわゆる「東京ドームでの解散」です。

そして、この東京ドームでの解散と言えば、
FUNKY MONKEY BABYSが今週末、6月1日(土)、6月2日(日)に
東京ドームで解散ライブを行います。

DJケミカルが実家のお寺を継ぐ準備をするため、
2004年からの活動に終止符を打つことになります。
メンバー、スタッフ全員で何度も話し合った結果、
「DJケミカルのいないFUNKY MONKEY BABYSはファンモンではない!」
という結論になったようです。

じつは、ファンモンは2011年の7月に、
初の東京ドームワンマンの開催を予定するも、
東日本大震災の影響もあって、中止となっていたんですね。
つまり、幻のドーム公演が、ラストコンサートで現実になったわけです。

ということで、「ラストステージ=東京ドーム」。
このFUNKY MONKEY BABYSをはじめ、さきほどのBOOWYもそう、
じつに多くのアーティストが、
この東京ドームという場所をラストライブの地として選んでいます。

これまで東京ドームで解散ライブを行ったアーティスト、
ご紹介しましょう!

■TM NETWORK

TMN名義になった1994年5月、東京ドームで解散コンサートを行いました。

■オフコース

1989年2月、東京ドームで解散コンサート。
意外や意外、人気絶頂のオフコースも東京ドームでラストライブ。
以降、小田和正さんは、何度か東京ドームでコンサートをしています。

■COMPLEX

1990年11月に東京ドームで解散コンサート。
震災後にチャリティーで再結成した時も、東京ドームでしたね!

■X-JAPAN

後に復活することにはなりますが、
1997年の大晦日に東京ドームで解散コンサート。
似合いますね、ドーム!
黒装束のXファンが、ドームの外にまで溢れていたという伝説があります。

■JUDY AND MARY

2001年3月に東京ドームで解散コンサート。
ちなみに、YUKIちゃんは去年、ドームで単独公演を成功させています。

はい!
このように、そうそうたるアーティストが
東京ドームを解散の地として選んでいますが、
いったい何故なのでしょうか!?

お答えしましょう!

(1)「散り際の美学」

東京ドームのキャパは約5万人!
音楽コンサートを出来るキャパとしては国内最大級です。
つまり、東京ドームは人気と実力の頂点の象徴なんです。
小さいライブハウスから始まって、
ホール、武道館、さらにアリーナを経て東京ドームへ…。
このサクセスストーリーは、
誰もがイメージできるバンドのサクセスストーリーではないでしょうか?
そのサクセスストーリーが、東京ドームで終わる。
つまり、人気絶頂で終わるという「散り際の美学」が、
記憶、記録に残るんです。
そして、5万人という数字の大きさは、
より多くの人と「感動」を共有した証になります。
というわけで、アーティストとして、バンドとして
最後の花道を「東京ドーム」でというのは、
アーティストからも、ファンからしても、自然な人情なんですね。

(2)「伝統」

東京ドームで開催された最初のロックコンサートが
BOOWYの解散ライブだった、ということもあります。
ちなみに、こけら落としで行われた美空ひばりさんのコンサートが
第一回目のドームでの音楽コンサートです。
いいですか?
伝説が伝説を生み、数々の伝説が集まると、
それは「伝統」になっていくんです。
その伝統は「メモリアル」という言葉でも言い換えることができます。
東京ドームでのコンサートは「一夜限りの」とか「最後の◎◎」という、
メモリアル的な意味合いをイメージさせるんですね。
だから、「解散」とか「再結成」という言葉が
似合うんです!

(3)「時代」

東京ドームの開場は1988年、昭和63年です。
明けて昭和64年は、平成元年になります。
つまり、東京ドームの誕生は
昭和から平成へという激動の時代の変わり目だった、
ということを見逃せません。
言い換えると、昭和という時代を象徴した音楽が、
東京ドームで解散していったのですね。
ということで、数多くの人気バンドが東京ドームで解散していくことになり、
結果、ドームは、史上最短で伝統を作り上げていくことになります。

一方、ここだけの話、ビジネス的側面も見逃せません。
一度に多くの人数を集めることができるので
ドーム公演は効率がいい、というメリットがあります。
例えば、武道館で5日かかる分の集客を、
東京ドームならたった1回で出来てしまいます。
準備にかかるお金、スタッフの人件費、
チケット代の売り上げ、グッズの売り上げなどなどを考えると、
費用対効果が高いんですね。

その反対に、あえて東京ドームを選ばない、というアーティストもいます。
ドームでコンサートを見たことのある方はご存知だと思いますが、
ドームは巨大過ぎて、アーティストの動きを肉眼だけで追うのは難しく
必ず、ステージを写し出す映像を必要とします。
実際はスクリーンばっかり見ていた、なんてことありませんか?
つまり、演者にとっても、お客さんにとっても、
リアルな手応えが得にくいという感覚が残ってしまうんですね。
集客動員は十分ドームクラスなのに、ドーム公演はしない
というスタンスをとっているアーティストもたくさんいます。

さあ、今日お送りするのは、
1997年3月、東京ドームで解散コンサート。
誰だかわかりますか?
聞いてみましょう。

M. 浪漫飛行 / 米米CLUB

KOMEGUNY - 米米CLUB

石井竜也さん率いる米米CLUBも
東京ドームで解散コンサートだったんですね。
その後、各メンバーはソロ活動や、セッション活動で大活躍しています。
解散して、時代やシーンが変わっていっても
「音楽」と「人」は残っていくんです。
このように、
東京ドームは、解散のメモリアルとして、
音楽のバトンを次の世代に渡しているのかもしれません。


「BEHIND THE MELODY 〜FM KAMEDA」。
今週も一週間、ありがとうございました!


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STAFF| 14:35 | カテゴリー:BEHIND THE MELODY 〜FM KAMEDA