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ちょうど40年前の6月30日。
世界中で旋風を巻き起こしたザ・ビートルズが初来日、
日本武道館で初公演を行いました。
1966年6月30日6時30分…
日本武道館ではじまったビートルズ初来日公演。
当時の熱狂的なライブをさまざまな人々が目撃、
その伝説はいまに語り継がれています。
ランデヴーでは初来日公演から40周年を迎えた
ザ・ビートルズにスポットライトを当て、当時の
日本滞在のエピソードや日本武道館で
ザ・ビートルズを目撃したさまざまな人々のコメントを
紹介しながら全16回にわたって1966年を特集。
ザ・ビートルズの魅力に迫ります。

 
 ■2006/06/28 第15回コメンテーター:高嶋弘之さん(高嶋音楽事務所社長/元東芝EMIディレクター)

 
今回は、ザ・ビートルズのレコードを日本で最初に紹介した元;東芝EMIのレコード・ディレクター、高嶋弘之さんのインタビュー。
現在は、クラシック系のアーティストが所属するプロダクション、「高嶋音楽事務所」の社長として活躍中の高嶋さん。

当時、「抱きしめたい」「ノルウェイの森」「涙の乗車券」など、数々の日本語のタイトルを考えだし、ビートルズを日本でヒットさせるために奔走した高嶋さんは、ビートルズとの最初の出会いを、こんなふうに語ってくださいました。

「ビートルズを聴いたときは、まさしく未知との遭遇というか、こんな音聞いたことないよ、と思いました。
当時の僕は洋楽担当で、TVよりもラジオのディレクターと親しくしてたから、ラジオ局をずーっと回ったんです。
すると、イギリスでいきなり1位ですよと言ったって、ふーんで終わりです。ただ、ある女性ディレクターだけが「売れるかわからないけど、私は好きよ」って言ってくれたんです。それで僕は、男性というのは、イギリスにはこれまでヒットがないから、これからもヒットがない、という単純な論法で「アカン」というけども、女性というのは、そこで聴いて良いか悪いかで言ってくれるんだと。
それなら、女性相手に社会現象を作るしかないと思って。まずやったことは、今で言う有楽町マリオン、数寄屋橋の交差点の交番の手前側に京橋テーラーっていう洋服屋さんが入ってたんですよ。
そこに飛び込みで行って『このビートルズは、いまに日本でえらいブームになるから、あなたたち服を作ったら儲かりますよ』と。襟なしのスーツを僕がビートルズ・ルックって勝手に名前をつけて、頭はビートルズ・カットに。その服をセールスマンに着せて、銀座4丁目を大行進!お笑いですよ、一種の(笑)。でも30人が着て歩くとね、やっぱ凄いインパクトですよ。」

あらゆる手を尽くして、ザ・ビートルズのプロモーション活動を行い、業界で「高嶋ビートルズ」とまで呼ばれた高嶋弘之さん。
1966年にビートルズが来日した時には、加山雄三さん、そして当時の上司である石坂専務とともに東京ヒルトンホテルを訪れビートルズと対面しました。

「部屋に行くと、すぐに3人が出てきました。ポールマッカートニーとジョージハリスンとリンゴスター。
そして石坂専務と加山さんがポールと握手をして、少し話しているときに、ジョンレノンがそーっと後ろから来て、加山さんを背中から羽交い絞めに。。。そのときのやり方がね、もうヤンチャ坊主って感じ。ヤンチャ坊主だけど、このリーダーだなって感じがしましたね。それでもうその場の雰囲気が一気に和らいで・・・。それから本当は、一緒に食事をすることになっていたんです。僕も楽しみにしてたんですよ。でもブライアン・エプスタインが、石坂専務と僕に「君たちはちょっと別室に来てくれ」と言うのでついて行きました。ブライアン・エプスタインと僕は1934年生まれで同じ年なんですよ、年は。ところがね、オーバーに言うと真っ青な顔って感じですね。そして哲学者・科学者のような顔、雰囲気。。。ニコリともしない。。。だからこっちは緊張しますよ。でもそういう人がいたから、日本の若者に紹介しようと武道館公演が実現できたわけだし、それはブライアン・エプスタインの功績ですよね。」