J-WAVE SELECTION SMBC EARTH TALK

私たちと地球の未来に向けてのビジョンを語る 今月のラインナップ

2016/7/10 ゲスト 星野 佳路(星野リゾート 代表)

観光から見るインバウンド、アウトバウンドの未来像を語り合います。

星野佳路氏(星野リゾート代表取締役社長)×竹村真一氏
第一部『毎日来ることが楽しいと思わせる会社をいかにつくるか、私たちが総力を挙げて取り組んできたことなのです』〜リクルーティングと社内モチベーションの向上〜

竹村
今日のテーマは『観光』です。観光というと、最近は日本が外国人から人気のイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、まだまだ観光産業は大成長産業なのです。
1980年前後、今から30年以上前、世界中を旅している観光客はわずか3億人程度だったそうです。それが今や4倍の12〜13億人が旅をしていて、2030年に向けては18〜19億人、もしかすると20億人が旅をする時代がくるかもしれないと予測されています。
 もっと世界を旅する人が増えてくる。観光産業はそういう意味では成長を約束されている産業なのでしょうけれども、日本はどうかというと、ようやく外国からの観光客が1300万人を超えたと喜んでいるくらいです。先ほど13億人が旅していると言いました。その中の1300万人というと、わずか1%です。つまり100人に1人しか日本に来ていません。
日本は観光大国になりつつあると言われて、「本当かよ!?」と思います。かねてから観光大国と言われるフランスはどうでしょう。8500万人ほどの観光客と、人口以上の数の方が来ています。日本に来る観光客の約6倍ですし、対して日本に来られる観光客1300万人は日本の総人口1億3000万人余りの1割ほどです。
ですから日本の観光はまだまだ幼年期でして、ポジティブに考えれば伸びしろがあるとも言えます。ポテンシャルがあって、食べ物も美味しい、自然も、文化も、素晴らしいものを持っている。もっと大きな、ブロードバンドなスコープで日本の観光産業や、観光を通じて日本が進化することを仕掛けていけるのではないでしょうか。今日はそうした話をするのに相応しい星野リゾート代表の星野佳路さんをお招きしました。
星野
こんにちは。よろしくお願いいたします。
竹村
ビジネスマン、経営者としての星野さんにご興味のある方も多いと思いますが、それだけに留まらず、いろいろなお話を巡っていきたいと思います。
星野
私が父から長野県軽井沢町の星野温泉という温泉宿を引き継いだのが1991年でした。そこからずっと経営しておりまして、現在、星野リゾートは日本全国で35カ所を運営させていただいております。
 91年を思い浮かべていただくと、バブル経済の崩壊がはじまった年でした。私が経営者になったとたん、デフレの世界がはじまりまして、その中でずっと経営しておりました。その環境は、私にとって決して悪い環境ではなく、そこから10年間、落ち着いて軽井沢でノウハウを蓄積できたことは、その後の星野リゾートにとって大きかったと思います。
 良い時代に生まれ、良い時代に経営を引き継ぎ、そして今、少し実力がついてきた段階で急に観光が注目されはじめました。今、おっしゃっていただいたように観光は成長が約束されている、まさに世界の中ではそうなのですけれども、日本もそこにしっかりと成長の力を引き入れたいですし、逆にそれが星野リゾートの将来への継続の力になればと思って努力しています。
竹村
放っておいてもお客さんが来る、というような状況ではないところからはじめられて、逆に様々な創意工夫によっていろいろな扉が開いていく経験を最初の数年間はされたのだと思いますが、その最初の数年間から学んだこととは何ですか。
星野
ホテルには2つあります。東京の都市ホテルと、私どものようなリゾートホテルです。東京の場合にはビジネスでいらしたり、東京という巨大な観光地にいらっしゃることが目的で、どこに泊まるかが目的ではないのですけれど、リゾートや地方は、お客さまには泊まる理由がないのです。ですから私どものような施設は、泊まる理由をつくらなければいけない。泊まる理由をつくり、初めていらしていただける。ここが大事で、そこが今の星野リゾートのオファーにつながっているのですね。
その泊まりをつくるのに、最も重要なのは人材でした。先ほどのご質問に戻ると、最初の3年間で一番苦労したのはリクルーティングでした。優秀な人材に長野県に移り住んでもらうわけです。さほど給料もたくさん出せない時代に、しかも休みも少ない中で私どもの会社で長く仕事をしてもらうためにどうしたら良いのだろうか、あれこれ工夫をしたのが3年間の中で一番の苦労でした。
 利益がまだまだない時代は給料をあげられない、休みを増やせないですから、仕事を楽しくするしかないのですね。ですから、毎日来ることが楽しいと思わせる会社をいかにつくるか、私たちが総力を挙げて取り組んできたことなのです。
 転職して給料を増やしたいと思う方はたくさんいらっしゃいます。その希望を私たちは叶えてあげることはできませんが、仕事がつまらないという人も多いので、面白い仕事をしたい人をターゲットにして、長野県に移り住んでもらい、長く仕事をしてもらうことを考えました。
人材が軽井沢での転職を考えてくれて、気に入ってもらうためのリクルーティング・ノウハウをこのとき培いました。私の経営している星野温泉旅館はボロボロの古い施設でしたから、職場はここです、と言ったとたん、皆、引くのです。この会社では働けないと尻込みするので、軽井沢に来ていただいて、最初に私が紹介したのは、ツルヤというスーパーでした。そこは新鮮な野菜と、東京にはないような食材が並んでいます。あれを見ていると、もしかするとこの町に住むのは良いことかもしれない、とふと思う。最後に会社をサッと見せて、それで電車に乗って帰ってもらい次のステップに進むなんてことも、当時、蓄積したノウハウのひとつです。
竹村
その頃から、やる気にさせる、楽しく仕事をしてもらうために、自主性を引き出すことをおやりになっていた?
星野
自主性を引き出す、今でも言われるのですが、そういう発想ではありません。とにかく毎日楽しく過ごしてもらうにはどうしたら良いか、ですね。自主的に動くことを楽しいと思う人もいれば、そうではない人たちもおります。その人たちに合わせて、毎日楽しく仕事をしてもらうための工夫をする。特に地方で良い人材に長く仕事をしてもらう秘訣だと思っています。
竹村
たとえばもうすぐ大手町に「星のや 東京」ができます。
星野
はい。
竹村
先ほど星野リゾートさんは都市型ホテルではない、リゾート型ホテルですとおっしゃいましたが、都市型ホテルにも進出されますし、また今度は、バリ島にもできるのですね。ということで、今までのノウハウ、今までの人材とは違う文脈がどんどん出てきていると思いますが、そこはどう調整しました?
星野
東京はちょっと特殊なのですね。私たちは世界のホテル業界の中では後発ですから、後発の中で戦っていくために様々な経験をし、旅館の運営ノウハウを身に付けたので、それを全て東京に充てていきたいと思いました。そういう中、ひとつ面白い事を発見しました。
 タヒチのランギロアは私たちの最初の海外の運営拠点です。2年前、あるオーナーさんが持っていらっしゃるところを、業績を回復したいと私たちに運営を任されました。
タヒチでは、日本でやってきたことを最初にそのままやってみようとしました。海外は違った環境ですし、違ったノウハウが必要ですから、私たちのやるべきことにアジャストメントが必要なのですけれども、そこをどうアジャストしてよいかやってみて、失敗したらしたで、そこからの気づきを改善につなげていこうと、日本の旅館でやってきたことをそのままやったのですね。
すると日本以上に反応が良くて、薄く自信になっているという感覚なのです。それは何かというと、私たちは労働力として現地の人たちを見ませんでした。仕事を楽しくしてもらうために、サービスのクリエイターとして見ることにしたのです。毎日、どう変化させて、どう楽しんで、どう顧客に対峙するか、顧客満足度以上に変化や楽しさを重視しているのです。それがタヒチの人たちには非常に受け入れられたのです。
議論をする、アイデアを出すというと、日本人の場合時間がかかります。まず何でも言い合って議論するまでに、下手すると2年くらいかかったりします。アイデアを出しましょう、なんてときはどうしても、本当に自分のアイデアを口にしてよいのだろうか、と遠慮するのも日本人です。
タヒチ人には、全くその遠慮がないのです。元々、フレンチポリネシアと言われ、言いたいことを言いたい人にバンバン言う文化ですから、その方々にぼくたちの方針を伝えたとたん、変化は早かったですね。楽しく仕事をしましょうという概念は、リゾート地においては意外に世界でもグローバルな価値観であったかと思いますね。
竹村
聞いていると、星野流は世界に出たほうがもっと面白く展開するような気がします。
星野
なぜならば世界のホテル運営会社は、現地の人を労働力としてしか見ていないという現状があります。そこに、ぼくたちのようなアプローチを取ることによって、とても楽しみを感じてくれる。そこがプラスになっていると思います。

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