J-WAVE SELECTION SMBC EARTH TALK

私たちと地球の未来に向けてのビジョンを語る 今月のラインナップ

2016/11/13 ゲスト 駒崎弘樹(NPO法人フローレンス代表理事)

SMBC EARTH TALK、今回はNPO法人フローレンス代表理事の
駒崎弘樹さんをゲストに迎えてお送りします。
テーマは「子どもをめぐる私たちの未来」。
駒崎さんと一緒に語り尽くします。

『今求められる幼児保育の未来像』
ゲスト:駒崎弘樹

第一部『民間のNPOがリスクを負って実験して、国がそれを制度化して世の中に広げていく〜求められる制度改革〜』

竹村
2040年、2050年に向けて人口が1億人を割り込んでいく、あるいは3人に1人が高齢者になっていくなど、日本の将来についていろいろと暗い予想が語られています。
ただ、こうした数字的な問題よりも本当に深刻なのは、2040年、2050年には社会の中心となる人材、今現在5〜15歳までの子どもたちに対して、きちんとした社会的なサポートがされていないことが挙げられます。子育て支援の問題、そして保育園の待機児童問題などについて、多くの方々が言挙(ことあ)げはしますけれども、未来の日本、あるいは地球を支える世代への投資の面については全く何もしていないに等しい現実があります。
未来の日本、未来の地球を教育、子育ての面からデザインしていくために何が必要なのか、今日はその専門である駒崎弘樹さんにたっぷり伺っていきたいと思います。
 駒崎さんが運営されているNPO法人フローレンスは、子育て支援、保育園の問題等々、社会に対して非常に鋭く切り込んでいろいろな発言をされていますが、元々は病児保育サービスに特化した事業からスタートされたと聞いております。どのようなきっかけからはじめられたのでしょうか。
駒崎
うちの母はベビーシッターをしていまして、ある日、母のお気に入りのお客さん、双子のママだったのですけれども、彼女が今日で最後にしてください、と言い出したのですね。なぜかな、と思って母は問いかけたそうです。
「どうして?」
「先日会社をクビになってしまったので、シッターさんを頼む必要がなくなったのです」
「あなたのように良い人がどうしてクビになったの?」
「この子たちが熱を出してしまって、何日か看病のために会社を休みました。普段行かせている保育園は37.5度以上の熱を出していると預かってくれないので、自分が会社を休むしかありませんでした。すると会社が激怒してしまって、私は事実上の解雇となりました」
 母の、その半ば愚痴めいた話を聞いたとき、ぼくは軽くショックを受けました。というのは、子どもが熱を出すのは当然のことですし、親が看病するなんて当たり前のことなのに、当たり前のことをして職を失ってしまうような社会に自分は住んでいたのか、とそのときに初めて社会の不条理さに気づきました。
これは何とかしなければと思ったのがきっかけで、熱を出した子を保育園に代わってお預かりする病児保育をはじめたのが13年前です。
竹村
そういうことも許容できない社会の設計になっているのが、現実ですね。
駒崎
そうです。子育てと仕事の両立が難しい社会だった。
竹村
先進国の中でも、子育てに対する支援が日本は非常に薄い。それは社会的な公的資金の使い方、金額においてもそうだけれども、意識としてもそうなのですね。
今日はいろいろな角度からお話しいただけると思いますが、この病児保育とは、言葉は固いですけれども、子どもが熱を出したとき、普通に親として対応できる、そういう当たり前の担保がないからできた言葉かと思います。
駒崎
昔は専業主婦の方が多かったので、子どもが熱を出したらお母さんが看る家庭が普通でしたけれども、今や女性も当たり前に働く時代になっています。そうなっても、子どもは熱を出すのが日常茶飯事です。こういうときお母さんが休むことが多いのですけれども、何度も何度も休むとなると、「あなたは戦力外だ」と通告を受け、「だから女性は使えない」と悪口を言われてしまう。
 でもそうではないのですね。そうなったとき、社会がそこを助けてあげられれば良いだけです。熱を出した子どもを預かれる仕組みがあれば、あるいは両親が交代で適宜休むことができれば、またそれを周囲が許容できれば、この状態が永遠に続くわけではないのだから何も問題はないわけです。日本は変わっていかなければならないけれども、意識だけではなく、インフラすら追いついていない。
そこでわれわれが支援させていただいていて、今、首都圏で5000世帯の働く親御さんが会員になってくださって、子どもさんが熱を出したら、そのお宅にわれわれが保育者を派遣して安心安全な病児保育を行う。そんなサービスを行っています。
竹村
普通の保育園で預かれないのならば、お宅でやりましょうと。それが2010年からはじめられた「おうち保育園」ですか?
駒崎
それは2005年からはじめた「病児保育」のサービスで、もう10年を超えてやっていまして、日本最大の病児保育の団体になっています。
一方、この病児保育を続けていて、うちの社員がめでたく結婚し、出産し、育休を取って戻ってこようとしたら、自分の子どもが待機児童になって戻って来られないと訴えられまして、とても驚きました。待機児童問題という言葉を知り、認識したのが2008年でした。
そこで、最初はそうした社員のために保育園をつくってあげようと思いまして、幸い、病児保育のスタッフをはじめ保育者たちはたくさんいましたから、その点の心配はありませんでした。
ところが役所に問い合わせると、保育園をつくるのに、あまりにもたくさんの規制があったのですね。特に重たかったのが、定員の規制でした。子どもの数が問題で、預かれる子どもが20人以上いないと保育園として認めないと、制度にはありました。20人というと結構、保育園の面積を広くしなければなりません。そんなに広い空き地は東京に転がっていませんし、なかなか物件もありません。保育園は、つくり辛いことに気づきました。
なぜ20人なのか、厚労省に聞いてみたのですね。すると厚労省のお役人が驚くべきことを言いました。
「その理由はよくわかりませんが、昔からそうでした」
 なんだ、根拠はないんだ。ならば9〜10人の保育園があってもいいじゃないか。そうしたら一軒家や3LDKのマンションといったところを保育園にできるではないか。
そうして、2010年4月からはじめました。家を使った保育園でしたから「おうち保育園」と名付けて定員数9人でオープンしたのです。その9人の定員枠に20数人の申し込みがきました。つまり大成功したのですね。
 これを官僚や政治家の方が見て、これならば待機児童集中エリアに家を借りるだけでさほど大きな補助金がいるわけではないと思ったのでしょうか、さっそく「子ども・子育て支援新制度」の法案に追加してくれました。この法案は国会を通過して、小規模認可保育所の制度が組み込まれた法律が2015年4月からはじまりました。認可保育所の制度は70年ほど変わっていなかったのですが、70年ぶりに大きく変わった瞬間でした。
 この小規模認可保育所、つまりわれわれがやっている9人の「おうち保育園」のようなものは誰でもできる制度なのだと、ふたを開けてみると2015年4月で一挙に1600カ所に増え、1年後の2016年には2400カ所に増えています。
 こうして、今までつくり辛かったところを、規制を変えてつくりやすくしたところ、多くの困っている家庭のニーズに合わせたものがつくられはじめ、そんな形で待機児童問題の解消に一生懸命励んでいるところです。
竹村
コロンブスの卵ではありませんが、20人以下の小規模保育園が制度にないことに、なぜ今まで疑問を持つ人がいなかったのでしょうね。
駒崎
これは官僚の方々も言っていたのですが、新しいことをやるとき、
「それは前例があるの?」
「誰かやっているの?」
「君が初めてでどうして成功すると言えるの?」
「失敗したら君に出世はないよ」
 こうなってしまうので、なかなか新しいことを役所ではし辛かったというのです。ですから民間のわれわれNPOがリスクを負って実験してみる。そして上手くいったら国がそれを制度化して世の中に広げていく。そういう役割分担ができるのではないかと思っています。そういう意味でも、われわれは変革の先端にいると思います。
竹村
「病児保育」や「おうち保育園」のような小規模保育の革命を興す、保育制度のファーストペンギンになられたわけですが、そうしたマインドは昔からお持ちだったのでしょうか。つまり最初からこの分野で活動されていたわけでは、必ずしもなかったわけでしょう。
駒崎
ぼく自身は慶応大学の、神奈川にある総合政策学部のキャンパスに行っていたのですが、そこで大学3年、4年生のときに、ITベンチャーの経営を、技術者である学生の友人たちと一緒にやっていました。当時はITベンチャーブームでしたから。
竹村
90年代ですか?
駒崎
2001年、2002年くらいですね。当時は、まだホームページをつくれる程度でお仕事になったのです。ですから学生だけで何千万円も稼げていたのですが、ふと、そういったビジネスはどうだろう、やりたいことだろうか、ぼくが本当にやりたいこととは何だろうか、と自問しはじめたところでした。
やはり社会の役に立ちたい。世の中で困っている人たちを助けたい、あるいは社会の課題を解決したいと青臭く思ってしまったのですね。そんなとき、たまたま母がベビーシッターをしてしたことから病児保育問題に出会い、この問題は自分が解決する、と勘違いしたところからいばらの道がはじまりました。
竹村
素晴らしい勘違いがファーストペンギンを生んだのですね。そうして小規模保育をご自身ではじめられて、その実例が制度、あるいは法律も変えていく流れになっていくわけですが、最初に実践されていったときのご経験をお話いただけますか。
駒崎
なかなか20人未満の、9人の保育園は世の中になかったので、ドキドキしながらはじめました。また多くの批判も受けました。保育園は100人の子どもを預かるのが当たり前の中で、9〜12人の子どもで園をやっておりますと、「なんだそれ?」「それって保育園なの?」みたいな陰口を受けることもたびたびでした。
 ただ小規模保育は、とても手厚い保育ができることが最高の利点でした。中には障害のある子ども、複雑なご家庭の子どももいて、一人の先生が何十人の子どもを看ていては、そういう子どもへのケアはできないのですが、数人の子どもならば丁寧にケアすることができる。本当にどの園よりも丁寧な保育ができるという意味で、ぼくは良い制度だなと思っています。
竹村
それを地域からも評価された。
駒崎
何よりも、親御さんから評価してもらえたのがとても嬉しいことでした。その保育を提供された親御さんや子どもたちが喜んでくれることがわれわれの努力の証であり、われわれを評価するのは彼らの笑顔であって、世間がどう思おうが関係ないと思っています。
竹村
ただ現実的に親に喜ばれたにしても、まだ制度が整う前にはじめられたわけですから、あれは保育園なのかと厳しいことを言われたと思います。プロの保育士の方など、どういう形で関わっていかれたのでしょうか。
駒崎
実は「おうち保育園」で一番の懸念点は、保育士さんが集まってくれるかどうかでした。待機児童はいたので、利用者さんが来てくれることは明確だったのですが、保育士さんを募集したところ、応募が殺到したのです。ですから非常に驚いて、逆に応募してこられた保育士さんたちに、なぜ募集に応じたのか質問したくらいです。
「手厚い保育をしたいのです。大規模な園で、多くの子どもたちと接していると、今日、この子とひと言も喋らなかったという経験が何度もあって、とてもショックでした」
 こういうことをおっしゃっていた方がおりました。保育士さんにはとても心優しい人が多くて、全ての子どもたちに寄り添いたいと思っているのです。でも実際の保育現場はそれを許さない。ですから少人数で丁寧に関わりたいと、そうした保育士のニーズにも合ったようです。
竹村
学校の先生でも同じようなことが言えるかもしれませんね。駒崎さんが別のメディアで発言されていましたが、保育士の資格を持っておられる方の半分ほどしか現実に働いていないそうですね。それは所得面、待遇面など、いろいろな問題があると思いますが、そういう意味ではミスマッチがずい分、ありそうですね。
駒崎
今、都内で保育園をつくるのに最もネックとなるのは保育士不足です。どれほど不足しているかというと、たとえば昨年11月の有効求人倍率は66倍です。これはどういう意味かというと、11月に66個の保育園が一人の保育士を採用するのに争っているのです。もう桁外れの保育士不足です。
 このようなことがなぜ起こっているのでしょう。実は保育士資格を持っている人は足りているのです。保育園で働く保育士さんは35万人。それに対して全国で保育士資格を持っている人は70万人おります。
竹村
倍ですね。
駒崎
つまり資格を持っていても保育園では働いてくれないのです。その理由はズバリ、処遇が低い。その割に仕事はとても大変なのです。処遇の低さは全産業平均からすると月額で10万円ほど低く、並べていうと月給20万円前後が現実のところです。
ですからせめて小学校の先生と同じ水準で給与があってしかるべきなのですけれども、歴史的にそういう手が打たれてきませんでした。それが今になって保育士不足に跳ね返っている状況なので、政治や行政の政策、そうしたものの失敗が待機児童問題をつくり出していると言えます。
竹村
未来への最大の投資にお金を向けていないことでもありますし、逆に今のお話を伺っていると、待遇面を改善し、一人の保育士が看る子どもたちの数を減らして、丁寧な保育ができるようになると保育士のほうもハッピー、同時に子どもたちにとっても多くの恩恵が与えられる、ウィンウィンの関係が成り立ちます。ここはソリューションがありそうですね。
駒崎
保育士の給料を上げ、丁寧な保育を進めていき、すると幼児教育の質が上がって子どもたちが将来、より高度な人材になっていく循環を描けるのですね。ですからここには、ある種、社会的な投資をもっとすべきなのです。

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