J-WAVE SELECTION SMBC EARTH TALK

私たちと地球の未来に向けてのビジョンを語る 今月のラインナップ

2016/9/11 ゲスト 古市 憲寿

文化人類学者の竹村真一がお送りする、
J-WAVE SELECTION SMBC EARTH TALK。

毎月、様々な分野で活躍している方々をゲストにお迎えし、
「私たちと地球の未来に向けてのビジョン」をテーマに語り合います。

今回は、社会学者の古市憲寿さんをゲストに迎えて行った、公開収録の模様を中心にお送りします。
保育園義務教育化や、人間をバカにしない社会、若者論などについて語り合います。

『幸せとライフスタイルの未来像』古市憲寿氏×竹村真一氏
第一部『身の周りの100人、1000人、1万人を変えていけば、結果的に1億人は変わるわけです。〜今、求められるバリアフリー社会〜』

竹村
皆さん、こんばんは。今日は社会学者の古市憲寿さんです。
 古市さんはもちろん若者の論客の代表、あるいは若者論の代表として著名ですけれども、私も『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社+α文庫)は、大変ステキな本だと思って読ませていただきました。
 決して若者を論じるだけではない、若者を弁護するわけでもない、むしろ最近は、若者のせいで物が売れない等々、何か若者にかこつけて事の本質が隠蔽されているように感じる、もっときちんと本質を見ようではないか、と訴える。もっと人間らしくなれるのではないか、そうした社会のあり方に対して、実はとても静かな怒りを持っておられる方だなと思いました。怒りという言葉は古市さんに似合わないかもしれませんが、その静かな炎の背景を今日は聞いていきたいと思います。
古市
こんにちは。よろしくお願いします。
竹村
古市さんは、日本でずっと育たれたわけではない?
古市
基本は日本ですが、1年間だけノルウェーに留学しました。
竹村
なぜノルウェーだったのですか?
古市
アメリカは大変そうじゃないですか。大学の交換留学でアメリカに行ってどんどんキャリアアップしていくような人生も一瞬、思い描いたのですけれども、それは大変そうだなと思って、だったら真逆の、大変ではなさそうな国として北欧を選びました。
竹村
真逆でノルウェーですか、それももう少し聞きたいところです。
古市
ある意味、未来を実験している国かな、と思ったのです。北欧は小さな国で、その分、小回りが利くので、社会保障などいろいろな福祉の仕組みが実験的な国であると思ったのですね。日本でも、ノルウェーやスウェーデンなど、イメージ良く言われるじゃないですか。実際に、その国を見てみたいと思ってノルウェーを選びました。
竹村
それは大学のいつ頃ですか?
古市
3年生から4年生にかけてです。もうひとつ思い出したのは、就活が嫌で、そのような理由から留学を考えました。
竹村
就活する代わりに外国に行こうと。
古市
周りがちょうど就活をはじめる時期で、就活は嫌なんだけれども、かといって日本で周りが就活しているのを見て、ただそれを眺めていられるほど心が強くないと自身で自覚していましたから、では、どこかに行こうと思い、留学を決心しました。
竹村
最近、『保育園義務教育化』(小学館)が話題になっていますけれども、そういう発想もやはり北欧におられるときに思い付いた?
古市
ノルウェーは、行くまで知らなかったのですけれども、昔はとても保守的な国でした。男の人は外で働き、女の人は家にいるのが当たり前。そういう保守的な国だったのが、この40年間で社会が大々的に変わり、男女共に働くことが当たり前になり、保育園も整備され、会社の役員も3〜4割が女性の国になっていきました。
 ですから社会は結構、数十年のあいだに変わるものだ、という実感が『保育園義務教育化』を書いた背景にはありました。
しかも行ってわかることがたくさんあって、行く前は福祉政策の充実やバリアフリー等々、政策も建物もいろいろと素晴らしいと思ったのですけれども、意外と行くと大したことがなくて、普通の田舎でした。バリアフリーと言いながら段差もたくさん残っていて、結局は人の手を借りながら障害者の人が、しかしきちんと町のなかで普通に暮らしている。
日本でバリアフリーというと、とにかく建物ありきで、構造的に段差をなくしてそれで良いといった発想に行きがちじゃないですか。別にそれだけが大事なのではないのだなと、いろいろな気づきはありました。
竹村
日本はどこでもガードレールをつけるなど、とにかく過剰なほど人が落ちないようにしている。ヨーロッパはそんなことはありませんよね。
古市
それこそノルウェーでも、高さが700メートルくらいあるのかな、そういう断崖絶壁の観光地があるのですけれども、そこも一切、柵も何もなくて、昨年まで死者が1人もいなかったらしいですね。
竹村
そういう国は、人間の力を軽視していない国、人間を馬鹿にしない国だと言えるかもしれません。
古市
逆に、だから日本は人間を馬鹿にしている国なのですかね。
竹村
キツイことを言っちゃいましたね(笑)。でもそれは、きちんと考えなければいけないところかもしれません。駅でも必ず「お気を付けください」とアナウンスする。あるいはガードレールを全ての道につける。それは本当に人間を馬鹿にすることになっていないか。古市さんは、そのあたりを真正面から問おうとされている。でも、最初から保育園の話を発想したわけではないでしょう。
古市
元々本を書きはじめた頃は、それこそ手に持たれている『絶望の国の幸福な若者たち』など、いわゆる若者論を書いてきました。
竹村
この本の中でも少子化問題、未婚が増えている現実、あるいは若者のシェアハウス化など、本来は社会制度、労働環境、貧弱な住宅政策の問題であるはずなのに、若者自身がそうした性向を持つ傾向になってきているからと、若者のせいにして本質的な問題をそれで隠蔽してしまっていないか、と言っています。
そうした指摘はいままでも、ひょっとしたらあったのかもしれません。社会学者は、本当はそういうことをするお仕事なのかなと思うのですけれども、今までそうした意見が声高に言われなかったのはどうしてでしょう。
古市
最近、ツイッターでも社会学者と名乗る人が結局、アジテーションみたいなことをしたり、個人的に怒ったりしているのですが、本当は社会制度に目を向けるべきなんです。個人的な怒りで動いている人が多いのですけれども、多分、はじめに学問を選ぶときに何らかの、弱者に対する過剰な思い入れ、もしくは自分のルサンチマンで社会学という学問を選ぶ人が多いからではないでしょうか。人類学はどうですか。文化人類学は、どんな人が選びがちなのでしょう?
竹村
文化人類学は、自分の社会に違和感を持っている人が取る場合が多いですね。
古市
社会学も、やはり違和感を持っている人が多いかもしれません。ぼくがその本でひとつ強調したのは、とにかくいろいろなことが若者の意識の問題にされがちなことです。たとえば車が売れない、海外旅行に行く人が少なくなった、物が売れない等々。
でもよくよく統計を見てみると、単純に20代の人口がこの20年間で2割ほど減っていて、同じ20代が同じ割合で物を買っていても、そもそも人口が減っているから物の売り上げが落ちているわけでで、物が売れなくなっているように見えるだけだと思います。本当は人口問題なのに、全てメンタリティーのせいにしてしまうことのほうが問題です。これはずるいのではないか。ならば、せめて人口を増やすためにも保育園などの社会制度などを整えていこうと、一応、言ってきたつもりです。
竹村
そこで『保育園義務教育化』につながるわけですね。今までも、もちろん言及はされてきていたわけですけれども、それを正面からきちんと提案していく形で今回出されました。一応、概要をご説明願えますか。
古市
日本は最近、待機児童問題が話題になり、とにかく都市部で子どもを育てることがとても難しい国になっているのです。でも、これはとてもおかしな話で、だって国は少子化を解決したい、労働力が足りないから女性にもっと働いてほしいと一方で言うくせに、実際、保育園が足りていない現状はとても矛盾していると思うのですね。
 しかもいろいろな研究でわかってきたのですけれども、子育て支援に投資をしている国ほど、経済成長をしている。経済成長が良いのか悪いのか横に置いておいて、少なくとも今の政府はとても経済成長をしたい政府なわけです。ならば本来、保育園を整備し、子育て支援にお金を入れていかないと本質的には経済成長できないのに、なぜかそこにお金が投入されていない。
過去から考えても日本は子どもに対して、若者に対してお金が余りにも使われていない。それをどうにかしようと、ならば、いっそ保育園を義務教育にして国が責任を持って当たるべきではないか、と書いた本です。
竹村
フランスなどもこの30〜40年劇的に変わってきて、たとえお金のない女性が一人で子どもを生んでもとにかく飢えさせない、ある程度の生活水準で何とか生きていける社会にした。けれども、決して先ほどのノルウェーの話ではないけれども、最初からそうだったわけではなかったのです。
古市
フランスもまさに30年前は日本みたいな国で、第三子支援ですか、3人目を生めば3人目は手厚くしましょうとやって失敗してきていたのですね。でもそれではダメだと、保育園を整備する、国のお金でベビーシッターをたくさん使えるようにするなど、とにかく子育てがしやすい環境を社会全体でつくってきたのは、この30年間の変化ですね。
竹村
ですから本当に先ほどおっしゃったように、20〜30年でガラリと変わり得るのは何に関しても言えることです。たとえばエネルギーにしても、ちょっと話が変わりますけれども、世界一の風力発電大国はどこか、と問われると皆さんはどこを思います?
 ドイツ、デンマーク、スペイン等々ヨーロッパの名前が挙がると思いますけれども、断トツで中国なのです。ヨーロッパが束になってもかなわないほど断トツに中国で、世界のCO2の4分の1も排出している中国が、実は世界で最もスピーディーにグリーンカントリーに変わりつつあります。
 しかも風力発電のほとんどなかった2005年の時点から、2010年には原発がつくり出す電力を追い抜くくらいの勢いになっていて、本当にやれば社会はワッと変われるのです。
 日本も変化がないような社会に見えますけれども、明治維新を例にとるまでもなく大きく社会を変えてきた経験が150〜200年に一度くらいはあったはずで、皆が本気で変えたいと願えばいくらでもやりようがある。外から第三者的に変わり得るのではなく、自分が変えようとしないでスーパーリーダーを待望するとか、あるいは何々が悪いから変われないなどの言い訳に対して、古市さんは常に静かな怒りを感じておられるような気がします。
古市
何か不祥事が起こる、あるいは何か社会問題が起こる、そうしたとき、あのとき強いリーダーさえいてくれたらとか、強いリーダーがほしいといった願望がとても強く表れると思うのですね。最近、流行っていた映画『シン・ゴジラ』がそうだと思うのですけれども、どうしてもリーダー待望論はあります。
 でも実際、よくよく考えてみると、この時代に、たった一人のリーダーが社会全体を変えられるかというと、そんなことは到底不可能な話なのですね。たとえば選挙で社会がガラリと変わらないように、どんなリーダーがいたとしても、それが総理大臣だったとしても、この社会ってそんなにすぐに変わるほどシンプルではないのだから、誰か一人に期待するのはおかしいのではないかとの思いはずっとあります。
竹村
その通りです。それと同時に、そういうリーダーを待たなくても、実は人は思いの外変わってきているのではないか、ということもずい分お書きになっています。
古市
やはり個人でできることがどんどん増えていると思うのですね。1人のリーダーが1億人を変えることを待つのではなく、いろいろな呼ばれ方をしますけれども、たとえば社会起業家1人が、身の周りの100人、1000人、1万人を変えていけば、そういう人がたくさん現れれば、結果的に1億人は変わるわけです。
 ですから凄い天才が現れるのを待つよりも、だったら自分にできることを、自分の周囲100人単位でも変えていったほうがより現実的ではないかと思います。

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